三章『ルーガハーツ』~第四話 疑惑の組織~

 ルーガハーツ三日目。イスパは宿を出て、歩き始めた。昨日まで行っていなかった場所へ。まずはどこの町にも当然ある、食べ物を売っている店がずらり。武器や防具を売っている店、おしゃれのための服やアクセサリーを売っている店……他の町とそこまで違いはない。どの店も規模は大きいが、何か特別なものがあるわけではない。食材も武器も質はいいが、それだけの違い。

 こういった大きな町では、冒険者ギルドの存在が大きい。賊退治やら何やら、たいていの仕事は冒険者ギルドに回ってくる。ルーガハーツには魔法使いも多くいるため、魔法を活用して解決できる依頼が多くある。

 小さな町の冒険者ギルドは単なる旅人の集まりでしかないが、大きな町では有利な職場となる。こういった場所でまとまった収入を得てまた旅に出る、なんて冒険者もいる。最初から稼ぐために来たという者もいる。だからといって冒険者の地位が高いかと言われると、そんなことはないのだが。

 この日、イスパはひたすら歩いた。町をすみずみまで歩き回った。が、めぼしいものは見つからない。やはり、あの宿泊施設が怪しい。イスパはもう一度あの建物へと向かう。


「…………」


 町のどこにいても見上げてしまうほどの、大きな大きな建物。明るいときに改めて見ると本当に大きい。高さも広さも。これがただの宿泊施設だとは思えない。カモフラージュとしてそういう設備を入れている可能性もあるが、それとは別に何かあるはず。


「鍵がかかってる」


 初日のときのようにドアを押してみるが、鍵がかかっていて開かない。ならばと、裏に回ってあの謎の紋様があった小さな建物へ。

「こっちも開かない」

 開かなかった。昼間は施錠されているのだろうか。しかし、この町で宿を取る魔法使いが昼に来る可能性だってある。少なくともあの大きな建物は鍵を開けておかないと、案内されたのに入ることができなくなってしまう。こちらの小さな建物はあの儀式にしか使わないだろうが、大きな建物はどうなっているのか。イスパが通された部屋以外はどうなっているのだろうか。


「うーん……」


 あの夜のことを思い出してみる。通されたドアの先にまっすぐな廊下。ドアが左右にたくさん。あれらはおそらく、ちゃんと宿泊用の部屋になっているだろう。通された魔法使いが深夜こっそり別の部屋を調べたら怪しい研究室だった、なんてことはさすがに考えにくい。そうではなく、広間にあった別のドア。いくつかあったあれらがどこに続いているか。隠し通路なんかもあるかもしれない。


「窓を破れば中に……いや」


 さすがにどこか壊して入るのはまずい。見つかったら怪しまれる。そうではなく、もっと簡単な方法。

 大きな建物の外周をぐるっと回ってみる。窓がいくつもついている。普通は何か道具を使わないと窓の高さに届かないが、イスパは風で浮くことができる。なるべく静かな風で飛び、窓から中を確認。


「あの部屋と同じかあ」


 窓から見える部屋は全て、イスパが泊まったあの神木の部屋と同じだった。外から見えるような作りにはなっていないか。それとも、本当にただの宿なのか。そんなわけはないと、イスパには根拠があった。


「あれは絶対に、雷の魔法」


 寝ている間に受けた何か。間違いなく、雷の魔法だった。それも直接頭にくらった。魔法としては弱いが、人が死んでしまう程度のもの。つまり、魔法使いがイスパの部屋に来た。おそらくはベスティが。夜とはいえ、のこのこ別の場所からこの施設のイスパの部屋まで歩き、魔法をかける。それを、事前にこの施設に誘導した魔法使いに対して毎回やる。あまりにも回りくどい。ベスティやバーゼルがここにいると考えたほうが自然だ。

 イスパはそれを経て生き残った。この施設のことや受ける仕打ちについて知る者がいるとなると、ここを引き払った可能性もある。


「ふう」


 無理矢理入ってもいいか……そんな考えもよぎる。が、抑えた。まだ早い。この地での情報収集が終わればやってもいいが、まだ探し始めたばかりだ。追われる立場になっては調べものもできない。この街で見れるものはここが最後。あとは……


「冒険者ギルド……かな」


 情報、調査といえばあてになるのは冒険者ギルド。結局はそこに行きつく。イスパは施設の調査を切り上げ、ギルドへと向かった。

 

 



 今日もギルドは賑わっていた。ここはいつもこんな感じなのだろうか。


「おお、今日も来たのかイスパ」


 オルグは今日もいた。いつもいるのではないかというくらい馴染んでいる。


「オルグは、この町の人?」


 ギルドにいるということは、オルグも冒険者なのか、あるいはルーガハーツの住人か。


「ああ、俺はルーガハーツの出身さ。俺も、魔法の大樹を追ってたことがあった。結果は今の通り、ここにはないって話だがな」


 オルグが言うのは、大樹が地面に生えている場合の話。あの大地を練り歩いて探したのだろうか。


「大樹を見つけてどうするの?」


 オルグは魔法を使えないはず。切って売るつもりだろうか。


「ん? ああ……一攫千金、ってやつさ。昔はそういうのを夢見てた。叶わないまま、こんなおっさんになっちまったがな」


 そう言ってオルグは笑う。お宝求めて大冒険。若気の至りか。今となってはその夢が断たれた。魔法の大樹は木や物ではないとすると、魔法使い以外にはお手上げだ。まだ確定したわけではないが、望みが薄くなったのは確か。


「それより、今日はどうすんだ? 大樹のことなら、昨日見た掲示板の通りだ。俺もずっとここで情報収集してるが、最近は目新しい情報がねえ」


 情報がない。ルーガハーツ出身でここに長年通っているオルグの話なら、信用していいだろう。あのバーゼルと違い、オルグはイスパを騙して何かやらせようという雰囲気は感じない。イスパが積極的に交流できるのもそれが理由だ。


「しばらくギルドの仕事をしてみる。信用のために」


 このギルドで信用を得てうまく立ち回れば、何かとやりやすくなるはず。


「おお、いいじゃねえか。いくらでもあるぜ。必要なら俺を使いな。仕事の手配でも手伝いでもやってやるからよ」

「ありがとう」


 やたらと親切にされる。ずいぶんと気に入られたものだ。イスパほど強い魔法使いがそれほど珍しいのだろうか。ともかく、ツテを確保できた。仕事を受けるのも不自由はないだろう。


「お前なら、すぐにどっからも引っ張りだこだぜ。というか……実は昨日の件でもう声がかかってんだよ。『今日はあの魔法使いはいないのか?』ってな」


 すでにオルグのところに指名が届いていた。イスパの実力は一日で冒険者ギルドに轟くほどのもの。空いているといえばどこからでも要請が来る。


「ふーん。何かよさそうな仕事はあるの?」

「ああ、ある。荒っぽいやつばかりだが」

「それがいいよ」


 イスパは細かいことは苦手。大樹に関することには敏感だが、興味のないものにはとことん冷めている。やるなら昨日のようなざっくりとした仕事がいい。


「頼りになるねえ。そうだ、もう一つ大事なことがあってな」


 テーブルに頬杖をついていたオルグが、体を起こしてイスパの目を見る。


「昨日の自然愛護団体だがな。近いうち、ギルドから全面衝突を仕掛けるつもりらしい。そん時はお前にも是非、参加してほしいってよ」


 全面衝突。狼藉をはたらく愛護団体を一掃しようというわけか。


「それをギルドがやるの? 警備隊の人がいるでしょ?」


 迷惑な人間の撃退ならともかく、組織との戦争となればギルドよりも、ルーガハーツが所持する警備隊を動員するはず。被害を受けているのはどちらかというと、ギルドより街なのだから。


「そうなんだが……自然愛護団体には黒い噂があってな。ルーガハーツの町長とつながってるって噂だ」


 ルーガハーツのトップと愛護団体がグル。だからルーガハーツは愛護団体に手を出さない。結果、愛護団体が好き勝手するのでギルドが動かなければならないということ。


「それだったら、ルーガハーツが何かしてくるんじゃないの?」


 ギルドが愛護団体を潰してしまうと、ルーガハーツにとっても不都合となるはず。となれば、ルーガハーツが何かしら妨害をしてくると考えられる。表立って愛護団体の味方はできないだろうが、ギルドの動向を教えることくらいはできる。


「もちろんそれも考えられる。それも含めて、お前みたいな強いやつが欲しいってことさ」


 単純な戦力としても、不測の事態の対応としても。イスパのような魔法使いがいると助かるというわけだ。


「ふーん……」


 イスパはしばし考えた。自然愛護団体。単なる宗教団体かと思っていたが、ルーガハーツとつながっているというのは興味深い。神木を切るなとの主張をしながら自分たちも魔法を使っていたし、何か裏がありそうだ。バーゼルの非人道的な実験が平然と行われていることも、この町の怪しさに拍車をかけている。

 ひょっとするとルーガハーツそのものが、黒い一団なのかもしれない。自然愛護団体を締め上げれば何かわかるかもしれない。そう思うと、この招集もただの肉体労働ではなくなる。


「わかった。私も行く」

「そうこなくちゃな。話をつけてくるからちょっと待っててくれ」


 イスパの返事を聞き、オルグが早速手続きに向かった。イスパも自然愛護団体との戦争に参加する。作戦開始日はそう遠くはないはず。イスパは静かに、その時を待った。

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