二章『手がかりを求めて』~第三話 賊のおじさん~
宿で夜を過ごし、翌朝。イスパは冒険者ギルドへと向かった。朝の早い時間。夜通し飲んでいたおじさんたち数名がギルドにいる。イスパは例によって例のごとく、掲示板を確認。全てをくまなく目を通す。だがやはり、大樹についての情報はない。ウェルナの言っていた通りだ。
世界のどこかのギルドには、目撃情報などがあるのだろうか。大樹が本当に神木と同じく植物だとすると、目撃すれば手に入れたも同然。そんな話がどこにもないということは、この辺りではまだ発見されていないと考えるべきだろう。何の情報もないとなると、イスパが旅した地域は世界の中心から相当遠いのだろうか。
ともかく、情報がないのならここにいても意味はない。イスパは踵を返して外へ向かう。
「お待ちください、旅のお方」
「…………」
また呼び止められた。不愉快な記憶が蘇る。それでもイスパは律儀に振り返った。口調が丁寧なだけまだマシと言えるか。
「そう警戒なさらないでください。昨日、ウェルナさんのところに招かれた魔法使いの方ですよね?」
声をかけてきたのは黒髪に眼鏡をかけた青年。いかにもお人よしな雰囲気をしている。
「僕はマルス。このギルドの管理をしている者です」
丁寧な対応をする人だと思っていたら、管理人だった。よく見ると、服装もぱりっと整っている。
「依頼は受けない」
イスパの意志は変わらず。冒険者ギルドの仕事は受けない。
「そう言わずに。報酬は弾みますから」
「大樹の情報がないなら、ここに用はない」
弾むと言われて欲しがるほど生活に困っていない。イスパに必要なのは金ではなく、魔法の大樹の情報だ。
「大樹……? 魔法の大樹のことですか? それでしたら、情報はありますよ」
その言葉で少しだけ、イスパの目つきが変わった。しかしそれならばなぜ、掲示板に情報がないのか。
「大樹に関しては、嘘が飛び交います。下手に情報を出すと、それに尾ひれをつけて一儲けしようとする者が現れます。なので、簡単には話さないんですよ」
イスパの考えを見透かしたのかはわからないが、マルスは的確に答えを出してきた。情報は武器であり、取引の道具でもある。虚偽の情報が蔓延しないようにあえて情報を隠す。正しい情報は簡単には引き出せないということか。
「僕の持っている情報が報酬ということで、いかがでしょうか?」
魔法の大樹の情報。確かにイスパの求めるものだ。しかし問題もある。その情報が信用できるか、そもそも情報を持っているというのは本当なのか。
「…………」
イスパはじっとマルスを見た。一見すると好青年だが、腹の内で何を企んでいるかわからない。
「信用できませんか……では先に少しだけ情報を。実は『世界の中心』は、すでに目星がついているのです」
「……どこ?」
意外すぎる答えが返ってきた。ウェルナはそんなことを言わなかった。このマルスという男は知っている。世界の中心について。
「山々に囲まれた大地の中心……その付近に、ある大きな都市があります。その都市では、世界の中心について調査が行われているんです。大樹の現物はまだ見つかっていませんが……」
山に囲まれた世界の中心。一つの説だとウェルナが言っていたことだ。その説に目星がついている?
「報酬の情報は、その都市の名前や場所……ということでいかがです?」
「…………」
好条件だった。マルスの言うことが全て真実だとするならば。ここまで具体的な情報なら、信憑性は少しある。
「……依頼の内容は?」
となると、内容次第。あまり面倒なことならばやりたくない。
「近頃、町の近くで野盗に襲われる事例が多くなっています。おそらく、この辺りを縄張りにしている賊がいるのではないかと。賊の捜索と討伐をお願いしたいです」
ずいぶんと図々しい依頼だった。討伐はともかく捜索から始めないといけない。イスパならば飛んで上から見ることもできるが。
「賊のいる場所は?」
「町の南側です。南の門から出て行った人が被害に遭っています」
「わかった。行ってくる」
ひとまず交渉は成立。イスパにとって久しぶりの依頼になる。前にもこうして、魔法使いであることを理由にこき使われた。イスパが今までに訪れた町に比べればここは発展している。魔法使いもいくらかいるだろう。賊を処理できるほどの人材がいないのか、その賊が強力なのか。
今はともかく、報酬のため。イスパは町の南へと向かった。
門を出るのは容易かった。この町は出ていくことに関しては特に咎められないらしい。あるいは、もうイスパのことが周知されていて自由に動けているのか。
そこはどうでもいいので、イスパはただ依頼の達成のため動く。賊とやらがいそうな場所へ向かう。平らな大地に座っているわけはない。森や、洞窟。外から見えないところを根城にする。だが逆に、そこに繋がる痕跡が残りやすい。人がいなそうな場所こそ、盗賊が住み着いている可能性が高い。
まずは空からざっくりと地上を見る。これだけで見つかることもある。立っている人間の目線で見つかりにくいところに拠点を構えても、上空から丸見えということもある。普通、そこから見られる想定はしないからだ。
空を飛ぶ魔法は存在しない。人が飛ぶのは自然ではない。イスパはあくまで、風の力で自分の体を一時的に浮かせているだけ。高さによってはとんでもない突風が吹き荒れるし、着地を失敗すれば大怪我は避けられない。それら全てを計算しながら、イスパは魔法を使っている。簡単にやっているように見えてかなり高度な技術だ。
しかし、その技術を持ってしても見つからなかった。どうやら今回の賊は隠れるのが上手いらしい。ならばとイスパは地上に降り、地面を調べ始めた。足跡などがないかを探す。とはいえここは町からさほど離れていないため、町の人間が足を踏み入れていてもおかしくはないが……
「……ん」
何かを見つけた。木々に覆われた森の中、高く生え育った草がかき分けられている箇所がある。誰かがここを通り進んでいった可能性がある。イスパもそこに入っていく。
草が鳴るのを隠そうともせず、ずんずん前に足を進める。目的は討伐なので、バレてもかまわない。こうして音を鳴らして近づくことで、人の気配を感じることもできる。相手も、誰か来たと行動を起こす。その音を感じることができれば、位置を割り出せる。
予想通り、イスパの感覚に引っかかるものがあった。土を踏みしめる音が聞こえる。更に近づいていくと、草むらの中に小さな洞窟があった。人間一人が通れるような隙間、奥に暗闇が広がっている。気配はこの中からだ。
討伐ならここから火でも放つか洞窟ごと崩してしまえばいいが、死んだことの確認をしないといけない。仕方なく、イスパは洞窟の中へと入っていく。奥まで進むと、意外なほどに広い空間があった。入口からは想像できないほどの快適な広さ。生活スペースとして問題ない。そんな空間にあったのは小さな焚火と、それを囲う三人の男。
「……なんか用かい、お嬢ちゃん」
入口から見て正面に座っている男が口を開いた。訪問者であるイスパは、当然だが警戒されている。
「あなたたちが、町の人を襲ってる賊?」
何のひねりもなく質問する。問答無用で殺しにかからないだけマシか。
「そんなことはないぞ。ただここで暮らしてるだけの人だ」
否定された。賊が素直に名乗るわけもなく。
「そう。魔法の大樹について、何か知ってる?」
質問の展開に何もつながりがないが、イスパは全く他意なく話す。
「魔法の大樹だって? 嬢ちゃんも狙ってるのか?」
賊の男もまた、妙な質問を普通に受け入れていた。意外と気が合うのかもしれない。
「ロマンだよなあ。世界の中心にあるとかいう大樹。普通の神木の枝ですら金になるのに、そんなもんを見つけたらいくらで売れるか。間違いなく一攫千金のお宝だ」
男が何か語り出した。確かに、考えようによっては大樹は宝か。魔法使いでなくとも、金に換えることはできる。
「必要なのは情報。何か知らない?」
男のロマンに興味はない。マルスが言っていたような情報はあるだろうか。
「ああ、なんでも世界の中心に近い都市があるって聞いたことがあるぜ。俺たちもそこを目指してるんだ」
マルスの情報と共通する。少し信憑性が増した。中心やら大樹やらはともかく、都市は実際に存在しているとみて間違いないだろう。
「その都市はどこに?」
「こっからだと、西だ。詳しい場所まではわからん」
西。新しい情報がもらえた。偶然にもイスパの当初の進行方向そのままだ。
「ありがとう。それじゃあ」
「待て待て待て。そんな人に道を尋ね終えたノリで殺ろうとするな。話をしようじゃないか。嬢ちゃんはなんでここに来たんだ?」
必要なことを聞き出し、あとは依頼を完了するだけだったのだが、男に止められた。男の部下らしき二人は、イスパの手の中で燃える炎に怖気づいている。
「町の人を襲う賊を探して討伐する。冒険者ギルドからの依頼」
話は聞くが、手は止めず。めらめらと炎が躍り続ける。
「だからそれは俺たちじゃねえんだって。信じてくれよ」
「だとしても、あなたたちを賊だとして報告すれば依頼は達成」
「賊よりやばいこと言ってるけど大丈夫?」
どっちが賊なのかわからない。確かに、依頼主のマルスも賊が誰なのかを特定できていない。イスパの言うことはもっともなのかもしれないが、人道的とは言い難い。
「じゃあ、これはどうだ? 要は俺たちがいなくなればいいんだろ? どこか遠くに行く。町の人は襲わない。それでも状況は同じだろ?」
討伐すれば当然、被害はなくなる。手を出さないというのが本当なら確かに同じ。別の町が襲われるかもしれないが、それはイスパには関係のない話。
「まあ、それなら」
町の人が襲われなくなるなら、問題はない。マルスからは、賊の首を持ってこいなどとは言われていない。
「よし、交渉成立だな。さっそく出ていくよ。ここは壊すなりなんなり好きにしてくれ。お前ら、いくぞ」
話がまとまり、男はすぐさま洞窟を出ていった。残り二人が荷物を持ってそれに続く。
イスパは横目でそれを見送った後、辺りを一通り見まわしてから外へ。もぬけの殻となった洞窟に水の魔法を流し込む。洞窟内は間もなくして許容量を超え、内側から破壊され崩落した。
「お早い対応、ありがとうございます。助かりましたよ」
ギルドに戻って報告。マルスが笑顔で礼を言う。本当に討伐できたかどうかわからないのに、イスパのことを信じ切っているようだ。初対面でどうして信用できるのかは知らないが、イスパにとっては好都合。
「では約束の報酬ですが……その前にこれを」
そう言ってマルスは小袋を取り出す。おそらく中に金が入っている。が、イスパはそれを受け取りはしなかった。
「お金はいらない。情報を」
欲しいのは情報。それに、依頼を受けた時点では金のことなど言っていなかった。受け取ることはできない。
「しかし……いえ、受け取ってもらえそうにありませんね。わかりました」
一瞬ためらったが、マルスは小袋を引っ込めた。イスパの断固とした態度には諦めざるを得ない。
「ルーガハーツ。世界の中心……に最も近いと言われる都市の名前です。ここから西南西の方角にあります。非常に大きな都市ですので、あなたでしたら見つけられるかと。ルーガハーツまでの詳しい地図はなく……ごうかご容赦を」
「ありがとう」
短く礼を告げ、イスパはさっさとギルドを出ていく。これ以上余計なことをさせられたくないとばかりに。
「お気をつけて」
マルスもイスパを止めることなく、手を振って見送った。賊退治をあっという間に終わらせ、金も受け取らずあっという間に去っていく。不思議な少女。だが、その実力は確かなもの。
「……相当な腕をお持ちのようですね。彼女は大樹に辿り着けるか……」
イスパが去っていくのを窓から見届けた後、マルスは静かに笑った。
イスパが旅に出て長らく。ようやく情報が得られた。世界の中心付近にあるという都市。大樹についての調査もされている。そこに行けばきっと、有力な情報がある。情報から推理して大樹に更に近づけるかもしれない。
イスパはすぐに出発しようとした。その前にふと思い出す。ウェルナのことを。
ウェルナは、世界の中心についていくつか説があると言っていた。文字通りの中心にあるとも。だが、ルーガハーツという都市の名前を出さなかった。知らないのだろうか。いずれにせよ、彼女からの情報も必要。
そう考えたイスパはもう一度、ウェルナの家へと向かった。鍵のかかっていないドアを開ける。今日は一階にいた。机に向かって何か書いている。あの資料だろうか。
「やあ、イスパ君。ギルドには行ってみたかい?」
イスパに気付いて振り返り、気さくに声をかけるウェルナ。イスパはまっすぐに歩み寄り、ウェルナの前で足を止めた。
「ルーガハーツっていう町、知ってる?」
挨拶もなくいきなり出された質問。じっとウェルナを見上げるイスパ。
「どこでその名前を聞いたんだい?」
「ギルドにいた、マルス」
この町の冒険者ギルドの管理者。ウェルナもその名前は知っている。
「ルーガハーツは世界の中心に近い町って聞いた。ウェルナは知ってた?」
それを聞き、ウェルナの表情がかすかに変わった。飄々とした雰囲気が引き締まったようにも見える。
「ギルドには情報がなかったはずだが、そうか。彼が言ったか」
イスパから目を逸らすかのように、ウェルナは立ち上がって窓の外へ目を向けた。
「いかにも、ルーガハーツは世界の中心に最も近い町だ。山で囲われた大地の中心、という説においての話だがね。大樹の研究もされている」
イスパには話さなかったが、ウェルナは知っていた。ルーガハーツのことも、中心のことも。
「まさかこんな早くそれに辿り着くとは。イスパ君はルーガハーツに行くつもりだね?」
「うん」
イスパの目的や性格を考えれば、行く以外ないだろう。求めに求めている大樹の有力な情報があるのだから。
「黙っていてすまなかった。ただ……イスパ君の意志だから止めはしないが、あまりお勧めはしない」
「どうして?」
ルーガハーツについて話すウェルナは、イスパが初めて聞くような語気の弱さだった。妙な自信を感じる胡散臭さはどこにもない。
「考えてみたまえ。地理的に世界の中心に近い大都市……地上での大樹の捜索なんて、呆れかえるほど行われている。だが見つかっていない。樹齢三千年と云われる木が、だ。魔法の大樹は単純に地上に生えているわけではない……との説が濃厚となれば、それ以外のあらゆる可能性が調査される。その中には、非人道的なものもある。特に、魔法使いというのは何かと目をつけられる」
魔法の大樹と呼ばれるほどの物なので、魔法使いや神木が何か関わりがあると考えられる。それゆえに魔法使いが重要視される。いい意味でも悪い意味でも。
「もちろん、その分情報も多い。今よりは大樹にぐっと近づけるだろう。だが、その情報を得るリスクが高い。いや、そもそもまともに得られるかどうか……」
魔法使いならば誰もが追い求める伝説的存在。リスクなど百も承知で探すものだが、ウェルナの言い分はそれだけではないように思える。イスパはただ静かに話を聞いた。
「私の意見としては、まだ早いんじゃないかな。彼……マルスを使って情報を集めるというのも手だろう。本来、冒険者ギルドはそういうものだからね。この町が特殊なだけで」
冒険者ギルドには様々な旅人や冒険者、その情報が集まる。ギルドを使っての情報収集は常套手段だ。旅人に冷たいこの町ではあまり機能していないが。マルスからしか大樹の情報が得られないのもそれが原因。外から入ってくる情報が少ない。
「まあ、キミの行動はキミが決めるべきだ。自分がやるべきと思うことをやるといい」
それ以上、ウェルナは何も言わなかった。あとはイスパが何か言うか、それを待つだけだった。
イスパは何も言わなかった。何も言わずに考えていた。大樹に関することが知れるのなら行くべき。一方、ウェルナから得られるものもまだありそう。彼女の言う通り、何も準備なしにルーガハーツに行くのは危険かもしれない。
「…………」
それでも、魔法の大樹がイスパにとっては最優先だった。危険だろうがなんだろうが乗り越えればいいだけのこと。
イスパは去った。結局、何も言わずに。ウェルナも一言たりとも呼び止めることなく、去っていくのを見送ることもしなかった。目を伏せ、かつてのことを思い出す。
「何も起きなければいいが……」
また一人に戻った家で、ウェルナはぽつりとつぶやいた。
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