四章『再会』~第四話 旅は道連れ~

「おじさんたちは盗賊?」


 ブラウジーの南東にあるという町に向けて進む途中。日が暮れるので野宿することに。夕飯となる獣肉を焼いている最中に、イスパが話を切り出した。


「カルス、な。それと、賊じゃないぞ。最初に言ったろ? 違うって」


 おじさんであることも賊であることも認めない。が、相手が悪かった。


「じゃあ、カルス。賊は賊でしょ?」


 わからないだろうと高をくくっているのかもしれないが、イスパは確信している。この三人がいわゆる賊であると。


「見透かしたような目してくるねえ。ま、そうさ。ケチな盗賊だ」


 カルスが白状した。やっと名前で呼んでくれたから……ではない。イスパにこれ以上嘘をついても無駄と察した。


「最初から気付いてたんだよな? なんでわかった?」

「見ればわかるよ」


 イスパは勘で気付いていた。真っ当な人間ではないと。はみ出し者がまとう特有の空気。イスパはこれまでの旅で、多くの人を見てきた。いい人も悪い人も。盗賊やその類の輩は、雰囲気でなんとなくわかる。日頃から悪いことをしているかどうかが。


「大したもんだ。その年でなんでそこまでになってるのやら……」


 観念したようにカルスが頭を抱えた。カルスたち三人が賊というのは本当のことだ。善良な人からもそうでない人からも、色々と奪って生きてきた。


「そういや、イスパって何歳なの?」


 キヒトが言った。女性に年齢を聞くというのは褒められたものではないが、イスパはそんなことを気にする質ではない。


「十七歳」


 イスパは十七歳。年頃の乙女である。


「俺より年下かあ。あ、俺は二十ね。クロトが二十四で、兄さんは二十九」


 イスパが聞いたわけではないのだが、キヒトだけでなくクロトとカルスの年齢まで公開されてしまった。


「おい、ばらすなよヒトの年を」


 カルスが横から文句を言うが、キヒトはお構いなしに笑った。


「いいじゃん年くらい。おじさんなんだし」

「まだ二十九だろうが」

「二十九はおじさんだよ」


 カルスはまだ若いと言いたいようだ。確かに三十路には入っていないのでセーフと言えるかもしれない。


「それはいいとして。十七歳の女性で一人旅ですか……相当な力をお持ちですね」


 クロトはいたって冷静に話を繋げた。それは誰もが感心するところ。十七歳にして、イスパはたった一人で世界を旅している。生きる術も戦う手段も、誰よりも心得ている。


「そうだよね。イスパこそ、どうやって旅してるの? 盗みとかするの?」

「するけど」


 イスパも当然のように盗みをはたらいてきた。人を殺しもした。だから賊の空気がわかるというわけではないが。


「してるのかよ。俺のこと賊だ賊だ言ってたのに」

「それとこれとは別」


 イスパが盗みをしていようが、カルスが賊だということの罪が消えるわけでもない。賊は相手を賊呼ばわりしない、なんてことはない。


「いいじゃん。親近感湧くよね」


 一方こちらは、のんきな若者。イスパと自分たちに共通する点があったことに、キヒトは純粋に喜んでいる。


「それで生き抜いているのですから、なおのこと強者ですね。警備隊に目をつけられることもあったでしょう」


 賊に怯えて生きるのもこの世界ではよくあるが、賊として生き残るのも簡単ではない。町の警備隊に取り締まられることもあれば、冒険者ギルド経由で依頼を受けた腕利きが討伐に出ることもある。


「つーか、イスパは俺らのこと殺しに来てたじゃねえか。ギルドにも出入りしてるのか?」


 賊まがいのことをしていながら、冒険者ギルドの依頼も受けている。珍しいことと言える。


「ギルドに行くのは情報のため」


 魔法の大樹の情報を求めて、各地のギルドに立ち寄っていた。いつの間にか依頼を受けるようになったが、本来の目的はそれだけだ。


「熱心だな。魔法使いなら普通かもしれないが、そこまで大樹を追い続けるのも大変だろ」


 夢を見るのは普通。実行するのは難しい。世界のどこかにある、魔法の大樹。この広い世界でそれを探し続けるのは、並の気力ではできない。まして単独では。


「俺たちは魔法を使えないので、魔法使いの感覚はわかりませんが……大樹というのは実際、どれほどの価値があるのでしょうね」


 魔法使い以外にとって、神木はただの木。金にはなるが、当然ながら労力がかかる。腕のある魔法使いは、基本的に自分の杖を常備している。買うのは魔法使いになったばかりか、あるいは魔法使いを志す者。たいていは後者が騙されて買う。もっとも、売る側も神木の良し悪しなんてわかっていないので、騙されたはずが本当にいいものを買うこともあるが。


「なあイスパ。もし大樹が見つかったら、ちょっと分けてくれよな」

「分けられればね」


 先に言った通り、今は大樹の存在があやふやなものになってきている。分けるとかそういうことができないかもしれない。


「木じゃないかも、か。だとしたらなんだろうな。イスパには見当ついてるのか?」

「…………」


 カルスの質問に、イスパは静かに考えを巡らせた。見当、というほどではない。今のところは憶測でしかない。


「……さあね。わからない」


 いい加減なことは言わないようにしておいた。それに、カルスたちが完全に信用できるわけではない。妙なことを言って出し抜かれたらたまったものではない。


「なーんか含みを感じるが……まあいいか。俺らには理解できない話だろうな」


 カルスもカルスで潔かった。大樹が地面から生えているわけではないとなれば、魔法を使えない素人が議論するのは難しすぎる。大樹の価値そのものが、魔法使いとそれ以外とでは全く違うのである。


「ともかく、これからよろしくな。大樹を探すなら協力するぜ」


 カルスがそう言うと、他二人もうなずいた。協力してくれるらしい。イスパに非はなかったとはいえ、イスパはカルスたちを殺そうとしたことがあるのだが。カルスだけでなく、キヒトとクロトもイスパのことを買っているようだ。一人だった頃は追われたり不審者扱いされたりが多かったイスパだが、今はまるでそれと正反対。ブルームの町でウェルナに会ったあたりから、イスパの旅は変わった。

 同時に、イスパの心も変わりつつあった。ルーガハーツでもそうだったが、人と接しているのが楽しいと感じる。以前のイスパでは考えられなかったことだ。一人でいるのが当たり前、他人など自分の邪魔をするだけの存在だと思っていたのに。


「ねえ、イスパのこと聞かせてよ。どこから来たの?」


 キヒトが何やら嬉しそうに話しかけた。二十歳の割に無邪気なものだ。


「山の麓の村から」


 イスパの出身はとある山の麓。旅に出るまでずっと、壁のような高い高い山を見て育った。


「山の麓? ってことは、世界の端っこかな」


 この世界は山に囲まれている。ということはキヒトの言う通り、山の麓は世界の端ということになる。そんなことイスパは意識していなかったが、理屈ではそうなる。


「そういや、イスパは空を飛べるんだろ? 山の上まで行ったことないのか?」

「高すぎる」


 イスパの身体強化と風の魔法をもってしても、山を登ることはできない。高度、勾配ともに人間が登れる地形ではない。仮に登り切ったところで、無事に降りられるかどうか。


「お前でも登れないのか。じゃあ人間には無理そうだな」


 それはどういう意味なのだろうか。イスパは特に言及しないが。

 実際、イスパの村の山は非常に高い。人間では登れないというのもあながち間違いではない。世界が山に囲まれているというのも、あの山が人間を阻んでいるからそういう発想になったのかもしれない。


「世界の端から中心まで旅をしてきたということですか……それも、お一人で」


 カルスたちも相当な距離を移動しているが、イスパもそれに劣らない。イスパは地図を描かないし読まないが。


「魔法は、どうやって使えるようになったの?」


 キヒトが更に質問を重ねる。イスパに興味津々のようだ。


「小さい頃に雷に打たれた」

「……へ?」


 キヒトが目を丸くして固まった。カルスとクロトもまた、驚いて目を見開かせている。


「雷に……? よ、よく無事でしたね……」

「まあね」


 無事だった。何事もなかった。なぜか。


「風の魔法で飛ぶなんて見たことなかったが、イスパが特別なのか……?」


 雷に打たれても生きている。それで魔法使いとなり、実力も桁外れ。その雷が原因と言えなくもない。本人は全く自覚がないが。


「こりゃ本当に、イスパが大樹に一番近いかもなあ。期待しとくぜ」

「ふーん。まあ好きにすれば」


 イスパのそっけない態度に、カルスは声を殺して笑っていた。実に楽しそうである。一攫千金のお宝に近づいているのが嬉しいのだろう。

 その後も四人は話し合った。イスパのこと、大樹のこと。やがて眠りにつくまで。

 ルーガハーツで波乱があったが、今は穏やかな時を過ごしている。奇妙な三人組とつるむことになったが、イスパは今はそれでよしとした。

 魔石を届けにブルームの町に戻るまで。いくつ町を渡り歩くかわからないが、大樹の情報はあるだろうか。ちょっぴり期待もしつつ、イスパは静かに眠った。明日からの新しい旅に備えて。

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