第6話 母へのギフト

翌日15時、私は三津島の事務所を再び訪れた。


「お待ちしていました。山岡さん、こちらへおかけください」


三津島はうっすらと微笑みながら、私を席に案内した。


席につくと、事務員の岸川さんがコーヒーではない飲み物を持ってきた。

ハーブティーだろうか?ほのかな甘い香りがする紅茶のようなものだった。


「今日はお母様に15年の寿命をあげるという約束でよろしいのですね?」


「はい、その覚悟はできてます」


三津島は私の目をじっと見つめて、こう告げた。


「あなたの余命は、現行通りだと残り50年。つまり問題なければ80代半ばまで生きられます。ただし、僕の術を使うと…生きられるのは60代半ばまでという計算になります。それでも後悔はありませんか?まだ30代ですから、この先ご結婚することもありますでしょうし…」


「ありません。私は生涯独身と決めています。母に寿命をあげて、少しでも長く両親と過ごせたら、それで充分幸せなのです。新しい仕事を見つけて、この田舎で家族と共にずっと暮らしていきたいと思います」


私がそう答えると、三津島は大きく頷いた。


「強いお覚悟をお持ちですね。あなたなら寿命をあげても問題ありませんね。」


「どうぞよろしくお願いします」


三津島は、いそいそと紙と筆記用具を取り出した。

その紙には、2つの大きな四角形が描かれていた。


「上の空欄に山岡さん御本人のお名前、下の空欄には山岡さんのお母様のお名前を書き下さい。」


「はい。」


書き終えると、先ほど岸川さんが持ってきた謎のお茶を一杯飲むように指示された。


「そのお茶を飲み干したら、両手でその紙を持って目を閉じてください。私が寿命を転移させる術式を行います。終わりの合図があるまで、お母様との思い出を振り返っていてください。」


そのお茶を口に付けると、ハチミツのような優しい甘みとジャスミンのふんわりとした香りが広がった。

そして、さっき書いた紙を持って目を閉じた。


三津島の術をかけられている間、私は母との日々をずっと思い出していた。


私達家族は、3人家族で昔から仲が良かった。

少し体が弱いながらも、母は毎日のように私と父に料理を作ってくれた。

時には、私が母の真似をして料理をしてみるも「似ていない」と笑われることもあった。


都内の大学に入学したときは、田舎から上京してきて学生アパートにきて家事手伝いをしてくれることもあった。

学生時代の彼氏にこっぴどく振られたときも、「アキならきっと次にいい恋愛ができるよ」と励ましてくれた。


母との思い出を思い返していると、きりがない。

私はつくづく親不孝な娘だ。

残りの人生で、お母さんに何か恩返しできるかな。


そう思っていたとき―


「はい。終わりました。」


三津島の術式がすべて終わったことを告げられた。


「これで山岡さんの寿命は、お母様に15年間引き渡されました。山岡さんは、自殺なんかしないで残りの人生を全うしてくださいね。約束ですよ」


「ありがとうございます!これからは父母を支えて、私自身も新しい夢を見つけたいと思います」


三津島はフッと笑って、続けざまにこう話した。


「代金は後々、指定の口座に振り込んでくださいね。もしお時間があるようでしたら、お母様の様子も報告いただけますか?」


「分かりました。この度は本当にありがとうございます。」


私は三津島と岸川さんに一礼をして、事務所を後にした。



事務所から自宅へ戻る道中、父から一本の電話を受けた。


「アキ、驚くことが起こったぞ。お母さん、入院して間もないのに呼吸の状態がとても良くなっているんだ。お医者さんもビックリしていたよ」


「本当に?今からお母さんのところに行っていい?」


「ああ、お母さんも心待ちにしているぞ。」


まさか、あの術が聞いたのかな?

私は方向転換し、母の入院する病院に向かった。



~続く~

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