四章『再会』~第二話 おじさん再び~

 それから数日。消えた自然愛護団体の追跡調査が行われた。しかし大した情報が得られないまま、時間だけが過ぎていく。

 イスパはギルドの仕事をこなして金を稼ぎながら暮らしていたが、暇だった。周辺で暴れていた愛護団体の情報もぱったりとなくなり、もうどこか遠くへ行ってしまったのかもしれないとの噂も流れている。イスパもあれから、ベスティの姿を見ていない。バーゼルのことも。

 不思議なことに、毎日調べてはいるが、バーゼルらしい人物の情報はない。旅の魔法使いが罠にかけられているというのも、冒険者ギルドの人間しか知らない。さすがに表立ってあんな研究をしているわけではないようだ。それにしても、バーゼル=リーブスの名前すら出てこないのは妙だが。

 ルーガハーツの情報に手ごたえを感じていたが、ここにきて完全に途切れてしまう。世界の中心はあてにならず、何か手がかりがありそうなバーゼルはベスティとともに消え失せた。イスパにとっては調べがいがない。町長は冒険者ギルドを嫌っているらしく、取り合ってもらえない。自然愛護団体との黒い噂があるくらいだし、怪しいのだが……無茶をすると冒険者ギルドが潰される危険もあるとオルグに諭され、それについては諦めた。世界の中心に最も近い町で、情報が得られなくなるのはまずい。

 待つしかない。そんな退屈な時間が今日も続く。時間にすると数日だが、手ごたえがなさすぎた。何も見つからないし何も進まない。町も外も、調べるところがなくなってきた。調べようにも手がかりがない。


「……ふう」


 少しはギルドからの情報を待とうと思ったが、そろそろ限界が来ていた。ずっと自分の足で大樹を探していたイスパは、ただ待つということが苦手になっていた。


「探しに行こうかな」


 どちらにせよ手がかりはないが、じっとしているよりはいい。ルーガハーツにはまた戻ってくることもできる。

 イスパはふらりとルーガハーツを出た。誰にも見られず、町から離れていく。ギルドの仕事でいくらか外は歩いた。今回はあまり行ったことのない場所を目指す。広い広い平地をまっすぐ突っ切ると、ごつごつした岩場があった。ルーガハーツ周辺だけが平らな土地になっているらしく、少し離れると地形が変わる。建築しやすい土地だからこそ、あんな大きな町になったのだろう。

 この辺りまで来ると人の気配がなくなる。世界の中心を調べている人たちも、ここまでは来ないようだ。ルーガハーツ付近には川が流れているが、このあたりには水が来ていない。そもそも人が住むには適していない様子だ。


「……ん?」


 何かを見つけた。死角だらけの岩陰。崖がくりぬかれたような天然の穴倉。近くを通らないと気付かないであろう空間に、人がいる。


「誰? そこにいるの」


 こんな水もない場所に誰が住んでいるのか。覗いてみると、何故か見知った顔があった。


「おお? あんときの嬢ちゃんじゃねえか。なんでこんなとこに?」


 そこにいたのは、賊のおじさん。ブルームの町の冒険者ギルドで、マルスから依頼を受けたときのあの人だ。賊退治をしてほしいと言われたが、この人が別のどこかに去るという条件で見逃した。それがここで再会。


「おじさんこそ、何してるの?」


 互いにずいぶんと遠くに来たものだが、まさかの再会。イスパは特に興味はないが、おじさんのほうはなんだか嬉しそうだ。


「ルーガハーツに行くって言ったろ? 今はここで暮らしてるのさ。嬢ちゃんこそ、もう行ったのか?」


 そういえばそんなことを言っていた。本当のことを言っていたらしい。


「うん、行ったよ」

「そいつはよかった。で、欲しい情報はあったのか?」


 情報。ちょうど今探している最中ではある。


「今はない。おじさん、何か知らない?」


 大樹に近づきはしたが、その後の手がかりがない状態。賊のおじさんが何かを知っているだろうか。


「カルスだ。カルス=ライマン。嬢ちゃんの名前は?」

「イスパ=サコバイヤ」


 お互いに名前を知らなかった。賊のおじさんはカルスというらしい。


「イスパか。残念だが俺は何も知らないんだ。大樹のことも、世界の中心もな」


 カルスも単なる賊。ウェルナやバーゼルのような知識はないだろう。ルーガハーツの情報はイスパにくれたが。


「じゃあ、別の町がどこかにない?」


 ブルームから遠く離れたこの場所に来ているということは、賊とはいえ旅人。その手の情報ならあるかもしれない。


「こっからだと……遠いがあるっちゃあるな。あっちだ」


 カルスが指差した方向は、イスパがなんとなく目指していた方角とは違っていた。しかしルーガハーツに戻る方角でもない。


「ありがとう。行ってみる」


 その町も、一応は世界の中心に近い場所ということになるはず。何かしら情報があるかもしれない。少なくとも、何もなくなったルーガハーツよりは期待できる。


「まあ待ちなって。なんか目星はついてんのか? どういう情報が必要とかさ」


 カルスも魔法の大樹を狙っている。大樹の枝を売るのが目的だが。


「大樹は世界の中心には生えてなかった。大樹がなんなのか調べてる」


 隠しておくことでもないので、カルスにも情報を共有する。彼も各地を旅しているようだし、何かわかることがあるかもしれない。


「へえ? 木じゃないってことか? そいつは考えたことがなかったな」


 一般的な考え方ではない。ルーガハーツの民はともかくそれ以外では、地面から生えている木だと考えるのが普通。その可能性が薄いことをイスパはその目で確かめてきた。


「けど、そう考えてるってことは根拠があるんだよな。何か見つけたのか?」


 興味津々なカルス。本気で大樹を狙っているのか、イスパの話で興味が出てきたのか。


「バーゼル=リーブスって人、知ってる?」


 知らないだろうが、一応聞いてみる。ルーガハーツでも全く得られなかった情報。


「バーゼル? さあ……聞いたことねえな」

「じゃあ、ベスティは?」

「それも知らねえな。誰なんだそいつら?」


 知らなかった。予想通りではあるが。いったいあの二人な何者なんだろうか。そもそも、ルーガハーツの人間なのだろうか?


「バーゼルは、世界の中心について調べてる人。ベスティは私が会いたい人」


 また会えるとイスパは信じていた。そうでなければ魔法の大樹に近づけない……そうも思えた。あの二人には何かがある。


「そうか。そいつはすまねえな、力になれなくて。それより、次の町に行くんだろ? 案内してやるよ」

「いらない」


 イスパには同行してもらう理由がなかった。カルスとその仲間らしき二人。風の魔法を使うイスパとは速度が違いすぎる。


「そう言うなって。俺らも大樹には興味がある。調べる人手は多いほうがいいだろ?」


 確かに人手はあった方がいいかもしれない。イスパは他人を使うということをしないが。


「それに、こっからその町までの道は険しいぞ。方向感覚も怪しくなる。迷ったらまずいだろ?」

「上から見れば迷わない」

「上……? どういうことだ?」


 カルスはイスパが飛べることを知らない。説明するのも面倒なので、イスパはその場で軽く浮いてみた。


「おお……? 魔法使いってそんなこともできるのか?」


 カルスも他の二人も、浮いたイスパに驚いている。イスパにとって飛ぶは普通のことだが、そういえば他の魔法使いが飛んでいるのを見たことがない。


「それなら問題ないかもだが……ま、いいや。じゃあ俺らもその町に行くから、追いついたらよろしくな」

「わかった。それじゃ」


 形式的な了解の返事だけをして、イスパは風のようにその場を去った。本当にわかったのか、適当に言ったのか。


「……兄貴、ルーガハーツに行くんじゃなかったんですか?」


 イスパの姿が見えなくなってから、仲間の一人である黒髪の男がカルスに声をかけた。


「大樹の情報がないって、あの子が言ってたろ? じゃあ行っても無駄さ」


 イスパに会ったのはこれが二回目。たったそれだけだが、カルスは彼女のことを信用していた。魔法の腕、そして見た感じの能力。信用に足る要素があった。


「兄さんってそんなに大樹欲しがってたっけ? あんまイメージないんだけど」


 もう一人、赤い髪の青年も疑問を口にする。カルスはそこまで大樹にこだわっていないはず。


「前はな。今ちょっと欲しくなってきたんだよ」


 あのイスパという少女が影響した。世界の誰も見たことのない魔法の大樹。彼女はそれに近づこうとしているし、実際に近づいているはず。


「あの嬢ちゃんについていけば近道だ。本当に一攫千金があるかもしれねえぞ」


 夢が広がる。カルスは勇んで立ち上がった。イスパの後を追い、ここから南へ。


「魔法の大樹か……どこにあるんだろうな」


 まだ見ぬ夢に思いを馳せつつ、カルスは仲間を伴って歩き始めた。

 

 



 あの日以来、ずっと調子がいい。焚火をぼーっと眺めながら、イスパは考えていた。

 体の調子がいい。魔力の調子がいい。魔法の調子がいい……どれで表現すればいいかわからないが、とにかく調子がいい。気分が高ぶり、イライラしない。そのおかげでルーガハーツでうまくやっていけた。ギルドの仕事を積極的にするなんて初めてのことだ。理由はわからないが、きっかけはわかる。


「ベスティのあれ、気持ちよかったなあ」


 バーゼルのあの儀式は、意味があったのだろうか。調子がよくなったのは間違いなくあれからだが、直接の原因はなんなのか。魔力が満ちているのは儀式のせいか、ベスティの雷のせいか。イスパは過去、雷に打たれて魔法使いになった。それも関係しているのだろうか?

 ともかくそのおかげで、体が軽い。心なしか、風で飛ぶ移動法も速くなった気がする。風力が上がったのか、風の流れをより読めるようになったのか……もうどれがどうだかわからない。元々、イスパは理論で考えるタイプではなかった。ともかく行動する。生まれた村ではそれが当たり前だった。考えるより行動した方が早かった。

 大樹についても同じ。村には外からの情報なんて入ってこないので、自分の足で探しにいくしかなかった。だから今も、ただ進む。歩いて、走って、飛ぶ。体で探す。

 カルスと別れてから今日一日、かなりの距離を進んだ。町までは遠いとカルスは言っていた。確かに、この辺りは人が住んでいそうな場所がない。緑や川がある場所まで行かないことには、町には辿り着けないだろう。

 木が極端に少なく、また神木も見当たらない。何もないところに神木だけひょっこり生えていることもあるのだが、それもなさそうだ。伐採して持っていくには町まで遠すぎるし、元々不毛の大地なのだろう。


「意外とこういう場所にあったり?」


 ふとそんなことを思いつき、イスパは夜の空に飛び上がった。昼間は移動中に見ているが、夜の世界とはどういったものか。光源など何もない闇。人が火を起こさなければ、月の明かりしか頼れるものはない。


「ん~……」


 見えない。夜に光る植物や虫くらいはいるだろうが、なんだあれはと期待するようなものはない。


「そう簡単にはいかないね」


 夜に上から見たくらいで見つかるのなら苦労はしていない。何の手がかりもなしに目視だけで探すのは無理がある。ウェルナやバーゼルがやっていることは、無茶に見えて実は合理的なのかもしれない。行動よりも論理。そういうこともあるかもしれない。イスパは冷静に、地上へと降りていく。

 ただ、夜に調べるというのは効果的かもしれないと思えた。夜は人間にとって恐怖すら感じる危険な時間。昼間と比べると、大樹の捜索は圧倒的に困難。もしも魔法の大樹が、夜にしかその存在を感じ取れない存在だとしたら? それを裏付ける根拠があるとしたら?

 考え始めたらキリがない。それでも、この世界の人々はずっとそうやってきた。ああでもないこうでもないと考え続け、今も大樹を求め続けている。


「実は動いてたりして」


 あらゆる可能性を想定すると、そんな考えも浮かんでくる。大樹はどこかに固定されているのではなく、動く生き物。あるいは流木のように流されるか、木の葉のように風に吹かれて飛ばされるか……そんなことだともはやお手上げだが、それでも誰かは探すだろう。そして、イスパもその内の一人である。


「明日には町に着くといいなあ」


 そろそろだろうと期待しつつ、イスパは横になって目を閉じた。

 



 

 ブルームの町の夜。ウェルナ=ナトゥアは今日も一人、暗い家で我が子を眺めていた。小さな小さな神木。大事に育てた命は、今日も何も変わっていない。幹から枝の一本まで、いつもと同じ。

 ただ、枯れることもない。寿命が長いのか、神木は枯れることがないのか。


「ふむ……」


 明かり一つで神木を眺め続けるのは目が悪くなりそうだが、やめるわけにもいかない。魔法の大樹を求め、何年も続けてきた。自分にできることを。自分にわかることを。愚直に。

 ウェルナは足で探せるタイプの人間ではない。それでも、いやそれだからこそ、自分のやり方で大樹を見つけようとしている。


「……来るのなら事前に言っておいて欲しいね。と、キミに言っても駄目か。失敬」


 いつの間にか入ってきていた人物に苦情の一つも言おうと思ったが、やめた。そういう話の通じる相手ではない。

 ウェルナが歩み寄ると、訪問者は手紙を差し出してきた。ウェルナは不思議がることはなく黙って受け取る。明かりを近づけ、手紙を読み始める。

 最初は、乗り気ではなかった。どうせいつものことだろうと、やれやれとばかりに読み進めていたのだが。


「…………!」


 ある箇所を読んだところで、止まった。見間違いではないかと何度も見返すが、間違っていない。勘違いではない。


「本気でこんなことを……いや……」


 その内容について訪問者に問いただそうとしたが、できなかった。どうせ答えは返ってこない。

 手紙に書かれている内容が理解できなかった。何かの冗談で書いているとしか思えなかった。思わず口に出てしまった。そんなことを言っても、この人物からは言葉が返ってこないのに。


「……すまない、取り乱してしまった。返事を書くから、少し待っていてくれるかな」


 言いながら机に向かい、ウェルナは紙に文字を書き始めた。いつもなら形式的な返事だけで済ませるのだが、今回ばかりはそうもいかない。聞きたいことが山ほどある。手紙でなくこっちから会いに行ってやろうかとすら思えるが、ウェルナにそんな体力はない。


(無事ならばそれでいいが……イスパ君、キミはいったい……?)


 去っていったイスパの顔を思い出す。会った時受けた印象とはまるで違っていた。動揺する心を押さえつけ、ウェルナは文字を書き連ねた。

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