第23話 俺と言う何か
「逃げて、しまった……?」
冬奈は俺の言葉を反芻する。
「ああ、俺は逃げたんだ。あいつらからの期待から」
「あいつらと言うのは、その研究所の人達?」
「ああ。今だから理解しているがあいつらは俺達を道具としか見ていなかった。でも、その時の俺はまだ子供だった」
あまり、思い出したく無い、まだあいつらを親だと慕い、言う通りにしていた傀儡のような時の俺の記憶。
「あいつらの目に映るのは俺達と言う人間じゃない。俺達と言う名の実験結果。利用価値のある人形だ」
「それに気づいたのは俺がその研究所から抜けだした後。つまり、俺が逃げた後だ」
思い出すだけでも自分の顔が険しくなるのがわかる。冬奈は今、どんな顔をしているのだろうか。
「俺はあいつらの期待に応えてきた。信頼している、慕っている人達が期待していたから。……でも、疲れてしまったんだ、期待されることに。だから逃げた。あいつらからの期待から。俺と言う何かを作ったあそこから。だから——」
そして俺は、今出来る精一杯の笑顔を浮かべ、それを冬奈へ向けた。
「お前は凄いよ。持たされた俺とは違う、『冬奈』の才能を持った。お前のして来た事は、誰にでも出来る事じゃない」
それのその言葉に、冬奈は何も反応をしなかった。そして、今更俺は話し過ぎた事に気づいた。
「すまん、少し語り過ぎたな。俺は頭痛がまだ治らないから早退するよ」
俺は自分の荷物を取りに教室へ向かう為、保健室の扉に手をかける。
「待って!」
冬奈の声が部屋に響く。俺は振り向き、よくわからない、とでも言うような顔で俺にその疑問を投げかけた。
「貴方は、何者なの?」
「……」
何者なの、か……。前にもこんな事あったな、と俺は苦笑する。そして、その疑問に対する返答をした。
「俺は、人間であり人間で無い『物』。作られた
※※
あの後、俺は学校を早退し、家のベッドに寝転がっていた。眠気は無い。だが、何もする気が起きなかった。ちなみに何故か保健室の扉の近くに生徒会長が居た。何してるのかと聞いたら「後輩を心配するのは当然」らしい。
冬奈のお父さん……名前はなんだったか。
前に調べた時に何か引っ掛かりがあったような気がしたが……今は立つ気力も無いので置いておく。
そして冬奈のお母さんだが……俺の調べた資料には確か……これも後でで良いか。
……あの時、俺は冬奈の自虐とも言えるような言葉を、否定しなければと思った。
俺が出来なかった事を子供の頃からずっと続け、そして俺達とも出来るだけ良好な関係を築こうと行動した。
そんな人が凄く無いなんて、絶対に言わせない。
だってそれを許容してしまったら、誰が冬奈を認めるんだ?
次の瞬間、コンコン、とノックの音が聞こえた。
「翔梨〜? 大丈夫〜?」
「ああ、どうぞ〜」
俺が返答すると、真子姉さんが入って来た。何かあったのか?
真子姉さんは俺が寝ているベッドの近くまで来ると、言葉を発した。
「体調はどう?」
「まあまあかな。寝ればすぐ治るよ」
「そう、なら大丈夫そうね。でも、何かあったらすぐに私を呼ぶこと」
「……ありがとう、真子姉さん。おれなんかの——」
真子姉さんの細く白い人差し指が俺の口に付けられる。
「俺なんか、じゃ無い。たとえ血が繋がって無いとしても、貴方は私の
……俺は、あの時逃げた。あいつらの期待の大きさから、俺1人にかけられた大きな責任と責務から。
でも、俺はそれで良かったのでは無いかと思ってしまっている。
あの時に俺が逃げてなきゃ真子姉さんや、俺を拾ってくれた父さんと母さんに会えなかったから。
そして、俺が押し潰されそうになってなきゃ公園で話しかけてくれたあの子にも、会えなかっただろうから。
あの、小さい俺の光に。
※※
私、玖凰冬奈はまだ体調が優れないので学校を早退した。
送迎係のメイドが車で迎えに来る。その車に乗り、ぼ〜っと外を見る。
……私は、今までの努力を誰にも見てもらえず、誰にも認めて貰えなかった。
だけど、彼のあの言葉で、私の心は少し楽になった。
でも——
『俺は、人間であり人間で無い『物』。——作られた
あの時の彼の心の中は、ぐちゃぐちゃだった。色々な声が混じり、よく聞こえなかった。
天才。あの母に認められた父が居た、私では仮初の物しか辿り着けなかった境地。
そこに、彼は立っているらしい。でも、彼は笑っていない。私が喉から手が出るほど欲したその領域に立っているのに。
彼が母の子供だったら、母は笑ったのだろうか? 昔みたいな笑顔を見せ、彼の頭を撫でたのだろうか? ——そして、彼は笑ったのだろうか?
「お父様……」
お父様は、どうだったのだろう? 彼と同じだったのだろうか。それとも彼とは違うのだろうか。
私も、立ってみたい。彼や父と同じ所に。
でも、凡人である私には方法が無——
『俺と言う何かを作ったあそこから』
「……あ」
……もし。もしもだ。
もし私が、彼の言う『あそこ』に行ったら。
私は、お母様に褒めて貰えるのかな? あんな顔はされないのかな?
「ふふふ」
大丈夫だよ、お母様。もうお母様の前で能力は使わない。だから、お願いを聞いて?
——お母様は『もう』居なくならないでね?
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