五章『光明』~第三話 ちょっと一息~
長く過酷な行軍を終え、ステルの町に到着。ここまでに通ってきた道ほどではないが、町も乾いた大地にある。南には砂漠が広がっており、これまた冒険者がすぐに出ていきそうな場所だ。
「ここまで来れば、ブルームに戻るのもそう難しくない。出発はいつでも行けるが……キィもクロも疲れてるだろ。イスパ、出発は明後日以降でいいか?」
「いいよ」
自分のことは言わなかったが、カルスも相当疲れているはず。そのくらいは問題ない。この町で何かいい情報があればそれを探ることになるし。
「助かるぜ。イスパは自由にしてくれていいからな」
言われなくてもそのつもりではある。まずは冒険者ギルドで掲示板の確認。イスパはカルスたちと別れ、ギルドへ向かう。
この町の冒険者ギルドはそこそこの規模があった。ナマルの町の建物が小さすぎただけかもしれないが。
建物の外観をちらりと見てから、イスパは中へ入っていく。冒険者らしき男たちが数人いる。その中の一人はちょうど掲示板を見ていた。イスパもその横に立ち、貼り付けられている紙を一つ一つ見ていく。
「ん? お前も冒険者か?」
「そうだよ」
掲示板を見ていた男が、イスパを見るなり声をかけてきた。イスパは目線は掲示版からそらさず、口だけで答える。
「魔法使いか。目的は魔法の大樹だな?」
「うん」
その大樹の情報を探しながら受け答えする。大事なのは情報なので、意識は目の方に集中する。
「それなら情報があるぞ。世界の中心に近いって町がどこかに……」
「知ってる。ルーガハーツでしょ」
これもお決まりになってきた。世界の中心に最も近い町。どうやらブラウジーのようにその地域の言い伝えがなければ、どこもルーガハーツが中心という認識らしい。
「なに? し、知ってるのか場所を?」
「知ってる。ここからだと北西」
「北西……よ、よし! ありがとなお嬢ちゃん!」
なんか感謝された。イスパは嘘は言っていないが、そんな手放しで信用していいのだろうかと思わないでもない。あの様子だとルーガハーツに向かうつもりだろう。ギルド内の冒険者に声をかけている。
「……ないなあ」
イスパの方は収穫なし。完全になしではないが、さっきの男が言っていたようなことしか書かれていない。どこかに、世界の中心に近い町があると。
「……ふう」
ため息をつき、イスパはギルドを去った。空振りである。ウィセナのような人材もいないようなので、ここでの調査は終了。あとは町の人に聞いて回るしかない。しかし、それもあまり期待はできない。どこの町でも、情報通なのは冒険者。なにせ、冒険者ギルドに情報が集まっているのだから。もちろん、町で得られる情報も含めて。ギルド以上の情報が手に入ることは少ない。ブラウジーが特殊だったのは、冒険者ギルドがないせいもあるのだろう。
町を歩く人たちに大樹のことを聞いてみる。が、誰も知らない。中心に近い町がある、出てくる話はそればかりだ。いつかウェルナが言っていた通り、ルーガハーツ以外の話は荒唐無稽なものなのだろう。誰も信じない。
町の広場にいた人々に聞いてみたが、ここも同じく。目新しい情報は入ってこない。さしものイスパも少々の疲労感を覚え、一旦切り上げようとしたそのときだった。
「世界の中心……相変わらずくだらんのう」
ぼそりとつぶやくような低い声。注意していなければ聞き逃してしまいそうな声だったが、イスパの耳はしっかりととらえていた。
「おじいさん、何か知ってる? 魔法の大樹のこと」
声の主は老人だった。広場にある長い椅子に腰かけ、両手で杖をついている。禿げた頭に白く長い髭。細まった目は視線を地面に落としている。
「中心に近い町など、くだらん。まあ、強いて言うならばここがそうじゃの」
「ここが中心に近いってこと?」
老人の言うことではあるが、興味深い話だ。今までのどの話とも異なる。
「南にある砂漠じゃよ。大樹は砂漠のどこかに眠っておる。それがこの町に伝え残されている話じゃ。若い者は知らんだろうがな……」
「砂漠のどのあたり?」
妙に辛気臭い話し方だが、イスパは完全に無視。目的の情報だけを聞き出す。
「さあのう……それがわかれば誰も苦労はしとらん」
わからないらしい。じゃあ大樹かどうかもわからないだろうと言いたいが、今のイスパは可能性を全て試したい。
「ありがとう」
短く礼を告げ、イスパはすぐに出発した。町の南に広がる砂漠へ。
「あ。おーい、イスパ! ……え、どこ行くの!?」
ちょうどそこへやってきたキヒトを無視し、走った。
近くまで来てみると、意外に広かった。上から見れば砂漠の先も見えるが、地上からではあまりにも広い。このどこかに大樹があると言われても、どう探せばいいのか。ブラウジーでは湖の真ん中という話があったが、今回は砂漠のどこか。見当なんてつくはずがない。
「うーん……」
ひとまず足を踏み入れてみる。柔らかい砂に靴が沈む。目印となるようなものや、何かの手がかりになるようなものは見当たらない。砂、砂、砂。前方全てが砂。それでもイスパは自分の足で進んだ。飛んでいては何か見落とすかもしれない。地面を感じていないとわからないことがあるかもしれない。そうして歩き始めて、しばらく経った頃。
「……ん」
足元に何かを感じた。ほんのわずかに、魔力を感じる。当然、神木などない。緑が見えない砂漠。だが確かに、気配を感じた。
己の感覚を頼りに、足元の砂を探る。手ですくった砂がさらさらと零れ落ちていく。掌の上に残った砂に、それがあった。
「……魔石?」
石というにはあまりに小粒な、砂と言ってもいいほどの小さな物質。それでも、魔力を感じる自分の感覚に間違いはない。
「また、魔石……?」
ブラウジーでもそうだった。湖の底にあったのは、魔石。ここステルの砂漠にも、塵のようではあるがこれも魔石。世界の中心。ルーガハーツとは違う、二つの町の言い伝え。そのどちらも、魔石が関わっていた。偶然なのだろうか?
イスパは静かに考えを巡らせた。ブラウジーの湖は、まああり得る話。誰も見たことのない湖の底、お宝が沈んでいる。眉唾だとしても、古くからの言い伝えとしてあってもおかしくはない。実際。大きな魔石があった。
だがここはどうか。砂に混じってかすかな魔力の気配があるだけ。探せば他にもあるかもしれないが、所詮は塵芥。これをあの湖と同列に語っていいのだろうか。
ただ、ここに来るまでに乗り越えてきたあの岩場地帯。あれだけ石や岩がごろごろしていたのに、魔力の気配は全くなかった。あそこにこそ魔石がありそうなものなのに。この砂漠にはしばらく歩くだけで魔石の気配があるのに、あの岩場は数日歩いても何もなかった。その前の森にも、その後の谷にも。魔石と思われる気配はなかった。たまたま近くを通らなかっただけかもしれないが。
「…………」
どうにも納得がいかなかった。あの岩場にあってもいいだろ、と。戻って岩場を探索しようか……とまで考えたそのとき。
『大きな神木からでも、採れるのは微量だがね。こんな小さな木を生やすのがやっとだ』
ふと、ウェルナが言っていたことを思い出した。魔石は神木に刺激を与えることで生成される。採取できるのはわずか。それが本当なら、微量な魔石が落ちているのは不思議なことではない。むしろブラウジーの方が異常だと言える。
「ここに、神木があった?」
可能性として考えられるのはそれだった。一面の砂だが、神木があった。それが何らかの原因で消失し、魔石が零れ落ちた。神木の残骸は年月をかけて砂に埋もれ、ステルの町の言い伝えになった……とか。風で砂が飛ばされ、魔石もあらゆる方向にばら撒かれている状態だとすれば。
神木があったのがいつなのかわからないが、少なくともここ数年のことではないはず。冒険者たちがルーガハーツに夢中で、こちらが町の老人が持っていた情報となると、下手をすれば数百年単位の古い話になるだろう。
ともかく、この二つの情報には魔石が絡んでいる。これに関してあてになりそうな人物は一人しかいない。
「ウェルナに聞いてみないと……」
本格的に、ブルームに戻る理由ができた。魔石のことを知っているのはウェルナしかいない。こんな話と大きな魔石を持ち帰れば、飛び跳ねて喜ぶかもしれない。
イスパは背負っている袋から一枚の布を取り出し、魔力の気配がある砂をくるむと、植物の蔓で口を縛って収納した。砂も持ち帰る。これでも魔石は魔石だ。
一応、収穫はあった。有益な情報だったと言える。広大な砂漠を全て探索するという苦行を免れただけでも儲けもの。イスパは後ろを振り返り、町に向かって飛んだ。
町の入り口に到着すると、カルスたち三人が集まっていた。イスパはそこを目がけて下りていく。
「イスパ、おかえり。何してたの?」
「砂漠」
キヒトに聞かれ、答える。この三人もイスパの淡泊な言葉遣いに慣れたようで、こんな答え方でも特に戸惑った様子は見せない。
「砂漠に行ってたのか。なんかあったか?」
「まあ、一応」
一応、あるにはあった。曖昧な言い方になるが、それ以上の答えはない。魔法の大樹の情報……とするにはあまりに地味だし不確かだが、収穫はあった。
「そうか。俺らも町で聞き込みしてみたが、特に目新しい情報はなかったぜ……」
カルスたちの方は振るわなかったようだ。この町は大樹に関して熱心ではなさそうなので、それも仕方ない。
「ただ、一つだけ聞けたことがあってね。魔法の大樹は砂漠にあるみたいな。イスパはそれを探しに行ってたんだよね」
「そう」
キヒトもあの老人から話を聞き、砂漠のことを知った。カルスやクロトと合流しここで話し合っていたところ、イスパが帰ってきたということらしい。
「お早いお帰りでしたね。俺たちで何かお手伝いできることはありますか?」
「ん~……」
あると言えば、ある。が、あまりに途方もない。
「先に言っとくが、砂の中を探すってのは無茶だぜ?」
それはそうである。イスパですらそんなことはしたくない。やるなら風で砂を全て巻き上げるしかないが、あまりにも乱暴すぎる。見つけるべき宝を壊してしまうことになりかねない。
「じゃあ、いい」
現状、できることはない。そもそもカルスたちは魔石を見つけられない。仮に砂漠の全てを探索したとしても、何も得られない。それはあまりにもかわいそうだ。
「なら、予定通りか? 出発を急ぐことも遅くすることもないか」
予定では、今日と明日は休息。明後日が出発になる。
「次はどこに向かうの?」
時間についてはそれでいいが、目的地はどこか。
「次は北西だな。そこから更に北に行けばブルームに着く」
いよいよブルームに近づいてきた。ウェルナへの土産もある。その前に新しい町。北西ということは、ここよりもルーガハーツに近づく。大樹の情報もありそうだが、どうせルーガハーツに関わる情報だろうという空気も同様にある。行っておいて損はないが……
「ここからブルームに行くのは遠い?」
「ん? まあ遠いっちゃ遠いが、ブルームの後にそっちに行っても問題ないと思うぞ。イスパの足ならな」
普通の人間なら近い町から行くが、イスパの機動力ならば多少の距離は大差ない。カルスの地図で見ても、ブルームはそう遠くない。ここから直接戻ってもよさそうではある。
「ブルームの場所なら、近くまで行けばわかるんじゃないか? 俺たちは別の町で情報を集めておくからさ」
カルスが手分けする提案をしてきた。イスパ側の効率を考えればいい案だが、重大な欠陥が一つ。
「カルスは冒険者ギルドには行かないんでしょ?」
一番大事な場所で情報収集ができない。それは効率が上がっているのだろうか。
「まあまあまあ……そこはイスパの方が詳しいだろ? 任せたほうがいいじゃねえか」
「ふう……」
調子のいいことを言っている。そんなにギルドに行きたくないのだろうか。
「カルス、お尋ね者とかになってない?」
「なってない……はずだぜ」
どうも信用ならない。どの町でもギルドをチェックしているイスパの耳に、お尋ね者の情報は入っていない。カルスは大丈夫だと思いたいところ。
「じゃあ、私はブルームに行く。そっちはよろしく」
決定。イスパはこのままブルームに帰ることに。北西の町とやらにはカルスたちだけ先に向かう。今日はもう日が暮れるが、明日の朝に発てば、ブルームで用事を終えたイスパの方が早く着くかもしれない。
「わかった。気をつけてな。そのためにも今日はゆっくり休めよ」
「うん」
カルスがイスパの分の宿を取ってくれていた。今日の調査はこれで終了。イスパは宿へと向かった。
結局、カルスたちに魔石のことは話さなかった。言っても理解できない分野というのが半分、ウェルナに持ち帰るまで教えたくないというのが半分。例のあれで三人のことを完全に信用したものの、情報が漏れるかもしれないという心配は別。カルスたちに漏らすつもりがなくても、どこからか知られる可能性がある。他人に秘密を話すとはそういうものだ。
イスパは今日も魔石を大事に抱え、眠った。ブルームに戻ればきっと、何か進展がある。魔法の大樹に更に近づけるかもしれない。魔石という物質を自力で見つけ出したウェルナならきっと、何か光を見出してくれる。そう信じて。
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