第16話 彼の温かさ

 俺、桜井翔梨は部屋で学校から家に帰って来た泰晴と通話していた。


 「この件での報告は以上だ」


 「了解。……だが、まさか佐奈田裕里1人だったとは……」


 それに、俺が目的とはどう言う事だ? 俺、佐奈田裕里と関わった事1回も無いんだけど……。


 その時、スマホから泰晴を呼ぶ声が聞こえた。女性の声だったから……泰晴の母親か?


 「すまない、夕食だ」


 「了解。また明日」


 「ああ、おやすみ」


 互いに挨拶をし、泰晴は通話を切った。


 ……俺が目的……。それに常人には出せないような圧力……。


 「目に……光が無い……」


 ……これから、更に警戒を強めるか。


 「翔梨ー! ご飯出来たよー!」


 「今行くー!」


 そうして俺は下へ降り、真子姉さんと夕食のハンバーグに舌鼓を打つのだった。


 ※※


 「遅くなってしまったわね……」


 私、玖凰冬奈は暗くなった家への道を歩いていた。


 まだ家より学校の方が近い。家に帰れるのは何時になるのかしら。


 少し用事があり帰るのが遅くなるなとは思っていたけどまさかここまで遅くなるとは。


 辺りはもう暗くなり、少し前にある街灯の光だけが道を照らしている。


 「……早く帰りましょう」


 私は歩くのを少し速くする。だが、少し前に人影が見えたので足を止める。


 「あ、やっと来ましたね。待ちくたびれましたよ」


 そう言って私に近づいてくる。そして、街灯の下に入り光でその男が照らされた。


 歳は私より下だろうか? 顔には仮面を付けている。服は何故か執事服だ。そして、この不気味な雰囲気。少しある柔らかさの隙間から出ている只者では無いであろう隙のなさ。


 「玖凰冬奈先輩、ですよね?」


 「……まず、貴方から名乗ったらどう?」


 私の少し挑発と警戒を含めた返しを気にも止めず、その男は淡々と話す。先輩、と言う事は年下ね。


 「ああ、これは失礼。私の事は……まあジャスパーとでもお呼びください。もしくは6《シックス》でも良いですよ?」


 ジャスパー……宝石かしら。不透明であり微細な石英が集まり出来ている宝石。でも6って……? モース硬度……いえ、ジャスパーは7のはず。


 「さて、話を戻しますが……貴女が玖凰冬奈さんですよね?」


 「だったら何?」


 このジャスパーと言う男、気味が悪い。それに最初の発言からして私の事を待ち伏せしていたと見るのが良いだろう。


 「ああ、やはり貴女がそうでしたか。噂に違わずとても美しい」


 「お世辞は良いわ。早く用件を言って」


 私がジャスパーを鋭く睨むと、ジャスパーは両手を上げる。


 「そんなに睨まないでくださいよ。貴女の美しいお顔が台無しですよ? それに、目的なんてさっきの私の言葉で大体予想がつくでしょう? 玖凰冬奈、貴女を一目見てみようかと」


 「ペラペラよく喋るわ。口は達者なようね」


 その時、私のスマホが鳴った。ジャスパーを警戒しながらスマホを見てみると翔梨から電話がかかって来ていた。


 私が電話を無視しようとスマホをポケットにしまおうとする。だが。


 「ああ、出ても良いですよ? 私はもう帰りますので。……あと、この後少しは私は貴女達の前には現れないので。少しの平穏をお楽しみください」


 ジャスパーは私に背を向け歩き出す。私は能力を発動し、ジャスパーの心を読もうとする。だが——


 「な、なんで聞こえないの……?!」


 最近、この能力を使えない人が多い気がする。


 そのまま、振り返る事なくジャスパーは去って行った。


 そして、私が電話にでると、翔梨の声がスマホから聞こえた。


 「冬奈さん、今大丈夫? 水初の件が一応終わったと報告の為に電話したんだけど……」


 「ええ、大丈夫よ。今は画面を付けた不気味な男に絡まれたけど帰って行った所」


 「全然大丈夫じゃない!! 今どこ?!」


 「え? 学校の校門の近くだけど……」


 「そこでストップ! 今行く!」


 そこで電話が切れた。そして数分後、翔梨が来た。


 「大丈夫?!」


 「え、ええ、大丈夫だけれど……」


 「良かった……」


 その気遣いに、私を心配してくれたと言う事実に、思わずにやけてしまう。


 私達はそのまま2人で歩き始める。


 「ここから冬奈さんの家までどれくらいなんだ?」


 「う〜ん、歩いて20〜30分って所かしら」


 そんな他愛も無い話をしながら、歩いて行く。


 ……楽しい。この時間が心地良い。隣に翔梨が居ると言うだけで嬉しい。


 そして横断歩道に着く。青信号を確認し、私は歩き始める。歩きながら少し後ろに居る翔梨に声をかける。


 「ねえ、翔梨く——」


 「危ない!」


 その時、翔梨が私の右手を引っ張り、私は彼の程よく筋肉が付いた男らしい腕で抱きしめられる。そして2秒後、物凄いスピードで車が私がさっきまで居た場所を突っ切って行く。


 「ちっ……ここは信号無視が流行ってるのか……?! 危ないだろ……!」


 普段の彼からは信じられない程の怒気を感じながら、私は彼の胸の中に居る事を理解した。


 「大丈夫か、冬奈さん? 怪我は?」


 「だ、大丈夫よ。それよりも翔梨君……」


 「え? あっ!」


 翔梨も気付いたのか、すぐに私から離れる。さっきまであった彼の温もりに、少し寂しさを覚える。


 「ご、ごめん、抱きしめちゃって……不快だったよな。なんでもするから許してください!」


 「い、いえ、大丈夫よ……気にしていないわ。むしろ、ごめんなさい。注意していなかったわ……」


 「い、いや、あの車が悪いから……」


 そして、私達の間に会話は無くなった。彼の心を読もうと能力を使い心を読む。すると


 その気まずさを消そうと、私は1つ、お願いをする事にした。


 「ねえ、翔梨君。さっきなんでもするって言ったわよね?」


 「え? ま、まあ、俺に出来る事なら」


 その言葉に、私は口を緩ませる。そして、お願いを口にする。


 「なら、その冬奈さんと言うのをやめて? 冬奈で良いわ。私も翔梨と呼ぶから」


 「え、そんな事で良いの? なら……冬奈?」


 翔梨は困惑しながらも私の名を呼ぶ。……この気持ちはなんだろう。ただ名前を呼ばれただけなのに、嬉しい。


 「なにかしら、翔梨?」


 その未知の感情を抱いたまま、私は翔梨と共に私の家へと歩いた。

 


 


 

 


 


 

 


 

 

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