五章『光明』~第一話 情報屋~
「よーし、これからの予定をまとめるぞ」
ブラウジーを出て南東にある町に到着し、宿を取った。いつもと違って四人なので料金も四人分。
「ここはナマルって町だ。次の町はここから東にあるが、東の方角は道が険しい。十分に準備をして、天候も計算して行く」
地図を広げ、指で場所を示しながらカルスが行先について話す。
「ってことで、この町にしばらく滞在する。情報収集もあるし、数日は留まるとみていい」
今日は朝から曇り空だった。宿に着いた今、外はすでに雨。雨の日はさしものイスパも移動が困難になる。雨が数日に渡って続く中での強行軍は、下手をすると命を落とす。雨で体力を奪われる上、足元も滑って危険。イスパの移動法も、雨の中では風の操作が難しくなる。あと濡れる。
「この調子だと、明日も雨だろうな。ま、のんびりやろうぜ」
のんきなものだが、急ぐことでもない。それはいいのだが。
「カルスは、大樹のことを知らないの?」
「ん? 急にどうしたイスパ」
一つ、カルスについて疑問があった。
「世界の色んなところを旅してきたんでしょ? 大樹の情報は集めてないの?」
無関心ならともかく、カルスも大樹に興味を持ってはいる。が、各地から集めたような大樹の情報を言わない。どの町でも話題になっていることなのに。
「あー、いや……」
カルスの歯切れが悪くなった。悪気はなさそうに見えるが、カルスたち三人は盗賊。信用できる人間ではない。
「まあ、白状するとだな……大樹にそんな興味はなかったんだよ。金になるってくらいで。イスパ、お前が大樹のことを調べてて、お前とつるんだらもしかして……って思ったのさ」
思ったよりしょうもない事情だった。詰める気力も湧かない。何か隠していることでもあるのかとイスパは疑ったが、なんでもなかった。もちろん、これが嘘だという可能性もあるが、そこまで気にすると全てを疑うことになって疲れる。
「悪かったよ。騙すつもりじゃなかったんだ」
カルスも反省していることだし、許してやることにした。地理に関してはあてになるし、切るとしてもまだ早い。おそらく本当に、ちょっとした下心で大樹の一部を手に入れようとしているだけなのだろう。
「こうするって決めた以上、ちゃんと情報収集はするさ。イスパが大樹に辿り着けるように。それでいいだろ?」
「まあ、いいけど」
とりあえずよし。情報を集めるなら文句はない。イスパは一貫して、大樹とその情報だけを求める。
「よし。キィ、クロ。イスパのためにもちゃんと情報を集めるんだぞ」
何故かキヒトとクロトに振った。二人は返事をせず、やれやれとばかりに息を吐くだけ。
「冗談はさておき。この町ではどうします?」
カルスの言うことをさらりと受け流し、クロトが言った。
「ひとまずは自由行動にしよう。イスパ、この町には冒険者ギルドがある。行ってみるといいんじゃないか? 俺らはギルドには行かないし」
この町もそこそこ大きい。情報を集めるのも一苦労だ。だが冒険者ギルドならば情報がある程度保管されている。カルスがギルドに行かないというのが気になるが、盗賊だからだろうか。やましいことは間違いなくある。
「でも、この雨だからね。晴れてからでいいんじゃない?」
窓の外を見ながらキヒトが言う。雨の音がだんだん大きくなってきている。野宿であれば雨避けの大きな葉でも探すところだが、今は持っていない。町の中にまで持ち込まない。
「そうだな。とりあえず今日は休もう。イスパ、また明日な」
今日のところは解散。各々、部屋へと向かった。
翌日。雨はまだ降ってはいるが、雨足がかなり弱くなっていた。イスパは町に出て、冒険者ギルドへ向かう。
建物自体はすぐ見つかったが、やけにこぢんまりとしていた。さほど大きな町ではないとはいえ、仮にも冒険者ギルドを名乗るのにこんな小さくていいのだろうか。
イスパはとりあえず中へ。外見が小さければ当然、中も狭い。情報掲示板はしっかりとある。これは特に小さいということもないが、部屋が狭いせいで掲示板が相対的に大きく見える。誰もいないように見えるが、きっと今日は天気が悪いからだろう。
「わっ、いらっしゃいませ!」
出迎えたのはただ一人、輝かんばかりの笑顔を向けてくる少女。頭に猫の耳のような飾りがついているが、あれはなんなのだろう。
「冒険者さん、ナマルの町は初めてですね? ゆっくりしていってくださいね!」
元気だ。イスパは特に返事をせず、掲示板に向かった。誰もいないので少女の視線はイスパだけに向かう。
「魔法使いさんですよね? 何か情報をお探しですか?」
すごく嬉しそうに絡んでくる。冒険者ギルドで見たことのないタイプの人間だ。たいていはむさくるしい男や気の強そうな女ばかりで、こんな人懐っこい少女はめったにいない。しかも彼女、見たところ管理人のようだ。
「魔法の大樹のこと、知ってる?」
イスパからすれば、誰が管理人だろうと関係ない。聞くことはこれだけ。
「おお、やはり大樹ですか! 樹齢三千年、世界の中心にあると言われるあれですよね? それでしたらここから遠く北に行った先に、ルーガハーツという町が……」
「そこはもう行った」
少女の言葉を遠慮なく遮ってイスパが言う。
「そうなんですか? まあお聞きください。ルーガハーツはナマルと比べてとても大きな町なのですが、妙な噂も多くてですね。魔法使いで何かの実験をしているとかなんとか」
「…………」
意外にも、ちゃんとした話が出てきた。ここでは噂程度かもしれないが、あの町では実際にあった。あまり期待できそうになかったのが一転、イスパは黙って聞くことに。
「何も知らない旅の魔法使いが捕らえられるとか……それ以外にも、身寄りのない子供を引き取って、これまた実験台にするなんて話もあったりなかったり」
「子供……?」
ぺらぺらと出てくる言葉の一つに、イスパが反応を示したが、少女の話はまだ続く。
「なんとも怪しい実験ですが、そんな実験をしている人もまた怪しくてですね。バーゼル=リーブスという方なんですが……」
「待って」
先ほどのイスパのつぶやきは流されたが、さすがにその名前には黙っていられなかった。
「バーゼルを知ってるの?」
ルーガハーツで聞き込みをしても、一度も出てこなかった名前。
「にゃんと、それもご存じ? 冒険者さん、何者なんですか?」
「いいから。話の続き」
珍しく急かすイスパ。やっと掴んだチャンス。聞き流すわけにはいかない。
「これは失礼。バーゼル=リーブスは謎の多い人物で、素性がわかりません。ルーガハーツの町長は人前に姿を見せず、色々と黒い話もある……町長こそがバーゼルなのではないかとの噂もあります。単なる想像で、根拠はありませんがね。ただ、バーゼルがなんらかの実験をしているというのは間違いないようです」
それはイスパが身をもって体感した。確かな話だ。噂とはいえバーゼルの名前に辿り着いているこの少女、信用できるかもしれない。
「バーゼルがどこまで関わっているのかまではわかりません。その実験に関連して、なにやら実験台にされたとかバーゼルが関わっているとか町ぐるみだとか……噂は多いですが、決定的なものはありません」
噂は噂。現場を押さえたわけではない。が、イスパは現場を知っている。何かの儀式のようなことをさせられた。それを実行した者がいる。
「じゃあ、ベスティのことは?」
身寄りのない子供。ベスティも実験台にされたことで、あの魔法が身についたのだとしたら。
「べすてぃ? いや、それは初耳ですね。どなたかの名前ですか?」
この少女でも、ベスティのことは知らないようだ。バーゼル以上に存在を知られていない。ひょっとすると、知っているのはバーゼルを除けばイスパだけなのではないか。
「バーゼルと一緒にいた女の子。魔法使い」
イスパは二度会っているが、ベスティのことは何も知らない。強い魔法使いということだけ。イスパと同じで雷の魔法が使えて、火の魔法が特に強力。イスパは風の魔法が得意だが、ベスティは火だろうか。
「ベスティ、ですか……バーゼルに近しい人だとすると、調べる価値は大きいですね。教えていただいてありがとうございます」
少女はにっこりと笑った。最初からずっと笑ってはいるが。
「何か必要でしたら、なんでもお申し付けください。情報のお礼です」
冒険者ギルドには意地の悪い取引をする者も多いが、この少女はずいぶんと公平なようだ。
「そうだ、名乗っていませんでしたね。私はこの冒険者ギルドの管理人……兼、情報屋のウィセナ。ウィセナ=オツィアンです。冒険者さんのお名前は?」
「イスパ=サコバイヤ。情報屋って?」
ギルドの管理人なのは見てわかるが、情報屋とは何か。イスパは今までに聞いたことがない。
「独自に情報を集め、お客様と取引しております。入手ルートについては秘密ということで」
独自に情報を集める。冒険者ギルドに掲示されている情報と何が違うのだろうか。
「ここだけの話、このギルドにはない情報も取り扱っています。ある程度お時間をいただければ、お望みのものを調査しますよ。何かありますか?」
調べてくれるらしい。今のイスパにとっておあつらえむきの存在だ。それと、ある程度の時間。しばらくこの町に滞在するというのがカルスの予定。出発できるまで待つのならちょうどいい。
「バーゼルのことは調べられるの?」
大樹以外で一番知りたいのは、バーゼルとベスティのこと。というより、それも大樹に近づくための情報となるはずだ。
「うーん……難しいですね。私も興味があって色々と探りましたが、今言った以上のことはわかりません」
情報屋でも難しいらしい。徹底的に隠してあるのか、誰も知らないような場所にいるのか。普段からルーガハーツにいたのかどうかもわからない。
「じゃあ、ベスティのことは?」
ならばと、イスパはベスティの話を出す。こちらはもっと謎に包まれているが。
「ベスティという方のことはわかりませんが、魔法使いの女の子なんですよね? 年はいくつくらいかわかりますか?」
「十歳くらいだと思う」
見た目でいうと、ベスティは十歳かそれを少し過ぎたあたり。とてつもない強さだが、まだまだ子供だ。
「その子が、バーゼルが引き取った子供なのかもしれませんね。その線で調べれば、何かわかるかもしれません」
ベスティ本人のことを調べるのではなく、バーゼルがどこかから子供を引き取っていないかを探る。なるほど、狙いはいい。
「その情報がバーゼルに繋がる可能性もあります。やってみましょうか?」
「じゃあ、お願い」
提案に乗り、イスパはウィセナに任せることにした。ウィセナは胸を張って承諾し、ドアを挟んだ隣の部屋に消えていった。ここを空にしていいのだろうか。
その後イスパは一応、掲示板を確認。欲しい情報がないとわかると、すぐに外へと出ていった。
ウィセナに任せた後も町で聞き込みをしたが、大した情報は得られなかった。聞けるのはここから北に行けば世界の中心がある、ということくらい。それと、ルーガハーツの話。イスパがすでに通った道だ。
これまでの旅で、だいたい理解した。魔法の大樹の情報は、一部の人間しか知らない。あるいは、独自の解釈をしていて真偽が定かでない。地理的な中心という意味ではないとわかった今、ほとんどの情報が役に立たないものになった。基本的には皆、地理で考える。そうでない説は裏付けがなく、確かめる術もない。誰かもわからない人が言っている『世界の中心』を片っ端から調べていくわけにもいかない。人間には寿命というものがある。
「世界は確かに存在する。その中心も」
あの村の村長が言っていたことを思い出す。未だに意味がわからない。世界の中心はあった。平らな大地だった。だが何もなかった。この言い方だと、中心よりも世界の方に何か意味があるような気がする。ただ、これに関してはバーゼルの情報以上に見当もつかない。
今はウィセナ次第。彼女が何か見つけてくれれば、変わるかもしれない。
「……ふう」
ギルド周辺で一通り情報収集を終え、一息。成果がないのにも慣れたが、面白くはない。
魔法の大樹。世界中で話題になっている割には、どこにもまともな情報がない。ちゃんとした情報を得られたのはウェルナから。あとはルーガハーツの話ばかり。そのルーガハーツも、巷で流れている中心の情報は嘘。今は穴を掘っている。
イスパは興味がない。大樹以外のことに。知らない町に着いても、その場所を楽しむことをしない。加えて、以前は他人と関わることすらしなかった。
「ちょっと歩いてみようか」
しばらくはこの町にいる。どうせウィセナ以外の情報は期待できないし、暇つぶしの方法を探すのも悪くない。せわしなく情報を集めるのをやめ、ゆっくりと過ごす。本来、旅というのはそういうものかもしれない。町の外は獣やら賊やらで休まることがない。ギルドがあの有様では依頼もないだろう。
というわけで、町に繰り出す。宿とギルドと買い物以外の目的で町を歩くのは久しぶりになる。
本日は曇天。少し肌寒いナマルの町の空気は、穏やかなものだった。道を歩く人も少ない。ブルームのように人が多くなく、ルーガハーツのように道路が整備されていることもない。昨日の雨でぬかるんだ地面を歩く。
イスパは少し、生まれた村のことを思い出した。静かな村だった。畑や川で作業をする人がいるのと、時々子供が走り回っているくらい。あとは鳥や風、川の流れや木を切る音がするだけ。
あの日の朝も、こんな曇り空だった。灰色の空の下、特にやることもなく神木を見上げていた。そこへ突然、雷が落ちた。それまで雷の音なんてしなかったのに、イスパのいる神木のところにだけ落ちてきた。
その瞬間の記憶はない。目覚めた後、父と母にとてもとても心配されたが、なんともなかった。無事だったイスパに、二人とも涙を流して喜んだ。村の人たちも喜んでいた。奇跡だと言っていた。
その後、何故か得られた魔法を披露すると、また村中が喜んだ。以来、イスパは特別な子だと奉られた。それは本人にとってどうでもよかったが、魔法使いになったのは嬉しいことだった。憧れていた神木。噂になっていた魔法の大樹。それに近づくことができた。
あれから十年ほど経った。イスパは立派に成長し、一人で旅をするまでになった。旅に出るとき、みんな寂しがった。それでも、笑って送り出してくれた。村でのイスパはとても愛されていた。
ただ、旅に出てからは変わった。警備隊に追われたり、人に恐れられたり。イスパに優しくする人はいなくなった。ウェルナやオルグと話せたのは、自分に優しくしてくれたからかもしれない。カルスにもそうなるのだろうか? まだ信用はしていないが。
「あっちは何かあったかな」
カルスら三人も情報を集めると言っていた。どこに行ったのかはわからない。何かよさそうな話は聞けたのだろうか。
「……雨だ」
またぽつりと雨が降ってきた。空は未だ一面の灰色。この様子では、今日もこれから一日中降るだろう。踵を返したイスパは、来た道を戻って宿へ向かった。
結局、カルスたちの方は有力な情報を得られなかった。この町も中心に近いはずだが、出てくるのはルーガハーツの話ばかり。おそらく、大樹を求める者は皆ルーガハーツに集まるのだろう。この町には噂しか流れない。ギルドに人が少ないのもそういう理由からか。
ナマルの町での二日目。ようやく雲が晴れてきた。が、カルスは出発はまだだと言った。地面の状態が悪いし、出発した先でまた雨になる可能性があると。最初に言っていた通り、数日はかかる見込みだ。それまでをこの町で過ごす。
「うーん……」
といってもどうしたものか。こういうときに限って、冒険者ギルドに人がいない。ルーガハーツで待っていたときは依頼を受けて暇をつぶしていたが、ここではそれもできない。娯楽もこの町では見かけない。何をして過ごすか。
「やあ、イスパ。暇そうだね」
道の真ん中で突っ立っているイスパに声がかかった。キヒトが手を軽く挙げて挨拶しながら歩いてくる。
「何もなくて困ってない? この町は特にのんびりしてるからね」
何か知ったふうな口ぶりでキヒトは言う。
「この町に来たことあるの?」
「うん。あの二人と一緒にね」
カルスは自分で地図を描いていて、その地図にナマルの町も記されていた。訪れたことがあるのも納得だが、三人はどれほどの距離を移動しているのか。
「前に来たときも、ここから東に向かったんだ。今回と一緒だね。東の道は険しくて大変だったから、兄さんも慎重になってるんだよ」
出発の見極めは過去の経験によるものだった。この三人の脚力と体力でも大変となると、さぞかしきつい道中なのだろう。イスパにはそれすらも通じなさそうだが。
「でも、ルーガハーツに向かう北の道はそれほどでもないんだ。ここに来る冒険者は、たいていは北に向かうみたいだよ。世界の中心に近いってのもあってさ」
この町に人が少ないのはそういうことらしい。皆、大樹を求めてルーガハーツへと向かうのだ。確かに、ルーガハーツと比べなくても、ここは平穏で何もない。冒険者として心が躍るのはルーガハーツの方だろう。
「イスパは山の麓から来たって言ったよね。ここからだとどの方角になるの?」
「さあ……」
方角など気にしたことがなかった。旅に出てから来た道を戻って山に沿って歩けばいつか着くだろうが。
「それじゃ戻れなくない? 村に帰りたいって思うことはないの?」
「ないよ」
少なくとも、大樹を見つけるまで帰るつもりはないしそのメリットもない。村に大樹があるのならすぐにでも帰るが。
「そ、そうなんだ……なんか、イスパってすごいね」
なんだか感心されてしまった。何がすごいのかイスパにはわからないのだが。
「でも、帰る家があるって羨ましいな。俺はそういうのないからさ」
「へえ」
ないらしい。
「…………」
「…………」
会話が終わってしまった。一応、イスパはキヒトの次の言葉を待っているつもりだったのだが。
「……聞かないの? 俺のこと興味ない?」
「ないよ」
「ぐぬっ!」
質問に答えただけなのに、顔面を殴られたかのようにキヒトがのけ反った。
「……ま、まさかそんなはっきり言われるとは……」
なんかよろめいている。ちょっと面白いと思ったが、イスパはそれにも触れない。毎度のことながら、興味があるのは大樹だけ。
「でも、これはこれで嬉しいな。詮索せずに聞き流してくれるっていうのも」
聞けと言ったり聞かなくていいと言ったり忙しい。嬉しいならそれでいいが。
「そう。じゃあ」
無事解決ということで、イスパは立ち去ろうとする。
「ちょっと待って。暇でしょ? 手伝ってよ」
「何を?」
何かあったのだろうか。確かにイスパは暇だが。
「町の近くに、危ない獣が住み着いてるんだって。この町って、冒険者が少ないでしょ? 困ってるらしいから助けてあげようよ」
身もふたもない言い方をすると、獣になめられているということか。冒険者に依頼できないため、この町は安全だと獣が覚えてしまっている。駆除するなり追い払うなりしてほしいと。
「まあ、いいけど」
どうせ暇である。獣だろうと人間だろうと、体を動かす仕事なら特に問題はない。
「やった。それじゃ行こう。こっちだよ」
キヒトの後ろについて歩く。彼が何をそんな嬉しそうにしているのかわからないが、暇をつぶせるのならなんでもよかった。うまくいけば今夜のごちそうが手に入るかもしれない。
町を出て歩く……いや、走った。キヒトの足もすごいがイスパの魔法はそれ以上なので、問題なくついていける。追い越さないように手加減しているほどだ。
「すごいね、イスパは。魔法でなんでもできるじゃん」
前を走りながら、興味深そうにキヒトが言う。
「別になんでもじゃない。魔法でできることをやってるだけ」
火起こし、火消し、風起こし。落雷はさすがに使う場面はないが、日常生活の中でも魔法はたくさん活用できる。野宿において火の魔法ほどありがたいものはない。
「まあそれはそうだろうけどさ。俺みたいな魔法を使えない人にとっては、なんでもできるも同然なんだよ」
魔法を使える。それだけで普通の人間とは違う。普通の人間にはどうやってもできないこと。それが『なんでも』に該当する。
「それに、イスパは魔法だけじゃないじゃん? 戦っても強い。すごいことだよ」
「ありがとう」
イスパはひとまず、褒められていることにお礼を言う。イスパにはなんでもないことでも、キヒトにとってはすごいこと。それでいい。
「……いた」
イスパの目がそれを捉えた。草陰に何かいる。
「え? あ、あれか。よく見えるね……」
キヒトよりも視認が早かった。動き出すのも早い。四足で走る狼に軽々と追いつき、杖に仕込んだ槍で一匹を貫いた。一撃で仕留め、逃げた群れを更に追う。
「女の子にばかり任せちゃ駄目だよね」
キヒトが懐からナイフを取り出し、投擲。イスパから逃げようとしてはぐれた一匹の頭に突き刺さる。
賊とはいえ、この広大な大地を渡り歩いている、いわば冒険者。動物を狩ることには慣れている。カルスやクロトも同じく。
「……ん」
二匹目をやったところで、イスパが動きを止めた。狼たちが狭い木々の中をすり抜けるようにして、森の中へと消えていく。いかにイスパといえど、生い茂る樹木の間を高速で走り抜けることはできない。こればかりは人間の限界。魔法使いだってなんでもできるわけではない。
「逃がした」
残りの四匹がどこかへ行ってしまった。倒したのは三匹。
「ま、しょうがないか。むしろこれだけやれれば上等じゃない?」
七匹の狼の内三匹を倒し、残りは去った。追い払うという依頼は達成だろう。
「お見事だね。狼の足に追いつくなんて」
キヒトは飛び道具だったが、イスパは生身。身体強化を使った。自分の体を強化することで脚力も上がる。その体を更に風で後押しする、イスパが得意とする戦い方。疲れるので瞬間的にしか使えない。が、そもそも身体強化なんていう魔法をまともに使える魔法使いはほとんどいない。魔法使いは、もともと接近戦を想定しない。
「やっぱりすごいよイスパは。さ、戻ろうか」
早く捌いて調理しないと、獣の肉はどんどん腐っていく。仕留めた狼の内二匹をキヒトが担ぎ、町へと戻った。町の人から報酬をもらい、狼の肉も振舞ってもらえた。キヒトと二人での巡回はその後三日、カルスが出発を言い出すまで継続した。
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