いくつになっても何がしたいのか分からない人、それは俺

 あれから仕事を辞める目処はついたんか?

 いや、辞めてません。

 辞めるんじゃないんですかねぇ?

 いえ、何となく…

 何がしたいんだお前…

 わかんね…


 タツに口ばっかりと言われた…お前に言われたくないと思ったが、正しいので『ソレな』とだけ言ったらちょっとイラッと来ていた。


 タツとはよく一緒にいるというか、問題ばかり起こすので、近くにいるだけであって仲が良いのか悪いのか知らんがあくまで複数の現場の一つだ。

 別に家にも遊びに行くから職場まで一緒って事はない。一緒だったらストレスで死ぬわ…


 しかしまぁ…ぼんやりと時間だけが進む。

 大人になったらぼんやりしてても時間は早い。


 食欲…何でも美味しいから別に問題無い。

 睡眠欲…良く寝てる。

 性欲…何となく解消している。

 物欲…あんまり無い


 自分で言うのも何だが、牛とかと一緒だな。


 余りに女っ気が無いから寂しくないかと現場で言われたが、元々俺はキャンプとも言えない、野宿が好きな人間だ。

 カエデの手前、キャンプをちゃんとしたが…本当はホームレスみたいに人の居ないそこら辺で、ボーッとしてるのが好きだ。

 1人でいる事が苦にならない人だから。

 

 思えばそんな人間が、家庭を持とうなぞ危険極まりない…と思ったが親父もそんな人間だった。


『アンタ達良く似てるわ』


 昔は似てる事に断固拒否していたが、今は少し分かるよ。

 母さんに聞いた、家にろくに帰ってこない、だけど浮気とかしないで何やってんだか分かんないと思ったら仕事帰りただボーッと川を眺めていた親父の事。

 何となくその気持ち…いや、わかんねーわ、俺は子供居ないし、家帰って育児手伝えや。


 とまぁ、あれから1年と少しばかり。

 何があったかと言われれば…自分の事は目立って何かあった訳では無い。

 

 時雨に羊毛司からカエデ宛に手紙が来た事を相談されたから、いつも光る間男はどうしたと煩いヒロに、その手紙をそのまま渡した。

 ヒロ、嬉しそうだったな…何であんな喜んでるのか理解出来ないけど。

 タツには『ウチの家庭を崩壊させる気か!?』とマジギレされたが…まぁ悪いとは思っているが、ヒロが望んだ事だしな。

 あれ以降、タツが俺に復讐するとか言ってるけどまぁどうでも良い。


 後はカエデ…メイプルちゃん?もうどっちでも良くなってる。

 ただ、アイドルとしての成功してるのに足引っ張るのはどうかしてるなぁと思ったから、羊毛司が近寄らなくなったという事で結果オーライかなと思った。

 俺自身の気持ちといえば…そんなもんは関係無いぐらい、彼女の立場は今をときめくアイドル様だ。

 遠く夜空のお星様を見るように『凄いなぁ』としか思わない。

 テレビをつければ映るし、ラジオ流しとけば曲が流れる、その都度、頑張ってるな思う。


 タツに『小説みたいに格差に嫉妬しろや、週刊誌にすっぱ抜かれて悲しみで泣けや』とか言われたが、そもそも20代後半だ。

 普通に同級生とも格差が発生しとるがな、俺は何を自分がやってるのか、よく分からなくなる現場監督(雇われ)、真田は医者で、ヒロは経営者、将来や現実的な金の問題で言えば下だろう。

 それでいちいち目くじらたてる程元気は無い、真田が不祥事で警察に捕まったら悲しいぜ?


 そう考えるといちいちそんな事で騒ぐタツは高校から成長していないな…


 タツと言えば、新しい女はいないのかと会うたびに言われるが、居ないな。

 びっくりするぐらい居ない。

 同じ職場で…と言うが、同じ職場とか俺は無理だ。後輩とかに飲みに誘われたりするが、皆でわーッと行って、途中で金置いてトイレ行くふりして帰る奴だ。

 仕事の事までとやかく言われたくないし………いや、嘘だな…興味無いんだよ。


 タツはお前の心が壊れたとか言うけど、タツみたいに性欲と嫉妬心にまみれた奴はネットの広告漫画ぐらいなもんだろ。

 ずっと『彼女欲しい!エッチすたい!』何て言い続けられない。

 

 ただ、俺の場合だが一つだけ分かった事がある。

 よく過ちを繰り返すと言うが、それで反省してもまたやるやつって、多分、それが間違えてる、もしくは今回は上手くいかなかったと思ってる奴の事だよなと思う。

 しなくなる奴は『自分にはこれは出来ないな』って諦める奴なんじゃないかな…と。


 だからいつか、カエデに聞いてみたい。

 お前は何を諦めないつもりで、何が目的なのかと。

 もしかしたら生きる目的にしてるだけで、理由なんか無いんじゃないかと。

 て、あれば同じ事を繰り返すのも分かる。

 まぁそこまで知りたい訳でも無いが。


 そんなアホな事を考えていた1年ちょっと、俺は今は時雨やカエデの家族のやってる木山コーポレーションだっけか?

 それの本部長に推薦された。

 会長職まで言った時雨の親父さんと、次期社長の時雨も推してるらしい。

 俺も推し活される立場になったぜ…俺はこの通り馬鹿だ。

 渡された辞令には…


【取締役専務執行役員 木山悟 建築事業本部長】


 は?


 取締役って社長じゃないのか?専務って社長じゃないのか?社長ってなんだ?建築事業って木村建設は建築会社じゃないのか?

 確かに5年やって、多少工程や数字は分かるように…って言っても分かんねぇけどその程度の人間やぞ?


 とりあえず分からないと言ったら全国大会ぐらいの規模のトーナメント表を渡された。

 ベスト8ぐらいの位置を指さしながら言われた。

 

『俺の半身として会社を木村建設と言う大樹を支えてほしい』


 時雨が言った、俺は阪神ファンじゃ無いが?お前は横浜ファンだろ?

 

『サトル君はねぇ…本当に…自分がやってる事や自分の立ち位置を理解した方が良いと思うよ…それですぐ辞表出そうとするから皆やきもきするんだよ。もういい加減それ飽きたよ(笑)』


「なんか辞める辞める詐欺して偉くなってく奴みたいでダサいな」


『首都圏と北九州、札幌の大手が木村建設と協業した。それだけで普通は社長になれるから』


 札幌?九州?札幌は何して良いのか分からないからダラダラしてたらヒロが家族旅行したい言うから接待したな。

 そん時に一緒に来た寧々子(ネコ)ちゃんとタツ曰くクソスライムとか言う綺麗なおばさんと変な挨拶回り行っただけ何だけどな。


『札幌から旭川のラインは最前線になるからな…口添えしといたから、そのかわりタツを利用しなきゃいけない時はよろしく頼む』とか言われたけどよろしくも何も無いと思うが…まぁ綺麗なおばさんだったな。何でクソスライム何だろう?


 北九州の時は流石に二度目の出張で意味わからないと困るから根田建設の影のリーダー・秀じいさんについてきて貰って色々教えて貰ったなぁ、まぁ皆良い人だったから助かったよ…で?何が協業?

 話は本社の営業とよろしくとだけ言ったが?


 とりあえず辞表出そう、そうだな。俺はコールセンター好きだから、コルセンでSVやってるタツのお母さんに口添えしてもらおう。

 何か精力剤とか売ってるらしいし、楽しそう。


 偉そうな机に座ってる時雨に笑いながら辞表を渡す。

 すると時雨が…


『分かった、預かっとく。ありがとう、サトル君』


 え?何が?何で感謝され胸ポケットに入れた?俺の辞表は受理されないのか…ブラックやんけ…

 

『それとさ、姉ちゃんの事だけど…まぁ、もう何もなければ近寄らないと思うんだよね』


「何で?まぁ偶然でも俺は会えば話すけども?」


『姉ちゃん、あん時の事件でもう子供は出来ないんだよ、この前、担当医言われてた…ほら、サトル君って子供欲しがってたじゃない?だからもう、サトル君の夢は叶えられないんだよ…んで、もし良かったからさ、愛人兼秘書にでもしない?結婚する時に顔も見たくないならこの話は聞かなかった事にしても良いけどさ、俺も姉ちゃんには色々あったから…主に迷惑だけど…だから思う所あんだよね』


「秘書兼愛人って現役アイドル様だけど?そんな事したらファンに殺されるじゃん?てか姉を供物にするなよ(笑)」


『木村家のサトル君への恩はそう返せるものじゃないからねぇ。分家含めて誰も文句言えない…例えば日本で一時とは言え有名人になった木村楓、それを差し出し奴隷だろうが豚のように扱おうが誰も文句は言わない…まぁ本人も、喜びそうだし…そうしてでも木村建設はサトル君を失いたく無いんだよねぇ』


「なるほど、アイドルを鼻フックして良いのか…なるほど…まぁどうでも良いや。とりあえず辞表は取り上げられたから今日は辞めない。時給1400で働きたくなったらそっちに行く!以上!」


『やっすっ!?違くてっ…まぁ姉ちゃんの件は気にしないで!とにかくよろしくね!』


 うーん?時雨…あんな感じじゃなかったけどな。

 たいへんなんだなぁ、後継ぎは…そんな大変の時雨が酷いからもう少し、もう少しと言ってる間に5年かぁ…



―――――――――――――――――――――――


『サトルしゃーん!あれやってぇ!』


『ハハハ!先手必勝!正義は勝つ!サトル必勝!必ず勝つ!』


 ババッとポーズを取りながら、戦隊ヒーローの様にキメる。

 大体『サトル必勝』って言っておいて、次に『必ず勝つ』っておかしいだろう。大事な事だから2度言ったのか?そんなに勝ちたいのか俺は?

 俺のオリジナルなのに突っ込みを入れざる得ない…


『うわああ!カッコいい!ねぇあちゃひ?かっこいいねぇ』

『バブーッ!』


 今日も俺は散華ちゃんの希望で、クリスマスイブにも関わらず現場に来ている。

 あと旭ちゃんという赤ちゃん…と言ってもギリギリ二足歩行している幼児と現場見回りしている。

 小さい公園があったので2人をそこで遊ばせて、目に見える範囲でチェックする。


 最近、根多家の子供と遊んでいて思う事がある。

 

 俺は…木山悟という存在を誰かに覚えていてもらいたいらしい。

 この年まで生きてると分かる、俺は元から存在自体か希薄だ。

 本当は独りを好み、面倒くさい事は嫌いで…親父もそうだが、それでも母さんがいた。

 母さんもカエデと似たような事してたな。

 親父の写真を遺影みたいに飾って、間違えて?良く仏壇に置いていた。


 遺影でもそこに残る、もし俺がここで死んだら 母親がいる限りは遺影が残るが、そこからは誰の記憶にも残らない。そうなれば両親も消える。

 そう考えると…


「そういう意味では羨ましいな…」


 カエデは偽名とは言え、メイプルとして長い間記録として残るだろう。

 カエデに限らず、俺の周りの奴は大体残る。

 会社経営してる奴、家族がいる奴は、その子供が子供を生んだら残る。

 

 こういう欲求から家を、名前を守るみたいな発想が生まれるのかも知れないな。

 

「まぁ…今更か…」


 空を見る…夕方前…カエデ…今日はアイドルの頂点を決める謎のイベントの最終日らしい。

 俺はメイプル以来、推し活をしていない。すぐ飽きたからだ。

 

 だから情報にとても疎いが、何やら都内の有名な公園で野外コンサートらしく最大規模の人員でワンマンライブだそうだ。


「羨ましい…どころじゃないな…遠い…」


 時雨はそんな有名人を秘書や愛人にしろという…夢のような話だな。

 好きな人にとっては…ただ、そんなもんは無能のする事だ。


「自己顕示欲の強い無能、騒ぐ無能、それでいて偉ければ、害悪でしかないよな」


 俺という無能が、仕事で一貫してやってきた事がそれだ、逆にそれだけ。

 解体され、片付け、積み上げられた足場の鉄骨達を見る。

 適材適所、人を配置するだけ。余計な事はしない。ただ、感謝や労いは忘れない。

 後、タツへのプレッシャー…は不要か。


 アイドルは然るべき場所にいるべきだし…俺は俺の然るべき場所に…


 カラーーーーーン


 逢魔が時とは良く言ったもので、さっきまで自分の事を覚えていて欲しい、自分の必要性を考えていたら、その時はすぐやってきた。


 このタイミングで試すんか…


 時間がゆっくり 鉄骨が降る 雪のように

 一本は地面に もう一本の端っこは 俺の右目に当たるなぁ


 走馬灯 おぉ 俺の人生


 ―出るかバーカ、漏らせ―


 それじゃねーよ、俺の記憶 馬鹿か


 何も出ねぇな もう当たるが?


 そうだよな 逃げてきて 独りを望んだ奴 それが俺の…最後の想い出は…




 笑ってしまった 思い出せないよ カエデ

 あの時は本気だった だけど駄目だった

 馬鹿だな 好きだったんだ 残したかったんだ

 お前の中に 俺を だけど 思い出せないんだ

 本当に…消えてしまった 残せなかったんだ


 ゴォん


 思ったより痛くない けど 右目?いや、顔半分の感覚が無い 熱い


 涙も出ない 俺は何も残せなかった 死ぬかな


 塊が来る あぁ重い カエデを見なかったから

 

 思い出せないのかな? メイプルちゃんの時も


 結局見てなかったんだな 新しい女の子 あれ


 アカネさん 顔は思い出した けど何だっけ?


 タツは明確に出た 絶対お前に恋愛感情はない


 だけど死ぬ前に出てくるなよ お前が



―馬鹿が(笑)唐突に事故死エンド(笑)オレがいる限り死なん(笑)―

 


 うるせぇな 冗談みたいな人生にしやがって


 俺は絶対死なん 絶対にお前には負けん


 光 鉄骨の隙間から見える顔 あれぇ?


 『サトルしゃん!さとるしゃんっ!』

『サトル!救急車呼んだから!お願いサトル!死なないでえっ!』


 散華ちゃんはともかく、何でカエデがいんの?


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