三章『ルーガハーツ』~第三話 ギルドの仕事~
雷に打たれたせいなのか、気分が高ぶる。ギルドに向かうことに積極的になっている。
自分の中で何かが変わったようにすら感じる。実際に、魔力が高まっている。理由はおそらく、ベスティの魔法。理屈はわからない。他人の魔法を受けて自分が強くなるなんて聞いたことがない。いかにイスパの魔法の腕がいいと言っても、炎の魔法を受ければ服も燃える。さっぱりわからないが、気分はいい。とても。
大きな町だが、人の流れがある。冒険者風の人がどこを歩いているかを見て、それを辿ってギルドへ。さすがに冒険者ギルドの建物も大きい。二階まである。これが情報の集まる街の冒険者ギルド。イスパが見てきたどのギルドよりも規模が大きい。
中に入ると、冒険者たちの声でにぎわっていた。どこもざわざわと何か話し合っている。
周囲を見渡してみるが、いつもの掲示板がない。今まで訪れたギルドは、入口付近に情報掲示板があったのだが。
「おっ、初めて見る顔だな。嬢ちゃん、どうした?」
入るなりきょろきょろしていたイスパに気付き、男が近づいてきた。がっしりと筋肉のついた体をしている。四十歳前後だろうか、どことなく風格を感じる。
「掲示板はどこにあるの?」
「ああ、それなら、あのドアの向こうだ」
男が自分の後ろを親指で示す。入口からまっすぐ奥に行ったところにドアがある。ドアの近くにテーブルがいくつかあり、冒険者たちが座って話し合っている。
「ありがとう」
イスパは一言礼を言い、ドアへ向かう。押し開いた先に、あった。掲示板が。それも一つではなく、正面に二つも。左右の壁にも二つずつ、さらにその脇には机と書くものも置いてある。合計六つもある掲示板に、びっしりと紙が留められている。落ちている紙もある。これだけあると、留めるための鋭い石や金属がいくらあっても足りなさそうだ。
「すげえだろ? このための部屋があるんだ。これがルーガハーツの冒険者ギルドさ」
さっきの男がイスパについてきていた。なぜか誇らしげにしている。
「ここは世界中から情報が集まってくるんだ。世界の中心の噂を聞いて、色んなところから冒険者が来るからな」
考えることは皆同じ。魔法使いであれば、魔法の大樹を求める。そして、あのように罠にかかる。
「大樹はまだ見つかってないんだよね?」
「ああ、まだだ。どこを探しても見つかりやしねえ。ここいらで誰も歩いてない場所なんてないだろうに、世界の中心ってのはどこにあるんだかな」
大樹を探しているのは研究者や魔法使いだけではない。多くの冒険者が大樹を見つけるために旅をする。そのほとんどが、自分の足で世界の中心を探している。イスパもそう。なのに、まだ見つかっていない。
「ここ、本当に世界の中心に近い場所? 違うんじゃないの?」
となると、そもそもルーガハーツが中心ではないという話にもなる。当然の疑問だが、男は首を振った。
「いや、どうもそれは確からしい。各地からの情報を総合すると、ここが中心ってことになる。研究者の間でもそれは一致してる」
山に囲われた世界の中心にある。大樹に関する一説。有力と思われていたが、どうやらこれは違うようだ。
「最近は特に、その風潮が強くなってるみてえだ。地面に生えてるわけじゃない、ってな。じゃあどこなんだって、その話で持ち切りさ。穴を掘ってる奴もいる。嬢ちゃんも、外を歩く時は気を付けるんだぜ」
男が冗談めかして笑う。人の手で掘れる穴なんてたかが知れているが、それでも探さずにはいられないのだろう。バーゼルのような奇怪なことを思いつき、実行に移すことは一冒険者にはできない。
「俺はオルグだ。嬢ちゃんの名前は?」
「イスパだよ」
男の名はオルグ。イスパの返事を聞き、ニッと歯を見せた。
「魔法使いだよな? どうだ、俺と一仕事しねえか? 報酬のいい仕事があるんだ」
「ふうん。内容は?」
いつもいつも、こういう人たちは内容を言わない。いい仕事としか言ってくれない。なのでイスパはいつも聞き返している。
「自然保護団体がここいらで騒ぎを起こしてる。最近は特に、冒険者と衝突することが多くてな。そいつらをなんとかしろって依頼が来てるのさ」
「自然保護団体?」
イスパには初めて聞く言葉だった。どういうものなのかは予想できるが。
「なんだ、知らねえのか? 自然を守ろうって思想を掲げてる連中さ。自然っつうか、要は神木だ。神木を切るな、ってよ。ただの思想ならいいが、実力行使で止めようとしてくる。研究者たちの天敵さ」
神木を信仰する宗教のようなものか。神木を切るなというのは魔法使いにとっても敵となる。あまり有益な組織ではないようだ。
「そいつらがここのところ過激になってる。そろそろ黙ってるわけにはいかねえってのがギルドの意向だ。その討伐隊を募ってるのさ。相手は大人数だから、一人や二人じゃ厳しい。イスパも一緒にどうだ?」
「ふーん……」
相手は人間。妙な組織だが、戦いならばイスパの右に出る者はそうそういない。しばらくはここを拠点にして動くことになりそうなので、金や信用を稼いでおくことは悪いことではない。
「いいよ。やる」
何より、今日は気分がいい。外に出て体を動かすのも悪くない。
「威勢がいいな。それじゃあ申請してくるぜ。人数によっちゃ、今日出発できるはずだ」
今日いけるらしい。ちょうどいいタイミングだ。一仕事の前に何か食べようと、イスパはギルド内にある酒場へと向かった。
遅い朝食を終え、イスパはオルグについてギルドの仕事に向かう。討伐隊に参加したのは八人。その内魔法使いはイスパだけだ。
「魔法使いがいるなら、余裕だな。期待してるぜイスパ」
オルグが笑いながら言う。事実、魔法使いがいるのといないのとでは大違い。剣や槍で戦うのとは次元が違う。ただ、魔法使いも無敵ではない。相手に狙いをつけ、集中して魔法を放つ。その戦い方には、前衛として守ってくれる味方が必要だ。普通は。
一方、オルグは弓を使うようだ。背負っている筒にたくさんの矢が入っている。屈強な体をしているが意外と遠距離派だった。
「保護団体がいるのはこの辺りだ。気を引き締めろ」
高低差のある丘陵地帯に差し掛かったところで、隊を仕切っている男が言う。相手がどの程度なのか知らないが、人間となると獣とは違う脅威がある。どこかから弓で撃たれてもおかしくない。襲撃に備える。
「……ん? なんだ……!?」
そこへ、正面から何か飛んできた。斜め上から迫ってくる。矢や投石ではない。人一人を飲み込んでしまいそうな、大きな火の玉だ。
「魔法だ! 逃げ——」
誰かが慌ててそう叫んだ、が。
「……ふん」
イスパはまったく怯まず、風の魔法を放つ。突風が空中で火の玉をかき消した。
「おお……やるじゃねえか魔法使い!」
男たちがイスパを称えて歓声を上げる。イスパにとってはなんでもないことだが、魔法を使えない人間はあれから逃げることしかできない。
「おい、油断すんな。来るぜ!」
今度はオルグが鋭く声掛けし、矢を番える。本格的に敵が現れた。丘の上にいる者は弓や杖を構え、物陰からは剣を持った者が向かってくる。
オルグが矢を放ち、丘の上の敵を牽制。その間にイスパは杖の刃を出し、飛び掛かった。接近した後、仕込んだ刃で敵を貫く。一人、二人と確実に一撃で仕留めていく。下では討伐隊の面々と愛護団体の戦いが始まっている。
上の敵を倒し、高所から見下ろす。敵はまだ大勢いて、討伐隊めがけて走っている。その後ろにも、杖を持って魔法を使おうとしている者が。イスパはその魔法使いの頭の上から雷を落とした。即死である。次いで、走ってきている連中の足元を焼く。火は一瞬で燃え上がり、残った敵を飲み込んだ。
これで全員。終わってみれば、ほとんどイスパ一人で片付けてしまった。他の男たちが最初の数人の相手をしている間に全て終わった。
「と、とんでもねえな……魔法使いにしたってよ……」
これほどの大立ち回りは賞賛よりも畏怖が勝るようだ。魔法使いでありながら、武器の扱いも並ではない。魔法を発動する速さも、他の魔法使いとは桁違いに速い。
「ガッハッハ! すげえじゃねえかイスパ! そこまでやるとは思わなかったぜ!」
一方でオルグは嬉しそうに大笑いしていた。大股でイスパの元へ近づいてくる。
「仕込み杖か。魔法だけじゃないとは恐れ入った。いいもん見せてもらったぜ。俺の分の報酬もくれてやるよ」
イスパの戦闘力がたいそうお気に召したようで、オルグは気を大きくしている。このまま酒場で一杯やってしまいそうな勢い。
「いらない。それより、もう帰っていいの?」
「まだ残っている奴がいねえか見回りだ。それで終わりだな」
もうひと働きしないといけないらしい。イスパは一息つきつつ、男たちに続いて歩き始めた。
仕事を終えてギルドに戻り、報酬を受け取る。迅速な依頼遂行を感謝されたが聞き流し、オルグと一緒に掲示板に目を通す。……と言うより、オルグが勝手についてきた。
「イスパは魔法の大樹のこと、なんか目星はついてんのか?」
まるで友達か相棒かのように話しかけてくる。以前のイスパなら、鬱陶しいと無視していただろう。が、今は少し違っていた。
「一応、見に行く。それより、気になることがある」
普通に会話ができる。単なる気分か、心の余裕か。
「ほう。どんな?」
「大樹は植物じゃないかもしれない。もしかすると、物じゃない」
バーゼルの話からの推測だが、可能性が出てきた。ウェルナも言っていた、荒唐無稽な仮説。双方色々と問題はあれど、大樹について調査している者たちの意見だ。
「物じゃない? 魔法かなんかってことか?」
大樹の魔法。確かにその発想もあるかもしれない。植物でないとしたら可能性はいくらでもある。
「今はまだ何もわからない。それもあるかもしれない」
詳しく調べるのはまだこれから。だが希望は見えた。まだ誰にも発見されていないこと、地理的な中心の位置にはないということ、植物ですらないということ。確証はないが、これだけわかっただけでも大きな進歩だ。
「オルグ。世界の中心って、どこ?」
「土地の場所の話か? 町から南に行ったところだ。地図にも書いてある。ほれ、そこに貼ってあるやつだ」
情報掲示板のあるこの部屋にも、地図がある。ルーガハーツ周辺の地図。世界の中心に印がしてある。そう遠くない位置だ。
地図で位置を確認したイスパは、くるりと向きを変えて部屋を出ていこうとする。
「行くのか? 道案内ならできるぜ」
「いらない」
オルグがいては徒歩移動になってしまう。イスパはオルグを振り返りもせず短く告げ、さっさと外へ行ってしまった。
町の南から出て、地図にあった場所を目指す。実際に行ってみても、やはりさほど離れてはいなかった。今も数十人がその場所を調べている。穴を掘っている者もいる。イスパはまず空から全貌を確認し、ふわりと着地。単なる平地。多少の凸凹はあるが、ただの平地。神木が生えているわけでもない。ぽつぽつ見えるのはただの木。周りを見ても、それらしい木も怪しいものも見当たらない。しかし、地理的にはここが中心と見て間違いないらしい。なるほど、これは諦めもする。何もない。
せっかく来たので念のため、周囲も見てみることに。障害物が少なく遠くまで見渡せる。この平地全体が中心と考えても、魔法の大樹らしきものは見当たらない。そもそも、その程度のことなら誰かが調べているだろう。中心付近は全て調べつくされていると見て間違いない。足が動けばできることだ。
その後も色々と見て回ったものの、神木の一本すらも見つけられなかった。大きな都市の近くなので全て売り物として伐採されてしまったのか。それにしたって、痕跡すらない。元々何もなかった可能性の方が高いか。
あの穴を掘っている人々が何か見つけられれば幸運だが、おそらくそんなことはないのだろうとイスパは直感した。この地を見たところ、そういう感想しか出てこなかった。魔法の大樹はそんな簡単なものではない。きっと。
ここは本当に『世界の中心』なのだろうか。人々がそう思い込んでいるだけで、別の場所にあるのではないだろうか。今の時点で一つ言えることは、
「ここにはないね」
大樹もその手がかりも、このだだっ広い景色の中にはない。イスパは日が暮れる前に、ルーガハーツへと戻った。今日の宿を取らなければ。昨日の宿屋とは違う物を。
「よう。おかえり」
町に戻ると、何故かオルグは宿屋の前で待っていた。ここに来ることがわかっていたかのように。
「何か用?」
待っていたということは何か理由があるということ。イスパは無視せず返事をした。
「この町じゃ、魔法使いは宿が取れねえ。ギルドの紹介があれば別だがな」
オルグも知っているようだ。魔法使いが謎の宿泊施設に連れていかれることを。冒険者ギルドにいるだけあって情報通だ。
「俺がいればいけるぜ。どうする?」
「ありがとう」
それは助かる。野宿でも別に構わないが、ベッドで寝れる方が好ましい。
オルグについていくと、そのまま宿の人に部屋へ案内された。昨日は散々な目に遭ったが、今日はあっさりと泊まれた。どうやらこの町の冒険者ギルドはかなり重要らしい。
「……ふう」
ふかふかのベッドに腰かけ、一息つく。ここルーガハーツに来てから、色々なことがあった。たったの二日間で大変なことだ。怪しい儀式の犠牲者になるところだったが、問題なく生きている。そして今、ずいぶんと調子がいい。やはりベスティの雷を受けてからだ。
あれはいったいなんだったのか。ベスティは何者なのか。世界の中心とは? バーゼルの目的は?
疑問は尽きない。だが確実に、近づいた。今まで遠すぎた魔法の大樹が、少しだけ見えてきた。バーゼルはまた会おうと言っていた。言葉の通り、再び会うときが来るかもしれない。彼から話が聞ければ早いが、そう簡単ではなさそうだ。教えてやるから協力しろと言って、もっとおかしな儀式をやらされる可能性が高い。
「ベスティって、どこにいるのかな」
行先がわからなかった。そこらの家に住んでいるとも思えない雰囲気だったが、研究所のようなわかりやすい施設は見当たらない。あのやたらと大きい宿泊施設に何かあるのだろうか。
今はこの町を調べること。ギルドと世界の中心には行ったが、まだまだ見ていない場所がたくさんある。明日は各所を見て回ることになるだろう。世界の中心にもっとも近い大都市。どんな施設があるのか。イスパは久々のまともな宿で、のんびりと次の朝を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます