第13話 愛する者への覚悟

 冬奈さんとクレープを食べた次の日の放課後。今日はすぐ家に帰り、ある人と通話すると言う約束の時間までパソコンの前で待機していた。そのある人とは——


 「よ、翔梨。どうしたんだ? ゲームの誘いか? 悪いが今は少し忙し——」


 「いや、お前に聞きたい事があってな」


 パソコンに顔が映される。そいつの言葉を遮り、逃げ道を塞ぐ。そいつの名前は——宮雛泰晴。卯月水初の幼馴染であり、水初を良く知っているであろう人物。


 「……ほう? お前が俺に聞きたい事? 珍しいな。勉強は冬奈さんに教えて貰えば良いじゃ無いか」


 「いや勉強の話じゃねえよ」


 苦笑しながら冗談混じりに告げる泰晴。それに対して苦笑とツッコミを返す。もう少し話していたい所だがこの後の俺には色々とやる事があるので早速本題へ入ろう。


 「泰晴。お前なら、気づいているだろ?」


 「……なんの事だ?」


 泰晴は俺の言葉に少しだけ動揺し、すぐに鎮めた。その後、誤魔化そうとしてくるがそうは行かせない。


 「お前が気づかない訳が無いだろう? 水初の変化に」


 俺は確信していた。泰晴は絶対に気づいている。クラスメートや普段の俺なら絶対に気づかないような水初の変化に。


 「……まさか、お前も気づいているとはな。あいつは嘘をつくのは苦手だがこう言う誤魔化しは得意なはずなのだが」


 泰晴は誤魔化しきれないと悟ったのか、そう言ってくる。


 「こう言う、とは?」


 「あいつは、水初は優しいんだ。あいつは基本的には嘘をつけない。表情とかに出るからな。……でも、苦しさとか、辛さとか、そう言うのを1人で抱え込み、俺達に心配させまいとする時の嘘は得意だ。……いや、違うな」


 そう言って区切り、悲しそうな、寂しそうな顔を見せて、言った。


 「得意になってしまったんだ、あいつは」


 「得意に、なった?」


 思わず聞き返してしまう。得意になった、とはどう言うことだ?


 「本当は俺から話す事では無いのだが……こんな状況だ。許してくれ、水初。翔梨、これから話す事は他言無用だ」


 「ああ」


 俺が肯定したのを見て、泰晴は告げる。


 「まず、陸おじさん——水初の父親は亡くなっている。原因は信号無視の車から小学生を突き飛ばし、陸おじさんだけ轢かれた事。その小学生は助かったが陸おじさんは亡くなった。勿論千影おばさん——水初の母親は泣いた。だが、幼かった水初は陸おじさんが亡くなったと言う事実を理解出来なかった」


 「……」


 父親が居ない事は知っていたがまさか亡くなっていたとは。水初はあまり詳しく調べなかったのがこんな形で返ってくるなんてな。


 「だが、千影おばさんが悲しんでいると言う事は理解出来たらしい。その少し後から水初は千影おばさんを積極的に手伝うようになった。水初が料理が上手いのはその為だ。そして、良く笑顔も見せるようになった。いつでも笑顔を絶やさず、悲しみも、辛さも、全てを心の奥に押し込んで蓋をした」


 「もしかして……水初は幼少期の頃からずっと1人だったのか?」


 泰晴は肯定も否定もせず、淡々と話していく。


 「当たらずとも遠からず、だな。あいつには一応俺が居た。だが、水初がある会社の社長の娘と言うのは知っているか?」


 「ああ、一応」


 前に冬奈さんから聞いていた。泰晴も水初もかなり上の身分だ、と。


「千影おばさんは元々陸おじさんが社長をしていた会社を継いだ。千影おばさんは仕事で忙しく、いつも家に帰ってくるのは深夜だった。その間、水初は家で1人だった。水初は親に寂しいと言えなかった。千影おばさんが水初の為に頑張っているとわかっていたから。だから、隠したんだ。自分の本心を。寂しい、一緒に居て欲しいと言う幼い願望を殺し、家事などを率先してやり、笑顔を貼り付けた。それをずっと続けて来たから、慣れてしまったんだ」


 幼少期の頃からずっと続けて来たならそれに慣れてくるのが人間と言う生き物だ。だが、母親を想い、何年も隠し続けるのは誰でも出来る事じゃ無い。水初の他人を思いやる心があるからこそ出来る事だ。


 「なあ、泰晴」


 俺は泰晴に聞かなければならない事がある。まあ、形だけだ。どう言う答えが返ってくるかは想像に難く無い。


 「お前は、水初が困っていたとしたら助けるか?」


 「無論だ」


 泰晴は即答する。その瞳には思わず圧倒されるような覚悟が宿っていた。


 「はは、やっぱりお前はそう言うよな」


 笑いが込み上げてくる。勿論想像通りだ。だけど、その覚悟に、水初への想いに、尊敬の念を抱く。


 「だが、色々と調べているが……あまり情報は無い。水初に何が起きているかがわからないのに行動は出来ない」


 泰晴が苦虫を噛み潰したような顔で言う。やはりそうか。今回の相手は結構権力を持っていると見て間違い無さそうだ。


 「泰晴、もう1度聞く。お前は水初を助けたいんだよな?」


 「ああ。あいつが困っているなら、俺は助けたい。あいつは俺にとって——大切な人だから」


 「そうか」


 無意識に微笑を浮かべる。その言葉だけで充分だ。あとは俺がサポートするだけ。


 「泰晴、水初を助けるのに俺も協力する。あいつは俺にとって数少ない友達だからな」


 「……それはありがたいが、どうするんだ? 情報はあるのか? 水初が悩んでいる原因、犯人の特定はどうするんだ?」


 まあ、当然の疑問だな。もう大体の調査、特定は済んでいる。俺1人でもなんとか出来るが、それは俺の仕事じゃ無い。


 「大丈夫だ。2日後、全てを終わらせる。だが、主役は俺じゃ無い。水初を助けるのは——お前だ、泰晴」


 


 


 

 

 


 

 

 

 


 

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