第6話 朝の教室で2人きり
あの購買逃走中事件(仮名をつけてみた。ダサい? 黙っとけ)から少し経ち、冬奈さんと話すのだけはなんとか慣れてきて、普段の口調で話せる様になってきた。
そして、俺はある事に気づいた。
冬奈さんの事だ。あの放課後で話した後からなにかおかしくなっていないか?
何がおかしいと言われればこれだと思う。
なんか俺に近づこうとしている。自意識過剰じゃなければだけど。
いや、これ自体は問題ではない。何故ならあの放課後で知りたいから関わる事が多くなるかもと言われていたから。
だけどなんか……近づき方が好きな人へのアプローチみたいと言うか……。そんな感じがしたんだよね。
てことで聞いてみようと思う。
朝、自分の席に座り、冬奈さんが登校してくるのを待つ。
泰晴や水初達には先に事情を話して冬奈さんが歩いた道の後片付けに参加している。そんな役割必要なのかって? だっていつかは忘れたけど誰か倒れてたやん。
いつ来るのかと緊張していると、いつもの台詞が聞こえてきた。場所も登校日初日と同じでこの1年2組の教室前だ。
「ふゆなさん……きょうもうつくし……い……」
「おい胡桃! これ何回やる気なんだよ! もう毎日だぞ! おい、誰か! 胡桃を担架で運ぶぞ!」
今日もやってるな〜と思いながら姿勢を正し、時を待つ。てか毎日やってんのかよ。
手伝いに行った泰晴がいつも1番に助けている男に問いかけた。
「
「君は……宮雛泰晴君か?! 担架はもう準備してある! あそこだ!」
「なんで準備してあんだよ……」
「まあ毎日やってるって言ってたからね! さ、早く手伝お!」
教室の窓から誰かが担架に乗せられて運ばれていくのを見る。あの人が胡桃って人か?
その5秒ほど経った後、光雪学園の女神こと玖凰冬奈さんが教室に入ってきた。
少し困った様な顔をしながら冬奈さんは自分の席に着く。少し心配なので聞いてみる事にする。その流れのまま本題へ入ろう。
周りに人は居ない。正確に言えば教室にはいるが俺達の近くには居ない。これは2人きりと言えるのでは? ……まあ、だから何って話なんだけど。
「おはよう、冬奈さん。なんか浮かない顔をしているけど大丈夫?」
まずはジャブ。そして相手の様子見をしてから本題と言う名のストレートを繰り出すのだ。
「いえ、ただ私と胡桃さんがすれ違ったら必ず倒れるから、どうしようかなと……」
なんだその今まで聞いたことの無いような困り事は。
「そ、そっか……。それは大変だな……」
あともう1つあって、と前置きし、冬奈さんは俺の左耳に顔を近づけて小声で言ってきた。
「しかもあの胡桃さんの心の声が大きくて……」
「それってどう言う……と言うかその能力って範囲とかあるのか?」
「ええ。範囲は大体3mくらいって感じかしら。あとその人が強く思っている事ほど心の声が大きくなるわね」
「成程な。まだ俺の心の声は聞こえないのか?」
「ええ。原因もまだわからないわ。今までこんな事一度も……いえ、1回あったかも……」
あったんかい。心の声が聞こえない人今まで2人もいたんか。多いのか少ないのかはわからないけど。
「いつだったかしら……あ!」
天を仰ぎ、少しだけ考える素振りを見せてから開いた手のひらに握った拳をとん、と当てた。
それから全ては思い出せてないのかちょっとだけ止まりながらも言った。
「確か……小学3年生くらいだったかしら。公園に友達と遊びに行った時に……あ、そうそう。ブランコに1人で乗っていた子ね」
冬奈さんは懐かしいと言う様な顔で俺に説明してくる。小学3年生……と言うことは9歳か? あまり良い思い出がないな……。
「あの時は不思議に思ってその子に話しかけた気がするわ」
話しかけたのか……ん? ブランコに1人……? まあ良いか。
「なんて話しかけたんだ?」
「それは思い出せなくて……ごめんなさい」
冬奈さんが頭を下げて謝罪してくるので両手を横に振り、慌てて言葉を紡ぐ。
「い、いや、責めてないから顔をあげてくれ。ただ気になっただけだ」
「あ、でも」
また何かを思い出したらしい。冬奈さんは何故か釈然としないと言う様な表情だ。
「雰囲気は貴方に似て居たわね。その静かで素朴なのに、何かを隠している様な、そんな雰囲気に」
次の瞬間、俺の心臓がドクン、と跳ねる。いや、落ち着け。いくら冬奈さんの情報網が広いと言ってもあの場所の情報は無さそうだった。
「どうしたの? 汗が凄いわよ?」
冬奈さんがハンカチを取り出し、俺の汗を拭ってくれている。大丈夫だ、落ち着け。この様子じゃ何も知らないはず。
「す、すまん。ありがとう。ハンカチ、俺が洗って返そうと思うのだが……」
「気にしなくて良いわ」
そう言い、ハンカチをしまう冬奈さん。良い匂いだったな……いや、興奮した訳じゃ、ないよ? 冬奈さんに使われてハンカチも嬉しいだろう。使われた対象は俺だが。
そこで俺は最初の目的を忘れて居たのを思い出し、聴く事にした。
「冬奈さん」
「なに?」
冬奈さんがコテン、と首を傾げる。う〜ん可愛いの2乗。
「いや、俺の自意識過剰かもなんだけどさ。なんか冬奈さん、俺の事好き?」
「え? いや、そんな事ないけど……友達としては好きよ?」
この感じ、本当っぽいな。恥ず過ぎんだろ。穴が入ったら入りたい。
「なんでそんなこと聞くの?」
「いや……」
思わず言い淀んでしまう。だってしょうがないやん。恥ずすぎるもん。
「言って? お願い」
また上目遣いかよ……そんなのに俺は屈しな——
「なんか俺に対してかなり距離が近かった様な気がして……」
言っちゃった。俺の心が屈してたわ。
「それは……男性とあまり話した事無くて……貴方が初めてだったから……」
冬奈さんが照れた様にもじもじしながら言うのを見て、俺は思わず視線を逸らす。その言い方はやめて?
その後、また気まずくなりお互いに沈黙して居た所、泰晴達が戻ってきて少しニヤニヤされるのだった。
いや、付き合ってないんだわ? それに俺は……幸せになっては行けないのだから。
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6話を読んでくださりありがとうございました。面白いと思ったら是非⭐︎などを付けてくださるととても励みになります。よろしくお願いします。
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