第12話 チョコを渡す女とは

「え〜、もうすぐバレンタインデーだが…」


ホームルームで先生が、床をギシギシ鳴らし、

教卓の前を歩いた。


ひろはぼけら〜と、窓のそとをながめていた。


「みんなも知っているように

学校にお菓子類を持ってくることは

禁止されている。

したがって、チョコを持ってくることも

同様に禁止だ」


驚きと不満の声があがり、

ひろも顔をむけた。


去年は確かそんなことはなかった。


暗黙の了解だったのか

みな普通に持ってきていた。


「学校で食べなくてもダメなんですか?」


質問の手がすぐあがった。


「残念ながら去年、

前もって注意していたにもかかわらず

休み時間に食っている奴らがいてな。

だから今年は校則にしたがって

持ってくること自体、禁止することにした」


「なんだよ〜、そいつらが悪いんじゃん。

オレたち関係ないのに」


鈴木の声に、先生が反論した。


「鈴木、お前は楽しみにしているかもしれないが

そうじゃないやつもいる。

だいたい不公平じゃないか。

たくさんもらえるやつと

全くもらえるやつができるのは」


鈴木はブツブツいって黙り込んだ。


先生は続けた。


「そもそもバレンタインデーに

チョコを渡すという習慣は

チョコを売ってる会社が

商業的に考えたもので…」


ひろはあくびをかみ殺した。


雪村も、チョコもらうのかな。


御手洗さんの顔がうかんだ。


髪がきれいで、バスケがうまい子だった。


ひろは先生が禁止にして

むしろありがたいとおもった。



   🟤   🔵



ホームルームのあと、

偶然にも御手洗さんに会った。


ひろがトイレから出ると

御手洗さんが手を洗っていた。


口にハンカチをくわえている。


その仕草がきれいだとおもった。


ひろも横で手を洗った。


口にハンカチをくわえてみようとおもったが

手が濡れてからでは遅いのに気がついた。


御手洗さんが、髪をくしでとかしはじめた。


とかすたびに髪がサラサラ流れる。


ひろの髪は肩までない。


ひろは濡らした手で

ヘアースタイルをととのえはじめた。


そうしながら、今度ポーチに

くしを入れておこうとおもった。


御手洗さんは髪をとかし終えると

くしを鏡の前に置き

カチューシャをつけた。


チェックの柄がとても似合っている。


御手洗さんがトイレを出たのを

横目で見送りながら

今度の休みにカチューシャを

買いに行こうとおもった。

チェックの可愛いヤツ。


ふと見ると

くしが置き忘れられていた。

御手洗さんのだ。


ひろはくしを持ってトイレをでた。


御手洗さんはすぐ前を

教室に向かって歩いている。


「おてあらいさん!」


ひろの声に、御手洗さんがパッとふりむいた。


そしてひろを見、

手に持っているくしを見た。


「これ 忘れてたよ」


ひろが渡すと、

御手洗さんはなにも言わず

くしを奪いとった。


そして、あっけにとられるひろを残し

サッサと行ってしまった。


なんだ。美人でも性格わるいんだ。


後ろ姿を見送りながら

やっぱ女は愛嬌あいきょうよねぇ、としみじみおもった。



   🟤   🔵



「はあ〜…、チョコなしのバレンタインなんて

バレンタインじゃねえよ〜」


休み時間、鈴木が机に腰かけ、嘆いていた。


それを耳にした女子たちがからかった。


「そんなに期待してたの?」

「ばかばっかしい〜」


鈴木が反論した。


「男にとっては重要な イベントなんだよっ。

これで今年の人気度がわかるというか、

順位みたいな…」


「だから、バカバカしいって言ったのよ」


「 そうよ〜。チョコの数なんて

意味ないんだからね」


「 ばっか、大アリだよ! なあ!」


鈴木はまわりの男子に同意を求めた。


ひろは休んだ分のノートを

ゆりに書き写させてもらっていた。


字を走らせながら、会話をきく。


「そうそう、義理でもなんでも、

とりあえずチョコさえもらえば

なんとか面目が立つんだ!」


石井が情けないことをいった。


「なにそれ〜、 最低。

どうせ石井なんて、本命チョコ

もらったことないんでしょ」


「はあ? そんなの、

どうやったらわかんだよ 」


「わかるわよね〜」


「そうよね〜」


女子たちは顔を見合わせ、

そんなこともわからない石井は

やっぱりもらったことがないのだと言った。


石井はまわりに加勢を求めたが

男子勢力はもうタジタジになっていた。


「雪村はもらったことある?」


「えっ」 急に矛先を向けられ

雪村は変な、裏返った声をあげた。


「本命のチョコ、もらったことある?」


字を走らせていた、ひろの手が止まる。


雪村はまるで「好きな子いるの?」とでも

問われたみたいに オロオロし、

そのうち、みなの注目に耐えきれずに

首をかしげた。


「ホラ見ろ!

やっぱ、わかんねえよなあ?」


石井がうれしげに雪村へ 肩をまわす。


女子たちは ため息をつき

「石井は今年も、本命チョコはないとおもう」

と哀れみの目を向けた。


それから会話は別のことへ移っていき

ひろはまだ胸がざわつきながらも

ノートに意識をもどした。


しかしシャーペンの先は

次の字へゆかず、

空白の上をウロウロさまよう。


さっき首をかしげた雪村が

胸の中で止まってる。


雪村は…、わたしが グラウンドであげた

緑のチョコロや、

夜道で渡した銀のチョコロを

いまの質問で思い浮かべたろうか?


思い浮かべながらも、イエスと答えず

ごまかしたなら…

それはズルい、とひろはおもった。


ゆりのノートの、

ていねいに書かれた文字の列が

それをたどるひろの目に

意味をなさないまま通り過ぎる。


あのバスケの、ケンカだって…!


首をかしげた雪村へ、ひろの心の声が問う。


わたしは切り札を出すことで

雪村の優位に立とうとした…。


が…、雪村は「振る」というやり方で

優位に立つことを選んだ。


言うならば、わたしの言葉も思いも

嘘は一つもなかった。


のが

許せなかっただけだ。


けれど雪村は、修復すら拒否し、

知らぬ人のように無視をした。


そうして、わたしを切り捨てることで

「好き」であることも捨て、

自分のプライドを守ったのだ。


「…だいたいさー、

チョコもらってうれしいかって

相手によるとおもうね」


さっきとは違う方向から

別の会話が聞こえてきた。


ノートからふたたび

ひろの顔があがる。


「オレ今までチョコもらった女で

半分以上、チョ〜迷惑だったよ」


いつもの仲間たちが

富田林とんだばやしの話に、ケラケラ笑っている。


ひろはムッとそれをにらみつつ

富田林なんかにチョコをあげる女がいるのか

と驚いた。


「去年なんて 塾の帰りに待ち伏せされてさあ。

ゲ〜っておもってたら

そいつがチョコもらってほしいって

カバンの中 ゴソゴソしだして。面倒だし、

そのすきにダッシュで逃げてやった」


「お前、ワァッル〜〜〜」


彼らの笑いに逆らうように

ひろは走らせる字に力をこめた。


ええい、トンダ囃子ばやしのやつらめ。

許せないっっっ。



   🟤   🔵



大恥かかせてやろうか。

夢に見るほど怖がらせてやろうか。


やつに天誅てんちゅうをくわえてやる。


ひろは貴重な授業の時間を使って

計画作りに没頭した。


自分の想像をするストーリーに

ときおりニヤリとなるのを、ひそかにこらえる。


過激なものは、想像の中に終わり、

ひろが最終的にたどり着いた案は

怪文書を送ることだった。


正体不明のやつから

ぞっとするメッセージを受け取る

というものだ。


単純だが、実際やるとなると

それなりの作戦と覚悟がいる。


どんな文句が効果的だろうか。


ひろはひとり思案した。


『お前はもうすぐ死ぬ』


うわあ、なんかコレ…、

万が一 じゃないけど、

本当に死んだりしたら怖い…。


『お前は呪われている』


コレはなかなかいい線かも?


でも…もし本当に

呪いのようなことが起こったら

自分のせいみたいで、コレも怖い、

と考え直した。



   🟤   🔵



その日の放課後。

ひろは怪人 X となって、計画を実行した。


一度帰ったふりをしつつ

忘れ物をしたかのように

誰もいない教室に舞いもどった。


都合のいいことに

教室には、まだ鍵がかかっていなかった。


富田林の机に近づく。


さあ、どうやってメッセージを残してやろうか。


机の中を探る。


ノートや教科書が、いくつか残されてあった。


ひろは不敵な笑みを浮かべた。


英語の教科書を手にとり、めくる。


いま授業でやってるとこの、もう少し先…。


そしてポケットに用意しておいた

数本の筆記用具の中から

シャーペンを選び、

英文のなかのアルファベットを

拾い上げるように◯をつけていった。


一見 ただの印に見える。


が、ふと気づき、これはなんだろうと

続けて読んでいくと…。


『omAeno himItsUwo siTteiRu』


ひろは仕事を終えると、

そそくさと教室をあとにした。



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