第11話 約束を守るのが漢

 翌朝、俺は学校の教室でチビ——じゃなかった、胡桃と会っていた。


 「じゃあ、後は頼むです。任せたです」


 「了解。とりあえず冬奈さんが来るまで待とう」


 その後は他愛の無い雑談を胡桃——じゃなかった、チビとしていたら——


 「おっはよー! ……あれ?」


 「おはよう、翔梨。と……犬餌胡桃さん、だったかな?」


 泰晴と水初が教室に来た。いつもはもっと遅いのにな〜と思いながらおはよう、と返すと何故か服の裾をつままれたような感触がした。俺はその感触がした方を見る。


 「……何してんの?」


 何故か胡桃がカタカタと震えていた。どうしたんだ、急に。春とは言え今日は結構暖かいぞ?


 胡桃の様子を見て心配していると、震えながら胡桃が口を開き、俺にしか聞こえないくらいの小さな声で言った。


 「……実は私、コミュ障なんです……」


 「…………」


 衝撃の事実に俺は絶句してしまった。いや、だってさ、だって——


 「……お前、俺とは普通に話せてただろ。昨日が初対面だっただろ、俺とお前」


 こう言う事だ。こいつは初対面の俺にあんな事を言っていたのだ。全く、なんてやつだ。


 「お前はほら……私達の敵だったから……」


 もう嫌だこいつ。今すぐ約束取り消したいんだけど。


 「で、でも、お前だってそうなのです……私と同じ陰キャの波動を感じるのに……」


 失礼なやつだな、マジで。まあ合っているけどさ。初対面でご挨拶だったもん、お前。仕方がない。


 2人でこそこそと話していると、水初がいつものテンションで俺達に顔を近づけて来た。


 「なになに?! なんの話をしているの?!」


 「ひっ……」


 おい、そんな人じゃ無い何かを見たような声を出すな。マジでドン引きしてんじゃねぇか。


 「ああ、成程な」


 そう、泰晴が胡桃を見て呟いた後、水初の首を掴み、胡桃から離す。


 「あうっ」


 「すまないな、胡桃さん。水初はこう言うやつなんだ。ほら水初、謝れ」


 「ご、ごめんなさい……」


 「い、いや、別に怒っては居ないのです……」


 首を掴まれたまま謝る水初に、胡桃がそう返した。やはり泰晴は流石だ。人をちゃんと見て、どう言う人なのかを考えられる逸材だ。


 その後も泰晴が水初と胡桃が仲良くなれるように色々気を配りながら雑談をしていると、俺の目的の人が来た。


 「おはよ〜冬奈さん」


 「ええ、おはよう。……何かしら、この声? 私と仲良くなりたい……?」


 クラスメイトに挨拶をしながら冬奈さんは自分の席へ向かう。


 「おい、胡桃。準備は良いか?」


 「い、いや、ちょっと待つです……」


 胡桃の気持ちを他所に、冬奈さんは近づいてくる。


 「おはよう、冬奈さん!」


 「おはよう」


 「ええ、おはよう、2人とも」


 冬奈さんが泰晴と水初に挨拶する。次は俺達だ。なんとか約束は守らなければ。


 「おはよう、冬奈さん」


 「ええ、おはよう。……貴方は……胡桃さん?」


 「え?!」


 名前を呼ばれて胡桃は口を開け、呆然としている。


 「に、認知されている……冬奈様に……?」


 「胡桃さん? 大丈夫かしら?」


 胡桃から返答は無い。いつまでこうして居るつもりなんだ、お前は。


 「こいつは犬餌胡桃。冬奈さんと仲良くなりたいらしい」


 「ああ、胡桃さんだったのね、あれは」


 「え?」


 「ちょおおい!」


 胡桃が焦ったような顔で俺の胸ぐらを掴んでくる。痛い痛い、引っ張らないで。


 「何をしているのですか! そんな直球な!」


 「いや、だってこれしか無いだろ」


 このまま誤魔化していても何も進まない。ならこちらの気持ちを伝えた方が早いだろう。


 「むううううう」


 何故か冬奈さんが頬を膨らませていた。可愛いけどなんで? 俺なんかした?


 「……胡桃さんとどんな関係なの……?」


 「……ごめん、聞こえなかった。なんて?」


 声が小さくて聞き取れなかった。もう少し大きくして欲しい。なんか懐かしさを覚える。


 「ねえねえ泰晴! もしかして冬奈さん、嫉妬してる?!」


 「ああ、そうっぽいな」


 泰晴と水初が小声で2人で話しているのを横目に、冬奈さんが怒っている原因を解明しようとしていると……。


 「水初さん、ちょっと良い?」


 「ほえ? なになに?」


 クラスメイトの女子が水初に場所を移したいと言い、それを水初が了承すると、2人はそのまま教室を出て行った。


 ……あの女子、何か嫌な予感がする……。


 「嫌な予感? 何の話かしら?」


 俺は驚き、冬奈さんを見るとキョトン、と言うような顔をしていた。俺、口に出していたか?


 まあ良い。俺は冬奈さんに聞きたい事があるので冬奈さんの耳に口を近づけ、質問をする。


 「冬奈さんのその心を読む能力はどんな時でも平等に聞こえるのか?」


 「いいえ、私の体調などで変わるわ。あと、悪意などのマイナスの感情の声は聞こえにくくなる。それと完全に聞こえなくするのは無理ね。あと聞こえるのは数メートルくらい」


 成程。そんな特性があるのか。それは結構良い情報かもしれない。


 「はあ、それで? 胡桃さんは私と仲良くしたいのかしら?」


 「ああ、そうだ」


 「そ、その……え〜と……」


 「成程、コミュ障だから緊張しているのね……。なら、私から言った方が良いかしら」


 冬奈さんは胡桃さんを見て、少し何かを呟いた後、女神のような笑みを浮かべて言った。


 「これから仲良くなって行きましょう? よろしくね、胡桃さん」


 「え、良いんですか?!」


 胡桃が大きな声を出したせいで、かなりのクラスメイトの視線が集まる。冬奈さんは胡桃の口に細くて綺麗な人差し指を当てると、悪戯な笑みを浮かべてこう言うのだった。


 「ええ、勿論よ。でも、ここは教室だから少しだけ、静かにね?」


 



 

 

 

 

 

 


 

 


 

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