第61話 またあおうね。その時に、また話そう?
「楽しかったわね、水族館。イルカショーも見れたし、あの水族館にしかないレストランで昼食も取れたし、満足だわ」
土産屋で買った饅頭と一緒に腕を上にあげてう〜んと伸びをしながら冬奈は俺の隣を歩く。
辺りはもう橙色に染まって来ており、日が沈みそうなのを暗に示していた。
「結構時間経ったな。もう夕方だし」
「ええ、そうね。服は濡れちゃったけど翔梨に似合ってるって言ってもらえたし、来て良かったわ」
そこで、俺はその場に立ち止まる。少し前に行った冬奈は俺が立ち止まったのに気づき、怪訝そうな顔で振り向いた。
「どうしたの、翔梨? 何か忘れ物?」
心臓がドクドクと五月蝿い。目を閉じ、深呼吸をしてなんとか心を落ち着かせ、冬奈へ視線を向ける。
「……」
俺の真面目な空気を感じ取ったのか、冬奈も真剣な面持ちになった。
「冬奈。まず最初に、渡したい物がある」
「渡したい物?」
冬奈はこてんと首を傾げる。心を読んで気づいているかもと思ったのだが、気づいていないのならそれで良い。
「受け取ってくれないか?」
「これは……ブレスレット?」
俺が冬奈に渡したのは小さいイルカの飾りがついている輪っかチェーンのブレスレットだ。
「冬奈はイルカショーの時が1番テンションが上がっているように見えたからイルカが好きなんだと思ったんだが……違ったか?」
「い、いえ、違くないわ。イルカ大好きよ。でも……」
言い淀んだ冬奈に俺は首を傾げた。でも……なんだ? イルカが好きならプレゼントは成功だと思ったのだが……
俺が首を傾げたのを見た冬奈は「え〜と」と小さく言いながらもその疑問を口にした。
「貴方、一度もプレゼントの事を心の中で考えてなかったと思うのだけど」
「ん? ああ、まあそうかも。心の声が聞かれるなら考えないようにしようって思って」
ただ少し意識していただけのはずなのだが結構効果があったようだ。これからも続けるとしよう。
「あ、それともう一つあるんだ」
「またわからない……なに?」
冬奈は最初にボソッと何かを呟いたが聞こえなかった為無視し、俺は言葉を続ける。
さっきよりも鼓動が早い。呼吸の仕方を忘れそうになるほど緊張している。俺はなんとか落ち着こうと深呼吸していると、不意に頬に温かな感覚があった。
「落ち着いて、翔梨。私は逃げないから、自分のペースで話して」
冬奈の優しさに満ちた声と言葉に、俺の心がスッと軽くなっていた。
「ありがとう、冬奈。お陰で勇気を出せそうだよ」
「勇気……? ッ!」
冬奈は少しポカンとした後、ある結論に至ったのか目を見開いた。
「玖凰冬奈さん」
「……はい」
「貴女が好きです。俺と、付き合ってくれませんか?」
その言葉を絞り出した後、冬奈の返答を待つ。心臓の鼓動と俺の少し浅い呼吸音だけが聞こえる。
「私、海外に行くのよ? 何年会えなくなるかわからない。それでも良いの?」
「勿論。それまでに冬奈に相応しい男になっておくよ」
そんなの問題とも言えない。冬奈の為なら1000年でも待てる。
「私、結構嫉妬深いのよ? 翔梨を束縛してしまうかも」
「好きな子に束縛されるのならむしろ感謝したいところだ」
少し、冬奈の目が潤む。
「心が読まれるのよ? 私と居るだけでなんでも聞かれちゃうのよ?」
「もう慣れたさ。それに、冬奈なら良いよ」
次の瞬間、冬奈の目から涙が溢れた。俺は冬奈へ近づき、人差し指でその涙を拭う。
「改めて言うよ。貴女が好きです。俺と付き合ってくれませんか?」
その俺の言葉に、冬奈は世界で1番の笑顔を見せながら、こう返してくれた。
「私も、翔梨が好きです。こんな女で良ければ、貴方の隣に居させてください」
夕焼けの光に照らされたその姿は華と言えば良いのか、女神と言えば良いのか。言語化が出来ないほどに輝いていた。
そして、俺達は手を繋いでまた帰路につく。他愛のない雑談をしながら、笑い声を響かせながら。
※※
「よ、冬奈。遂にだな」
俺は目の前の恋人へ手を振る。俺が手を振った相手である少女は笑って俺に手を振り返した。
「おはよう、翔梨。見送りなんて良いのに。こんな時間に起きるの辛かったでしょう?」
現在時刻は午前の4時30分。外はまだ夜の帳が下りており、空港にいる人も少ない。
「正直もっと遅くしてくれとは思ったが、冬奈の為なら起きるさ」
「ふふ、ありがとう」
冬奈は自らの口元に手を当て、微笑した。
「私が居ないからって浮気なんてしたら駄目よ?」
「するかよ。言っただろ? ずっと隣にいるって」
「それもそうね。杞憂だったかも」
冬奈はキャリーケースの持ち手を伸ばし、踵を返して歩き出した。
「行って来るわ」
「行ってらっしゃい」
冬奈の遠くなっていく背中を見送る。その後ろ姿に少し、いやかなり寂しさを覚えるが気にしない。また会えると確信しているから。
だが冬奈は俺の途中で振り返り、俺に笑顔をむけて来た。忘れ物か? なんて考えていると、冬奈は口を開いた。
「また会おうね。その時に、また話そう?」
「ッ!」
さっきの冬奈の言葉に何故か懐かしさを覚える。聞いた事がないのに、あるような。そんな不思議な感覚に陥る。
「愛してるわ、翔梨」
風に流れてそんな言葉が聞こえて来た。なら、俺も風に流そう。君に届くように、この想い《ことば》を。
「俺も愛してる」
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