第2話.TSF男女は恋する奴らの夢を見ない①
「ごきげんよう、色男」
「……おお、色女」
今日も今日とて賑わいを見せる、地獄と一つ扉を隔てた先にあるカフェ&バー「ゴビロ」。そこで「色男」という呼びかけに答えたのは、透き通るような白い肌と濡羽色の髪をもった女だった。どことなく憂いを帯びたような涼やかな目元が幸薄そうな印象を与えているものの、顔立ち自体は整っている。対して「色女」という呼びかげに答えたのは亜麻色の髪に大きな目が愛らしい印象を与える男だ。がっしりとした体格は威圧感を与える一方、ひらりと手を軽く上げる動作やふにゃりと目元を緩めて笑う仕草が愛嬌を演出している。互いの性別を全くのあべこべで呼び合う二人を前にしても、特に店主は何もコメントはしなかった。案外この世界ではよくあることである。
「そっちは解呪の目処は立ちそう?」
「さっきたった。おまえは?ダリル」
「まだ。どうしようかしらね、私女の子おするの苦手で……。かわいいとは思うけど抱く抱かれる少し……」
「さっさとしないとヤバかったりする?」
「性別固定されるそうよ。この見た目もそこそこ需要ありそうだけどドレス着れなくなるのは嫌ね……」
「適当に目ェ瞑ってやることやっとけよ。相手してくれそうな女はここじゃあそれなりにいるだろ」
「ならあなたが相手してくれたらよくありません?バートさん」
「元とはいえ婚約者の姉貴とヤる気にはならねえよ」
「正論ね」
ふはっ、と愛嬌を与える顔立ちを皮肉げに歪めて笑った「男」───ダリルは、店主を呼んで酒を注文した。それを興味なさそうに見ていた「女」───バートが思い出したように焼き鳥を注文する。
「金と酒がねえとヤッてられねーよなあ」
「まあこの業界じゃあどうしてもね」
「つうか揃いも揃って性転換ものか。どんな目にあった感じ?」
「破廉恥なトラップのダンジョンで引っかかってこうなった後クリーチャー女子に絞りとられた運びよ」
「お疲れ」
「どうもありがとう。あなたは?」
「マッドなサイエンティストに強制肉体改造からの快楽責めもの」
「あなたもおつかれ」
「世も末だよなあ」
くたびれた声で二人は言葉を交わしながら、カクテルに焼き鳥という微妙な取り合わせで黙々と食事を始めた。この二人も例に漏れずゴビロ界隈で活動をしている者たちだ。そしてこの二人が今回こなした案件は、シチュエーションこそ異なるがジャンル的には同一───いわゆる性転換モノだとかTSFだとか言われるもの。つまり本来であれば二人の性別は反転しているのだ。元々ダリルは亜麻色のロングヘアに砂糖を煮詰めたような色の目をしたドールのような女だし、バートは薄い唇と剣呑な目つきが特徴的な長身の男である。ちなみにこの世界、TSFになった場合の治療法は「異性(本来の同性)との性行為」である。曰く本来の性の遺伝子を得ることこそ大切なのだとか。同物同治の発想というやつ?知らんが。
「愚痴くらいは聞いてあげる」
「……随分と親切だな」
「哀れみをかけてやってるの。すごい言われようよ?世を憂いたご令嬢に恋してしまった男のポエム。ぞっとくらい素敵だったわ」
「最悪」
チッ、と深窓の令嬢じみた見た目を歪めたバートのジョッキに、チン、と軽やかにダリルがグラスをぶつけた。
「どうぞお話なさって?私あなたの話を聞きたいわ」
「その見た目でその言葉遣いやめろよ。色々混乱する」
「わがまま言わないの」
「ったく……」
かくして、マッドなサイエンティストによって性別を反転させられた男と、邪なトラップダンジョンで肉体改造された女が、今宵花を咲かせることになったのだった。
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