第62話 あなた《キミ》の為なら

「また1位か、翔梨。これで何度目だろうな」


「1年の2回目のテストから今日の高校最後のテストまでだから……」


「11回連続の1位です。おめでとうです。けっ」


 俺の席に集まった泰晴達が俺に話しかけてくる。いつもと変わらない友人達の姿に思わず俺の口元が緩む。


 今日は高校最後のテストの返却日。そして、俺の机に置いてある紙には全て同じ数字が書かれている。


「10教科合計点数1000点満点中1000点。2位と圧倒的な差で勝利。1年の最初とはまるで別人だな」


「まあな」


 冬奈に相応しい人になる為なら、俺はなんだって出来る。玖凰家に認められて、隣に立てるような男になるから。


「ここ、一応かなりテスト難しいのにね! 凄いよ、翔梨!」


「テストが難しいのはこの県有数の進学校だから当然と言えるですが……ずっと満点は逆に馬鹿です」


「俺に馬鹿なんて言えるのかな、胡桃さん?」


「うぐっ」


 俺の煽りに何も返せず、胡桃は恨めしそうに俺を見た。そんな胡桃にニヤッと煽りの笑みをプレゼントした後、俺は窓の外を見る。


 今は2月の後半。外では大地に雪が積もっており、マフラーなどの防寒具が必須なほどに寒い。


 冬奈を見送ってから約2年と少し。最後の年は胡桃も同じクラスになり、4人で楽しく過ごした。


 だが、どんな時間を過ごしても俺の脳裏にはある少女の笑顔が浮かぶ。


『また会おうね。その時に、また話そう?』


 冬奈の去り際の言葉を反芻する。昔、聞いた事があるような言葉を。


「キミは、冬奈だったのか……?」


 2年ほど前に夢に見たノイズ混じりのあの声。思えば冬奈と似ているかもしれない。それに、ノイズが消えた後に聞いたあの言葉を知っているということは、そういう事なんだろう。


「うん、どうしたの翔梨? 何か言った?」


 水初が俺の顔を覗き込んでくる。泰晴と胡桃も俺を不安そうに見ていた。俺は両手を振りながら「いや、なんでもない」とはぐらかす。


 なあ、冬奈。キミは今、何をしているんだ?


※※


『終わりました』


『うん、ありがとう。じゃあ次はあれを——』


『全て終わらせています』


『す、凄いね冬奈……もう私より仕事出来るんじゃ……』


 少し引いている私の先輩に、私はニコッと笑みを見せた。


『そうでもありませんよ』


 私は踵を返し、歩き出す。そのまま近くのエレベーターに向かう。


 エレベーターに乗り最上階へ。少し歩き、とある部屋の扉をノックする。


「お父様、冬奈です」


「入れ」


「失礼します」


 扉を開け、部屋の中へ入る。目の前に座っているこの会社、いや、玖凰財閥の主である父を真っ直ぐに見据える。


「社員からお前の話を聞いている。まさか2年と少しでここまで成長するとは」


 お父様はパソコンから視線を外さず、淡々と話す。


「早く会いたい人が居るので」


「そうか」


 日本を離れて2年と少し。私は自分でも驚くほどに成長した気がする。


 それも全て、貴方との約束のお陰なんでしょうね。


「冬奈、私が言った通り3月10日は空けているな?」


「はい。どんな事でも全てやり遂げて見せます」


 次はどんな仕事なのだろう。いや、なんでも良いか。貴方に会う為なら、私はなんでも出来る。早くお父様に認められて、貴方の隣へ帰るから。


「飛行機のチケットは取ってある。当日はこのチケットで飛べ」


「はい」


 その後、少し仕事の話をしたあとに私は社長室を後にした。


 エレベーターのガラスから外を見る。


 ねえ、翔梨。あなたは今、何をしているの?


※※


「みんな、卒業おめでとー!」


『おめでとー!』


「……相変わらずのコミュ力だな……」


 クラスの人達と盛り上がっている水初に、俺は顔を引き攣らせる。


「まあ、卒業式だし良いじゃないか。好きに暴れさせてやれ」


「このクラスにいれる最後の日です。みんなで盛大に祝ってもバチは当たらないです」


「いや、悪いと言ってるわけじゃないんだけどな?」


 あんな事、俺には一生出来そうにない。どうやったらあんなコミュ力化け物になれるんだよ。

 

「よお、翔梨、泰晴! 卒業おめでとう!」


「うおっ! ……和也か。卒業おめでとう」


「おめでとう」


 今俺と泰晴の肩に腕を回しているのは空峰和也。1年の体育祭の時に知り合い、その後この2年ほどで仲良くなったクラスメイトだ。


「私も居るです」


「あ、ごめん。小さくて見えなかったわ痛ぁ!」


 胡桃が和也の脛を蹴り、和也はその場に蹲った。……今の、絶対に痛いわ。


「くっ……それよりも、俺らもあっち行って盛り上がろうぜ!」


「あ、ちょっと引っ張るのはやめるです」


「なんで翔梨じゃなくて俺なんだ……」


 文句をつけながら和也に引っ張られていく2人を横目に、何故か置いて行かれた俺は誰にも気づかれないように教室を出てある場所へ向かう。

 

 誰も居ないと確信している教室の扉を開ける。そこは、今まで何度もお世話になった空き教室だった。


「こことも、最後なんだな」


 しみじみとそう呟く。なんか最後だと意識すると泣けて来るな……


 なんとか涙を堪え、教室の窓から外を見る。今日の学校は午前で終わりなのでまだ外は明るい。


 桜が咲いていない事は少し悲しい。だが、いつもより木の隙間からでる木漏れ日が妙に美しく感じた。


「ここに居たのね、翔梨。結構探したのよ?」


「——は?」


 不意に後ろから聞こえた、何度も聞いて来た声。ずっと待ち焦がれていた愛する人の声。


 俺は振り返り、声がした方を見る。


「ふゆ、な?」


「久しぶりね、翔梨」


 

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