第06話 小宮サンシロウ その2
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警視庁刑事部霊能課三係の作戦本部は、表向きは『バーネットニューマン』という名前のライブハウスである。そこに萩原キリコが入ると、既にメンバーは揃って椅子に座りながらタバコを吸ったり飲み物を飲んだりしていた。
西城カズマ。森野ユーリ。園田シンゴ。アリス・ミラーギロチン。
くすんだ金髪にチンピラめいた風貌と、ガラの悪いファッションを合わせている西城カズマ。そのうしろに立っているのは、ひとえまぶたに和服を着こなしている日本風美人のボンヌ=ボワッソン。次に、ビジネスカジュアル風の服を着て黒髪に銀縁眼鏡で決めているのが森野ユーリ。そのうしろには、チャイニーズ・ゴシックスタイルの老人が二人――カルト=キャルチュールとデルタ=デジィールである。そして、スーツ姿の園田シンゴ。最後に、髪を真っ赤に染めてレザージャケットを羽織っている女がアリス・ミラーギロチンだった。うしろで指をもじもじさせている地雷系の少女がゴーシェ=ゴーシェ。
その誰とでもキリコは面識があったのだが、ただ一人だけ、今まで会ったことのない男がテーブルの誕生日席に着いていた。ライムグリーンに染めた短めの髪の毛に、無精ヒゲ、そして顔には無数の傷跡が刻まれている。服装はといえばアロハシャツに短パンで、とてもカタギの仕事をしている人には見えない。そんな人がタバコをまとめて二本ほど景気よく吸い込みながら手もとのジンジャエールを飲んでいた。このあとすぐに名前を聞くことになるわけだが、彼こそが警視庁刑事部霊能課三係のリーダー、そして西城カズマの実兄である小宮サンシロウなのだった。
「ああ? 見ねえ顔だな」
そうサンシロウは言った。
彼の言葉に最初に反応したのは、西城カズマであった。
「兄貴、忘れちまったのかよ? オレが調査して勧誘した萩原キリコちゃんと、幽霊ジギィ=ジグザグだぜ。だいたい兄貴が呼んだんだろうがよ?」
「そうか、そうだな、そうだったわ」
サンシロウはぐっと体を起こして、キリコのほうをじっと見つめた。
「おい、遅刻だぞ女」
「えっ、あっ、す、すみません」
「ウソだよバカタレ。集合時刻にはまだたっぷり二十分もあるだろうが。だがまあ、チーム全員が揃ったってんなら作戦会議といこうか――」
彼はタバコ(セブンスター)を灰皿に押しつけて火を消した。
「デカめの案件が入ったんだ。場所は東京都高田馬場にあるW大学図書館。カズマとボンヌ=ボワッソンがそれを突き止めてくれた。ここ最近は妙なことが起きてて、ある特定の本を借りたあとで学生が必ず不審死を遂げている。要するに交通事故に遭うか、不治の病気にかかるか、なんのきっかけもないのに自殺しちまうか、あるいは行方不明になってなんの手がかりもないって感じだな。霊障ってやつだよ。そのスパンはだいぶランダムだから大学事務局はなにひとつ疑問に思っちゃいないようだ。もともとインテリの学生なんかアタマの中身をこじらせていつ死んでもおかしくないしな」
サンシロウはジンジャエールを飲んだ。
「だが、これは明らかに幽霊の仕業だぜ。ボンヌが残穢を発見したっていうんだから本当だろうよ。『読んだら死ぬ本』。そんなシロモノが大学のなかに存在しているってことは間違いない。そして残穢の濃さからして、これはだいぶ強力な悪霊と見ていい。そこでお前らボンクラの若者四人全員で討伐および再殺に当たってもらう。ひとつだけ言っておくが、この書物が、大学に複数存在する図書館のどこにあるかまでは分かっていない。移動しまくって痕跡を消してるんだよ。まずはそれを探し出して、学生と、大学関係者に迷惑がかからないように穏便に処理しろ」
こうしてキリコとカズマとユーリとアリスの四人は、それぞれの契約霊を連れてW大学に向かうことになった。園田シンゴの車に乗るには人数が多すぎるため、電車に乗っての移動である。
「よく考えてみたら」
とアリスが言った。
「アタシたちが四人みんなで会うことってこれが初めてなんじゃない? アタシとキリコはいっしょに仕事をしたことがあるけど」
それを聞き、カズマとユーリがそれぞれ顔を見合わせた。
「オレはもともとユーリとはよくやってる。キリコちゃんとはいちどきりだな」
「ぼくもキリコ氏とは一回だけですね。アリス氏とはまだゼロ回になりますが」
そんな二人の言葉を聞いて、アリスはフンと鼻を鳴らす。
「ねえ、このくらいの人数でチームで動くなら最初にリーダーを決めておいたほうがいいと思うわ。それはそうでしょう? いちいち戦略と戦術を組み立てるときに全員で相談したり挙手の多数決でなんとかするっていうのは効率性に欠ける。アタシとしては誰かひとりが右を向いたらとにかくいったん全員が右を向くというのがナイスなパーティなんじゃないかと思うんだけど」
アリスがそう言うと、うしろにいたゴーシェ=ゴーシェが《あたしもアリスてゃの意見に賛成~!》と手を挙げた。
「ちなみにアタシはアタシ自身を推薦するわ! このなかでリーダーを務めるのにいちばん相応しいのはアタシよ!」
《あたしもアリスてゃがいいと思う~!》
二人がそんな風に盛り上がっているところに、水を差したのはカズマの契約霊、ボンヌ=ボワッソンであった。
《それはどうして? 根拠を聞いてみないことには納得ができない》
「フフッ、自分の疑問を率先して述べるのはイイ傾向だわ、ボンヌ。しかしこれにはきちんと理由があるのよ。エンゲージリングの色を見てみなさい。カズマは黄色、ユーリは青色、キリコは黒色、そしてアタシは赤色ってわけ。スーパー戦隊のオタクなら誰でも一発で納得できる理屈ッ! こういうときにリーダーをやるのは赤色なのよ!」
びっくりするくらいくだらない理由だった。恐ろしいことに、彼女の声がバカデカすぎるせいで咳ばらいをするモブの乗客もいたほどである。
カズマがため息をついた。ボンヌ=ボワッソンも肩をすくめる。
「オレはユーリがいいと思うぜ。このなかでいちばん幽霊と多く戦ってるから経験値があるしアタマもいい。オレ高卒だし。このあとどんな敵が出てくるか分かんねえからな、分析力のあるヤツがトップにいたほうがいいと思う」
《あたしもカズマ様に賛成だわ。ここは森野ユーリくんが指揮を執るべきでしょ? 年功序列という価値観にも合致してる》
カズマとボンヌがそれぞれ喋ると、しかし、ユーリのほうは少しだけ顔を曇らせた。
「いや、ぼくはキリコ氏をリーダーに推薦したいと思う」
「えあ、あ、わ、私ですかっ!?」
急に名前を呼ばれたキリコが慌てふためいていると、ユーリは眼鏡の位置を丁寧に直してから言葉を繋いでいった。
「はい。正直ベースで言うと、このなかでいちばん才能があって強いのはキリコ氏です。それは彼女と仕事をした全員がうっすらと実感しているはず。ということは、可能性として総力戦になったときにこちら側の最終防衛ラインはキリコ氏。彼女さえ生き残ればこちらは勝利できるということなんです。であれば、彼女を総大将とすべき」
「え、あ、うう」
キリコは思わず口ごもるしかなかった。総大将!? 総大将って、いったいなにをすればいいの!?
※※※※
森野ユーリのうしろに浮かんでいるカルト=キャルチュールとデルタ=デジィールがヒヨヒヨと薄ら笑いを浮かべた。
《ユーリ坊ちゃんの意見も一理ございますなあ》《我々はもともと生者のリーダーなど誰でもいいですがゆえ》
「そうか」
ユーリは幽霊たちの言葉をたった一言で斬り捨てたあと、改めて萩原キリコの目を見つめてきた。
「キリコ氏、あなたはどう思いますか? 誰がリーダーに適任だと思います?」
「えあえあ、あっ、えええ?」
キリコは咄嗟に胸の前で両手をもじもじさせようとする、が、それはやめた。アリス・ミラーギロチンに「そんなことはやめなさい」と言われたことがあるのを思い出したからである。代わりに彼女は、自分のすぐうしろに立っている最強の悪霊、ジギィ=ジグザグのほうに振り向いた。
「ジギィさん」
《なんだい?》
「こ、ここ、こういうときどうすればいいんでしょうか?」
《いつもどおりと変わらないよ。自分の心で決めていいさ》
ジギィは微笑んだ。
《僕としては誰がリーダーでも構わない。いずれにせよこの場で最強なのは僕だ。もしも今この瞬間その気になってキリコさんの体を借りてしまえば全員五秒以内に決着をつけられるくらいにはね。でも、いま大事なのはみんなで力を合わせるということだと思う。そのための自分なりの意見を、キリコさん、キミが自分の気持ちで言えばいいだけだ》
「え、あっ、は、はい!」
キリコは頷いた。
それから全員の顔をそれぞれ見渡していく。西城カズマ、森野ユーリ、アリス・ミラーギロチンを。
「わ、私は――アリスさんが適任だと思います」
キリコはそう指名した。
「アタシ? まあ光栄だけど、それはどうしてなの?」
「え、あ、は、はい――。
前にお父さんに聞いたことがあるんです。リーダーになるためにいちばん必要なのは決断力なんだって。私には、たぶんそういうのは全然ありません。でもアリスさんは、良いことは良いって言えるし悪いことは悪いって言えるんだと思ってます。今だって、真っ先にこの話を提案したのはアリスさんでしたよね?
ユーリさんは経験もあって頭もいいし、カズマさんは幽霊を退治するために大事な調べものの力があるっていう話でしたけど、大事なのは、みんなの意見を聞いたあとでGOサインを出せるってことだと思います。わ、私は、私がいちばん強いって話も聞きましたけど、それだって別に下っ端で構わないはずです」
キリコはそう言い終わったあとで、自分の背後で、ジギィがただ優しそうに目を細めているような気配を感じた。たぶん、ちゃんと自分自身の意見をはっきりと話せたからだろうと思った。そして、彼女の言葉を聞いていたアリスも、ユーリも、カズマも、それぞれきちんと意見を咀嚼してくれているのを感じる。
「キリコ氏がそう言うのであれば、ぼくは同意です」
とユーリが言うと、カズマのほうも頷いた。
「ユーリがそれで良いって言うんならオレも別に文句はねえな。それじゃあ、オレらのケツひっぱたく仕事はアリスにお任せってことで」
そんな言葉に対して、アリスが「フフン」と笑いながら腕を組む。
「じゃあ決まりね。やるからにはきっちり仕事はするから安心してちょうだい!」
こうして小宮サンシロウの下につく霊能課三係の四人組の役割が固まった。
アリス・ミラーギロチン。契約霊はゴーシェ=ゴーシェ。エンゲージのレベルは人情、霊能は詠唱タイプ。「身を護るだけの能力」。指輪は赤色。役割は指揮。
森野ユーリ。契約霊はカルト=キャルチュールとデルタ=デジィール。エンゲージのレベルは義理、霊能は射出タイプ。「見えなくなるだけの能力」&「気を惹くだけの能力」。指輪は青色。役割は分析。
西城カズマ。契約霊はボンヌ=ボワッソン。エンゲージのレベルは友愛、霊能は疾走タイプ。「あとを追うだけの能力」。指輪は黄色。役割は調査。
萩原キリコ。契約霊はジギィ=ジグザグ。エンゲージのレベルは冥婚、霊能は最優の斬撃タイプ。「壁を無視するだけの能力」。指輪は黒色。役割は――勝利すること。
そんな四人が高田馬場にあるW大学に着き、まずやることといえば正門の警備員に見つからないようにキャンパス内に入ることだった。これについてはユーリの契約霊であるカルト=キャルチュールの力でどうとでもなる。「見えなくなるだけの能力」。それを使って四人は気づかれないまま大学内に侵入できた。
「ただし、ぼくとカルトから離れるとしばらくしたら効果は切れます。あとは学生のフリをしながらそれぞれの図書館を捜索するしかないです。とにかく大学内には図書館が多い。中央キャンパス図書館にTキャンパス図書館、もしくは各学部にある大学院生用の読書室。あとは大学創設者の記念博物館にある図書室。それら全てに残穢があってどこに目当ての本があるかは分からない」
そんなユーリの言葉を聞いて、アリスはふと足を止めた。
「W大学の図書館データベースにアクセスして目的の本がどこにあるかは分からない?」
「そこは微妙ですね。もちろん、通称『WINE』と呼ばれているデータベースには全ての本が普段どこに保管されているかが登録されてはいますが、そもそも、呪いの本のタイトルで検索をかけてもヒットしなかったんです」
「つまり?」
「存在しないんですよ、W大学にそんな本。今回、目標にするのは日高ツバサという作家の上中下巻あるミステリ小説『昏い森の殺人』です。不審死を遂げた学生たちの全員が読書日記やSNSでその名前を書いています。しかしW大学のどの図書館にもこんな本が所蔵されている記録はありませんでした。
それだけではありません。そもそもこの本を取り扱っている書店、オンラインショップ自体がありません。作家名で検索をかけても誰も出てこない。この本はW大学に存在していないだけではなく、もとよりこの世に存在していないんです。なのに被害者たちはみんなその本を読んだと言っている――」
「フゥン、なるほど――書物そのものが幽霊ってわけね?」
アリスは唇を少しなぞってから、パチンと指を鳴らした。
「手分けして探しましょう。四人全員でまとまって動いているのも効率が悪そうだしね。ただし一人一人でバラバラに動いたら不測の事態が怖いから、ここはツーマンセルで行動といこうかしら。実際にその本を見つけたり、なにか変わったことが起きたらすぐに報告すること。オーケイ?」
「で、人選は?」
「ユーリくん、あなたはアタシといっしょについてきてちょうだい。カズマくんのほうはキリコと組んでもらうわ。各図書館のセキュリティゲートを抜けるためには、アタシはユーリくんの能力(見つからないだけの能力)を借りて、カズマくんはキリコの能力(壁を無視するだけの能力)を借りる。それでいきましょう。
異存は?」
アリスは各メンバーを見渡したが、みな静かに頷くだけだった。
キリコは「やっぱり」と思った。やっぱり、アリスさんはリーダーに向いている。
※※※※
とはいえ、ただ頑張って一冊の本を探すということがどれだけ大変なのか四人はすぐ思い知ることになった。膨大な図書館の、いくつもある階の、全ての本棚にびっしりと並んでいるハードカバーや文庫本、それらを実際にひとつひとつ目で追って確認していくのは恐ろしいほど体力と精神力を消耗していく。
「限界だわ、もうオレは」
キリコのとなりを歩くカズマは、ゼイゼイ息を切らしながら言った。
「どっかでいったん休憩しようぜ、キリコちゃん。身がもたねえ――」
「そ、そうですね。私もちょっと辛いです」
キリコのほうも、少し疲労のピークが来ていた。
そういうわけで二人はTキャンパスのカフェテリアに足を運んだのだが、そこで、
「あれぇー?! 萩原じゃん!? こんなとこでなにやってんの!?」
という女の声を背後から聞く。
カズマとキリコが振り返ると、そこには女の二人組がニヤニヤ笑いながら立っていた。キリコは思わずゾッとする。彼女たちのうち一人は高校時代に同じクラスにいた女の子だ。成績のいいキリコに突っかかって、キリコが大学受験に失敗すると大声で笑って囃し立て、そして自分自身はといえばW大学の文学部に合格していたのだ。名前は間中ユカリ。貧困層に生まれながら懸命に勉学に励んで今は奨学金を受け取りながらの学生生活である。だからこそキリコのような女が許せないのだろうと《僕》なんかは思う。ちなみに隣にいる、なにも知らない女の名前は遊佐ミユキ。
「どこの大学にも受かってないアンタが、なんでW大学にいるのお? まさかオープンキャンパスってやつ?」
「え、えあ、あっ」
「ていうかとなりにいる金髪のイケメンくんって誰ぇ? まさか彼氏? アッハ! おとなしいツラしといて結局やることやってんじゃん! そんなんだから大事な勉強も手につかなくなって高卒になってんじゃないの!? なあ、おい、フリーター女! アタシだったら恥ずかし死にしちゃうかなあ。ブッ太い実家に生まれて恵まれてるくせにその幸せをフルスイングでドブに捨てちゃって、本当にバカみたいだよね。イケオジの父親から期待されてた役割はぜんぶ放り投げて妹に押しつけっぱなしかよ!? ――お前マジでさ、生きてて惨めにならないのか!?」
ユカリは心底楽しそうに笑っていた。キリコは彼女の言葉を聞くだけで、歯がガタガタと震えて上手く呼吸ができなくなりそうになっていく。なんで? なんでこんなタイミングでいちばん会いたくない人に会うんだろうと、そう思った。いや、キリコ自身は彼女のことが嫌いというわけではない。大嫌いな自分自身に向き合うのがイヤなだけだ。
キリコの横に立つ西城カズマの表情に怒りの色が浮かんでいるのを感じていた。彼のほうは事情をよく知らないが、ただ、「うぜえ女はムカつく」という理由でこめかみに青筋を立てているのだろう。ボンヌ=ボワッソンも髪を逆立てているような気配がするし、なによりジギィ=ジグザグさんが、本気で怒ろうとしているのをキリコ自身は感じていた。
「あ、あの」
とキリコは声を出しながら、両拳をぎゅっと握った。
言い返してやれ、とジギィの声が聞こえた気がする。
「となりにいる彼はただの仕事仲間ですよ。わ、私は、今は仕事をしていて、だからここにいるだけなんですけど。いい大学に入って、勉強しかしない人って私なんかに構う余裕があるんですか? ひ、ひ、暇そうでいいですね。
それに好きな人は別にとっくにいますよ!
こっちは忙しいので、なんの役にも立たない学問なんかやってる人たちの相手をするわけないです! あ、うあ、おとといきやがれ!」
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