第9話 オウンゴール
その日は午後から雨が降り出した。
「やられたら、やり返せー!」
開始早々、四組にゴールを決められ
ひろたちクラスは負けじとハッパをかけた。
第1試合の男子チームは
敵に先制されながらも
なんとかパスをつないだ。
メンバーのなかに雪村もいる。
五組のチームが徐々にゴールにせまる。
体育の時間、雨で運動場が使えず
五組と四組は体育館に集まり
バスケットボールの
クラス対抗戦をすることになった。
試合前、鈴木の呼びかけで五組が円陣を組むと
それにならって四組も円陣を組んだ。
各組順に5 名ずつ試合に出て
全員で応援する。
全員まわるようにするので
1試合の時間は短い。
「パス、パァス!」
ゴールの手前で、雪村にパスがとんだ。
あせったのか雪村は
ボールを受け損ね、手からこぼした。
それを掴もうとするも
その手と遊ぶみたいにボールが逃げる。
ううっ、下手くそ!
ひろの目がハラハラ追う。
手でお手玉すること…三度目、
ついにガチッと押さえつけた雪村は
あわや敵に囲まれる寸前
リングへ向かってシュートを放った。
が、放った軌道は短く、リングを外れた。
「ああ〜っ」
ひろたちが、くやし声をあげる。
しかし外れたボールを味方が拾う。
「うまいっ」
ひろの横で、ハズミがこぶしをにぎる。
ボールが再びリングへ飛ぶ。
今度こそ…!
ワアッと湧きあがる、みなの期待と興奮に
ひろとハズミも夢中で手を取り合う。
ボールはみなの注目を浴びるなか
申し分のない軌道を描き
ドカッとリングへ乗りあげた。
ふちの上をグルンとまわる。
と…そこでなぜか、行く先を迷ったみたいに
ふちの外側へポロリと逃げた。
「惜しぃーーー!!」
応援席のみなが、うめく。
が、ボールはまだ生きていた。
リングから落ちるところを狙って
下の数名が飛び上がる。
わずかの差で雪村がつかんだ。
「やった!」ハズミが、ひろの横で叫ぶ。
「行けえーーー!!」
声援とともに放たれたボールは
リングのふちにボーンとぶつかり
大きく跳ね返って、相手チームへ飛んでった。
そこで終了の笛が鳴った。
雪村は肩で息をし、
それから深くため息をついた。
そばにきたチームメイトが
雪村に肩をまわす。
そして互いの胸をたたいてわらった。
ひろはコートにいる男子のなかでも
雪村はとても目立つと気がついた。
前までの雪村は、
とりたてて目立つタイプではなかった。
つまり以前とは、
なにかが違ってる、ということだ。
なにがどう違ってるのか
ハッキリとは分からないが
簡単に言えば、好ましい感じがする。
パッと目に入るというか
つい見てしまう、みたいな…。
バスケはスキーほど上手くはないようだが
それで雪村のなにかが損なわれることは
少しもなかった。
この頃、明るくなったし…そのせい?
相手チームと雪村たちが、終了の礼に並ぶ。
その様子を見ながら
もしかして背が伸びたとか?
…と、あれこれ推察してると
あっと気づいた。
前髪だ…!
そういえば散髪し、
以前より短くなった前髪から
雪村のくっきりした目とまゆが出ている。
それが印象を変えていた…?
ひろはこの発見に、
ひとり、大いに満足した。
雪村の、第1チームが下がる。
次のチームが前に出る。
「クソ〜、すまんっ」
「 任せろ」
交代のメンバーと、タッチを交わす。
得点はそのまま次の試合に引き継がれていく。
あとも、とったりとられたりの接戦だった。
両クラスとも熱くなり
のどが枯れるほど声援を送った。
ハズミは元木が出ると
まわりに気づかれぬよう
こっそり元木の応援をしていた。
ひろは最後の試合だった。
30対32と、勝ちまであと1ゴールだ。
「行けっ、ひろ。 逆転よ!」
ハズミは興奮しながら、
ひろの背中をたたいて送りだした。
「うん!」
ひろは肩をいからせ、大股に踏みだした。
ひろがコートの中央へ並んだとき
相手チームに、
雪村のスキーを見て騒いでた子がいた。
長い髪を後ろに束ねている。
ひろは体操服の名前に目をやった。
『御手洗』と書いてある。
おてあらい?
笛が鳴った。
ジャンプボールで相手チームにボールが渡った。
ひろはバスケが得意なほうだった。
パスで御手洗さんに渡ったボールを
すばやく奪う。
ワアッと歓声があがった。
ドリブルで抜き、ゴール下の味方にパス。
そのまま同点ゴールが決まった。
「よっしゃあ」
割れんばかりの声援があがった。
五組に目をやる。
こっちを見ている雪村に
ひろは気がついた。
ひろは一瞬ボールを見失った。
「ひろっ」
ボールが飛んできて、あわててつかんだ。
ドリブルしようとボールをついたとき
後ろから さらわれた。
御手洗さんがボールを持ってすばやく走り
あっという間に1ゴール 返された。
あの子、うまい。バスケ部なのかな。
ひろのこめかみから、汗がひとすじ流れた。
五組のほうに目をやる。
やっぱり雪村はこっちを見ている。
ひろは焦り、コートに意識を戻した。
試合に集中しなくちゃ。
「残り、1分っ」
審判の先生が叫んだ。
うちのボールからだ。
ひゅっとパスがひろに渡った。
よし、この位置なら…!
そこからリングを狙い、ボールを放った。
ゴールに吸い込まれるような
きれいなスリーポイントが決まった。
ワアッとすごい歓声があがった。
しかしその声はどこか変だった。
先生が笛を鳴らしてなにか言い
相手ゴールに3点がはいった。
試合はそこで終わった。
「儲け〜〜っっ」
ハヤシ声とともに
勝利の歓声が四組からあがった。
「古田てめえ、なにやってんだーっ」
石井の怒声とクラスメイトの落胆がきこえる。
興奮する両組を前に
先生が選手たちに整列の指示をした。
チームメイトのひとりがこっちに来る。
そしてひろの肩を包み、
励ますように列へうながした。
🟤 🔵
なんてバカな失敗をしてしまったんだろう…!
教室へもどる道すがら、
クラスの女子はひろを囲んで
「気にしなくていいよ」
「がんばってた」と口々になぐさめた。
ハズミなどは「あんたには芸人の素質がある」
とまで持ちあげ、ひろをたたえた。
ひろはそれでも恥ずかしくて
悔しくてみじめだった。
足元ばかり見つめながら
黙って歩いた。
「まったく古田には、まいるよな〜」
「ホント、ホント」
先を行く集団の会話に、ひろは顔をあげた。
「相手ゴールに大まじめにシュートするやつ
はじめて見たぜ」
その中にいた雪村が言った。
まわりの男子も同調する。
「ありゃ、コントだよ、コント!」
「 普通ゴールまちがうか?」
「 ぜってぇ、ありえねえっ」
雪村は面白そうにわらっている。
ひろは一気に歩を進め
まわりの女子を置き去りにすると
雪村の肩をぐいっとつかんだ。
「なによ、かげで悪口? いやらしい」
とぼけた顔でふりかえった雪村は
ひろを見ると、ばつが悪そうに口をつぐんだ。
まわりの男子も足をとめる。
「悪口じゃないだろ。
だって…ホントのことだし」
雪村は一歩ひくと、言い訳するようにいった。
「ひろぉ、どうしたの?」
追いついたハズミが
びっくりしながらきいた。
ひろは雪村をにらんだまま答えなかった。
パタパタ遅れて、他の女子たちもやってくる。
「なんなの、あんたたち。
ひろのこと責めてるんじゃないでしょうね」
雪村の横から石井が出てきた。
「うっせーなぁ、ひっこんでろよ。
古田のほうがオレらに、からんできたんだ 」
女子たちは、信用できないといったふうに
男たちを見くらべた。
「ひろ。いいからホラ、行こっ…、ね?」
ハズミは、ここは退いておこうと
ひろの体操服をクイクイひっぱった。
ひろは雪村をにらみすえたまま動かなかった。
「怒ったってしょうがないだろ。
だって、自分がまちがえたんだから 」
ややして雪村がいった。
「えらそうなこといわないでよ 」
ひろは、第1試合の雪村を思い浮かべた。
「アンタなんか全然はいんなかったじゃない。
そんなやつにいわれたくない」
「なんだと?」
雪村の顔が険しくなった。
「いっとくけどな、あんなヘマ普通しねえぞ。
コートまちがうなんて、
ボーッとしてた証拠だろ。
真剣にやってたら、あんなことにはならねえよ」
熱いものが、
のどからゴブリとあがってくるのを感じて
ひろはあわててこぶしをにぎった。
こぶしにツメをくい込ませ
目の裏が熱くぼやけるのを、ぐっとこらえる。
「まあまあ」
おだやかな調子で、
鈴木があいだにはいってきた。
が、怒った女子たちに、ペッと押しやられた。
「ヒドイッ」
「 サイテー」
「 たかが、バスケじゃん」
「バッカじゃないのっ」
女子が口々に言った。
男子も対抗する。
「たかが、とか言ってるから負けるんだ!」
「 いい加減なんだよ、おまえらは!」
女子たちは心外そうに顔を見合わせ
「べつに真面目にやってたよね〜?」
「 そうよねぇ」
とうなずきあった。
「だいたい古田。おまえのせいで負けたのによぉ
えらそうにすんなっ」
「そうだ、そうだ! 大事なとこで、
大ボケしやがったくせに」
ひろを囲った女子たちは
そんな暴言許しておくものかと、
一丸となって抗議した。
「なんでひろのせいなのよっ。
もともと負けてたじゃない」
「 そーよっ。そんなに勝ちたきゃ
もっと点いれときなさいよ」
「 ひろだってワザとやったんじゃないのに…
アンタたちって、信じられない!」
「女はすぐそうやって
かばいあって、ズルイんだよ!」
「そうそう。ワザとじゃなかったら
なんでも許されるんですかー?
じゃあ 警察いりませーん」
チャカす男子に、イカかれる女子が
うなり声をあげた。
「わたしっ…真剣にやってた…!」
ひろの言葉に、その場 一同、
男子も女子も注意を向けた。
声が変に震えていたからだ。
ひろは震えるのどをぐっと抑え
正面の雪村を、強くにらんだ。
「なによっ…わたしのこと好きなくせに…!」
雪村は、目の前のひろを
ふいに誰か忘れてしまったような
不思議な顔をした。
ひろを見つめ返す、大きな瞳が
グラッとゆれた。
その黒い玉は、ジリジリ燃えながら
少しずつ膨らんでいくふうにみえた。
ひろは、こぶしにツメをくいこませ
最後の言葉を投げつけた。
「アンタが試合中、
ずっとこっちを見てたからっ…
気が散って、失敗したんだから…!」
あとは 静寂は訪れた。
男子たちはとうに茶化すのをやめ
女子たちも怒るのをやめ、
身動きする者もなく
黙りこくったみなの視線が
ひろと雪村へそそがれた。
事情を知らない生徒たちが
ジロジロ見ながら通り過ぎる。
怒った雪村の、白い顔が、
さらに白く見えた。
ほおの筋肉が、
なにか言いたげにピクピク動いている。
ひろは待った。
が、雪村は突然身をかわすと
そのままスタスタ行ってしまった。
ひろの袖をつかんでいたハズミの手が
いつの間にか解かれている。
でも確かめて振り向けず
ひろは誰かが何かたずねる前に
サッと走り出した。
❄️ ⛄ ❄️ ⛄ ❄️ ⛄ ❄️ ⛄ ❄️ ⛄
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