第20話 かかっている霧

 「ねえ。あなた、ひとりでなにをしているの?」


 俺が1人でブランコに乗っていると、前から声がした。俯いていた顔を上げ、その声の主の顔を見る。


 「……おまえはだれだ」


 心配そうな表情をしている少女に問いかける。今まで見た事がない顔だった。……まあ、当たり前か。今日だって脱走しただけだし。


 その時、急に彼女の声が聞こえなくなった。視界もぼやけている。


 「わ——? わた——の——えはくお——ゆな」


 ノイズのような音が脳に響いて聞こえない。頭がズキズキと痛む。


 帰らなきゃ。あの人達の所へ。俺達が生活している研究所ろうごく


 少女が何かを言っている。小さな口を動かし、俺に何かを伝えようとしている。


 だけど——


 「あまり、おれにちかづくな」


 そう、少女を突き放した。俺は誰にも心を開かない。開いちゃいけない。


 今は駄目なんだ。今は……。


 「ね——、じゃあこうしよう?」


 ……ノイズが、消えていく。少女の美しい声が、耳にスッと入ってくる。


 「またあおうよ。そのときに、またはなそう?」


 そう優しく微笑んだ彼女に、俺は何も告げずにブランコを立ち、ある決意を心に秘めながら立ち去った。


 ※※


 「う……あ……」


 日曜日も家でごろごろし、月曜日。


 目を覚まし、重い瞼を開けると、広がる見慣れた天井。俺を拾ってくれた人達が大切にしている家の天井。


 「今なんじ——痛ッ!」


 体を起こし、時計を確認しようとすると頭がズキン、と痛んだ。


 あの夢を見ると、必ずこの頭痛がする。原因は不明。やはり、あのノイズと何か関係が……?


 「翔梨〜? 遅刻するよ〜?」


 その時、いつの間にか上に来ていた真子姉さんの声が部屋の扉のすぐ近くからした。え、今何時だ……?


 「8時15分?! やばい!」


 急いで起き、諸々の支度をしてすぐ玄関へ行く。朝食は……食べてる暇なんて無いな。


 「姉さん、行って来ます!」


 「行ってらっしゃい。気をつけなさいよ?」


 「おう!」


 玄関の扉を開け、全速力で学校を目指す。多分大丈夫、この速さなら間に合う!


 流石にこんな事に能力は使いたく無い。使ったら確実に間に合うとしても、だ。


 それから、5分後。俺は教室の扉を開けた。


 「はあ……はあ……あっぶねぇ」


 ギリギリ遅刻にはならなかったようだ。担任もまだ居ない。遅刻の1分前。マジでギリギリだ。


 「頭痛いし遅刻しかけるし……今日は朝から散々だな」


 そう呟きながら席へ。泰晴も、冬奈も、水初も学校に既に学校に来ていた。まあ、当然だけど。


 「今日はギリギリだな、翔梨」


 席についた俺に、前の席の泰晴が声をかけて来た。


 「ああ、実は寝坊してさ〜」


 「……それは大変だったな。でも、間に合って良かったよ」


 う〜ん、優しいよ泰晴。その優しさが心に染みる……。


 その後、担任が教室に入って来てHRが始まる。そして、HRが終わるとクラスメート達は各々授業の準備だったり友人と話したりしていた。


 俺も授業の準備が終わったので隣の冬奈に話しかけてみるとするか。


 俺は体を左に向け、目線の先にいる美少女に声をかける。


 「おはよう、冬奈」


 「…………」


 ……やべ、勉強中だった。これは邪魔をしないように……ん?


 体を前に向けようとして、俺は気づいた。


 冬奈の手が動いていない。あれで問題を解けているのか? いや、暗記か? だとしてもちゃんと覚えられているのか?

 

 それに心なしか顔色も……。


 なんて考えていると、冬奈が今気づいたかのように俺を見て、驚く。


 「……え? 翔梨、いつ来たの?」


 何を言っているのでしょうか、この子は。俺、結構堂々と入って来たよ?


 「遅刻の1分前くらいだな。勉強は順調か?」


 「……ええ」


 冬奈は俺から目を逸らした。まるで嘘を付いているように。


 ……怪しいな。そう言えば、土曜日も勉強していたか……。もしかして……。


 「なあ、冬奈」


 「何かしら?」


 また俺と目線を合わせてくる。やはりそうだ。今の冬奈の顔を見れば誰でもわかる。


 「昨日、何時に寝た?」


 「ッ!!」


 俺の質問にビクッ、と体を跳ねさせる。確定だな。冬奈は昨日、いや、昨日どころでは無いかもしれないが、あまり寝れていないのだろう。


 「昨日は……ごめんなさい。集中していてあまり時計を見ていな——」


 「誤魔化さなくて良い」


 大体検討は付いている。多分、1、2時間て所だろうか。冬奈がショートスリーパーなんて聞いた事が無い。


 「ごめんなさい、本当に覚えていないの。意識が朦朧としていて……」


 冬奈は申し訳無さそうに言った。謝るのは俺達だろうに……。


 「いや、俺達こそすまなかった。冬奈の事情も考えないで放課後や休日に付き合わせてしまって……」


 「いえ、貴方達は悪く無い。貴方達の誘いをちゃんと断れなかった私が悪いの。友達と遊ぶなんて、初めてだったから……」


 ……その気持ちはわからなくも無いが流石に無理は良くない。俺は頭痛を隠し、笑みを浮かべて冬奈に告げる。


 「冬奈、保健室に行こう」


 「……いえ、これくらいならまだ……」


 流石にそれは通じない。このまま放っておけばすぐ倒れてしまうだろう。そんなの見ていればわかる。


 「嘘が下手だな。もう限界なんだ——」


 「下手なのはお前もだな、翔梨」


 「結構バレバレだよ、翔梨?」


 いつの間にか俺の隣に居た泰晴と水初がそんな事を言ってくる。え、まさか……。


 「な、なんの話だ?」


 「お前もだろ? 体調が悪いのは」


 「大丈夫! 私達が保健室まで付き添うから!」


 ……ありゃりゃ、まさか俺まで気づかれるとは……。この感じ、誤魔化せないな。しかも完璧にブーメラン刺さってるし。


 俺と冬奈は観念し、泰晴、水初と共に保健室へ行った。

 


 



 

 


 


 

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