二章『手がかりを求めて』~第二話 ウェルナ=ナトゥア~
ウェルナの資料は、本当に突飛なものだった。別世界に行く方法だとか、入り口だとか。そもそもそれが世界の中心にあるだとか。とても信じられるものではない。
ただ、一つ。納得できる話もあった。魔法の大樹は魔法によって見つけ出せる、というもの。どうもウェルナは、大樹がこの大地に生えているものだとは思っていないらしい。大樹と呼ばれているからには木であると考えるのが普通だ。しかし、誰も見たことがないのだからそもそも木なのかどうかもわからない。その考え方は、今の今まで魔法の大樹のことを神木と同じようなものだと思っていたイスパにとって新鮮だった。
ただ世界を歩いて見つけられるものなら、誰かが見つけていてもおかしくはない。どこを探しても見つからないのなら、ウェルナの説も少し真実味を帯びてくる。ただ、根拠は全くない。
「……ふう」
資料を読み終わり、イスパは息をつく。理解しがたいが、知らない話ばかりなので興味は惹かれた。それと、神木のことも。栽培するという発想がイスパにはなかった。あまつさえそれを成功させている。だからなんだという話ではあるが、神木が生える条件がわかれば、大樹への手がかりになるかもしれない。
「…………」
自由にしていいと言われた。外に出てもいい。が、気になる。イスパは階段を降り、ウェルナの元へ向かった。
「やあ、早かったね。何か質問はあるかな?」
ウェルナはずっと、栽培した神木を見ている。小さな神木がこの部屋に三つ。
「それ、どうやって生やしたの?」
神木が生える条件。イスパが知りたいのはそこだ。
「この子たちのことか。神木から採取できる特殊な成分を使う。神木に刺激を与えることで、微量だがそれが零れ落ちる。私は『魔石』と呼んでいる。魔力の石だな」
「魔石……」
初めて聞く。ウェルナが独自に発見したものだ。
「大きな神木からでも、採れるのは微量だがね。こんな小さな木を生やすのがやっとだ。見守り続けているが、これ以上大きくなる様子はない。日光に当てても同じだ」
各地で見かける神木のような立派な木にはならない。ウェルナがじっと見ていたのは、わずかでも神木が伸びているかを確認していたようだ。
「刺激って、何?」
「魔法……というか、キミの言う自然だね。以前この近くで騒ぎがあったのさ。誰かが神木に火を放ったとね。その燃えた神木を調べていたら、根本に光る粉末状のものが落ちていた。それをかき集めて固め、植えたというわけだ」
意外と簡単にできていた。ただ、そうして栽培しても生えてくるのは手の平サイズ。
「まあ、そのかいはないがね。燃え尽きた神木から必死に漁って、この大きさが三つ。自生しているものを保護するほうがずっと有効だ。神木から自然に零れ落ちる魔石程度では何も生えてこないだろう」
神木から落ちる成分で神木が生えるのなら、各地に神木の群生地ができていることだろう。だがそんな場所はめったにない。
「そうなると、最初の神木はどうやって生えてきたのかという話になるが……巨大な魔石でも埋まっていたのかな。ははっ」
自分で言ったことにウェルナは可笑しそうに笑っていた。大昔から自然にある木のことはわからない。人々が神木と呼んでいるだけで、実は普通に木として生えているだけなのかもしれない。
「魔石に他の使い道は?」
「今のところは見つかっていないね。魔法使いのキミなら何か見出せるかもしれない」
ウェルナは魔法使いではない。魔石に何か効果があったとしても気付けない。
「燃えた神木は、まだある?」
だがイスパは違う。魔法使いだ。イスパならば、魔石のことも何かわかるかもしれない。
「いや。処分されたよ。今は綺麗さっぱりの地面があるだけだ。もうかなり前のことだからね」
「そう……」
魔石が生まれた状況を見れば何かわかったかもしれないが、仕方ない。ないものは調べようがない。
「じゃあ、どう燃えたのか教えてほしい」
「ん? まさかとは思うが、燃やす気かい?」
「それが一番早い」
イスパには何の迷いもなかった。ないのなら再現すればいい。
「強引だねえ。まあ止めはしないが……この町の人間にそんな騒ぎを知られると、いよいよここにいられなくなる。やるなら遠く離れた場所の神木でね。私としても、せっかくの助手を失いたくはない」
「……そう。わかった」
渋々ながら引き下がるイスパ。一応、ウェルナの言うことに従いはする。
「やり方は否定しない。検証してみたくはある。いずれ機会が来ればこちらから頼むとするよ」
魔法使いの協力のもと、魔石に関する実験ができるのならウェルナにとって願ってもない。少し倫理から外れるだけのことで、不可能な方法ではない。
「私はあくまでイスパ君、キミを助手に欲しいと口で言っているだけだ。キミがどうするかはキミ次第。束縛するつもりはないよ。ただそれでキミが問題を起こしても、私には何もできない」
このイスパという少女は御しきれる存在ではない。ウェルナはそう直感していた。手綱を握るつもりは全くなかった。
「…………」
イスパは珍しく、決めきれていなかった。ウェルナに協力し調査を進めるか、また一人に戻るか。だが一方で、妙な居心地の良さを感じている。自分の言うことを否定せず、自由にさせてくれる存在が。
「……ウェルナ」
「む? なんだね?」
不意に、名前を呼んだ。言葉が自然に口から出ていた。
「ウェルナは、大樹を見つけてどうするの?」
イスパは魔法の大樹を追い続けているが、他人にそんなことを聞いたのは初めてだった。欲しいのは自分だし、他人に興味もなかった。
「そうだね……どうするかまでは考えていなかったかもしれない。見つけて調べてみたいという好奇心だね。未だ発見されていない存在……世界中の人が知る伝説のようなものだ。死ぬまでに見てみたい」
「……そう」
魔法使いならば魔力目当てに大樹を求めるが、そうでない人間にとっては何も意味がない代物かもしれない。それでも探し求めるのはウェルナ個人の性か、研究者としての生き方なのか。
その会話を最後に、イスパは去った。一階から出て、町へ。
ウェルナの名前を出せば、この町でも動ける。ウェルナと話す前のイスパは、それも信用していなかった。
今は少し違う。少しだけ、ウェルナ=ナトゥアを信用しつつある。いや、信用とは違う。ただ、自分を見る目が違っている。イスパは確かにそう感じていた。
見慣れぬ土地だが目的地を定め、イスパは足を進めた。
ウェルナ=ナトゥアはこの町では孤立している。その方が調査に集中できるので、彼女にとって悪い話ではない。ただやはり、手伝ってくれる人間は欲しい。
(もう少し歩み寄った方がよかったかな? しかし、機嫌を損ねてはおしまいだ)
突然現れた、イスパという魔法使い。優秀そうだとは思ったが、雷の魔法まで使えるとは只者ではない。ぜひとも味方につけたいというのがウェルナの本音。
ただ、相手は難しい。命令や束縛ができる相手ではない。二度目の会話は少し話してくれるようになったが、信用されてはいない。彼女の好きなようにやらせてやりたいが、確実に町の連中に目をつけられてしまう。ウェルナにとってそれは最悪の事態だった。そうなったからといって自分がどうなるかは知らないが、イスパという逸材を失うのは惜しい。
(もう一度ここに戻ってくるかどうか、かな)
戻ってきてくれれば、次はもう少しうまく会話ができるはず。もう二度とここに来ない可能性もある。そうなったらおしまいだが。
(彼女のことも、記しておくか)
せっかく、少し話ができたのだ。話したことをまとめておいて損はない。そう思ってウェルナは一階に上り、机に向かったのだが。
「……む?」
ドアが開いたと思ったら、イスパが立っていた。戻ってきたようだ。右手で大きな袋を抱えている。家に入るなりすたすたとウェルナに近づき、袋から果物を取り出し、差し出す。
「…………」
ウェルナは面食らっていた。何故イスパがこんな行動に出たのかはわからないが……
「……座るといい。私も椅子を持ってくる」
自然と、ウェルナに笑みが零れた。
「その杖のことを聞いてもいいかな」
二人がそれぞれ椅子に座り、ウェルナが話を切り出した。イスパが持っている、魔法使いの杖について。
「もちろん神木なのだろうが、どこで買ったんだい?」
イスパはこの杖を買ったと言った。神木を売るのは公でもあることだが、裏稼業として売っている者も多くいる。魔法が使えているのなら、偽物を掴まされたということはないはず。
「旅に出たときに、町で」
「どこの町かはわからないか?」
「知らない」
即答だった。覚えてないではなく、知らない。イスパは町の場所や名前を意識していない。大樹とは関係ないと考えているから。
「そうか。杖を見せてもらってもいいか?」
「うん」
ウェルナの要求に、イスパは腰の結びを解いて杖を手渡した。
「ありがたいが……いいのかい? そんな簡単に渡してしまって」
「いい。それでも魔法は使える」
「へえ、そうなのか」
杖がなくても魔法は使える。でなければ魔法使いは皆、杖を失った時点で戦えなくなってしまう。杖がない場合、魔法を使うと己の体に負担がかかってしまうが、止むを得ないときはそれも辞さない。
ウェルナが杖を見回す。手に持ちやすいよう整えられているだけの、何の変哲もない木の棒だが……
「この継ぎ目は?」
先端に継ぎ目のような線が入っている。ウェルナの問いかけに対しイスパは手を差し出して杖を受け取り、先端を取り外した。
「仕込み杖か……そんなものを持っているとは」
槍のように鋭い刃。ウェルナはそっと先端の感触を確かめた後、杖をイスパに返した。これを使えるくらいに、イスパは近接戦闘もできるということ。女の一人旅も納得である。
「神木を魔法使いの道具として扱うのに、形は関係ないのかい?」
「形よりも、魔力がどれだけあるか」
魔法使いは杖の形を問わない。もちろん手に持ちやすいのが一番だが、魔力が十分なら手の中に収まるような小ささでも問題ない。
「つまり魔力が十分なら、栽培したものでも使えるということだね?」
「まあ……そうなる」
イスパの反応は芳しくないが、ウェルナにとって可能性は出てきた。今ある神木は役に立たないが将来、強い魔力を持った神木を生み出すことができたら? それも、狙って強い神木を栽培できたら? 夢は広がる。
「私に魔法の才がないのが悔やまれるな」
惜しまれるのは、それができたところでウェルナには無意味ということ。自分だけの最強の神木を手に入れたとして、使い道がない。
「才能あったら、栽培なんて考えないと思うよ」
一方、イスパは才能がある側。神木さえあればいい。更に強い神木を求めるなら自分で探せばいいだけのこと。あんな暗い部屋に入って研究するなんて考えない。そんな暇があったら足を動かして大樹を探す。
「なるほど、それもそうか。ならばこれも悪くない」
「…………」
イスパには理解しがたい感覚だった。それなら魔法使いになればいいのにと思わずにはいられない。それでも口には出さなかった。ウェルナにはウェルナの生き方があると。
「それで、イスパ君。キミはこれからどうする?」
ウェルナに協力する意志がある。イスパがここに戻ってきたのはそういうことだ。ここはウェルナだけの家なので、二人が寝る場所はない。
「宿を取った。しばらくこの町にいる」
「ほう、それは素晴らしいね」
食べ物だけでなく宿も確保していた。しっかりしている。伊達に一人で生きていない。
「ならば、この町の冒険者ギルドにも行ってみてはどうかな? 排外的な町だから、この町の人間ばかりだがね。そのぶん、町周辺の情報なら充実しているはずだよ」
旅人に冷たいこの町にも、冒険者ギルドはある。人の出入りが一切ないわけではないので、大きな町なりに情報はある。
「大樹のことは?」
「それはないだろうね」
ウェルナも当然、その手の情報は確認している。この町に大樹の情報はない。誰もが知っているような話しかない。
「それでも、何かしら得るものはあるかもしれない。行ってみる価値はあると思うよ」
大樹の情報がないのなら、イスパにとっては価値がない。なのにウェルナは価値があると言う。その感覚も、イスパには理解しがたかった。だがウェルナが言うことなら、不思議と一見の価値ありと思えてしまう。
「…………」
生まれた村の人たち以外で、初めて確かな関わりを持った人物。ウェルナがどうこうではなく、その状況に特別な感情を抱いているのかもしれない。
「まあ今日はもう日が暮れる。それは明日でいいだろう。私の家には好きなときに来てくれて構わない。入口の鍵が開いているときは中にいるからね」
いつの間にか外は夕暮れ。ウェルナに言われてイスパは立ち上がり、宿へと向かう。
知らない町での奇妙な出会い。気を許したわけではないが、イスパの中に不思議な感情が芽生え始める。感じるものがあった。魔法の大樹に近づけるかもしれない、と。これまで、大樹についての情報収集は空振りばかりだった。それが今、初めて前に進んだ。神木を栽培までしている人に出会った。間違いなくこの町で一番、魔法の大樹に詳しい。
いつでも出て行っていいとは言われたが、今は協力する方が効率がいい。それがイスパの判断だった。
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