番外編〜【ナギサ】誰よりも遅く羽化したサナギの話

 缶コーヒーが置かれた、再現だった。

 だから私は青ざめていたと思う。

 だってその時の私が、冬樹を置いていったのだから。


『振り向かないで、いつも通りだから、そうだろ?』


 何でそんな、いつもみたいに優しい声なの?

 もし冬樹に襲われても、酷い事をされても仕方ないと思った。受け入れようと思った。

 メンバーや、メイプルには悪いけど、彼の憎しみや恨みの根本は、私だから。

 責任感じゃなくて、彼を愛しているから。

 方法や自分の感情、出し方を間違えていただけで、彼への気持ちは変わらない。


 でも、彼は変わらなかった…待てないなんて言ってたけど…待っていた

 

『君なら出来る、立ち止まらないで、僕は……………いつものように…………後ろから…見ているから』


 グッ


 背中に手のひらを当たられた…

 熱い…身体が火照る…背中から…初めて冬樹を好きと思った時と同じ気持ち…好き…こんなに私、冬樹の事が…好きだったのかな…


 トンッ


 気付けば駆け出していた。

 分からなかった…抱きしめれば良かったのかな。

 それは違う気がした。好き過ぎて、行き過ぎた私の行動。もう間違えない。

 冬樹はそんなこと望んじゃいないと思った。


 背中を押された、冬樹の出す開始のサイン。

 勝手な考えだけど、自己満足かも知れないけど

 やって来いと言われた気がした。


 イヴのライブは順位の結果から1週間後…そして既に明日に迫っている。

 

 冬樹…冬樹…明日、見てくれるかな…


「とうじゅは…枯れ木なんかじゃないよ…」


 アイデアノートに書いてあったのは多分、全て事実だ。

 であれば、私の、できる事は…


 私の考え違いかも知れない…誰にも伝わらないかも知れない…でも、私が…私しか出来ない…冬樹の才能…人を見る目を…それが正しかったと認めさせるのは…私しか出来ない。

 

 駅前のナギサ…プロデューサーは…冬樹なんだから。


「先生!イヴのライブはメイプルにダンスに完全に合わせに行きたいんです…お願いします!やらせて下さい!」


 ベテラン、プロジェクトMebiusにはプロと呼ばれる人達が沢山いる。

 今、私がお願いしているのは何年も様々なアイドルを伸ばした振付師。

 バックダンサーの私達の司令塔。

 その人が言った…呆れながら。


「普通の人がメイプルに合わせたら死んじゃうよ?」


「構いません!その日だけは…お願いします!」


「んな事言われたって…うーん…まぁやるんだったら一曲だけ、それ以外は全部崩れるから駄目、分かった?これが最大の譲歩だよ?」


「一曲…ですか…」


「私達も一曲だけだったら頑張るから!ね?」

「は…はい!ありがとうございます!」



 分かってた、普段から半分の動きで、ライブも半分しか参加していない。

 それでも限界だからだ、それほどメイプルの動きと体力は常識人離れしている。

 それに明日なんだ、納得するしか無かった。

 譲歩してくれた、想いをメンバーも汲んでくれた。

 だから、やるしかなかった。




 当日、メイプルが遅れて来た。


「はぁハァハァ…すいません、遅れてしまいました!皆さん、今日はお願いします!全力で盛り上げますから!死ぬ気で頑張りますから!」


 元から今日を目指して出来たプロジェクト。

 メイプルはあくまで木村建設の広告だ。

 国内ナンバーワンアイドル、これ程の広告は無いだろう。

 だから年明けからは活動を控える。

 あくまでメイプルは広告塔、日常業務に戻るのだ。


 だけど、メイプルの様子がおかしかった。

 まるで、今日辞める…いや、今日ステージで死ぬかのような気の入り方で…

 私は冬樹の事がある…元からやる気十分だったが…ここでも差がついた気がした。

 

 そんな事を考えているとメイプルが話しかけてくる。

 一応バックダンサーの最年長は私でリーダーみたいなものだから…


「今日…私は今日、絶対に届けなきゃいけないんです、私の気持ちを、鼓動を!だからお願いします!お願いですから…」


「分かってる、私も同じだから…冬樹が…地元で見てくれるって言ってくれたから…今日のライブを…」


 一瞬、カエデの目が開き、揺らいだ。

 そして…固く握手した…絶対に…絶対に届けるんだと。

 そしてライブが始まった。


 

 今日はいつもとセットリストが違う。

 普段はグループ曲からソロ曲になって行くが、今日はグループ曲でソロ曲を挟む形になる。


 まずはグループ曲の少ない曲数で盛り上げなければいけない…と思ったが杞憂だった。

 

 

 始まると同時に最高潮に、皆が分かっていた。

 長い時間かけてファンを増やした理由じゃない。

 消費される音楽、この時代の音楽、今日だけの熱狂、そして…壊れる様に踊り歌うメイプル。


 シアラのファンやステージは歌を聴きに来ている。

 だから少なからずルールやマナーがあり、シアラもとてもうるさいと聞く。

 だから会場を分けてシアラのファンと分かれているのは良かったと心から思う。


 メイプルのライブは警備や区画分けしないと本当に暴動みたいになる。

 何故なら私達は煽るのに全力を尽くすからだ。

 それに子供達は夢を見つける、大人達は夢をのせる。

 そして子供達は知る、大人達は思い出す。


 それは祭りの様な、争いの様な、不思議な現象…ただ分かっているのは今日という日は二度と来ないという事。

 メイプルは知っている。1回でも、ちょっとでも手を抜けば、全てが終わる事を知っているし、それで大事なものをこぼし続けたからだ。


 だから私も…こぼしてしまったこの身体…想い。

 冬樹に認められる様に全力を尽くす。


 そしていよいよ二度目のグループ曲になる。

 途中で振付師から指示が出た。


『今日のメイプルは異常だ、もし辛いなら途中で袖に引け。ステージで倒れるのはファンへの裏切りだからな』


 そう言われても、どの瞬間を切り取られても良いように、今日が動けば明日から動けなくなっても構わない。

 



 動け 動け 動け! うごけ! 動いて!




 意識が朦朧として、それでも喰らいついて行く。


 ある時から身体がおかしかった、まるで地球が胎動するような揺れ、地鳴りの様な四つ打ち。

 そのリズムに乗ると限界近い身体が動いてくれる。

 更にメイプルがMCでおかしな事を言った。

 

「みんなアァアアアアアアアアア!大丈夫だから!あの変な手の生き物は味方です!だからこのリズムに合わせて!ビートに乗って!次の曲はぁ!…………え?」


 後ろを振り向くと巨大な人影、客席からのモニターを見ると何か巨大な化物と人の形した光の塊が取っ組みあっている…


 少し上を見ると凄い数の流星が渦を巻きながら落ちてきている。

 さながら世界の終わりの様な光景で、だけど美しくて、そして…

 

 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!


   パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!


 最後の曲が始まる…地球の胎動の様な重低音と、高音の炸裂音…それに合わせて始まる最後の曲。


 メイプルが空を見る…何か喋って…決意を固めた様に見えた。

 私には見えないけど、きっとそこにいるんだろう…メイプルの大事な人が、私と同じ様に…冬樹と同じ様に…最後に見に来てくれたのなら…


 きっと、幸せな事だから


 もし世界の終わりならそれでも構わない。

 駅前のナギサの最後は、冬樹の後ろから見ている前で数万の観客に見られながら逝けるんだから。


『次の曲は@きっと出会う!メビウスビートラビットッ!!やっちゃうよぉー!みんなぁ!いっぱいはねてええぇぇぇっ♥』


 Aメロ、一人目が行く。メイプルに合わせる。

 Bメロ、二人目が行く。メイプルに合わせる。

 帰ってくると、そのまま袖に消えた。

 サビ、三人目、二人で合わせられる所まで合わせて袖に消えた。


 二番…メビウスのメンバーは気付けば私一人だ。

 それでもやる。出来る気がする。


 この地球の胎動にステップを合わせていく。

 スネアやシンバルの様な破壊音に合わせる。

 腰から頭の先、そして手足でビートを刻む。


「心音爆音 ドキドキ聞こえて! 貴方と繋がれッ!ハート鼓動ビートッ!」


 メイプルが歌っている。一箇所に向かって。

 そこにいるだろう人へ。全力で叫びが響く。


 合わせ鏡の様に踊る、でも動く、メビウス。

 後ろから見ていてくれてる、ね?とーじゅ。


「繋がる弾ける 命のトキメキ! 貴方と繋がるッ!ラブリィ叫びシャウトッ!」

 

 ここは駅前で 音も 光も 体も 意味も

 何もかも当たり前で美しい それはきっと


 素敵な事だから 小さな拍手と月のライト


 楽しくて 『大好き』


     楽しくて 『大好き』

 

『大好きだから』  何度でも言うよ


『ずっと歌うよ』  大好きだから


 私は わがままで馬鹿だけど 友達も出来た


 『メイプルッ!』「メイポオオオオウ!」


 ごめんね 大人になったよ だからお願い


 『ラビイッツ!』「ラヴィイイイイアイイイ!」


 今から とーじゅのそばに かえるからね


『メビウぅスッ』『めびいいいいいいっす!』


 待たせて ごめんね もう二度と 絶対に


『ラブソンオオオォォォグ♥』「ああぁいっ♥」



 駅前のロータリーでラブソングを歌っていた。

 真っ白い景色だけど、後ろにいるのが分かる。

 貴方が見てくれていたから、私になれていた。

 冬の季節、渚の季節、それは回る、メビウス。



『あいっ!』『あいっ!』 愛してる もう一度 


『あいっ!』『あいっ!』会いたいよ とーじゅ



 待たせて ごめんね 今度は 私が待つから


 ずっと いつまでも どこまでも 待つから




 人は一人でも生きていける。

 でも、心に何かなければそれは生きているだけ。

 それでも構わないと言う人は、その生き方を持っている。だから平気、空っぽではない。


 私にはずっと冬樹がいた。だから踊れた、歌えた、表現できた。

 酷い我儘だと思う。心の中に閉じ込めた。


 だから今度は私が…冬樹の中に…





※また嘘つきました、すぐ更新します。



 

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