番外編〜それはまるで天秤の様で
「待って…ちょっと待ってよ!?何で!?ねぇ!」
前もって言ってくれれば良いじゃん…いや…
言える訳無い、私が言わせなかったんだから
「今度こそ…願いが、叶いそうだね…もう僕は応援出来ないし…想うだけで何も出来なかったけど…頑張ってね…夢が叶う様に願ってるよ」
応援…ずっとしてくれたんだよね、知ってつもりだった。
でも…見てなかったんだね…君の事。
ずっと応援してくれてるって勝手に思い込んでいた。
例えどんな時でも…私は貴方の特別だって。
「待ってっ!待ってよぉ…おねがいいぃ…」
土壇場で涙を流して引き留める…情けないな。
これが…私の青春やハタチ前後の六年の間貴重な時間を使ってやってきた我儘なんだ…
去っていく冬樹の後ろ姿は何だが細く、別れを告げる顔はやつれていた。
そこまで追い込んだのは私で、何もしなかったのも私。
大事な人を追い詰めた、そんな後悔だけがずっと残る。
カエデが壊れて生まれた私への注目…
そんな精神状態で、泡のように生まれた仕事を活かす…上手くいくわけなかった。
『どうした?このままだとまたチャンスを逃すぞ?』
暗い顔、上がらないテンション、思い詰めた人間に魅力なんてあるわけ無い。
ある日、おじさんに頼んで冬樹の今住んでいる住所を聞いた。
おじさんはまだ付き合っていると思っているようで、別れている事を知らなかった。
どうやら冬樹との親子関係は上手く言ってない様だった。
私は彼に謝らないといけない、許して貰えなくても謝らないといけない。
そうしないと私が壊れてしまうと思った。
身勝手な話だと思う。自分本位な、甘えだ。
自分の中で区切りをつける為だけに謝りにいくのだから。
でも、もし、万が一、冬樹が許してくれて、一緒にいたいと言ってくれたら…側にいてほしいと言ってくれたら…その時はアイドル…沢山の人の前に立つ夢を捨てても良いと思った。
彼の住むマンション…インターホンを鳴らす、彼は居なかった。
『トー君は今出てますけど?何か用ですか?』
女の人が出てきた…そうだよね、そりゃそうだ。
「ナギサがもう一度話がしたいって言ってたって伝えてもらえますか?」
『あー…ナギサさんね。彼忙しいから多分無理ですよ、それじゃ』
バタン
あっさりと扉は閉まる、蜘蛛の糸は脆く容易く切れる。
売れ残ってから縋り付く、何がアイドルを辞めるだ。何処まで彼に甘えているのか…
ぼんやり思い出す…
少し前にサプライズで彼の家に行った時、街なかで女の人と歩いていて責めた事があった。
彼はネット配信か何かで曲を作ったり、ラジオドラマを配信したりしていると聞いた。
ネットで動画配信をしている歌手や声優の卵にお願いして形にしているらしい。
なので、そのお願いした歌手や声優と歩いている所を見たんじゃないかと彼は言っていた。
私は聞かなかった、ただ、責めた。
彼のやっている事に、何も触れなかった。
彼の気持ちも、夢も、聞かなかった。
ただ、裏切り者と責めた。謝れと、何度も何度も…
「最初は…二人きりで…やってたもんね…」
どこかで彼を見下していた。
事務所に所属して仕事としての活動する自分と、アルバイトをしながら趣味の範囲で活動する彼と比較していた。
だから遊んでいる様に見えた彼を叱責した。
ところがプロとアマチュアの違い…やってる事は同じ…いや、内容で言えば彼の方が上だった。
私の数少ないファン、ファンクラブは1000人超える程度…それも殆ど幽霊の様なもの。
有料会員なんて殆どいない。
冬樹は同じ幽霊でも名前を出していないけど、ゴーストっていうのかな?
沢山の作品を別名義作る、依頼されて作る、だけどファンは知っている、彼だと。
それが様々な媒体で流れ、冬樹の作品のファンは私のファンクラブの人数なんてとっくに超えていると思う。
冬樹の事を知れば知るほど惨めになり、私は折れた。
私はまた、諦めた。結局、何処までも私は駄目なんだと諦めたんだ。
自分の夢も、冬樹の事も、自分の別の可能性も。
「はは、ははは…夢の時間、とっくに終わってたんだね…ははは」
どこに帰るでもなく歩く道で、私は泣きながら笑った。
それからどれくらい時間が経っただろうか?
私のやっている事、やってきた事…
無駄に歳をくった木偶人形は、誰でも出来るマネキンや、新人の後ろで踊り、無難にハモる。
笑顔を振りまいて、サンプルを配る。
後輩にレッスンする。
『売れた事無いお前に言われたくない』
そんな幻聴を聴きながら。
地方に行って営業、営業、営業。
かと言って実るモノも無し、よく下積みなんて言うが、積み上げているものがあるだけ良い。
私の場合は時間だけが過ぎていき、事務所では完全に『ただ長くやってる人』になった。
実る事もなく、辞める事も出来ず、かつて自分が見下し蔑んだ人達が実を結んでいく。
冬樹と別れてから、何も無い私におじさんが言った。
「もしかして…冬樹と別れたのかい?」
「うん、仕方無いですよ…私が冬樹と向き合わなかったから…」
「そっか…残念だけどこの仕事、両立は難しいからなぁ…」
その後の営業で、広告代理店の人にホテルに誘われた。
特におじさん…社長には何も言われなかった…ただ会ってみればと言われたクライアント…冬樹と別れたから、おじさんは私をあてがったのかな。昔だったら断ったけど…
何も確証の無い約束、意味のない仕事、だけど少し歳上の男性と、私は始めて冬樹以外の人と交わった。
何かが変わると思ったけど何も変わらなかった。
人の温もりと、刹那的な快楽に酔えただけ。
そんな事をしたせいで、一人になると余計冬樹を思い出して悲しくなった。
そのおじさんの話だと冬樹は有名なデザイン事務所で推しているアイドルのプロデュースに関わっているらしい。
幾つもの顔を持つアイドルというコンセプトで売り出す予定の、これからデビューするシャカという娘の一つの人格…それを冬樹が担当するそうだ。
他にも様々な…アーティストかわ参加する、様々な人気急上昇のアーティストの集合体。
必ず成功が約束されている…いや、幾つかの広告代理店、テレビ局やらが関わり必ず成功させるべく生まれたアイドル。
そんな道筋、羨ましい限りだけど、私がそこに立てる訳ない。
それにおじさんと仲が良くない理由も知った。
彼が声優の一人に言ったらしい。
「自分のプロデュースしてる人を大切に扱わないクソ野郎にはなりたくない」
思い出してみれば彼の社長を見る目…蔑み、憎しみ、そしてそれに属する私への不安。
冬樹と別れた途端で来た仕事…他の娘の態度。
だから冬樹は…あんな顔してたんだね…
ずっと不安で、辛かったと思う…何も知らない私はまた、彼を知らずに傷つけていたのだ。
私はまた少しだけ泣いた。
泣いたって何も変わらないのに。
そして…メイプルと名乗るアイドルとも言えない建設会社の広告塔…大手建設会社のキャラクターとしてCMなどの広告で見かける知名度だけで言えばかなりのものだ。。
名前を変えてもその仕草やクセで分かるよ。
多分、昔の貴女のファンもすぐ気付く。
悲しいかな、いや、本当は悲しくもないか。
それでも仕事として彼女の後ろに立って仕事をしなければならなかった。
事務所の他の子達は嫌がった。
何故なら企業のキャラクターと言う性質上、自分を出す事が出来ないからだ。
また、カエデと分かる以上、事務所もそんな危険な橋は渡らせたくない。
いつかバレる、元枕営業アイドルの犯罪者。
更に期間限定の話でキャリアとしては何も美味しくない。
そんな仕事をするのが私みたいな、ただ長くやってる何でも屋みたいな奴なんだろう…
それでもプライドなのか…それとも何かのせいにしたいのか。
久しぶりに会ったカエデ…メイプルを責めた。
許せないという感情を絞り出した。
責めてもいないな、ただの皮肉、悪口、愚痴…
今なら分かるから、フェアリーエイツが上手くいくなんて、広大な砂漠で金を拾うようなもの。
寄せ集めメンバーで学祭のノリで、そんなもんカエデがいなければそのチャンスすらなかった。
「良くもまぁ…歳も顔も名前も偽って…まだこの世界に居れるわね…アンタのせいで…私は…私は!!私はぁっ!!!わたじぃ…わぁ……」
泣くぐらいなら言わなければ良いと思う。
この世界は実力だ、それは何も自分自身、技術だけの話じゃない。
人を惹きつけるのも、チャンスを手にするのも…全て自分の実力だ。
「私は…何ですか?教えて下さい…知ろうとする事だけが、今の私に出来る事です」
あれだけの問題を起こし、別人と言ってもバレバレで、それは凄い誹謗中傷にもあっているだろう。
なのに…何でそんな優しい顔出来るの?
私はカエデに情けなく、すがった。
あれほど憎んでいたのに…メイプルの過去は特に秘密にされていない。
そんな彼女の過去を知ってる人は言う。
地獄を見た女、不死鳥、無限に立ち上がるアイドル。
恨みなんてとっくに消化済みなんだろうな…
「もう何が何だかっ!どうすれば良いか…分からないぃ!分からないんだよぉ!助けてよぉ!うああああ…うぅ…」
私は吐き出した…カエデをどう思っていたか、自分の夢を自分でぶち壊した事、冬樹という支えを失ってからの事、そして…今。
カエデという人は、多分そうなんだ…
一度心を許してしまえば引き込まれる。
だけど純粋で、悪い人も呼び寄せる。
昔からそうだった、どうやったらそんな顔が出来るの?そんな、人を惹きつける笑顔が…
「もう一度、舞台に立ちましょう。心の支えだった彼から見える場所に…たとえ気持ちがなくとも会うべきです!でないと…立ち止まってしまうから…だから!…話が出来る場所に行くべきです!一緒に頑張りましょう!」
それから…ずっと…カエデ…メイプルについて回った。
メイプル…カエデの話を聞いた。
彼女の支え、全てと言っても過言ではない幼馴染。
繰り返した裏切り、自分本位にぶつけた気持ちと行動、いつ迄も近付けない距離、近付いてはいけないと思う自分…
様々な葛藤が彼女を押し上げている。
押し上げられてもブレない心、そして鋼の精神と、それによって鍛え上げられる肉体と技術。
そして…メイプルは私と違い本物のアイドルになっていく。
その中で知った彼女の葛藤…
「彼…サトルさんにバレちゃいました…ゲロとか吐かれましたけど…それでも言ってくれたんです。いつかまた偶然会う日に、笑って話そうって…」
少しだけ、メイプルからカエデが滲み出ていた。
本当は嬉しいんだろうなぁ…カエデの想い人は、話を聞くにカエデという存在を消すタイプの人だ。
憎む事すらしない…存在すらしない。
だからメイプルになって『私はいるよ』と発信し続ける…結果は初めからやり直す…だけど…
私と冬樹は違うし、未だに会えてないけど、気持ちが分からないでもないから、良かったねと心から言える。
今年も寒くなって来た。
年末が近くなり、忙しくなる。
メイプルが今年の各分野のアーティストのトップを決めるイベント『i-dle・EXPO』にノミネートされた。
メイプルはパフォーマー部門として、そして冬樹が参加している…アイドル・シャカから改名をしたシャカラはヴォーカル部門だった。
メイプルが私達サポートも含めて木村建設の『プロジェクトMebius』と言い張った為に、グループとして記者会見の場に呼ばれた。
私はシャカラのプロジェクトチームの方をつい目で追ってしまう。
そこには冬樹がいた。顔は昔のままだ、変わっていない。
だけどその空気、奇抜な髪型、そして首元に見えるタトゥー、雰囲気は別人だった。
淀んだ、おかしな目つき。まるで何かに追われる様な目、それでいて異常な程の余裕と何処から来るのか分からない自信過剰な態度。
いや、シャカラのプロジェクトチーム自体が異様だった。
ライブ中に変化をし続けるシャカラ、その本人はこの場に居ない。
シャカラと同じ部門、タレント活動を全てやめ、唄だけで這い上がってきたシアラの怒声が聞こえる。
『何で妹はいないの!?妹と話をさせて!』
『何ですか?記者もいるんすよ?騒がないで下さいよ…』
『私は全部知っている!【ラヴィ】なんてやって!貴方達は恥ずかしくないの!?そこまでして…そこまでして!こんな所にしがみつきたいっ!?このアホ共!』
『だから何ですか?未成年でエロ動画垂れ流したシアラさんは悪目立ちが好きなんですねぇ』
『はぁ!?この!?お前ら!何だ!クソども!そんなもんに頼って!何が!何がアーティストだ!このウンコっ!』
シアラはすごい剣幕で少し子供の様な罵声を浴びせる。
シャカラは生で見た事無いが、シアラは知っている。
絶世美女、有名なモデルの娘でその歌唱力もさることながら、外見…作られた美とは違う、日本人離れどころじゃない、同じ人間かと疑う様な天性の美。
そんな彼女は少し前に…一度彼女のアダルト動画が流出したという事件があった。
そんな波乱万丈な彼女の事を知らない人はいないと言われる程の有名人。
これでまだ学生なんて才能とは恐ろしいものだ…
「皆…様々な理由で…この場所に来ているんですね」
メイプルは不思議そうに見ている。
その後も冬樹は…シアラに罵声を浴びせられても『だから?消えろよ』と言った態度でいなし続けていた。
その姿は私の知る冬樹では無かった…
―もっと前に出て弾けって?僕はナギサの後ろにいるぐらいが丁度良いよ、恥ずかしいし…―
―皆が笑顔になったり泣いてくれたり、ナギサで感動している。この距離だから分かる事だよね―
―僕は人に認められるのは別にどうでもいいんだ、才能も無いしね。ただナギサさえ良いって言ってくれたらそれでさ―
駅前のナギサと言われてた頃を思い出した…私は…私が彼をそう、させちゃったのかな…
自信過剰かも知らないけど…当時ちゃんと冬樹を見なかった私は…私が上手くいかなくて、イライラして会うたびに罵声を浴びせていた頃の冬樹の顔を思い出して思った。
寂しくて、悲しくて、悔しくて、辛くて、分かって欲しくて…それを全部、我慢して。
―もう限界なんだ―
その意味も今になれば少しだけ分かる、私も別の方向だけど溢れたからだ。
理解しようとすれば良かったのかも知れない。
けど、何も出来なかったのも事実だ。
それでも冬樹はこの場まで上がってきた。
私に彼の…茨の道であっただろう、ここまでの苦しみが分かる筈ない。
冬樹と目が合った…濁った目…私は気持ちが顔に出ていたと思う。
だけど彼は無感情な表情で私を見返した。
―何だ…いたの?…今更…もう遅いんだよ…何もかも―
口には出していないが…そんな事を言った気がした。
私は何も言えず…ただ黙る事しか出来なかった。
まるで冬樹がお前とは喋る気はないと言っている様な気がしたから。
後から思う…何であの時、無理にでも手を伸ばさなかったんだろう。
いや、伸ばしても、きっと…
それからクリスマスイヴまで…メイプルやメンバーと一心不乱にステージを駆け回った。
必死に、何かに追われる様に。
メイプルはメビウスと言われ、底なしの体力で踊り歌う。
私達は4人でメイプルのバックで踊るが、それでも運動量は半分ぐらいだ。
前半は立体的なバーチャルアイドルのCGと合わせて歌い踊り、後半は私達メビウスと呼ばれるグループと合わせて歌い踊る。
メイプルは何時間やってもダンスで歌を切らさない、何時間も息切れをしないで歌い跳ねさせてとファンにお願いする。
―私をもっと、もっと高く跳ねさせて欲しい―
そう、メイプルの願いは愛する幼馴染に見てもらう為に永遠にリズ厶に合わせて高く跳ねる兎。
高く、より高く、月より高く、無限に跳べるように
まるで彼女の曲のように、曲に合わせて皆が跳ねる 星の数のサイリウムが地上から空へ 永遠に 何処までも
何故なら彼女は、メビウス・ビート…メビウス・ラビットなのだから
そして、その跳躍で、誰よりも高く跳んだ。
跳んだ先はパフォーマンス部門のトップ。
特筆すべきはその数字、公式ではそれぞれの部門しか数字は出していないが、ヴォーカル部門でトップを取ったシアラを超えていた。
そして冬樹が関わっていたシャカラは、異常な程の広告と短期間で大量の曲を出したが、それにも関わらず、部門で四位だった。つまりクリスマスライブは無い。
総合一位のメイプルは東京のど真ん中、そして他の部門はその周りに会場が決まる。
クリスマス前にシアラさんと打ち合わせる機会があった。
シアラさんは総合で2位の会場だけど、地元に近くて良かったですと喜んでいた。
彼女にも大切な人がいるらしい、その人は音楽に興味がなく、地元から殆ど出ない人だから丁度良かったと言っていた。
その彼女が頭を下げた…先日の件で謝られた。
妹のシャカラの事…妹の周りは妹を含めドラッグで壊れた人しかいない。それであの様な醜態を晒してしまったと。
自分が一時期、嵌められたから分かるそうだ、その効果も後遺症も…
私もついつい言ってしまった。
「私の幼馴染が…シャカラさんのプロジェクトチームだったの…だから…」
「え?そうなの?…それはその…ごめんなさい…」
「いえ、それで…では…シャカラさんはどうなったんですか?」
「妹を含め、皆連絡が取れなくなっているそうです…行方不明だって噂…私も情報が入らなくて困っているの…もし何か分かったら教えて欲しいです」
「え?行方不明?冬樹が?」
その後は打ち合わせも上の空、と言っても私はそこまで関係無いのもあるけど…
それでも冬樹の事を考え過ぎて、だけど出来る事も無く…帰りにカエデには心配された…
「そこまで心配なら…その…行ってみたらどうですか?まぁ相手が大丈夫ならですが…」
「そうだね、うん…もうライブまでちょっとだから先にね…」
クリスマスイヴのライブには全力を尽くす、その為にも変な後悔はしたくない。
だから私は…再度冬樹の家に行った。
ピンボーン
誰も出ない…私は横の小窓から中を覗こうとした時…
「そこの人、雪原さんの知り合いかい?」
「あ!?はい!雪原君の父親の事務所で働いています!雪原君は最近帰ってますか?」
とっさに嘘をついた…が…
「おお―良かったよ、身元保証人も連絡がつかないし、親の連絡先は無いしで大変だったんだ、家賃もここ数ヶ月滞納してるし、その前は奇声をあげたり夜中まで騒ぐもんだから困ってたんだ。もうずっと居ないみたいだよ、鍵開けようか?」
え?それ不味くない?不法侵入じゃない?
「いやぁ本当は出てって欲しいんだよ、死んでたら怖いし一緒に入ってくれよ」
「あ、はい、分かりました…」
なし崩し的に入る事になってしまった。前に来た時は女の人が出て追い返された家…
部屋の中は…滅茶苦茶に荒れていて…楽器もパソコンも全部壊れていて…まるで嵐が通ったような状態になっていた。
「隣の人から苦情来てたんだよ…大声あげてなんか壊してる音が聞こえたって」
大家さんが居なくなって…部屋を見回しているとアイデアノートを見つけた。
「懐かしいな…昔から同じだね…」
同じメーカーのノートしか使わない冬樹。
高校の時から変わらずだね…
―例えばこんな感じ、ナギサにぴったりだと思うんだよね―
―僕は下手だけど作りたいもの作れて幸せだよ―
―だってナギサの事を想うといくらでもアイデアが湧くんだ―
私は何気なくノートを開く、最後に書いたページが開いた。
『夢も才能も、渚も親父からも、捨てられた』
『母さんも、シャカラも、仲間達も、皆消えた』
『僕は全部諦めて、それでも届かなかった』
『何もかも壊そうとしても、何も壊せなかった』
『届かなかったな、僕の頭の、全てを捧げても』
『選ばれなかった、だから彼女は置いていった』
『空っぽになった僕、ただの人の形をした皮だ』
『なんで、生まれてきたんだろう 教えてくれよ』
『なぁ神様 教えてくれよ 教えてくれ クソが』
そのアイデアノートは、絶望が書き殴られて。
望まぬ形であっても足掻いて、足掻いて。
あの日から、限界を超えて壊れた冬樹の、
それでも届かなかった夢に向かって…
ひたすら逆らい続けた人の詩があった。
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