一章『大樹』~第二話 神木の杖~
「助けてっ! 誰か、助けてぇっ!!」
女性の悲鳴。襲われているようだ。おそらく野盗か何かだろうと予想し、イスパはまずは女性の元へ。近くまでいってみると、こん棒を持った男たち三人が女性を追いかけていた。どこからどう見ても野盗だ。イスパは風で体を押して加速させ、女性と野盗の間に割って入った。
「えっ……!?」
前触れのない突風に驚き、女性は振り返って足を止めた。
「な、なんだ今のは?」
「見ろ、女が増えたぜ」
野盗も風に驚きはしたものの、反応は能天気だった。よくわからないが女が出てきた、くらいにしか思っていないのだろうか。
「ねえおじさん。魔法の大樹のこと、何か知らない?」
襲撃中ではあるが、イスパにとっては関係ないことだった。
「はあ? いきなり何を言ってんだこいつ?」
「構うこたねえ。さらってくぞ。やっちまえ!」
野盗も野盗で、イスパの話を聞こうとせずに向かってきた。明らかに異常事態なのだが、互いにお構いなしで話が進む。
「知らないか。じゃいいや」
イスパが杖の先を掴み、引き抜く。木でできているはずの杖から、鈍色の刃が顔を見せた。槍のように鋭く尖った金属。杖は本来魔法を使うためのものだが、イスパの杖は槍にもなる。
イスパは魔法使いだが、魔法だけではない。火で燃やしたり水で押し流したりというのはむしろ使わない。仕込み杖での接近戦のほうが日常的である。
「女の子には優しくしないと駄目だよ」
イスパの体が消える。否、本当に消えたわけではない。消えたように見えるほどに速い踏み込みで、三人の野盗の内一人の胸を槍で貫いた。この男の目には何も見えていなかったことだろう。こん棒を振り上げた体勢のまま倒れ伏した。
「なんっ——がっ!?」
「ぐっ……」
続けて残り二人も処す。目にも止まらぬ、でたらめとも言える動きで大の男三人を一瞬で殺してしまった。
イスパが得意とするのは風の魔法。それと、身体強化の魔法。人間離れした脚力と、それを更に押し出す風の力で高速移動を可能にしている。魔法使いなのに、世間のイメージ通りな魔法を使わない。
「あ、ありがとう、助けてくれて……」
突然すぎる登場とやや凄惨なやり口に恐怖を感じたのか、襲われていた女性が遠慮がちに声をかける。イスパは杖の刃をきちんとしまい、腰に結びつけ、いつものように背負う。
「お姉さんは知ってる? 魔法の大樹」
助けたことについては何も言わず、本題へ。
「え? そ、そうね……私は知らないけれど、村の人なら誰か知ってるかも……お礼をしないといけないし、一緒に来てくれる?」
「うん、いいよ」
この場に居合わせたのも一つの縁。イスパはお姉さんについていくことに。
「村はこの近くにあるの。少し歩けば見えてくるわ。……あ、そうだ。私はアルハ。あなたの名前は?」
「イスパ」
初めましての自己紹介。出会いが立て込んでいたので忘れていた。
「イスパちゃんか。かわいい名前ね。すっごく強いみたいだけど、一人で旅してるの?」
「うん」
最初の印象こそ微妙だったが、アルハの声が少しずつ明るくなっていく。イスパがまともに話せる人だとわかったからだろうか。
「旅の目的は……さっき言った魔法の大樹ね? 樹齢数千年とか言われてる……」
「そうだよ」
それだけが目的。逆に言えば、それがなければイスパは旅をしていないのだろう。
「それを見つけると、どうなるの?」
「杖にする」
「大樹を杖に? すごいわね、それ」
見つけただけでどうにかなるわけではない。調査をするのでもない。イスパは学者ではないので。
魔法使いの杖はただの木ではない。神木(しんぼく)という、魔力がある木を使う。神木の中でも強いもの、弱いものの差がある。魔法の大樹と呼ばれるほどだ。杖にすれば、魔力も相当なものだろう。
意外と知られていない魔法使い事情。魔法を使えない者にとっては全てが未知の技術なので、知らなくて当たり前なのだが。
「見つかるといいわね。村の人が何か知っているといいんだけど……」
冒険者ギルドに比べれば、得られる情報は知れている。だがなんでもいいから情報は欲しい。何一つ手がかりのない今のイスパにとって、とにかく収集が大事。情報が正か偽かは集めてから照合していけばいい。山が見えない方角というのもその一つでしかない。
「ほら、あそこよ。私の住んでる村」
なだらかな坂の下、少しくぼんだ土地にそれはあった。付近に見当たらないと思ったら、下だった。イスパはアルハについて村に入っていく。村の人たちが珍しそうに見てくるが、イスパは気にもしない。無視しているわけではなく、そもそも意識に入っていない。
「とりあえず、村長に聞いてみようか。助けてくれたことも報告しなきゃね」
村の真ん中を横切り、村長の家へ。長とはいっても、家は大きいわけでも豪華なわけでもない。周りの家と同じ、暴風で飛んでいきそうなくらいの小さな家屋。
「ちょっとここで待っててね。村長、おじゃましまーす」
一声かけてから、アルハが村長の家へと入っていく。待っててとは言われたが、家が家なせいで中の声が聞こえている。木と藁では防音にならない。
しばらく待つと、アルハが家から出てきた。続いて、禿げた頭と髭を蓄えた老人が現れた。
「この度は村の者を救っていただき、ありがとうございます……」
老人が深々と頭を下げた。イスパもぺこりと腰を折る。
「このような村で大した礼はできませぬが……今日はもう遅いですし、食事と寝床を用意させていただきます。休んでいってくだされ。して、魔法の大樹をお探しだと……」
「うん。何か知らない?」
アルハが伝えておいてくれたようで、スムーズに話が進んだ。
「かなり昔の話になりますが……わしがまだ若い頃、村を訪れた旅人の男がいました。世界の中心にある魔法の大樹を探している、と……」
「…………」
いつになく真剣な表情で清聴するイスパ。世界の中心、というのはやはり共通認識か。問題はそれがどこなのか。
「不思議な男でした……見た目は三十歳あたりだったのですが、どこか悟ったような雰囲気で。村を出て西の方角へ向かわれました」
「西……」
西。太陽が沈む方角。直前までイスパが目指していた方角。やはり世界の中心とは、山に囲われた大地の真ん中なのだろうか。
「その人も、魔法使いだった?」
「いえ……そうではないと言っていました。剣を持っていましたが……」
魔法使いでも剣は使える。本人が否定しているだけという可能性もある。それに、魔法の大樹を求めるのが魔法使いだけとも限らない。手がかりとしては弱いか。
「他には、何か言ってた?」
「うむむ……そうですな……古い話なので記憶が定かではありませんが……」
そう前置きしつつ、村長は思い出すように目を伏せた。しばらくして再び視線を上げ、イスパを見る。
「『世界は確かに存在する。その中心も』……そう、言っていました」
「確かに、存在……?」
よくわからない言い回しだった。どういう意味なのか。
世界は存在する、それはそうだ。今イスパが立っているここが世界なのだから。確かに、とは何なのか。村長の言う通り悟ったような、意味深な言い方。
「わしから言えるのはこれだけです。恩人に、大したお役に立てず申し訳ない……」
村長がまた頭を下げる。が、それは今のイスパの意識の外。
「……うん、ありがとう。それで大丈夫」
謝罪の言葉は耳に入らない。今は旅人の男の言葉で頭がいっぱい。
「それじゃイスパちゃん、こっちへ。寝るところを用意するわね」
「うん……」
辛うじて返事だけはして、アルハについていく。歩いている間、イスパの思考が切り替わることはなかった。
案内されたのはアルハの家だった。聞けば彼女の両親はすでに死去し、今はアルハ一人で暮らしているらしい。両親も野盗に襲われ、命を奪われたと。
イスパが記憶したのはそこまでだった。日が暮れ、月明かりと小さな火だけが世界を照らす。
イスパはずっと考えていた。月がどれだけ動いても、眠ることなく。世界は確かに存在する……その言葉のことを。
「世界って、なんだろ……」
途方もなく漠然とした疑問。生まれてこのかた考えたこともない。多くの人がそうだろう。自分が生きているここが世界。そうとしか考えない。
世界とは? そのままの意味なのか、何かの隠語なのか。
答えは出ない。手がかりがなさすぎる。そもそも、村長が一字一句覚えていたかどうかわからない。その男が何者なのかもはっきりしない。ちょっと変な人だった可能性もある。
やがてイスパは天を仰ぐ。いい加減寝たほうがいいかもしれない。そんなことを考え始めたとき。
「……ん」
物音がした。外から。動物ではない、人間の足音。イスパはゆっくりと立ち上がると、杖を持って外へ出ていく。
女一人で旅するイスパは、人間の気配にだけ異様に敏感になっていた。上の空であっても、人間の足音だけは明確に聞き取る。そうでなければ生き残れないからだ。
外は真っ暗。左手を掲げ、魔法で火を作る。手の平の上で燃える火を松明代わりに、深夜の村を歩く。
足音はいくつもあった。五人ほどいる。イスパは音のするほうに向け、手の中の火を放った。
「うわっ!?」
地面に着弾した火が小さな爆発を起こし、周囲が燃え盛る。気配の正体が炎によって照らし出された。どこかで見たことあるような恰好が五人。
「な、なに、今の音!?」
「おい、どうし——旅人さん!?」
爆発音に驚いた村の人たちが次々と家から出てくる。イスパはそちらには気をかけず、目の前にいる不審者たちをじっと見つめる。
「こんばんは。こんな夜中に何の用事?」
相手が不審者でも挨拶を忘れない。この人たちも、一晩の宿を求めてきたのかもしれない。
「こいつ、魔法使いか? さてはてめえだな、兄弟をやったのは? お前ら、こいつからやれえ!」
向こうは礼儀も何もなく、イスパに襲いかかってきた。兄弟がなんのことか知らないが、黙ってやられることもできない。
「……風よ」
動物には、他にはない特殊な力を持つ者がいる。鳥には空を飛べる翼が。ウサギにはぴょんぴょん跳ねる足が。人間にも、そういった力がある。
「巻き起これ」
それが、言語である。言葉の力。声を上げることで己を奮い立たせたり、他者を臆させたり。吹けと呼べば風が吹く。別に言わなくても魔法は出るが、口に出すことでより正確で強力な魔法を使える。
「う、うわあああっ!?」
突如発生した竜巻によって、五人の賊が空へ舞い上がる。それを追いかける形でイスパも風に乗って空へ。
「おじさんたち、昼間の人たちの仲間? 仲間思いなんだね」
兄弟かどうかは知らないが、最近やったと言えば昼間の野盗三人。確認を取ろうにも三人は殺してしまったし、仲間は五人ともが竜巻の中。
「んっと……あのへんだったかな」
昼間に野盗と会った方角にだいたいの狙いをつけ、くるくると回る五人を風で吹き飛ばす。悲鳴が夜の闇へと消えていく。そのまま五人とも地面に激突。確認するまでもなく、即死だ。
仲良しの計八人は等しく死んだ。同じ場所で。イスパはゆっくりと風を弱め、着地。
「イスパちゃん! 大丈夫だった!?」
アルハも起きてきていた。心配そうにイスパの体を掴むが、なんともない。本人はけろっとしている。
「うん。もう大丈夫だと思うよ」
ただの野盗なら、八人もいれば大人数だ。まだ仲間がいるということはないだろう。三人が殺されたので、その近くの村を襲おうとした。そんなところか。
「私だけじゃなくて村まで……本当にありがとうね」
「? うん」
やたらと感謝されていることに疑問を持ちつつも、イスパは寝床へと戻った。襲撃されたことによって頭が切り替わったのか、その後はぐっすりと……
「……あ」
眠りに落ちる少し前、ふと思い出した。
「あのおじさんたちに、大樹のこと聞くの忘れた」
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