五章『光明』~第二話 新たな仲間~
ナマルの町に到着してから五日。ようやく次の町に向けて発つことになった。あれからイスパは暇つぶしのために町の外で動物を狩っていた。狼、熊、ウサギ……暇すぎてずっと外にいたため、昨日にはもう何も見かけなくなっていた。ここが危険な場所だと知り、動物たちが移動したのだろう。
出発の前にイスパは、冒険者ギルドへと向かった。ウィセナの情報収集が終わっているかどうか確認するためである。
「あっ、イスパさん。ちょうど今日、そちらに伺おうと思っていたんですよ」
ギルドに入るとすぐ、ウィセナが声をかけてきた。相変わらず誰もいない。ここまで人がいないギルドはイスパも初めて見る。彼女はいったいどうやって情報を得ているのだろうか。
「調べがつきましたよ。ベスティさん本人かどうかわかりませんが、ルーガハーツ付近で消息を絶った少女がいます」
ウィセナの歯切れがいい。首尾は上々のようだ。イスパは黙って報告を聞いた。
「ルーガハーツから近い場所に小さな村があったのですが、火事で全焼したようです。村人は全滅……かと思われたのですが、幼い子供がただ一人、救出されています。その後、子供は保護されたようなのですが……どういうわけか、急にぷつんと消息を絶っているんです。まるで最初からいなかったかのように」
バーゼル以上に、ベスティの情報は一切ない。情報通っぽいウィセナですら全く知らなかったほどだ。更に、企業秘密のルートとやらで本格的に調査しても、ベスティという名前は出てこない。
「保護したのがバーゼルなのか、そこは定かではありません。私の想像では、別の人物だと思います。子供を村から救出したのがバーゼルなら、情報に足がつくはずです。バーゼルの元にいた子供が急に音沙汰なくなってまたバーゼルの側に……というのは考えにくい」
誰かが火事の村から子供を救出し、保護した。その子供が消えた。現在はバーゼルの側に、ベスティという素性の知れない少女がいる。
「バーゼルが子供を奪ったってこと?」
「その可能性も、あります」
イスパの疑問にうなずき、ウィセナは続ける。
「バーゼルは魔法使いに何らかの実験を行っています。その子供が実験台になり、成功したのがそのベスティという方なのかもしれません」
そうなのだろうか。バーゼルがやっていたのは、ベスティの雷の魔法を使っての儀式。ベスティがいなければ成立しないはず。まだ他にも魔法使いがいるのか、ベスティという魔法使いを得た後であれをやり始めたのか。
「バーゼルの実験。魔法使いに、雷の魔法を撃つ」
「え?」
その内容は簡単に話すつもりはなかったが、ウィセナの話を聞いていると、情報同士がつながるかもしれない。
「実験にはベスティが必要なはず」
今の段階ではここが矛盾となる。ベスティがいなければ、あの実験はできない。もしくはベスティ以外に、強力な魔法使いがバーゼルの近くにいる。
「保護された子供がベスティさんだとすると……もしかすると、すごい魔法の才能を持っていたのかもしれません。それに目をつけたバーゼルが彼女をさらった。その後、ベスティさんを使って実験を始めた……とか」
想像ではあるが、辻褄が合う。イスパはバーゼルの実験を体験したが、いつからあんなことをしているかは知らない。ウィセナの言う通り、ベスティがいるからと始めたのかもしれない。
「雷の魔法となると、使用者は限られます。二人も抱えているとは思えませんが……やはり、バーゼルの周囲を探るしかなさそうですね」
考えにくいが、ゼロではない。バーゼルは秘密裏に動いているのだから、謎の情報網で雷の魔法使いを見つけているかもしれない。全て想像でしかないが。
「私も、バーゼルのことは気になります。引き続き調査しますね、個人的にも」
「そう。じゃあね」
意気込むウィセナに、イスパはさらっと言い放って出ていく。冷たいようにも聞こえるがウィセナは特に気にした様子もなく、笑った。
「冒険の続きですね? いってらっしゃいませ。またいつでもお越しくださいね!」
手を振ってイスパを見送るウィセナ。最後まで笑顔で元気だった。イスパがまたここに来ることはあるのだろうか。あるとすれば、情報を求めてだろう。
少し、進展した。火事で燃えた小さな村。ベスティやバーゼルに繋がるかもしれない情報。また、焼け跡だろうがなんだろうが、直接見れば何かあるかもしれない。だがひとまず今は、カルスについて次の町へ。今は広く情報が欲しい。何か一つを追いかけるのは面倒だ。
「おう、イスパ。用事は済んだのか?」
「終わった」
カルスたち三人はもう集まっていた。いつでも出発できる。
「そんじゃ行くか。ここから東、ステルっていう町だ。前に言った通り、険しい道のりになる。体力と足元に注意するんだぞ」
食料、傷に効く草、色々な物資を持って出発。荷物持ちはキヒトとクロトだが、イスパも最低限は持っている。何かあったらいけないので。
ナマルの町の東側には森。カルスの話によると、これを抜けると大きな岩場が立ち並ぶ地形になっているらしい。ここからだと森に阻まれてそんな地形は見えない。知らずに森を抜けると大変なことになりそう。
「しかもだ。途中に深い谷がある。回り込むこともできるが、かなりの遠回りになっちまう。イスパ、お前なら飛び越えられる距離だと思うが……俺らは力業でなんとかする。それさえ越えれば町は近くだから、案内がなくても町に辿り着けるはずだ」
カルスが一番荷物が多い。背負っている大きな袋の中には長いロープやピッケルが入っている。谷を降りて登るつもりだ。普通は遠回りをするが、カルスら三人ならそんな強引な手段も可能と。
「…………」
「イスパ? どうかしたか?」
何か考え事をしているイスパにカルスが声をかける。が、イスパは首を振った。
「なんでもない。行こう」
「そうか? ならいいが」
気を取り直して出発。まずは森に向かって東に歩く。森に入る直前、カルスが足を止めた。
「イスパ、こいつが虫除けになる。ちょいと臭うが、虫に集られるよりマシだ」
そう言ってカルスが差し出した物を肌に塗る。いつも肩から露出している腕には上着を羽織っているが、短いスカートはいつも通り。足には塗っておく。
草を鳴らし、木の間を通り抜けていく。この辺りもキヒトと巡回していたため、動物の気配があまりない。木の上にはリスや鳥がいるだろうが、四人の歩みを妨げることはない。ただ、虫はそこらじゅうにいる。男どもは手袋もして顔以外の肌を完全に隠しているので問題なさそうだが。
「この森も、抜けるまで長い。少なくとも一晩はここで過ごすことになるだろうな」
いかにカルスたちの能力が高いとはいえ、鬱蒼とした森では足元が常に危険。石や木の根で足をくじきでもしたら致命的だ。今はイスパがいるので多少の怪我は治せるが、怪我をしてもいいやという考えでは命すら危うくなる。
「雨が上がったとはいえ、森の中はまだ湿っている場所も多いですね。イスパさん、お気をつけて」
イスパのすぐ前を歩くクロトが警告した。ちなみに後ろにはキヒトがいる。イスパの前と後ろを守って歩く。
イスパは、こうして団体行動をするのは初めてだった。ブラウジーからの旅路はただ歩くだけだったので、こんな冒険めいたことにはならなかった。ルーガハーツで自然愛護団体を相手にしたときも、なんだかんだイスパが単独で動いていたようなものだった。一丸となって何かするのは初めてだ。
いつもとちょっと違う旅に違和感を覚えつつも、イスパは足を進める。森に入ってから一時間ほど。ようやく広い場所に出た。
「イスパ、大丈夫? 疲れてない?」
「うん」
キヒトが声をかけたが、イスパは真顔でうなずく。何も問題はない。
「涼しい顔、とはこのことでしょうか。男顔負けの体力ですね……」
クロトが感心して苦笑いしている。愛らしい少女の外見とは裏腹に、冒険者として一級品。長い一人旅の経験は伊達ではなかった。
「顔負けどころか、イスパが一人なら、こんなところ通る必要もないんだよな」
カルスの言う通り、一人ならイスパは上を飛んでいる。今回はカルスたちが道案内。上から森を突っ切っても、はぐれては意味がない。悪い言い方をすれば無駄ではあるが、イスパは特に問題にしなかった。森はむしろイスパの味方。何もない荒野に比べれば水分も食料も豊富にある。野宿の際はこうして自分の足で歩くこともある。
「でも、楽しいよね。いつもはむさくるしい男三人の旅だし」
紅一点。男からすれば気分が上がるというもの。イスパは男に媚びるタイプの女ではないが、かわいい女の子がいるだけで男は単純に張り切るものだ。
「冒険者でも、こんな場所は避けて通る。迷ったら終わりだからな。俺らは迷わねえけど」
カルスたちも身一つで世界を旅しているだけあって、方向感覚も優れているようだ。まっすぐ進むだけでも困難な森を、通れる場所を探しながら東に進むというのは更に難しい。
「この調子なら、明日の朝には森を抜けられる。そこからはまた大変だがな」
空すらまともに見えない森は気が滅入る。できれば早く抜けたいところ。軽く話して小休憩した後、イスパたちは再び出発した。
休憩を挟みながら、日中歩き続けた。町と比べて、森は暗くなるまでが早い。日が暮れる前に野宿の準備をする。なんとかそれなりの場所を見つけ、火を起こす。水と保存食はあるが、イスパは周囲を探した。暗いと動物を狩るのは難しくなるが、虫ならそこらじゅうにいる。目視では難しくても、火を近づければ嫌がってうごめく。植物の葉にくっついている芋虫を指で獲る。適切な木の枝を折って先端を尖らせ、串にして虫を刺す。あとは火で炙れば完成。
「……手慣れてるな。野宿のときはいつも食うのか? 虫」
「必要なら」
空腹は冒険の大敵。食べられるものは食べるべき。保存食にできるものは保存するべき。
「大したもんだ。そりゃ強くもなるわな……」
魔法使いとしての強さも、単なる偶然ではない。どうもイスパは広い意味で『強い』らしい。たくましいとも言う。
「俺も見習うべきかなあ。虫嫌いなんだよね」
「まあ、好きなほうが奇特でしょうね」
キヒトもクロトも虫は嫌いらしい。冒険者にとって最高とも言える栄養価なのだが。
「…………」
芋虫をぱくつきながら、イスパはその二人のことを不思議そうに見ていた。おいしいのに、と。クロトの言うように好みはあるが。
「この世界を旅するにあたっては、何が起こるかわからねえ。イスパみたいなのが一番、冒険者向きなのかもな」
使えるものは使い、食べられるものは食べ、奪えるものは奪う。イスパはそうして一人で生きてきた。四人いる今もあまり変わっていないが。
それでも、少し楽しさを感じていた。こんな何もない森の野宿で、賑やかに喋る人たちがいる。イスパ自身は口数が少ないが、別に喋ることが嫌いなわけではない。
「今日はゆっくり休もう。森を抜けてからは上ったり下ったりで大変だからな」
森を抜ければ次は岩場。湿り気や暗さとはおさらばできる。四人は朝を待ち、眠った。
翌日。森を抜け、明るい日差しを全身に受ける……が。
「こっちは暑いねえ」
日差しがあり、なおかつ足元が岩。上下から熱が来る。人間にとっては過酷な環境。
「この暑さと地形の険しさで体力を奪われる。気を抜かないようにな」
体力が減り注意力がなくなると、転倒や落下の危険性が高まる。一時の気の緩みが大怪我につながる。特に落下は死にもつながる。治癒の魔法を使っても、死んだ人間は生き返らない。
「こっからずーっと東に行くと、前に言ってた谷がある。まずはそこを目指すぞ」
すでに目の前の景色が険しいが、この先にある谷を越えなくてはならない。準備や天候を読むことが必要だったのも納得だ。
邪魔な木や草はないし、動物の姿もない。しかし大小の岩が段差を作っており、上り下りが体の疲労を加速させる。そもそも歩きにくい。
……が、イスパはそれすらお構いなしである。上りは風で体を浮かせ、下りは持ち前の身体能力で軽やかに着地。ステップを刻むかのようにトントンと上り、下りる。足場の悪い土地を進んでいるとは思えない動き、なのだが。
「……ねえ、イスパ。その格好でその飛び方は……」
「?」
キヒトが何か言いたそうだが、イスパには彼の意図がわからなかった。飛び方に何か問題があるのだろうか。風はイスパの体一点に集中させているので、横にいるキヒトやクロトを飛ばすことはないはず。
「イスパさん。ここからは俺とキヒトも先に上りますね。イスパさんの方が圧倒的に速いですから。上った先で何かあったとき、俺やキヒトがもたもたしているわけにはいきませんからね」
「わかった」
カルスは先頭にいる。イスパはそれに続き、後ろにキヒトとクロト。イスパが後から上っても、全員が上がり切るまでの時間に差はない。それならばとイスパは納得し、最後に上ることにした。キヒトがクロトに何か目配せしていたが、それもよくわからなかった。
短い会話を挟みながら、岩の足場を伝い歩く。小さな虫が這っていることはあるが、人や動物の気配はない。四人が石を踏みしめる音までよく聞こえる、静かな場所。風もほとんどないため、体感する暑さも強烈。裏を返せば、足場が悪い中でも風に吹かれない。それもカルスの計算の内である。
ゆっくり安全に、しかし確実に。きついだけで面白みのない岩場を歩いて進む。イスパだけが涼しい顔をし、周囲を見回す。神木は見当たらない。そもそも木がない。大樹なんてあるわけがない。何もなさそうだが、実は広い空間があって……なんてことも考えられる。今は探している場合ではないが。
魔法の大樹は、闇雲に駆けずり回って見つけられるものではない。これまでの旅でイスパはそう学んだ。何かしら、大樹につながる手がかりがある。もしこの場所に大樹があるというのなら、それにまつわる話がどこかにあるはず。探すのはその情報を見つけてからだ。
そんな日々が数日。暗く湿った森が懐かしくも感じられる。連日の行軍で疲労も溜まってくる。男三人の口数も減ってきた頃、周辺と比べてひときわ高い岩に乗ったところで、カルスが口を開いた。
「見えたぜ。あれだ」
目標としている深い谷。それを越えれば町はもうすぐとのことだが。
「ふーん……」
確かに、深い。遠くから見るだけでわかる。谷は左右に長く長く伸び、回り込むとどこから渡れるのかわかったものではない。
イスパはその場から飛び上がり、上から確認。谷の底に川が流れている。あれを越えるためには崖を下り、川を渡ってまた崖を登る必要がある。カルスたちは本当にやるつもりなのだろうか。
「イスパはあれ、飛び越えられそうか?」
ふわりと風を吹かせて下りてきたイスパに、カルスが声をかけた。
「問題ない」
見たところ、飛び越えることに苦労はなさそうだった。邪魔な木々もないし、距離もそれほどではない。ひとっ飛びといったところだ。
「先に行ってもいいぞ。あれを渡ってしばらく進めば町が見えてくる。お前ならすぐ着くだろう」
イスパ一人ならばカルスたちよりも格段に速く、体力もまだまだ余裕がある。ついていくよりも一日は早く到着できるだろう。
「このままでいい」
とはいえ、急ぐ旅でもない。早く着いたところで、どうせその次の町に行くのにカルスの案内が必要になる。
「そっか。なら行くか」
変わらず四人で進む。カルスが先頭、イスパは最後尾。ここからは谷まで下っていくことになる。上りに比べればまだ楽か。風で飛ぶイスパにとっては、上りのほうが楽だったりする。上りは飛ぶだけでいいが、下りは落下の衝撃があるので、風でそれを緩和しなくてはならない。少しの衝撃でも蓄積すると足が痛くなるので。
「イスパはさ、恋人とかいないの?」
「いない」
下りになって余裕ができたのか、キヒトが脈絡もなく話を切り出した。イスパは一切の間もなく即答。
「興味ないの? 恋愛とか結婚とか」
「ない」
回答に迷いがない。何も興味がない。
「じゃあさ、俺とかどう?」
「いらない」
ばっさりと斬り捨てられた。よりにもよっていらないと。キヒトが膝から崩れ落ちる。
「……まあ、どのみち今はそれどころじゃないでしょう。イスパさんを振り向かせるなら、大樹を用意することです」
慰めているのかいないのか、クロトがキヒトに言葉を贈る。確かに、イスパを口説くなら大樹がまず必要だろう。前提条件が厳しい。
「そんな口叩ける元気があるなら安心だな。ほれ行くぞー」
一瞬止まった足が、カルスの気のない掛け声でまた歩き出す。キヒトもよろよろと立ち上がり、三人に続く。
「うう……男の純情が……」
「どちらかと言うと下心でしょうに」
思いは届かず。今のイスパを口説けるのはベスティくらいだろう。
「やれやれ……けど、実際どうなんだイスパ? 子供の頃に好きだった男の子とかいないのか?」
「いない」
真顔で否定する。生まれてこのかた、恋愛感情など抱いたことがない。この旅に限ったことではなく、イスパは基本的に一人でいた。
「ストイックに生きてるなあ。ま、そうでなきゃここまで大樹にこだわれないか」
恋にかまけていては目的を見失う。人生の幸せを掴んでしまえば、大樹なんてなくても生きていける。
「そういえば。イスパさんは、大樹を見つけたとしてどうするおつもりなのですか?」
クロトからの質問は、以前までのイスパなら一言で返していただろう。が、今は状況が変わっている。
「今は、わからない。大樹がなんなのかわからないから」
大樹を探すことそのものは何も変わらないが、大樹の想定が違う。
「木じゃないかもしれないんだったな。見つけて何ができるかもわからないよなあ」
魔法の大樹が木であるからこそ、杖にするという目的があった。木ではないとしたらどうすればいいのか。
「大変そうですね……今は俺たちも、共に探す立場ですが」
文字通り世界中を駆けずり回ることになるかもしれない。そういう意味では、イスパについていける三人の男というのは貴重な人材だ。
「そう。大変なことをするぞ。キヒトも、いいな?」
肩を落として歩くキヒトを肩越しに振り返ってカルスが言う。肩と一緒に垂れ下がっていた首がようやく上がる。
「わかってるよ。イスパのためなら……」
キヒトはまだ諦めていないようだった。こちらもある意味たくましい。どこまで冗談でどこまで本気なのやら。
やっとのことで岩場を越え、歩きやすい地面に到達。あとは目の前にある谷を越えるだけ。
「イスパ、先に行ってくれ」
カルスに促され、イスパは飛んだ。一応、今だけ身体強化も使っておく。地面を蹴って跳躍し、風を吹かせて体を制御させつつ飛行する。普段はもっと短い距離を跳ねるように飛ぶが、今日は場所が場所なので一度のジャンプで飛び越える。最後に風で自分の体を押し返して勢いを殺し、ふわりと着地。振り返ってカルスたちを見る。
「…………」
彼らと旅をするようになってから、思うことがある。どこまで信じていいのか。彼らは信用に足るのか。ついてくるのはいいが、肝心なところで大事なものを奪われたりしないだろうか。今もイスパは、夜眠る際には魔石の入った袋を抱いて寝ている。こんなにもわかりやすく奪える物がある中、信用していいのだろうか。
そう考え、イスパは行動に移す。彼らはどうするのかを。
「風よ」
言葉を紡ぎ、魔法を使う。普段よりも強力かつ正確に風を操る。
「昇れ」
谷底から風が吹く。自然ではほぼほぼありえない、下から上へ。これに人が乗るとどうなるか。答えは強い風に吹かれて浮く。暴風で人間の体が飛ばされるのと同じように、浮く。
イスパは再び飛んだ。谷の反対側、カルスたちがいる場所へ戻る。あっけに取られている男三人の目の前に降り立つ。
「飛べば向こう側に行ける」
谷を指差してそれだけ言い、また戻る。三度目にもなると距離の感覚も把握し、一瞬で反対側に到達。谷をわずか数十秒で一往復半。立ち尽くしている三人を待つ。
通常、飛べと言われて飛ぶ者はいない。風に飛ばされると言っても、魔法使いの風。イスパがその気ならすぐに止められる風。また、本当に無事に谷を渡れるのかもわからない。カルスたちはイスパの実力は少し知っているものの、これが成功するかどうかは何もわからないのである。失敗すれば、死ぬ。
しばらく誰も動かないまま時間が過ぎた。いや、過ぎたと言ってもほんの一分くらいだった。たった一分がやけに長く感じた。
「……まあ、イスパがそう言うなら……」
キヒトが最初に足を踏み出した。崖の端に立ち、足に力を込める。
「……待て」
それを制止する声が上がった。カルスも足を進め、キヒトの横に立つ。
「俺が行こう」
キヒトやクロトでもなかなか聞かないような、覚悟を決めたような声色だった。仮にも三人組のリーダーとして、先陣を切る。真剣な目で谷の向こう側を睨み、助走をつけて跳ぶ。
「うおっ……!?」
風の上に乗るのかと思いきや、背後から強風に煽られた。ただ、乱暴に吹き飛ばされるのではない。体の向きなどを制御されており、軽やかに飛行する。イスパは飛んでいるカルスの体をじっと目で追い、最後まできちんと風を使って運んだ。カルスの体はそのまま無理なく着地する。
続いて、キヒトとクロトも飛んだ。同じく、怪我の一つもなく谷を越える。悩んだ時間は長かったが、飛んだのは一瞬。気が付けば、さも当然のように谷の向こう側にいた。
「……い、いやー、余裕だったね。さすがはイスパだ」
「声が震えていますよ」
キヒトがぐっと拳を掲げて言った。どう見ても余裕はなさそうだが。
「一瞬死んだと思ったぜ……ありがとな、イスパ」
何時間もかかるところを数秒で越えた。準備してきた物は無駄になったが、些細なことだ。結果的に無事に谷を越えたのだから。
「合格」
「へっ?」
谷を越えた勇気ある男たちに、イスパが一言言い放つ。急なことに意味がわからず、三人とも目を丸くしている。
「あなたたちは信用できる」
魔法を疑わず命を投げ出せる。それはつまり、イスパのことを完全に信用しているということ。そこまで言って、イスパはまた東に向けて歩き始めた。
「——で、でしょ!? もっと信じてくれていいよイスパ!」
キヒトが何やら嬉しそうにイスパを追いかけていく。調子のいい様子に頭を抱えつつも、カルスも笑っている。
「やられましたね、これは」
「ああ。こんな形で試されるとは思わなかった」
いまいち信用されていないことはわかっていた。それでもいいとカルスは考えていた。が、イスパから試された。自分の魔法を信用できるかどうかを。
「いい仲間が見つかりましたね。これから楽しくなりそうです」
「お前が言うんなら相当だな。ま、その通りだが」
破天荒ではあるがイスパの行動に嬉しさを感じつつ、次の町を目指す。互いに少しだけ、距離が縮まったように思えた。
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