四章『再会』~第一話 自然保護団体~

 それから数日後。その時がやってきた。自然愛護団体の本拠地へと乗り込む。団体の最近の動向から、ギルドが場所を突き止めたらしい。目標は本拠地を制圧し、団体を壊滅させること。残念ながら団体の代表がどこの誰かはわかっていない。ルーガハーツとの黒い噂も含め危険はあるが、派遣された冒険者たちの士気は高い。

 イスパもその戦列に加わっている。ぞろぞろと歩く冒険者男女集団の一番後ろでついていく。


「もうそろそろだ。準備しとけよ、イスパ」


 隣を歩くオルグから声がかかる。


「いつでもいいよ」


 イスパはいつでも準備万端。というより、準備するようなことがない。一応、杖は手に持っている。


「止まれ。あそこだ」


 岩陰に隠れつつ、先頭集団が足を止めた。石造りの小さな建物と、それを囲う木の壁。侵入者を阻む柵も設置されている。町から離れた場所にひっそりと佇む砦。武器を持った男が数人、見張りとして立っている。


「見張りの人数は少ないな。どうする? 突っ込むか?」

「そうだな……魔法を撃ち込もう。誰かいけるか?」


 この作戦のリーダーとして仕切っている男が言った。魔法使いの女が一歩前に出て杖を構える。後方にいるイスパもそれを見ていた。


「……ん」


 魔法の準備が完了し、火の玉が砦に向かって飛んでいく。その途中、気配に気付く。


「オルグ。伏せたほうがいい」

「何? おいみんな、伏せろ!」


 オルグにはさっぱりわからなかった。だがイスパがそう言い、自らも姿勢を低くしている。それを見てとっさに叫んでいた。


「うわあぁっ!?」


 爆音。数人は間に合った。体を屈めて耐えた。だが多くは爆風に飛ばされた。火の魔法を放った女の姿は既になかった。砦の方角から高速で飛んできた炎がこちらの火の玉をかき消し、そのまま女魔法使いに着弾したようだ。女の姿は跡形もない。


「ぐっ……何が起こったんだ……!? イスパ、無事か!?」

「うん」


 イスパはぴんぴんしている。身を屈め、風の魔法で自分への爆風を押し返していた。なんなく立ち上がり、砦に向かって歩き始める。


「おい待て、大丈夫なのか? こんな魔法を使うやつが相手なんて……」

「多分、ベスティ」


 イスパには見当がついていた。火の魔法。圧倒的な魔力。ベスティしか考えられない。何故ここにいるのかはわからないが。


「な、何……!? イスパ、今なんて……?」


 まだ動けないオルグたちを置き、イスパは進む。見張りがいると言っていたが、今は見当たらない。だが気配は感じる。見張りではなく、魔法の。ベスティはまだここにいる。


「見つけた」


 柵を避けて中に入る。ベスティが一人、佇んでいた。相変わらず焦点の合わない目をどこかに向けている。イスパのことに気付いているのかすらわからない。


「会えてよかった。お話ししない?」


 イスパはのんきに声をかけていた。オルグたちのことは知らないが、イスパにとっては特に大変な状況でもない。ベスティと話すチャンスだ。

 ベスティは答えない。何も話さない。もしかしたら声が出ないのだろうか。そんなふうにも思えてしまうが、それでもイスパはベスティの返事を待った。


「ん~……」


 待ってみるが、動かない。話さないし、攻撃もしてこない。先ほどは派手に吹っ飛ばしたが、今は対照的に全く動きがない。植物のように立っているだけ。白い髪が風でふわふわと揺れる。

 しばらく待ち、イスパが動いた。ベスティへと近寄ろうと一歩を踏み出す——


「おっ……と」


 その瞬間。火柱が上がった。イスパを炎が囲う。あの時と同じ。だが今回は単なる足止めではない。完全にイスパの動きを封じた。


「イスパ! 無事か!?」


 オルグの声が聞こえる。あちらに攻撃は行っていないようだ。イスパは風に乗って飛び上がり、炎を飛び越える。前回と違って屋外なので、上が空いている。ベスティがいた場所を見下ろしてみるが、いない。さっきまでそこにいたはずなのに。火柱がまだあるということは、遠くまでは行っていないはずだが。

 探している間に、火柱が消えた。結局、ベスティの姿は見つけられなかった。まるで消えたかのようにいなくなった。


「うーん……残念」


 せっかくのお喋りの機会を逃し、イスパは少し落ち込んでしまう。バーゼルもいないという絶好の機会だったのに。

 ふっと息を吐いて周囲を見渡す。ベスティどころか、人の気配もない。とても敵の拠点だとは思えない。


「オルグ、もう誰もいないみたい」

「ん? あ、ああ……」


 オルグは何やらぼーっとしていた。ベスティの魔法に圧倒されたのだろうか。


「女の子を見なかった? 白くて長い髪の」


 オルグにベスティを見ていないか聞いてみる。イスパからは火柱で見えなくても、その外にいたオルグが見ているかもしれない。


「……いや、見なかったな。火の魔法で向こう側が全く見えなかった」

「そう……」


 これまた残念。せめてどの方角に向かったかわかればよかったが。まあ、また機会はあるだろう。


「イスパ、傷を治す魔法は使えるか? あいつらを助けてやってくれ」

「わかった」


 オルグが目線で示した先。爆発の衝撃で吹き飛ばされ、大けがをした者がいる。また、焼かれてしまったのも含め、数人が死亡した。たった一発の魔法で。

 治癒の魔法を使い、傷ついた人たちを治す。簡単な傷や疲労ならこれでばっちり治る。腕が取れたりしたら無理だが。


「ここが奴らの拠点だったのは確かだ。どうやら、もう引き払った後みてえだな」


 敵もおらず落ち着いたところで、オルグが話を切り出した。


「やはり情報が流れていたか……くそっ」


 自然愛護団体がルーガハーツとつながっているのなら、冒険者ギルドのこの作戦が漏れていても不思議ではない。もちろんそれを承知で来たが、計算外だったのは敵の魔法使い。


「あんな魔法を使う奴がいるとは……何者なんだ?」

「ベスティだよ」


 リーダーが独り言のように言った疑問に、イスパが答える。


「ベスティ? さっきの魔法使いの名前か?」

「そう」


 どうやらベスティのことはギルドに知られていないらしい。この様子だと、バーゼルのことも知らなそうだ。


「そのベスティという人物が、愛護団体の首謀者か?」

「違うと思う」


 その可能性もあるにはあるが、イスパにはそうとは思えなかった。バーゼルの命令で動いているようだったし、組織のトップだけがここにぽつんと残っているのも妙だ。最後まで戦うつもりならまだしも、仲間は皆逃げているのだから。


「もしかすると、ここはただの囮だったかもしれねえな」


 ここが本拠地だという話を流布し、誘い出した。それもありえる。確かなのは、愛護団体に逃げられたということ。そう簡単にはいかないようだ。


「失敗か……甘く見すぎたようだ」


 失敗。犠牲者が出た。反対に、あの魔法から生き残った者もいる。オルグの声でとっさに伏せ、最悪の事態を逃れることができた。


「まあ、過ぎたことはしょうがねえ。あんな魔法使いがいたんじゃあな。あの砦も、中はもぬけの殻だった。帰ろうぜ」


 オルグが中を確認したが、誰もいないし何もなかった。完全に引き払ったか、最初からはりぼてだったか。いずれにせよこれで、自然愛護団体について更なる調査が必要になる。イスパ他、生き残った者たちは引き上げることに。


「…………」


 皆がルーガハーツに向けて歩き出す中、オルグはもう一度敵の砦を振り返った。


「ベスティ、だと……? いや、まさかな……」


 疑念を振り払うかのように首を振り、やがてオルグも町に向け足を進めた。

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