番外編〜届かなかった想いの行き場

 私、サラが起きたのは2年…ちょっとかな?

 自ら演じたシャカラと言うのは風化…と言うより周りは記憶から欠損している感じの様だ。

 でも、覚えてる人は覚えてる。

 覚えてる人は決まって憎しみの感情がある。

 憎しみ…一番、愛に近い感情。


 当時、それを教えてくれたのは冬樹さんだった。





『フ〜ユキさん?どうしたんですか?』

『いやぁサラがどうやったら目立つだろうってね』


 シャカラのプロジェクトの時に出会った。

 炎で燃えている様な全身ファイヤーパターンのタトゥー、黄緑の長い髪に刈り上げた左側は沢山のピアスがぶら下がっている。

 外見は怖いけど、とても優しいし、一人称が僕だったからついつい。

 トージュと読むらしいけどフユキさんの方が呼びやすいから。

 よく、私の彼氏の相談をした、どうすれば喜ぶのかなって。


『うーん、彼氏というのは何をしたら喜ぶでしょうか?』

『そうだね、普通の事で良いと思うよ?ただ、大事な記念日や彼の大切にしている事には真摯に向き合うんだ。それだけできっと喜ぶよ』


 フユキさんはドラッグをやっている、ラヴィと言うドラッグ。

 今考えれば、ラヴィとは自分の身を切り、心を切り売りするドラックで…アーティストにとっては夢の様で、だけど同時に悪夢の様な代物だった。

 ラヴィで吐き出した創造物は、それに近い物を許さない。だから自分の脳内ストックを吐き出すと、それに近いものを何も考えられなくなる。

 つまりどんどん失っていく。

 行き着く所は【無】何も無くなる。


 そしてラヴィは性行為で花開く、ただ快楽に溺れるなら良い。

 その後のトんだ頭で捻り出す創造。


 彼は曲を作り、詩を作り、立ち回りを決めて、売り方を考え、その人を輝かせる。

 つまりフユキさんは自分をどんどん刻んでいった。

 同じ様な間柄でも引くぐらい自虐的だった。

 

 そんなフユキさんにも、優しさが垣間見えた瞬間があった。


『サラ、ラヴィは程々にね。そういうのは僕等の仕事。サラは僕等の全部壊す為の神輿なんだ…だから僕等が消えてもサラは残る、復讐も何もかも、全部終わったら…彼氏さんに思いっきり甘えるんだよ』


 ラヴィを使った脳は、眠りを犠牲に覚醒する。

 起きっぱなしの脳のダメージは、ただの蓄積ではなく倍加する。

 

 使い過ぎるとどうなるか、使っていれば分かる。

 私はどれくらい眠るのだろうか?


『私はどれくらい寝るんだろう…フユキさんはどうなるんですか?』

『何か残るものがあればすぐ起きるみたいだけど、僕は…そうだね。もう何も無いから…きっと…ずっとだろうね。それで、良いんだよ僕は』


 永遠に…とは言わなかった。

 だけど暗にそう言っていた。


『あんまり彼氏を待たせちゃいけないよ?愛が憎しみに変わるなんてあっという間だから』


 冬樹さんの事を聞かれて思い出すのは憎しみと言う名の愛だ。



―――――――――――――――――――――――



 冬樹は、いつまで楽しかったのだろうか?

 駅前のナギサと言われ、私が有頂天になっていた時はどうだろうか?

 彼に幸せな記憶は残るのだろうか?


 アイデアノートを読む、私は涙が止まらない。

 胃から戻しそうになる、死にたくなる。

 知らない事は、時によって罪になる事を知った。


 私が冬樹のお父さんの事務所に入る前後の出来事。

 彼は言う。

 皆が裏切る、皆が置いていく、皆が自己を通そうとして、それを、ただひたすら我慢する。


 両親の離婚、理由は父親の事務所の女優との浮気。母親は精神を病む。

 それでも彼は色んな道を模索し、学び、創る。

 勉強はそれなりに出来たが進学は出来ない。

 お金が無いから。母親の女優業はお金が入るが同じ様に出ていく。つまり国の補助は受けられない。


 高校の学友も音楽や創作の道を志した。

 しかし保険の意味もあるが、何をするにしても学ぶべき事は多いと友人達は親の意向で大学へ進学した。

 彼の母親はそれすら考えられない程疲弊していた。息子との関係も希薄になっていく。

 一人になった彼は高卒でひたすら創る。全てから逃げる様に、ただひたすら、毎日毎日。


 父親は芸能の人間だから何かアドバイスをしてもらう事も出来た筈だが疎遠になっていた。

 父親には頼れない所に、母親の病気が悪化、そして死。




 独りで生きる、無理矢理にでも自分でチャンスを掴まなければならない。

 名前も記載出来ない様なオムニバス作品に関わる。

 そして顔を出さないVirtualアイドル、彼女らに泊を付ける為に、作詞作曲出来るとは思えない程幼い女の子達に権利を渡し、その条件で仕事を受ける。

 Virtualアイドルが流行ると忙しくなる、何せ歌手になりたい若い子なんて沢山いるから。

 しかし歌と容姿、両方持っている人は沢山いる。特に外見に関してはシアラを含め、あまりにレベルが高い時代だ。

 だからVirtualアイドルは需要がある。

 

 僕は、何百と言う曲を作り、詩を書いて、アフターフォローをして、少しでも当たればそれが全部他人の栄誉。

 それでも、雀の涙程の報酬でも続けた。


 それもこれも全て、いつか自分の中の最高傑作を彼女に届ける為に、磨いていたつもりだった。

 待っていた、いつか逢える待ち人の為に。


 しかしその人は遠く離れていった。

 スキャンダル、でも、薄々気付いていた。

 事実であれ虚報であれ、その人の住む世界は、そういう世界と言う事を。

 今まで経験や父親という近しいもので嫌という程知った。

 元から嘘をついている世界の住人、信用なんて出来る訳ない。


 待っていた彼女のグループのスキャンダル、記事のメインには有名人。その端っこに映る自分の待ち人。

 少ない記事の中に出る刺す様な一言。

 『メンバーの□▲◯も〜』と言う単文。

 男と歩く姿、マネージャーや仕事の相手かも知れない。

 親父と手を組んで歩く姿、手を出してる訳ない、酔っているのを支えているだけだ。


 しかし、どう思っても、誰と何をしているのか分からない、続け様に視界に入る現実。


 信じるつもりだった、信じてるつもりだった。

 それでも重くのしかかる、若い女達のゴーストをしてれば分かる。

 一皮むけばコイツらは承認欲求の化物、チヤホヤされたいだけの厚顔無恥な若さ、のし上がる為に騙し合い、ファンの為と裏切り、何も考えず人を平気で傷付ける獣。

 その場に立つと言う事がどれだけの影響か考えない、何かの為と言いながら弱者を轢き潰していく。


 それでも信じるしかなかった。

 もう何も残っていないのだから。

 彼女は良い、僕は駄目。

 彼女は正しい、僕は間違えている。

 僕はなんだろう、あぁそうか、冬樹。

 テレビで見た山火事、枯れて、燃えて、消える。

 よく燃える、冬の枯れ樹、僕は冬樹だった。


 待って、置いてかないで、信じて、と言われ。

 待って、待って、待って、待って、繰返す彼女。

 待てなかった、僕が悪い。

 待つ必要もない程、才能があれば。

 待つ必要がない程の、権力ちからがあれば。

 待て無かった僕は、間違えていたんだ。


 崩壊するアイデンティティ、僕は消えていく。

 だから、ごめんね。もう待てない。


 偶然知り合った彫師に頼んだ。

 よく燃える僕を更に燃やしてほしい。

 Fire Pattern そんな柄を入れてくれた。

 その関係で手に入れた薬、夢の架け橋となるラヴィ


 性行為で加速出来る不思議なドラッグ

 悪者になるのは簡単だ、でも苦痛だった、好きでもない女とするのは

 それでも相手に事欠かない。どいつもこいつものし上がる為に身体を売る

 きっとアイツもコイツも、僕だってそうだ

 だから、近寄ってくる女は幾らでも利用した

 堕ちていく そんな感覚もあった

 

 でも、ラヴィのおかげでサラと出会えた。

 天才イラストレーター…ではない、努力し、模倣し、精巧なイミテーションを作るチグハグな才能。

 彼女のバックに何がいるのか知らないが、様々な力が働いてありとあらゆる手で売り込むらしい。

 

 大きな理由はただ一つ。

 あの、あらゆる才能を持つ天才美少女、シアラの妹だそうだ。

 世界は残酷だ、シアラの妹にこんな野暮ったい努力して贋作を作るような娘を用意する神を疑う。


『姉を超えるんです、そして彼の心から姉を…』


 他人事だと気付く、その彼は多分、サラしか見ていないと思う。

 だからサラの本心は僕と一緒、何も超えられない劣等感を超えたいだけなんだ。


 このただの少女の為に、行く所まで行こう、サラが笑って彼の所に行けるように。

 妹がいたらこんな感じなのかな。

 同じ傷を持つ仲間、傷の舐め合いでしか信用出来ない仲間、そうして集まった敗北者の集まり。


 それがプロジェクト・シャカラだった。


 どんな手を使ってでも、ありとあらゆる手段を持ってしても、どこまで歴史を遡っても、出来るモノはイミテーション、ニセモノだけだった。

 

 全員がラヴィを過剰に摂取した、シャカラと言う媒体から半年程で星の数ほどの作品を世に出した。

 サラはこれ以上何かを作らせると危険な感じがしたのでサラ自身の活動は止めた。

 他の仲間も皆おかしくなっていった。

 空虚、もしくは眠り、入院し帰らなくなった。

 残り一ヶ月は僕一人だった。

 それでも…作り続けた。




 『ヴォーカル部門!四位は………シャカラ!』




 壁は遥か遠く、この国の大多数の人はジャイアントキリングを望んでいない。

 王道を行く本物の作詞家、作曲家、そして歌手…


 世の中が選んだのは本物だった。

 シアラはトップ…自らの器を知り…いや、知ってんだな。きっと。何故なら悔しくも悲しくもないから。

 皆、僕の様になる前に辞めて良かった。

 いつか目覚めた時にどうなるのかは分からない。

 だけど行く所まで行った僕の心はもう新しいモノを受け入れない。

 何故ならこの感情、心はいっぱいで、何かで埋める事は出来ない。

 真っ白に埋め尽くされる。残り僅かな僕と言う存在。

 失うってのはこういう事かと思った。


 負け犬の行く場所なんか無い。

 僕には家族も大切な人も居ない。

 何処かで眠ればそのまま餓死して死ぬ。

 冬の枯れ樹の様に、ただ静かに朽ちる

 それで良いと思った、そう決めていた。

 いや、一つだけ、最後に行こう。

 決めてたんだ。あそこに行くんだ。




 駅前のロータリー、僕の始まりの場所。




 先客がいた。見た事ある背中

 いつも支えて、追っていた背中

 小さく丸くなって震えている。

 いつもアイツは先に来ていて僕を待っていた。

 僕は待てなかったのにな、いつも待たせていた。


 これは記憶なのか現実なのか、分からないまま昔の通りにした。

 目は見えているけど、モノはあるのに認識出来ない不思議な感覚。

 人の顔も分からない、新しく見た顔は


 顔は見ない、だってもう今の彼女は記憶から消えているから。

 寒い冬に売ってる、熱くて甘い缶コーヒーを二本。

 後ろから肩越しコーヒーを地面に置く。


『喉の調子はどう?頼むよ?駅前の…ナギサ』


 いきなり話しかけると、ビクっと震える肩、変わらないな。


『振り向かないで、いつも通りだから、そうだろ?』


 ライブの日、始まりはいつも顔を合わせなかった。

 彼女はいつもそうだった、僕がそうした。

 二人だけのライブ、だけど僕の曲を、僕に向けるのではなく、僕の作ったものを表現する君が好きだったから。

 君の事が、きっといつまでも好きだから


『全部見たの…ノート…あの時…今まで…私が…』


『あぁ、アレは創作だよ、ちょっと暗いからもっといじらなきゃね』


『でも…でも!…冬樹…ごめんね…ごめん…なさい…私…ずっと…知らなくて…それで…』


『何の話をしているの?まぁ良いさ…ナギサはナギサ、僕の表現者だ。そんなナギサだから…』


『私…どうすれば良い?…どうすれば冬樹に…』


『違うよ、僕らの繋がりはそうじゃないだろ?ナギサはいつも通り、全力で曝け出して欲しい、後ろを見ずに、振り返らずに』


『嫌だよ…冬樹じゃなきゃ…冬樹がいなきゃ嫌だよぉ…』


『ここから大きなビジョンが見える、イヴには流れるんだよ、シアラも、僕の作ったシャカラ、そして君の支えるメイプルも』


 そう、流れ星の様に、この時代、この国の、この年だけの 僕らの意味が。


『僕はここで見ているから、あと少しだよ、行っておいで、見せてよ、僕らの上に立つ、今のナギサを』


 頂点に立つ人と同じ場所に立つ

    それは才能ゆえの結果だと思う

       その場に立てるナギサはきっと


『君なら出来る、立ち止まらないで、僕は……………いつものように…………後ろから…見ているから』


 待っているとはもう言えない。

   待てないと言ってしまったから

     それに、もう待つことも出来ないから


 大丈夫、イヴまでは絶対起きてるからさ。


『冬樹ぃ…何で…ここから私達…どうしてこんな事に…』


 こんな時は…そうか…思い出した。

 手を大きく広げ、平で押す、背中にモミジを作るみたいにグッと、手に込める想い。


 待っていた時に、言いたかった言葉、込める。


―さすがナギサ、応援してたよ―

  ―鼻が高いな、僕はナギサの理解者だからね―

    ―ダンスも歌も演技も上手くなってるね―


―僕はずっと待ってるから―

    ―ずっと愛しているから―

       ―僕だけのナギサ、待ってるから―


 ―さぁ、ナギサ…今日もふたりで楽しもう―


 トンっ…


 後ろから押したらナギサはそのまま走っていった。

 そうだね、それで良いと思う。

 もう、顔が認識出来ないから。


 気付けば座って煙草を吸っていた。

 今はもう、誰もここでパフォーマンスをしていないのか。

 人もまばらで僕の煙草なんて気にしない。

 いや…真冬にタンクトップ一枚でタトゥー入った奴には誰も話しかけないか。


 ずっと座って空を見てた、知らないおじさんが煙草とコーヒーくれた。

 それが何なのかも分からない。


 あぁ、大きいテレビに映る。


 シャカラ…か…サラ…ごめんな…壊してやろうって言ってたのに…届かなかったよ


 シアラ…カッコいいな…本物の天才に、僕の牙は届かなかった…そりゃそうだと思った


 メイプル…シアラよりも上…には見えないな…でも何だか必死で、何だか楽しそうだな

 あぁそうか…彼女がいるな…何だ、変わらないじゃないか、ナギサ

 メイプルと踊るナギサは、駅前のナギサだった。


 


 ナギサ 渚 どうしようか



―冬樹!今日は途中で演劇入れるのはどう?―


―えぇ!?その時、僕はどうするの?―


―ギターソロだよ!ポロロロンって―


―そんな音出ないよ、でも楽しそうだね―


 雪が降ってきた、あの日、あの時と同じ


 『大好き大好き♪』


 好きだ、今日はクリスマスイヴ、覚えているかい?


 『大好きだから♥』


 あの日 付き合えて キスして 幸せだった


『ずっと歌ってッ!』


 うん、そうだよ ずっと歌って ずっと楽しかったから


『メイプゥ!』『ラヴィッ!』『メビッス!』『あぁいっ♥♪』

  

 そう、楽しい曲をさ ずっと、ずっと 聞かせて 


 なぁ ナギサ  

         ナギサ   ナギ   サ



 ※番外編は残り一話!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る