番外編〜待ってて欲しいと言った私、君の答え(本編の中に短編を突っ込む)


 冬が来る…雪を見る度に彼の顔が浮かんでくる。


 雪原ゆきはら冬樹とうじゅ


 私は彼を何回…彼を傷付けて来ただろう。

 

『いつか冬樹とうじゅの所に帰るから…待っててね!約束だよ!』


 永遠に続く関係、いつまでも残る、帰る場所。

 幼馴染、その関係が幼い時にあればあるほど、それが勘違い、一方的な想いだと気付くのは…ずっとずっと先の話になる。


 その言葉は…その、大切な人、かけがえのない人を、かけがいのない若い時間を私の言葉と夢で縛った。

 自分勝手に夢を語り、自分勝手に約束して、傷つけるからと距離を取った。

 その相手は、溜まりに溜まった苦悩、苦痛を何処に向けるんだろう。


『私はネット記事みたいな事してないから!冬樹だけは信じてくれると思っていたのに!何で信じてくれないの!彼氏でしょっ!?』


 ある時は根拠のない否定、彼に安心感を与えず一方的に弁明した。

 冷静に考えれば気付く、それが正しいとか真実とか、関係無い。要は彼から見たらどう思うか、だ。


 彼とは赤い紐で繋がっていると信じて疑わなかったのは、我儘を押し通す為の、自分への言い訳だったのかも知れない。

 

『ねぇ…女の人と一緒に歩いていたの見たんだけど…何で?』


 自信を失い足元が揺らぐ時、今までの自分の行動や発言…全て滑稽に映る。気付けばそこは終わり。


 潔白か、愛しているかなんてどうでも良い、大事なのは糸でも何でもない、繋がっているという実感だった。


『私のせいだね…ごめんね…本当にごめん』


 私、謝って済むと思っているのかな?

 いや、まだ気付いてないんだよ…冬樹なら許してくれると思うってずっと思い込んで。


――もう…限界だ…ごめんな、ごめんなぁ…渚ぁ――


 彼の限界を、心の軋みを気付いてなかったんだ、ただひたすらに甘えていた自分の浅はかさを。


 あぁ……結局私は…彼を…


――――――――――――――――――――――― 




 今日…私、夏木渚は24歳になった。

 職業は…フリーターなのかな。

 芸能事務所に所属して、歩合で高校生のバイト代程度を貰う、微妙な年齢の、鳴かず飛ばずのアイドル。


 駆け出しと言うには遅く、ベテランというには早く、最早鳴かず飛ばずのアイドルとして最後のチャンスが来た。

 全てを失いつつある私にとっては涎が出る程の…

 

 既に決まっているデビュー曲、CM、テレビ出演…

 事務所が掴んで来た大きなサポートメンバーの仕事、歩合報酬の桁…いつもと0の数が違った。

 大手企業がタイアップして1人のアイドルの為にサポートするメンバー…

 

『メイプルです!よろしくお願いします!』


 私は…この女を知っている。顔を変えて、名前を変えて…それでもクセや、ふとした時の目つきで分かる人は分かる…許せない女だ…憎い。


 更衣室で2人になった時に言った。


「アンタ…カエリンでしょ?…覚えてる?」


 私が高校時代にいたアイドルグループ・フェアリーエイツ…途中加入で2歳年上だった木山楓…カエリン。


「あ、貴女はもしかして…あの…ナギサ…渚……さん…?」


 覚えていたんだ…悔しいけど少し喜んでしまった。


「良くもまぁ…歳も顔も名前も偽って…まだこの世界に居れるわね…アンタのせいで…私は…私は!!」


 少なからず…私がここまで落ちたのは…この女のせいだと思う。

 だから憎まれ口ぐらい言わせて欲しい。


 私がセンターで…リーダーで…青春をかけて…冬樹を天秤にかけて…私の全てだったフェアリーエイツ…


 この女がファンに枕営業をして勝手に脱退、その後残りのメンバーは噂に耐えきれなくなって解散した。

 グループ全員が…まるで肉体的なサービスをしているかのような風評被害を受けた。

 この女は簡素な謝罪文だけで済まし、その代わりにすぐに干され…それで責任取ったつもりでも…私は…


 想い出を遡る…誰の罪なのか、誰の罰なのか。



―――――――――――――――――――――――


 冬が好き シンシンと降る 雪が好き

 触れる距離で いれるから 温かいから

 彼の音、彼の温もり、一番近付けるから


     だから私は、冬が好き


 冬樹…幼馴染…と言えるのかな。いつも一緒だった。


 子供の時から、2人でいつも夢を語り合っていた。

 私は…歌が好きで、踊るのが好きで、どんな舞台でも上がるのが好きだった。


 何が一番好きかなんて分からない…ただ、私から弾ける気持ちを外に出したかった。

 私の両親はそんな変わった私に手を焼いていたが、冬樹がいるからとやりたいようにやらせてくれた


 冬樹はそんな私を知っているから、拙いながら詞を書いてくれた、楽器を弾いてくれた、物語を書いてくれた。

 誰も見てなくたって良いんだ。だって…


 2人の世界はいつだってお互いが客の満員で、そんな毎日が楽しかった。


 この話を知った冬樹のお父さんに言われた…


『渚ちゃんは、表現する人になりたいんだね。大きくなった時に、まだ夢を追いかけているなら…その時はウチの養成所においで?冬樹もきっといるから』


『はいっ!ぜひお願いします!ね!?良いでしょ?冬樹?』


『ん?うん、そうだね…それも良いかもね』

 

 私は冬樹も同じ所を見ていると思っていた。

 その時の冬樹が俯いていたのに気付いていれば、今とは何か変わっていたのかな…


 中学生…思春期特有の反抗期や男女の差異によるすれ違いは、私達には関係無かった。

 運良く、私たちの住む街は許可さえ取れば駅前の大きなロータリーで路上ライブが出来た。

 学校では変わり者の2人なんて言われながら、冬樹のプロデュースの元、私は仕事や学校帰りの人達を前に、路上で歌い踊り、時に演技した。

 冬樹は才能があった、私にとって魅力的な創作を絶えず提供してくれた。

 駅前のナギサ…地元ではそれなりに有名に成る程で、私達の前には人だかりが出来た。

 何でも挑戦する毎日…多分、私のピーク…心が一番満たされていたのはこの時、中学時代だと思う。

 

 変わらない繰り返しの毎日、そして中学の3年、冬の冷たい日…路上ライブの帰り道…暗くなった人のいないバス停で身を寄せ合った時、どちらからともなく…キスをした。

 

「渚…好きなんだ…これからもずっと一緒にいて欲しい」

「えへへっよろしく…お願いします。なんてね?私はずっと好きだったんだよ、冬樹」


 それから男女の関係になるのに時間はかからなかった。

 中学の受験を終えた後、私達は大人の階段を早めに登った。


 高校も同じ高校に入った。

 時代はアイドル全盛期…今は子役からというよりはアイドルになる方が歌も踊りも舞台も関われるから、アイドルになる為に…

 高校では部活に入らず、放課後は冬樹のお父さんのツテで歌やダンスのレッスンを習った。

 そして半年程…

 

「冬樹!やった!冬樹の父さんの事務所に入れたよ!これで私もプロのステージに立てるんだよ!」


「え!?親父の事務所!?入ったの!?」


 冬樹の父親は芸能事務所を運営していた。

 それなりに有名な女優がいるが、基本的には子役や売れない舞台役者を抱える小さい事務所だ。

 アイドルを抱えるのは始めてらしい。


 冬樹のお父さんが社長とはいえ、ちゃんと面接や試験も受けた。

 


 私も一人前のアイドルになれた気がした。

 そして私は…調子に乗っていた。

 黙って試験を受けていたから…サプライズのつもりだった、喜んでくれると思っていた。

 でも思っていた反応と違い、少し焦った。


「冬樹…私は…渚は冬樹のモノだからね?絶対離さないでよ?じゃないとどっか飛んでっちゃうよ?」

 

「おめでとう…飛んでっちゃうのはやめてくれよ(笑)でも…そっか、少し寂しくなるね…」


 一瞬、冬樹から何か陰りを感じて…取り繕った。


「大丈夫だよ!私の感性を理解してくれるのは冬樹だけだから!冬樹だけなんだよ!これからもずっと!いつか冬樹の所に帰るから…待っててね!約束だよ」


 …私も必死だったな。根本から勘違いしちゃって…言葉で縛る…そんな言葉を並べていた。



 事務所に入ると、フェアリーエイツと言うグループが結成された。

 私が試験を受けた年のアイドルの卵で結成されたグループ。

 私は周りの何倍も努力した…冬樹との時間が削れる中で冬樹は私の子供の頃からの夢だからと、理解してくれると信じていた。


 その時もまた、気付いていなかったんだ…冬樹が詩を書くのをやめ、楽器も程々に、そして何かの本を読み漁っていた事を。


「頑張ってね!渚の夢だったもんね!」


 それでもいつも、応援してくれた。


 グループのリーダー…そしてセンターだった私は殆ど時間が無くなった。高校も出席日数ギリギリだった。それでも愚痴をこぼすメールではいつも励ましてくれた。


「そっか…グループのリーダーだから…引っ張って行くのは大変だね…」

 

 アイドルの、それにリーダーである私に彼氏の影があっては不味いと外でのデートも禁止になった。

 勿論、個人の活動…駅前のナギサも禁止だ。

 それは事務所の社長の判断、つまり冬樹のおじさん経由で冬樹に話がいった。


「仕方ないよね…うん、頑張れよ!待ってるから!親父も期待しているみたいだしね」


 会えば冬樹の部屋で身体を重ねるだけ…そんな関係は、時間と共に、気持ちを何処か遠くへ離して行く。

 

 学校では冬樹と違うクラスで、尚且つグループも違った。

 私は芸能活動しているせいか今までと違い、明るい業界人の様な人、もしくは読モ等の芸能活動している人と一緒にいた。

 彼は元々変わり者だったから、同じ様に変わり者のグループにいた…私のグループの友人…とも言えない人達は、冬樹のいるグループを陰キャグループと言っていた。

 

 私は自分のグループに男がいてカラオケに行ったりするのに抵抗は無く、冬樹のグループに女の子がいるのにもさして興味が無かった。


 冬樹の弱音が少しづつ増えていく。

 その都度、謝り、言い訳をする。


「ごめんね、秘密にしないといけないから…学校でも話せなくて…もうちょっと待ってて…いつか落ち着いたら…卒業したら周りは関係無いしね…」


「良いんだ、俺こそごめんね。態度に出しちゃって…やっぱり昔を思い出すと寂しくてさ」


 なんで会えないの?とか、何で?が増えていく。

 お互いの「ごめんね」が増えていく。

 それでもいつかまた昔の日々が来ると信じて、一心不乱に努力した。


 フェアリーエイツは他のグループ同様、派閥や不和によるメンバーの脱退と加入、色んな問題か起きたが、その都度乗り越えていたと思う。

 その入れ替わりの中でカエリン…木村楓が来るまでは。


 それから少し経った頃、少しづつ軌道に乗り始めた時に事件が起きる。

 その新しく入った木村楓が過剰なファンサービス、下手すると枕営業をしているのではないかというのは聞いていた。

 彼女に言わせると正確には枕営業ではないけれど。

 初期から私達を追っかけているファンとヤッていた。

 本人はヤッて無いというが、それに近い事をしていたのを認めた。

 私は何度か諌めたが…結局表沙汰になる。


――あのグループはお布施を積むと色々してくれるらしい――


 悪い意味で私達は有名になり、その影響でフェアリーエイツは注目された=売れてしまった。

 その中でセンターだった私は半年にも満たないだけ良くも悪くも時の人になった。


 しかしカエリンは脱退し、残ったメンバーもネットの噂や直接的なセクハラに耐えかね辞めていく。

 社長もそんな事は無いと弁明し続けたが、梨のつぶてだった。


 更に私は衝撃的な事実を知る。

 最初に大きな仕事が来て、少しだけ売れ始めたきっかけは脱退したカエリンだった。

 理由は過剰なファンサではなく、彼女は良い所のお嬢様で、更に言えば高校時代の同級生には色んな業界の有名人が多い。

 仕事が来たのは何処かで聞きつけた業界人が彼女のツテ、立場目当てで仕事を持ってきていた。


 結局、私の努力や才能は何も認められていなかったんだ。彼女に振り回されただけ。

 そして事件の風化と共に、私の人気も風が吹いたの様に消えた。

 悔しかった…もっと出来る筈なのに…少しだけ売れた経験が、馬鹿な私を勘違いさせた。


 しかし、事件の影響は冬樹との関係にも及ぶ。


「なぁ…まさか渚も…してないよね?父さんに聞いたけどしてないって言ってた…だけど渚の口から…」


「してないって聞いたんでしょ!?だったらしてないって信じてくれるのが彼氏じゃないの!?疑ってるの!?酷い!!」


「ご、ごめんね…信じていたよ…でもずっと何も言ってくれなかったから…信じていたけど…「だったら何も言わないでよ!!何も言わないで信じてよ!!!」


 馬鹿な私は真実を説明し、忙しく冬樹と連絡が取れず心配かけた事を詫びるべきなのに…逆ギレした。

 上手くいかなかった事にイライラしていた。

 信じてくれるのが彼氏じゃないのかと喚いた。

 別れはしなかったが…もう私には芸能人として生き残るしか道は無いと更に視野を狭めていた。

 事務所の移転も考えた、このままじゃ終われないと躍起になった。


 そんな心か荒れている時期に、木村楓の同級生が尋ねて来て、その楓に会わせてほしいと。

 医療関係の有名な家柄でで、色んな所に顔が効く才女。その交友関係で大手の事務所に顔が効くかも知れない。

 楓に会わせ欲しいと言われ私は何で?とも思ったが、同時にチャンスが来たと思った。

 私は木村楓の被害者だと思われれば何処か紹介してくれるかも知れない。

 

 結果は散々だった。

 楓は「もう二度と関わるな」といわれ、私は「そんな権力私には無いから、あったとしても使わない」と一蹴された。


 結局、私には何も無かったんだ。

 それから泣かず飛ばずの日々が続く。


「ごめんね、今ちょっと忙して…」

 何だか話す気にならない、冬樹と話すと止まる気がして…


 結局、冬樹とはあの事件の事で揉めた日以来、ぎくしゃくしてしまい、よそよそしい態度を取ってしまう。

 冬樹を犠牲にしてでも這い上がろうとしたが、上がれる気配が無いから別れる踏ん切りがつかない。

 そんな、情けない理由でまだ冬樹を縛り付けていた。


 そしてもう一度転機が来る…また、楓だ。


 楓は警察沙汰になった。彼氏を裏切り、家族に迷惑をかけ、最後は愛人をしていた男に捨てられた。

 カエデはその愛人をしていた男に暴力をふるわれ薬も使われ廃人同然だそうだ。

 少しだけざまぁみろと思ったけど…


 するとハイエナはまたもや私の周りに寄ってくる。

 

 気付いていたんだ…スキャンダルで有名になっても続かない…いや、もしかしたら私はチャンスをモノに出来る程の才能に恵まれなかったのかも知れない。

 それでもしがみつこうとしていた矢先…


――もう…僕は限界だ…待てないよ…ごめんな、ごめんなぁ…渚ぁ――


 私は久しぶりに会えた日、別れを告げられた。

 その言葉を聞いた時、私は膝から落ちた。

 泣けもしなかった…息も出来ない…ナギサと言う存在が消える、死ぬかと思った。

 

 こんな時にしか気付けない…相手がギリギリの所まで気付かない。

 気付いた時にはもう遅いのに。

 

 私の黄金時代、駅前のナギサと呼ばれた過去。

 その時を失う時、私が人前に立つアイデンティティは無くなる。


 私が犠牲にしてでもとか、興味無いとか、そう思っていた人は…私をナギサにする唯一の人だった。





※lemuever17さん&Yuki@召喚獣さんへのサポ作品でございます。サポはここで終わってますが続きます。

(いつか離れていってしまう君へ、精一杯の愛を from Yuki@召喚獣先生の影響を受けた話です)

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