三章『ルーガハーツ』~第二話 出会い~
朝。ちょうど日が昇った頃。イスパは目を開けた。
「…………」
目覚めはよかった。夢を見たのはいいとして、妙な気分だった。
何気なく自分の右手を見る。魔力を感じる。だがいつもと違う。寝てる間に何かあったようだ。
何をされたのかはわからない。ただ、自分の体がどうなっているかは、なんとなくわかる。何のためにこんなことをしたのかもわからないが……
「……ふっ」
それはこれからわかること。思わず笑みを零し、イスパは部屋を出る。廊下を抜け、この施設の入り口となる広間へ。ドアを開けると、昨日部屋に案内した男がいた。広い部屋にやはり一人、佇んでいる。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「うん。とっても」
呼びかけに笑顔で返すイスパ。男も嬉しそうに笑った。
「それは何よりです。それで、昨夜の話なのですが。魔法の大樹の情報をお探しでしたね? 詳しく話を聞けるところがあります。本日、お好きな時にご案内できますが……いかがでしょうか?」
案内してくれるらしい。それはとても良い気遣い。急に来た旅人にも手厚い対応。
「じゃあ、今から」
朝食もまだだが、早いほうがいい。体の調子がいい内に。
「かしこまりました。こちらへ」
男についていき、外へ。この施設の裏側へと続く細い道を通り、また別の建物。今度はこぢんまりしている。ウェルナの家よりも小さいかもしれない。
「ここです。地下に降りますね」
地下がある。ウェルナもそうだが、大樹の調査をする人は地下を好むのだろうか。
石の建物。階段を踏むたびに足音が響く。降りた先はウェルナの地下と違って明るかった。四方の壁に火が灯されていて、部屋の隅までよく見える。床の真ん中に謎の紋様が描かれている。どう見ても普通ではない。
詳しい話を聞けるとのことだったが、この部屋が本当にそうなのだろうか。本が数冊積まれた机が一つあるだけ。
「お話の前に、こちらへ。少しだけご協力願えますか? これも大樹の調査の一環でして」
「うん、いいよ」
謎の紋様の真ん中に立つよう言われ、立ってみる。何も感じない。こんなもので何があるのかと言いたくなるが、言わない。まだ様子を見る段階。この男が何を企んでいるのか。この町は何をしているのか。
「では、少しの間目を閉じていただけますか? ほんの数秒で済みますので」
「わかった」
指示の通り、目を閉じる。その、瞬間。
衝撃が体を打った。目を閉じていてもわかる。
雷だ。雷の魔法。全身を打たれた。
だが何もない。むしろ、ただ増幅されただけ。自分の体にある魔力が。神木がなくても使える、言わば予備の魔力。それが増幅された。原理は知らない。旅人として歓迎されたはずがいきなり雷を浴びせられるなんて、経験がないから。
「えっ……!?」
男が驚いている。ここに呼びつけておいて、驚いている。だが無理もない。雷の魔法をまともに受けた人間が、平然と立っているのだから。
同時に、イスパは理解する。寝てる間に何をされたか。おそらく今と似たようなことだ。こんな強烈な雷を受ければベッドが燃えるが、もっと微弱なもの。イスパの体にしか当たらないような小規模の魔法を受けた。
今の雷も、痛いどころか気分がいい。朝起きた時も、妙に調子が良かった。同じ原因だ。
「雷の魔法は珍しいって聞いたよ。誰?」
イスパが階段の上に向かって声をかける。魔法が使われたということは、魔法使いがいる。呼びかけにまず答えたのは、ゆっくりとした調子の拍手だった。
「いやはや……素晴らしい。気に入ったよ」
拍手に続いて聞こえてきたのは、野太い男の声。階段を降り、姿を現す。年齢は五十くらいか。短い黒髪、口ひげを蓄えた男。何かの皮で作ったような真っ黒の上着を羽織っている。足元まである長さの服がウェルナを想起させる。この人が大樹の研究者だろうか。ただならぬ雰囲気だが。
そして何より、男の隣にいる少女。イスパより年下、十歳くらいか。腰まで伸びた白の髪。フリルをあしらった黒いドレス。悲し気な伏し目から赤い瞳が覗く。男と親子なのかというくらいの身長差。
「ルーガハーツへようこそ、旅の魔法使い。名前を聞かせてもらえるか?」
「イスパ=サコバイヤ」
名前を聞かれ、名乗る。素直な姿勢が気に入ったのか、黒い服の男は満足気にうなずいた。
「バーゼル=リーブスだ。こっちはベスティ。仲良くしてやってくれ」
男はバーゼル。少女の方はベスティというらしい。
「いいものを見せてもらったよ。ベスティの魔法を受けてびくともしないとは。何百人と魔法使いを見てきたが、君のようなのは初めてだ。礼を言わせてくれ」
なんだか感謝されているようだ。イスパは得意気に笑う。
「これは、何? 寝ている間と今、雷の魔法を当てて、何か起きるの?」
「ほう、昨夜のことも気付いていたのか。やはり一味も二味も違う」
バーゼルも嬉しそうに笑っている。どうやら、イスパがここに来たことはよほどいいことのようだ。
「何かと聞かれると困るが、これは君も求めている大樹の研究だ。木ではなく、魔法使いの方だが」
「? どういうこと?」
魔法使いの研究とは何か。それを調べて大樹のことがわかるのだろうか。
「長年大樹を探しているのだが、見つからなくてな。逆の方向から見てみることにした。大樹と呼びがちだが、伝説は『魔法の大樹』だ。木ではなく、魔法に何かあるのではないか。そう考えた」
魔法の大樹。確かに、木だとは確定していない。比喩表現かもしれない。地面から生えている木ではなく、魔法に着目する。ウェルナが言っていたように、地理的な意味では調べつくしているのだろう。ここは世界の中心に一番近いと言われているのだから。
「魔法使いが、大樹の鍵を握っている。そうだとすると、可能性があるのは強大な魔力を持つ者。あるいはそれに耐えうる者。というのを思いついた」
雷の魔法を浴びせ、生き残れるならば可能性あり。実際に耐えたのはイスパが初めてのようだが。これを手あたり次第試していたと。
「たいていは君も受けた微弱な雷の魔法にも耐えきれないか、あるいは死亡する。それを乗り越えてもここで消し炭となる。君は完璧だ。傷一つついていない。衣服すらも」
イスパは着ている服すらも全くの無傷。布の服が雷の魔法に耐えられるわけはないので、異常だとしか考えられない。
「このベスティも、強い魔力を持つ人間だ。それでも、大樹には辿り着かない。また途方に暮れていたところに、君が来てくれた。逸材だ。この出会いに感謝せねばなるまい」
言いながら、バーゼルはベスティの頭を撫でた。が、ベスティは何の反応も見せない。それどころか、半開きの目はどこを見ているのかすらわからない。バーゼルを見上げてはいないし、イスパのことも見ていない。ただ虚ろに、ただ目がついているだけのよう。
「ふーん。で? どうするの?」
話はだいたいわかったが、テストに合格したイスパをどうするのか。ベスティのようになるのだろうか。
「君さえよければ、協力してもらいたい。大樹を見つけるための研究に」
バーゼルに協力。それは具体的に何をされるのか。こんな人殺し前提のテストを平然と行うような人間の言う研究なんて、ろくなものではない。
「確実に大樹が手に入るなら、協力する。実験はイヤ」
そんなもの、まっぴらごめんだ。命の保障はなく、大樹に辿り着けるかもわからない。
「正に大樹を手に入れるための……では駄目か?」
「ダメ」
できるわけがない。その場合、大樹を手にすることになるのはバーゼルだ。その時にイスパが生きているとは限らない。得をするのはバーゼルだけ。
「ならば逆に、君はどうする? 私は、君に協力してもらうために来たのだが」
優しい言い方をしているが、腹の内は見え見え。お前をここから逃がさないという意味だろう。
「こうする」
イスパが人差し指を突き出し、バーゼルを指差す。雷の魔法が弾け、耳をつんざくような破裂音が鳴る。
魔法を放った。普段使わない、雷の魔法。バーゼルを狙ったその一撃は、簡単に防がれてしまった。ベスティも同じく雷の魔法を放ち、相殺。
「出力は互角のようだ。戦ってもいいが……私が巻き添えをくらうのは不利だな」
イスパとベスティの力は互角。バーゼルは少し考えてから、うなずいた。
「ここは退くとしよう。イスパ君、だったな。せっかく来たのだ、この町を見て回るといい。君が求めている情報があるだろう」
バーゼルが背を向けた。あまりにも無防備な去り方。
「逃がすと思う?」
「思わないが、逃げさせてもらう」
次の魔法を構えるイスパだったが、突如、炎の柱がイスパの前に立ち上った。ベスティの魔法だ。
「ん……」
さしずめ炎の壁だが、水の魔法がまるで通じない。炎に触れた瞬間に蒸発しているように見える。
「ベスティは魔法が得意なのだが、中でも炎の魔法は格別でな。生半可な魔法では突破できない。だが安心してくれ。君をここで殺すつもりはない。ベスティがこの場から遠く離れれば、その炎は消える。また会おう、イスパ君」
炎の柱の向こうで、バーゼルとベスティが歩き去っていった。残ったのはイスパと、道案内をした男。
「これが狙いだったんだね。宿屋の人にも、魔法使いをここに来させるようにしてるんでしょ? 部屋が埋まってるって嘘ついて」
杖を一本持っていればたいていは魔法使い。素人にも判別は可能だ。それを嫌って巧みに杖を隠す魔法使いもいるくらいだ。それほどに簡単な見分けになる。
「初めてここに来る魔法使いみんなにこうしてるんだね、あなたが」
無料で宿泊でき、朝起きたらすぐに案内してくれる。対応も丁寧で優しい。何も知らない純粋な魔法使いは騙されてしまうのだろう。
「わ、私は、バーゼル様に言われるままやっていただけで……み、見ただろうあの子の魔法を? あんなのに逆らえるわけがない……!」
さっきまでの親切な雰囲気がなくなり、慌てふためく。確かにその気持ちはイスパにも理解できる。力を持たない者がベスティの魔法を見せつけられたら、頭を下げて従うしかない。下手を打てばいつでも炭にされてしまう。
「わ、私だってこんなことはしたくない。でも、仕方なかったんだ……!」
「そうだね。やりたくないことを命令されてやるのは、辛いよね」
それもわかる。やっていることは人殺しだ。成功するとしても、人道的とは言えない。当人に無許可で雷を浴びせているのだから。この男がそれに加担していたのは事実であり、また別の問題。
「じゃあ、これで解放されるね」
ならば、イスパにできることは一つ。
「ま、待て……やめろおぉっ!!」
大きく開いた手を向ける。恐怖と絶望で叫ぶ案内人に。
雷が弾ける。イスパの手から放たれた魔法が青い光となって男を撃ち抜く。黒焦げになった男の体が床に崩れる。それに合わせるかのように、ちょうどよくベスティの炎が消えた。
「この変な儀式は、何をしようとしてるのかな?」
バーゼルはどういった仮説を立ててこれを行っているのか。強い魔法使いを見つけたとして、その後は? 強い魔法使いで何をするつもりなのか。ベスティもかなりのものだが、彼女だけでは足りないということなのだろうか。
なんにせよ、これがなんなのかを調べれば、この町で行われている『調査』の中身がわかるかもしれない。まずはこの場所。本がある。イスパはそれを一冊一冊調べ始めた。
その中で、ずいぶんと古ぼけた本があるのを見つけた。絵が描かれている。床の紋様と、その中心に人。その人に向けて魔法を放っているような絵だ。正に今、イスパがやられたことと同じ。問題はこれが何のためなのかだが、それは書かれていない。こんな場所に重要な資料は置かないか。バーゼルもあっさりと去ったのも、ここには何もないからなのだろう。
本とは別に、紙の束がある。こちらは人の名前がずらりと並んでいる。名前の横に書かれているのは、死亡した状況。今までこの儀式だか実験だかの被害に遭った魔法使いたちのリストのようだ。みんな死んでいる。
しかし、ベスティの名前はない。イスパに雷の魔法を放ったのはおそらくベスティなので、彼女は儀式を実行している本人。彼女は実験に成功したのではなく、それ以前から魔法使いとして力を持っていたのだろうか? だとすれば、どうやって力を得たのか。虚ろな目をして一言も話さなかったが……
「話せるかな、ベスティと」
バーゼルよりもベスティが気になった。事情を聞ければ、何かわかるかもしれない。ひょっとしたら、大樹に繋がることも。
「よし。ギルドに行ってみよう」
本に目を通し終え、イスパは外へ出た。次に目指すは冒険者ギルド。情報収集だ。
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