第60話 元気なイルカに感謝
その後も様々な魚を見て楽しんだりした俺達はもう少しで始まると言うイルカショーを見に来ていた。
「最後の技をするイルカのハナちゃんは他の子よりも元気らしいわよ? 欲を言うともう少し前が良かったのだけど……」
「これ以上前に行ったら濡れるぞ」
俺達が今座っている場所は濡れると注意書きがある席の2列ほど後ろ。着替えを持ってきて無いのに濡れるのは勘弁したい。
「私は持ってきたわよ、着替え?」
「なんであるん?」
最初から濡れるつもりだったな、こいつ。俺も巻き添えにする気だったのかよ。
「でもどこで着替えるんだよ。更衣室とか無いだろ?」
「そこはほら……トイレとかで……ね?」
「考えてないじゃねえか。なら駄目だ。前の席に行くのは許しません!」
「なんでお母さんみたいな口調なの……?」
いくらトイレがあるからって濡れるのは良くない。どこがとは言わないが……もしかしたら透けるかもしれないじゃん? 冬奈のそんな姿をそこら辺の有象無象に見られるくらいなら絶対に止める。
「あら、独占欲の強い彼氏さんですこと」
「……取り敢えず、前の席に行くのは駄目だ」
痛いところを突かれた。やっぱり心を読む能力と言うのは厄介過ぎる。隠し事もくそもない。
「可愛い彼氏さんのお願いならしょうがないわね。今回は諦めるけど……次は、一緒に濡れましょう?」
「ッ!」
本当に、心臓に悪いな。少しは自分の顔の良さを自覚して欲しいものだ。その微笑みに、どれほどの男達が陥落してきたか。
「他の男達には興味ないわね。私があるのは翔梨だけよ?」
「本当にやめてくれ……ほら、もうショーが始まってるから」
「あ、逃げた」
そう言ってクスクス笑う冬奈を無視し、俺は赤い顔を隠すように前を見る。
ショーが終わるまでの間、俺達に会話はなく、どちらもショーに見入っていた。
「さあ、最後の大技で〜す! 席の方へ水飛沫が飛ぶのでご注意くださ〜い!」
もうそろそろ来るな。どんな技なのだろう……回転とかだろうか。飛ぶのは確定と言って良いと思うが……
そんな風に次の技の考察をしていると、イルカが飛んだ。やっぱりと思った瞬間、バシャーンと言う音が会場を木霊し、水飛沫が飛ぶ。……あれ、これまずいんじゃ——
「おわっ!」
「きゃぁ!」
俺がそう思った瞬間、上から水が降って来た。周りの人達も同じような声を出していた。
服が濡れたせいで肌に張り付き、不快感を覚える。
「あの注意書きは嘘だったのか……? ハナちゃんあの説明通り元気らしいな……」
「ええ、最高よ! まさかここまで飛ばしてくれるなんて! 凄く冷たくて気持ちいいわ!」
服がべちゃべちゃになって頭を抱えている俺の隣では、冬奈が席から立ち目をキラキラと輝かせていた。
「冬奈は着替えを持って来てるから良いよ——」
な、と言いかけて気がついた。俺の恐れたように冬奈の上の服が透け、白い下着が見えていることに。
俺はハナちゃんに感謝しながら爆速でバッグから持って来ていた上着を取り出し冬奈に着せる。俺のその行動に冬奈は一瞬キョトンとするが、すぐに何かを察したのか下を見る。そして今の自分の状態に気がつくと顔を赤くした。
「ごめんなさい、こうなるのを失念していたわ……その為に着替えを持って来ていたのに」
「やっぱり持って来ておいて良かったな」
「と言うか、なんで上着を持って来ているの?」
「予備だな。水族館に来たらイルカショーに行くと思ったんだ。だから濡れた時用に持って来た」
「随分と気が利くわね。まさか他の女ともデートしてるから?」
「なわけないだろ。こんな事をするのもデートに行ったのも冬奈だけだ」
「なら安心ね。もう翔梨は私の物と言っても過言じゃ無いし」
冬奈ははにかみながらそう言った。前までの俺なら「いつ冬奈の物になったんだよ」とか言うところだが、今回は言葉に詰まってしまう。その理由はわかっている。俺は満更でもないと思ってしまっているからだ。
「少しお手洗いに行ってくるわ。ちょっと待ってて」
「あい」
そう言って冬奈は着替えの入ったバッグを持って女子トイレの中へ入って行った。
入っていくのを確認した後、俺は近くにあった土産屋へ走る。
店内にはイルカやシャチのぬいぐるみ、熱帯魚達のキーホルダーや饅頭など、様々な物があった。
俺は冬奈へ何かをプレゼントしようと思い、色々と見て回るがピンと来るものがない。
早く買わないと冬奈が帰って来てしまう。そう思い少し焦っていると、ある物が目に留まった。
俺はそれを持って会計をし、さっきいた場所へ戻ってくる。
その数分後くらいに冬奈がトイレから出て来た。服は白いワンピースに変わっており、先程とは違う清楚な雰囲気が出ていた……のだが。
「ごめんなさい、待たせたわね」
「いや、それは良いけど……」
「けど?」
「そのワンピース、凄く似合ってるのに俺の上着を着たままで良いのか?」
冬奈は白いワンピースの上に俺が先程貸した上着を着ていた。それじゃ折角のワンピースが台無しなんじゃ、と思う。が、冬奈は首を右に傾け、俺の上着に頬をつけて笑った。
「ええ、良いの。翔梨の良い匂いがするから」
……ああ、本当に。本当に冬奈は可愛過ぎる。
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