三章『ルーガハーツ』~第一話 魔法使いの宿~
疾駆する。西へ。目指すはルーガハーツという大都市。世界の中心近くに位置すると言われる町へ。疲れたら休憩し、食事もし、野宿もし。さすがにすぐには見えてこない。
もう何日が経過したか。ただ西へ進むだけと化した生活。イスパは黙々と前に進んだ。魔法の大樹のためなら、なんてことはなかった。そして、辿り着く。大きな大きな町。見たことのないような広い土地と高い建物がある。イスパは速度を高めて近づく。
ブルームの町のような壁はなかった。高低差のある土地に、特に守りのない町並みが見える。階段を上った高い場所に、より高い建物が建っている。世界の中心に近い場所なのに何の守りもないというのも不思議だが、イスパはそこに興味はない。
門番も何もいない町に入り、歩く。外からはっきり見えるほどの大きな建物を目指す。大きい建物なら何かしら重要な施設のはず。
ブルームよりもずっとずっと人が多い。誰も、イスパが訪れたことに気付いてすらいないかもしれない。旅人や冒険者風の人も多く見られ、イスパの恰好でも浮かない。というより、道行く人々の服装が多種多様にある。色々な地域から人が集まってきているのだろう。杖を持っている人も、他の町に比べればかなり多くいる。魔法使いであるということすら、この町では目立つ要素にならないようだ。
村生まれのイスパにとっては別世界のような環境だが、臆することなく早足で進む。といっても、もう日が暮れてきている。目当ての建物まで意外と遠い。方針を変更し、宿を取ることにした。屋根の上でも飛んでいけば速いが、それをやると警備隊等々に怒られるのでやらない。イスパは過去にその経験がある。
旅を続けてきた成果か、初めて訪れる場所でも宿屋の場所はなんとなくわかる。今回も難なく宿を見つけ、受付に向かった。
「ごめんなさい、今日は部屋が埋まっていまして……」
運の悪いことに、部屋がなかった。別の宿を探す必要がある。これほど大きな町に来るのは初めてなので、部屋が埋まっているというのも初めての経験。
「そう。じゃあ他を当たる」
それならそれで仕方ない。イスパはくるりと回れ右し、次の宿を探しに向かう。
「あっ、お待ちください。あなたは魔法使い……ですよね? それも、町の外から来られた」
「そうだけど」
持っている杖から魔法使いかと尋ねられることは珍しくない。そこから厄介ごとをお願いされることもイスパはもはや慣れっこである。今は特に忙しい。何か頼まれてもやるつもりはないが……
「旅の魔法使いの方でしたら、特別に宿泊できる施設がありますよ。そちらをご利用されてはいかがでしょう?」
今回はそれとは違う様子。魔法使いのための宿があるらしい。
「この町の中で、ひときわ大きな建物が見えますでしょう? あそこなら、部屋が空いているはずです」
この町では魔法使いがずいぶんと歓迎されているようだ。ウェルナが言っていたのはこういうことか。ここでは魔法使いが目をつけられる。
「行ってみる。ありがとう」
怪しいが、逆にこれは好機かもしれない。ウェルナはルーガハーツを良く思っていなかった。その理由や、ルーガハーツという都市がどんなことをしているのか、片鱗が見えるかもしれない。イスパは宿を出て、またあの建物に向けて歩き出す。結局、目的地は変わらず。完全に日が暮れてしまう前に辿り着きたいところ。
以前のイスパなら、幸運だと思っただろう。だがウェルナから話を聞いた後である今は、ただの優遇には思えない。おそらくその施設には何かある。そう勘繰ってしまう。
空が暗くなるにつれ、人通りも減ってきた。周囲の民家から人が出てきて、入り口に火を灯している。あれも初めて見る道具だ。壁に取り付けられた金属の器のような形の物に火を点ける。おそらく、器の中に何か燃やすものが入っているのだろう。ウェルナも似たようなものを持っていた。あちらは手で持てる小さな火だったが。
その明かりも目印にしながら道を歩き、ようやく到着。すっかり暗くなり、近くで見るこの建物が威圧感を増す。しばし上を見上げた後、両開きの扉を押し開く。
入ってすぐ、広い空間。宿屋のような受付のテーブルはなく、別の部屋に続くドアがいくつもあるだけ。二階もあるようだ。
中は明るい。ただの火ではなく、魔法による明かり。通常、暖炉などで木を燃やす場合は煙突で煙を逃がさなければならないが、火の魔法は別。煙が出ず、消すことも可能。木や草を燃やした場合は当然煙が出るが、魔法を上手く使えば便利な明かりと暖が得られる。この施設はそれをふんだんに使い、部屋全体を明るくしている。大きな町ゆえか、魔法の技術も発達しているようだ。夜になっても明るさを保てている。
「いらっしゃいませ、旅のお方」
イスパが入ってきたのを見て、一人の男がやってきた。だだっ広い空間に一人。出迎えにしては奇妙な光景だ。
「魔法使いの方ですね。宿が取れずここに来た……といったところでしょうか?」
「うん」
何故わかるのかと聞きたいが、こんな暗くなってからここを訪れる旅人はそういうものなのだろう。
「お疲れでしょう。お部屋にご案内しますね。その前に差し支えなければ、この町に来た目的をお聞かせ願えますか?」
丁寧な態度で接してくる。対応に手慣れていそうだ。イスパは警戒を解かず、目の前の男を注視する。ウェルナと出会い、話をした経験が生きる。何も知らずにこの町に来ていたら、いいように騙されていただろう。
「魔法の大樹の情報」
ここならば確実に情報が得られるはず。そう思い、イスパはこのルーガハーツにまで来た。ウェルナがなんと言おうと、イスパがこの町で得られるものは大きい。期待ではなく確信があった。
「なるほど。ここを訪れる魔法使いの方はそうですよね。しかし今日はひとまずお休みください。町の中でしたら、情報収集できる場所は多数あります。冒険者ギルドもございますので、ぜひご利用ください。さあ、こちらへ」
案内に従い、ついていく。広い部屋の奥にある扉へ。ドアを開けると長い廊下。左右にいくつも部屋がある。宿泊施設としては違和感がない。
「こちらをお使いください。すぐに食事をお持ちします」
「必要ない」
男の親切に即答で返す。ここで出されるものを食べるほど不用心ではない。保存食は持っている。ないとしても、一晩くらいは問題ない。
「承知しました。では私はこれで。ご自由におくつろぎください」
男が一礼して去っていく。廊下を戻り、広間に続くドアが閉められたところまで確認してから、イスパは自分にあてがわれた部屋に入る。木造で解放感のある部屋。小さな椅子とテーブル、そしてベッドがあり、肌触りのいい布が敷かれている。寝心地はよさそうだ。
それよりも、目を引く物があった。物というより、感覚か。
「神木……?」
ただの木造ではない。魔力を感じる。それも、かなり強い魔力だ。この部屋の一部なのか全てなのか、神木で作られている。建材にできるほど大量の神木が取れる場所があるのだろうか。
「…………」
やはりここはただの宿泊施設ではない。神木を使った部屋なんて、イスパは見たことがない。仮に神木がたくさんあるとしても、なんのためにこんな使い方をするのか。部屋に魔力がたくさんあって、いったいどうするのか。
眠らないというのも手かもしれない。ただ、それだと明日の体に影響が出る。そこで何かあっては同じことだ。
イスパはとりあえず気分を落ち着かせ、椅子に座った。保存食として持っている植物の種を取り出し、ぽりぽりとかじる。小さいが腹にたまる、栄養のある食べ物。これを食べて、早めに眠る。イスパはそう結論を出し、ほどなくしてベッドに横になった。
その夜、イスパは夢を見た。魔法使いの力を得た日の夢。神木の側で雷に打たれた日の夢を。
一瞬だった。雷だと頭が認識するよりもはるかに早く、衝撃が体を襲った。その衝撃すらよく覚えていない。気付いたら自分の家で寝ていた。ただ眠りから覚めただけのような不思議な感覚。痛みや苦しみはこれっぽっちもなかった。あったのは、自分の中に宿った確かな力。目覚めた後、神木に惹かれるように同じ場所に向かい、雷によって折れたであろう枝を拾った。そこから、魔法が使えるようになった。
魔法について学んだわけではない。誰かに教わったわけでもない。あの日を境に突然使えるようになった。自給自足、自然の中で育ったのもあってか、色々な魔法をすぐに使えるようになった。何もなかった村で、英雄のように称えられた。
その時のことを鮮明に思い出した。初めて訪れる町の、夢の中で。
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