第21話 わからぬ思い

 あの後、俺と冬奈は泰晴達に保健室にれんこ——ごほんごほん! 付き添って貰い保健室に到着した。


 その泰晴達は俺達を保健室に送った後教室に戻って行った。


 冬奈は水初に肩を貸して貰っていたがそれでも少し辛そうだった。


 「冬奈さんは多分勉強や習い事に力を入れ過ぎたのね。休めばすぐに楽になるわ」


 なら良かった……。心配したぞ……。


 ちなみに当の本人はベッドでおやすみなさいだ。余程疲れていたんだろう、保健室のベッドに寝転がってすぐ寝た。


 何故そんなにも根を詰めるのか……。まあ、それは起きた時に聞けば良いか。


 「それで……翔梨君、だったかしら。貴方はよくわからないのよね……。睡眠不足とかでも無いようだし……」


 結構美人で有名な保健室の先生は顎に手を当て、悩んでいる。そんな格好も中々様になっているな。


 無意味に悩んでいる先生を見ているのも忍びないのでフォローしておくとしよう。


 「まあ、適当に寝てたらなんとかなりますよ」


 「う〜ん、そうかしら……まあ、まずは様子を見ましょうか」


 そう言った後、先生がベッドの用意をしてくれたので早速寝転がってみる。……ふむ、これは中々。でもやはり相棒は偉大だな。


 「何かあったら言ってね。出来るだけすぐ近くにいるようにするから」


 先生はカーテンを閉め、俺の左右はピンク色の可愛らしいカーテンしか見えなくなってしまった。


 今回の頭痛は結構長いな。それに、痛みも増している気がする。


 寝たらこの頭痛も少しは和らぐかなと思い目を瞑る。


 起きたらとりあえず冬奈がここまで無理をした理由を聞こう。


 ……俺、こんなに人を心配する人だったかな? そんな記憶は無かった為結構驚いている。


 そして、俺の意識はいつの間にか落ちていた。どうやら自分でも気付かずかなり体にきていたらしい。


 次に起きた時は寝てから4時間後ほど経った時だった。


 カーテンを開けて保健室を見回してみる。先生は居ないようだ。


 そして、起こさないように慎重に俺が寝ていたベッドから見て右のカーテンを少し開け、中を見てみる。


 「すう……んぅ……」


 まだ寝ているようだ。まあ、疲労が溜まっていたのだから妥当かもしれないが。


 それにしても……。


 「んむぅ……」


 この人、可愛すぎんか? この寝顔だけで数億は稼げそうだぞ?


 ……いや、流石にこれ以上見たら冬奈に殺されるかも。俺はまだ死にたく無い。


 そう思い、俺はカーテンを閉めようとすると——


 「おとうさま……いかないで……」


 その言葉に、俺の体は静止した。普段ならあり得ない子供のような冬奈の声に、俺は何も出来ずに居た。


 不意に、冬奈は何も無い天井へ左手を伸ばす。そして、悲しさと寂しさを込めた声で——


 「お母様……私、頑張るから……完璧になるから……だから……」


 「——ずっと、私を見てて……」


 今まで冬奈に何があったのかはわからない。


 俺は父親の代わりになれない。


 でも、その言葉を聞いて、声を聞いて。


 ——俺は、彼女の手を強く握っていた。


 冬奈は手を元の位置に戻し、俺の手を強く握り返し、優しく笑った。


 「待ってて……お母様……お父様……私、頑張るから……」


 そして、俺の手を離さないまま、左手を元の位置に戻し、また寝息が聞こえた。


 「冬奈……」


 俺は冬奈の目から零れ落ちる雫を指で拭う。


 今の言葉の意味が全てわかった訳では無い。でも、これだけは分かる。


 冬奈は辛く、苦しい事があっても心が折れずに生きて、努力を続けていると言う事。


 その辛さを、寂しさをおくびにも出さずに必死に生きていると言う事。


 「お前は、凄いな」


 俺とは違う。俺は努力をせずにこの力を手に入れた。あそこでは持て囃され、天才と言われた。


 武道の技術も、知能も、俺が持つ能力も、全て命令されて付けたもの。最初から持っていた物。それは、努力なんかじゃない。俺は何もしていない。ただ、従っただけ。


 そんな俺とは違う。冬奈は才能があっても努力し、周囲の重すぎる期待に応えようとしたんだろう。


 俺には無い物。俺が失った、いや、最初から無かったのかもしれない。


 その冬奈と言う1人の人間の強さは、俺と言う人間を騙った醜い何かには眩しかった。


 その時、保健室の扉が静かに開けられた。


 「お〜い、翔梨? 起きてるか〜?」


 「翔梨〜? 冬奈〜?」


 「た、泰晴と水初……?! ま、まずい!」


 急いで冬奈に握られている手を離そうとする……が。


 「どこにいくの……?」


 悲しそうな声と今にも泣きそうな顔でそんな事を言われたら、俺はもう諦めるしかなかった。なあ、この子起きてんじゃ無いの?


 「翔梨〜? ……え?」


 「あ、あはは……」


 泰晴がカーテンを優しく開け、泰晴と完全に目が合った。更に泰晴の後ろからひょこっと顔を覗かせた水初も固まっている。……さて、これからどうしよう。


 「なあ、これはどう言う状況だ、翔梨?」


 「お、俺もよくわかってない……」


 保健室と言う空間に沈黙が流れる。い、今の内に冷静に状況を確認——


 「お邪魔するです〜……。冬奈様、大丈夫ですか——」


 まさかの胡桃の参戦で死亡宣告。完全に目が合ったpart2。これ、言い訳も聞いて貰えないかも……。


 「桜井翔梨……お前まさか……冬奈様に……」


 「ま、待て! 誤解だ! 誤解なんだ!」


 小声で弁解しようとする。何が誤解なのかもうよくわかっていない。だが、今の俺はこれしか思いつかなかった。


 その後先生が急用から戻るまで、この混沌は続いた。


 


 

 


 


 


 

 


 

 


 

 


 

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