いくつになっても俺は馬鹿、だから進むしかないんだ

俺はグズグズと登る…この、寝取られ坂をな

 アイドルと…メイプルちゃんと電話番号交換しちゃった。ヤバいな。

 アイドルと知り合う機会なんてまず無いが、そこから電話番号交換まで、しかもむこうから来たら流石に思う。


――なんかおかしくね?これなんかあるわ…もしくは夢…――


 疑う事が骨の髄まで染み込んだ魂が自らに問う…と、厨二病っぽく思ってみる。

 

 しかし…俺を騙す必要あるか?

 給料は…少し貯金しているが大した額じゃない。

 ん―…復讐?誰かが俺に?だったらそもそもアイドルを使ってなにがしたいんだ?


 俺は女って…カエデとか…アカネさん…ぐらいか?恨まれる様な事したかね?したか…

 でも、勝手に浮気して勝手に自爆しただけ…ではなんだ?…


 分からないなぁ…分からない…

 こういうグルグル回る思考は、男便漏らしタツの思考だ、堂々巡りになる、やめよう。



 そんなこんなで…まぁ流されるまま生きてみる事にした。

 どうせ今の仕事はもうちょいで辞めるし。

 何か訳わからない事に巻き込まれそうなら、情が入る前に全力で逃亡しよう。


 そして会社からは何やらまた企画を考えて欲しいと言われた。ポスターの評判が良かったからかな?

 メイプルちゃんが当たったからな。広報課はてんてこ舞いらしい。


 俺は仕方なく、タツの頭をメイプルちゃんがハリセンで叩いたらどうかと提案した。

 そう、困った時の男便漏らし、タツ。

 社歌に合わせてリズム良く叩き、


 我ながら凄まじい適当な企画だ。完全にモデル任せの企画。

 本社では一部から出来るならやってみろよ的な事を言われたので余計やけになった。


 しかしメイプルちゃんは仕事だがタツは違う。

 俺はタツの許可を取る事にした。


「クソ野郎、アイドルみたいな仕事だ。大丈夫、モデルになるだけだから」


「フーム、疑惑しか無いな下痢便野郎、オレにメリットはあるのか?シャンプーの話じゃない、オレに甘言は通用せんぞ?」


 シャンプーなんて言ってねぇしめんどくせぇな…死んだ目でハイって言えば良いんだよ…


「今やってるスマホゲー…あるだろ?何かフェスやってんだろ?ボーナスにアレの十回分ガチャやらしてやる」


「な!?何ィ!?ミエリー十連ガチャフェスを十回!?うう…うーん…分かった…やってやらない事も無い…事も無い…事も…無い…事も…」


「んん?何か良く分からないけど、じゃあやるって事で。んじゃ明日本社でよろしく!」


「厶?うーん、コレは罠か?危険な匂いがする…ミエリーもこうやって追放してしまったのか…」


 危険な匂いは貴様の屁と思考だ。

 何言ってんのかさっぱり分からん。


 そんなこんなで当日。




 俺の影に隠れてプルプルしているメイプルちゃんと、馬鹿みたいな目で威圧する邪神トーテムポール藤原(旧姓)龍虎…


「こ、怖い…これは…やめましょ…?」


「おい、ウンコ!威圧はやめろ!今言った通り、メイプルちゃんがお前の頭を曲に合わせてこの大きいハリセンで叩くから。お前みたいな性欲の鬼は叩かれて然るべき。とりあえずメイプルちゃんを凝視するな」


「オレの頭をハリセンで叩く…聞いてないが?オレの尊厳のド真ん中と言われる頭を!?…しかし…本当にガチャやらせてくれるんですか!?」


「分かった一発に対して1ガチャに変更してやる」


「なにィ…ふむぅ…じゃあやってみろよ…道場一の実力者の頭脳をな…」


 そして道場では無く路上にいるトカゲレベルの頭脳を叩く撮影が始まった。


 木村建設の社歌「人として」をポップに仕上げた曲に合わせてメイプルちゃんが歌いながらタツの頭を叩く。


「ほ、ホントにやるんですか?」


「やれるものならやってみろ…国宝と近所の小学生に言われたこのオレに…」


「おい、睨むな…メイプルちゃんは一ミリも気にしなくて良いからね、俺の命令でやった。全責任は俺が負う。根多龍虎も俺を憎む。歌詞も変えたから安心。さぁメイプルちゃん」


 タンタタン♪タン、タン♪ターーーん♪


「我ら木村建設人として♪【パァンッ】工期を守る、社会人♪【パァンッ】例え足場が悪くとも♪【パァンッ】決してクギは落とさない♪【パァンッ】あぁ我ら木村建設♪【パァンッ】業界ナンバー【パァンッ】」


「良いぞ!メイプルちゃん!アドリブでナンバーワンとハリセンの叩く音をミックスさせるとは!タツも良い!叩かれる度に白目になって時間が経つほど顔が真っ赤になっていく!血潮だよ!真っ赤に流れる血潮!そしてこの2番は俺の作詞だ!」


「例のバカはクソ漏らし♪【パァンッ】ケツにコケシを入れる馬鹿♪【パァンッ】冴える知能は乳児以下♪【パァンッ】あの世とこの世区別無し♪【パァンッ】あぁ【パァンッ】男子便所♪【パァンッ】男【パァンッ】便【パァン】クソ漏らしイイィィ♪【パァンパァンッ】」


 ブシイイイイイイイイイイイイイイ!!!


 クソ漏らしの怒りが限界を超えた様で、歯を剥き出して歯軋りしながら、白目のまま鼻血を吹き出した。

 それでも無視してただ社訓に合わせて叩くのを3番、4番とやりきった。


 まるで虐めをしている様に見えるが、普段の現場での俺の方が酷い目に遭ってる。

 出社した瞬間に、高い確率で誰だか分からん奴から怒鳴られ、原因は不明なのに『オタクの工事現場の髪の長い女…』って聞こえた瞬間に土下座なんてザラだからだ。

 そもそもコイツは、金に目が眩んでやってるからな。

 

 しかし俺は芸術とは程遠い人間だが、何だかやりきった気がした。


「ご!ごめんなさい!藤原さん!ごめんなさい!」


 藤原さん?知ってたっけ?旧姓…てか名前…


「いやいや、メイプルちゃんは、なんら何も謝ることは無い。ほら、男便、チケットだ。三千円分」


「はぁ!?さ、ささ、三千?それじゃ10連ガチャ一回分だが!?」


「いや、良く知らないけど一発につき一回って言ったじゃない?30回叩いて無いからオマケだ」


「はぁ!?10連ガチャ30回だろうがっ!10連を10回連続で回さないと『SSR★殺意を込めた戦鎚で殴られている途中で武器を収める様に指示する幼馴染のミエリー』が手に入らないんだよっ!」


「いや、そしたら9万じゃん、30分9万ってそれ詐欺じゃねーか?ポケットマネーでそんな金払うわけ無いじゃん。それに何それ?武器収めたら死ぬじゃん、馬鹿じゃん!」


「アァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!エミリエァァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ッッッ!?!?!?」


「ヒイィィィ!?」


 そして男便はメイプルちゃんに向かって奇声を放ち、走り去っていった。

 何かキレて出てった風だけどちゃっかりチケットは持って行く…流石だな。


「じゃあ、メイプルちゃんもありがとう!大丈夫

!あの奇人から何かされたらすぐ連絡してね!旦那にチクるから!」


「は、はい!それより!あ!あの!?サトルさん!ちょっと良いですか!?」


「うん?どうしたの?」


「え…えぇっと…その…帰り…これから…ご飯…食べて行きませんか?」

 

 天下のアイドルとご飯…良いのか?俺は疑い深いぞ?何かの罠か?


 と…良く口に出すのはタツだ。いけない、アイツと同じ知能指数になってはいけない。

 俺はまだ少し疑ってはいるが、まさか罠はないだろう…えーっと…メイプルちゃんもう成人なんだっけ?


「じゃあ…いつも行ってる喫茶店行こうかな?ロールキャベツとナポリタンが美味しいんだよ」


「あ!はい!サトルさんのおすすめの所なら何処でも!ちょっと着替えてきますね!」


 いつものジャケット着たパニー風のコスプレしてたので私服に着替えるとの事…


 私服を見るの初めてだなと思って出てきたメイプルちゃんはエロ可愛いかった。

 普段ウィッグ付けてるから知ったが、前髪短いおかっぱみたいな髪型に黒縁眼鏡。

 身体のラインが出る白いシャツにヘソ上ぐらいまでのこれまたぴったりのスカートにカラータイツ。


 大人感を出しつつ、アジア感がちょっと出てるのはお国柄か?

 国はどこか忘れたけど…とにかく尻を見てはいけないし、最近の若者のスカートは何で伸縮性の高い素材でピッタリさせるのか?


 ガンタンクみたいな奴がやると肉の出荷みたいになるが、メイプルちゃんだと俄然セクシー!

 目が尻⇛胸⇛顔をロールするぜ!


「ハァハァ…お待たせしました!…?どうしました?」


「いや、流石アイドルだな…と。とにかく、じゃあ行こうか?俺はスーツのままだけど良いかな?」


「??もちろんです!無理言ってすいません!」


 ほぼ仕事しかしてないから私服なんかろくにねぇけどな(笑)




 喫茶店に着いた、まだ少しディナー時間じゃないから空いていて良かった。

 喫茶店についてすぐ確認、一応外が見えるけど目立たない場所で…奥の席、手前に座らせて…と。

 一応芸能人だからな、目立たない場所に。


「はい、席そちらへどうぞ」


「?あ!?ありがとうございます!えへへっ…へぇ~…素敵なお店ですねぇ…普段から来るんですか?」


「いやぁ~最近、木村建設でよく企画書出すように言われるでしょ?だからその勉強とかでね、静かな場所を知り合いに聞いてさ、1人の時間を楽しんでるのよ」


「なるほど〜!でも…ほら、彼女さんとか来てるんじゃないですか?さ、さと…サトルさん…モテそうだし…その…」


 何で言ってる途中に俯くのか?なんかいきなり返す刀でパワーワードぶっこんできたな…


「俺、彼女は居ないよ(笑)何か散華ちゃんってタツの娘が不憫でね、良く遊んであげてるんだけど、そのせいでタツと浮気してる疑惑があったけどね、言われた時に『するわけねぇだろ!お前ら全員殺○ぞ!今すぐ興信所使えや!』って叫んだけど、なかなか信じてもらえなかったな…」


「そ、そうなんですか?他にもほら…真田さんの…あの…妹さんの…」


「あぁ…寧々子ちゃんの事?え?何でメイプルちゃんが寧々子ちゃん知ってんの?」


「え!?いや!あの!真田兄妹といえばかなり有名人なので!」


 んん〜まぁあの兄妹は有名ではあるけれど…ネトは医者で寧々子ちゃんは公安に関係しているとか言ってたなぁ…でも有名か?

 少なくとも今はメイプルちゃんの方が有名だと思うけど…まぁ良いや。


「寧々子ちゃんとも何もないよ。何回な遊びに行ったけどね。なんて言うのかなぁ…」


 一番の原因はこれ以上進むと鼻にウンコ入れられるからだけど…ここは食事をする所だ…

 それにこんな事…何となく雰囲気が似てるメイプルちゃんに言う事じゃ無いと思うけど…まぁ良いか。


「俺はどうやら女々しい奴みたいでね、初恋…が未だに忘れられないんだな(笑)だけどその初恋の相手は俺と付き合う度に浮気しちゃうんだ…きっと俺と付き合うと駄目になっちゃうんだね…だから今は忘れる為に、気持ちを諦めていく作業って感じかな?我ながら情けないけどね(笑)」


 アイツとやり直そうなんて思わない。

 自分の怒りだけならなんとか消化した。残っているのは後悔と同情だ…何であんなに馬鹿なんだろうと。


 だけどアイツは…俺といると良くも悪くも変わらないんだと思った、なんせ2回したからな。

 つまり根本的に駄目なんだろうな、俺とアイツは。

 まぁでも最近は木村家には行ってないし、会うのは親父さんと仕事の時だけ。

 アイツの弟の時雨も忙しい感じだしね。


 大分遠縁になって来た証拠だ、いつか偶然会った時に変わっていれば良いな。

 それにアイツは遠くの病院入ったって聞いたから…時間が経てばお互いなんとやらってな…

 

「そう…ですか…諦め…て…いく…」


「いや!そんなメイプルちゃんが凹まなくても…」


「私が…私…その…」「ん?」


「わッ゙!私じゃ駄目ですかっ!?私が付き合っ゙!?…いえ…あの…ごめんなさい…」


 うーん…え?


 は?


 何でアイドルが俺に?


 全然意味わからないな。

 俺は鈍感という訳では無いと思うし、何となくそんな雰囲気は出されていたが…そしてメイプルちゃんは推しではあるが、こんな展開は想定していない。

 好きなアニメキャラクターがいきなり目の前に来て付き合えって言うぐらい意味が分からない。


 嬉しいけど…マジで?

 参ったな…寧々子ちゃんの時もそうだけど…気持ちがな。

 今、リアルな恋愛に向いてんないんだよな…さっきも言ってしまったけど…こういう時こそアイツ…カエデの事を良くも悪くも…思い出すんだよなぁ。

 

 でも…まぁ良いか。どうせすぐまた…うむ。

 駄目なら駄目で経験だな、ウンコ出る管を鼻から突っ込むより経験値あるだろう。


「じゃあさ、お互い、まだ色々知らないじゃない?だから付き合う前に次の休み…俺がメイプルちゃんに都合合わせるからデートしない?」


「デート…ですか?」


「うん、多分…メイプルちゃん、俺を何か勘違いしてる「かっ!かかっ!勘違いなんかしてませんっ!」


「まぁとりあえず俺、明日休みで今週は休みだから次のや「明日休みです!明日お願いします!」 


 押しが強いな…コメントを許さない勢いがある。

 

「それじゃあ明日だね?了解〜どんな所に行きたい?」


「はいっ!私は海が見てみたいです…それとですね…」


 2人でデートする事になり、その日の食事はどこに行こうか?どんな事したいのかと盛り上がった。


 もう俺も25、若者には余裕の態度で臨まなければいけない。

 未だにバイクは乗っているが、ネトに頭を下げて車を借りた。


「サトルがデート?へぇ、やっと忘れられそうなのか…車?別に良いけど誰と行くんだ?」


「フフフ、ほら見ろ!この写真の子!メイプルちゃんだ!良いだろ?今、アンダーグラウンドで人気のアイドルだぜ!」


「え!?カッ゙!?んん?メイプルちゃん?ぁ…あぁ…おう…事故には気を付けてな…」


 ん?何だ?変な感じだな?車貸したくないのか?

 

 何か自分も周りも含め、メイプルちゃんと親しくなれば成る程…違和感を感じるんだよなぁ…





 そしてデートの日…


 端的に言えば上手くいっている。

 今日のメイプルちゃんはぴっちりした白シャツに童貞殺しニットセーター、そしてまた、けしからんスカート。

 


 そんな彼女に最高のデートを敢行する。

 そりゃそうだ…ネトから良い感じの車を借り、良い感じのデートスポットを聞き、高過ぎず安過ぎず良い感じの店で食事をする。

 そして車でドライブがてら海を観に行く、なんて事は無い…鉄板だよ。


「海は静かでいいですね~それに今日行った屋内動物園!都会に動物と触れ合える所があるんですねぇ…ビルの中に作るとは驚きです!あ!夕焼けが落ちてきます!綺麗…」

 

 昔はなぁ…こういうの…当たり前のちゃんとした事、しなかったな。

 デートもそうだ、仕事も…そうだ。

 だから茜さんの言葉に本気でムカついて、楓の職場の上司に狂う程嫉妬した…そっちの方が良いのかってね。


 俺が間違えているのかって1人で憤ってた。


――普通のレストランはガチャガチャして煩いや――


 高級なレストラン、やれ伝統芸能だなんだ、マリンスポーツがどうしたとか全然意味分からなかったから。


――やっぱりヒルズは違うよ、雰囲気が…――


 相手を喜ばすなら、相手の行きたい所で、身の丈よりほんの少しだけ、良い所に行けば良いって知らんかったからな。


――2人なら何でも楽しいね!これからも思い出たくさん作ろうね♥――


 いや…違うな。本音は未だに…お互いが好きならさ、どんな事でも場所でも最高だって思いたいよ。

 それが金や立場のない奴の僻みやら妬みだって言われてもな。

 自分のやってる事、手に入れた物、こんなもん何がいいんだよって思う自分がいる。

 まだ、心だけの繋がりだけで幸せになれると信じている自分がいる。


 そんな事をまだ信じているから、踏み出せないんだな。



 本当に…思い出しちゃうな…デート中なのに。

 根多家で子供連れて公園に行くって言うから、誘われてな。


 家族のお出かけっつ―のは、俺は親父が家に殆ど居なかったから知らなかったけど。

 何か小せえテント張って弁当持って…タツがウロウロするからとか言う理由で散華ちゃんを首だけ出して埋めたりするのを俺が『現場のアイドルに何しやがる』と怒りながら、ヒロと酒飲みながらダラダラしたな。

 

 んで、散華ちゃんがウロウロするから追っかけて、離れた所で抱っこした時に見えたんだな。


 大した事はしてないんだな、だけどな…親父はこの事を言ってたのかななんて思ったんだよ


 双子の子供がそれぞれタツとヒロにくっついて、夫婦で何か格闘談義みたいな事をして笑ってた。

 それだけで幸せそうだったんだ。


 太陽の光か何なのか分からないけど、やたら眩しくて、これが親父の言ってた事かってね。


 そしたら…ふと俺にも…幼馴染がいて…付き合ってたんだよなぁ…だからあんな未来が…もしかしたら…って思って…


 気付いたら…散華ちゃんが笑って慰めてくれたんだ。


 『キャッキャッ!タトッチャン なからいでぇ らいじょうぶら らいじょぶ』


 子供ってのは見えるんかね、俺の様な何がしたいのか良く分からない人の心が。

 まぁ流石、散華ちゃん。長い事現場でアイドルしてるだけあるよ。

 2歳児に慰められてな…バレないように涙拭いて、俺は何やってんだろうって思ったけど…


 きっと2人のアパートで、憧れちまってたんだなぁ…望んじまったんだなぁ…その未来に…




「?サトルさん?どうしました?」


「いや、ちょっとね。夕焼けが眩しくて…海だと日差しが強いね」


 でもまぁ大人だ。泣きゃしねぇよ。


「そうですか…ねぇサトルさん?今日は楽しかったです…勘違いじゃありませんでした…私…私は…やっぱり失くしたモノを取り戻したいです…」


 きっとメイプルちゃんも色々あるんだろう、その上で…俺はあの日を乗り越えられるだろうか?


「好きです…どうしても…好きなんです…理由なんて…好きになるのに理由なんて無いんです…返事は…いつでも良いので…いつか…私、頑張るので…だから…」


 覚悟を決めなきゃいけない、忘れる、諦める覚悟を…


「分かった…ちゃんと考えて返事するよ…これからも…よろしくね?」


「は…はい!よろしくお願いしますっ!」


「いや、そんな気合入れんでも(笑)」


 その後、広報部から独立してデジタルマーケティングなる部署の立ち上げに参加するとか、その日はそんな雑談しながら車で送っていった。

 今は木村家でお世話になってるらしい。

 楓の部屋でも使ってんのかな?と思ったが、その辺りの事には触れず家の前で降ろした。

 

「さ、サトルさん…あの…これは付き合うとは別で…良ければ…その…ん♥…」


 目を瞑って顔を上げた…可愛いな…コレで付き合わなかったらジゴロだな…天秤…天秤が…

 久しぶりだから…唇を当てるだけのキスをした。


「ん♥えへへっ♥今日はありがとうございましたっ!♥連絡しますね!」 


「うん、またね〜!」


 手を振って別れを告げる。

 運転しながら考える。俺は…もう良いのかな。

 何年経ってるんだよな、いい加減忘れろって話だよ。

 メイプルちゃん…良い子だよな。

 アイドルで…頑張り屋で…こんな俺でも尊敬の眼差しで見てくれる。

 好意をあんなに出してくれて…俺はクールガイみたいな態度…それでもデートとか、楽しいって…付き合おうって言ってくれる。


 繰り返せば、昔の俺を殺せるだろうか?

 大人になるってそういう事なんだろうか?

 そう、周りと同じ、合わせる事。


 俺は何だか滅茶苦茶言ってるな…もう良いじゃねぇか…ちゃんと仕事して、将来も考えられて、周りと同じ事して、それで良いじゃねぇ…ん?


 メイプルちゃん、うっかり車に木村家へのお土産忘れていってるわ…

 もう30分ぐらい経ってるけど…お届けしよう。


 ぐるぐる回る頭を止めて、ポストに入れて、連絡入れとこう。

 もしかしたら、連絡入れて、ちょっと待ったらメイプルちゃんに会え………………




 会え………………?お?



 良く知ってる木村家、家の上には月が出ている。

 うっすら聞こえる…懐かしいな、この音。

 女ってのは、皆あの声は似てるのかな?この時の声は…


 良く知ってる家だから…部屋割りが分かる。

 家の周りは庭木で垣を作っているから、近くでちょっと除けると家の中が見えちゃうんだよ?

 楓の弟、時雨の部屋で影絵みたいに動いている。

 人が2人、男女かな?

 抱きしめ合いながら、胸がある方が女の子かな?後ろに振り返り腰が激しく動く。

 楓だったら良かったんだけどな、いや、駄目だよ姉弟は(笑)


「ア゙もっ…♥好きっ!後ろっ!♥入れ…好きっ♥気持ちっ…♥好きぃ゙ぃ゙ッ゙!♥」

 

 もう一人が寝たな。良く見えないけど…多分、時雨かな?確か時雨の部屋だしな。

 上に跨がってるのがメイプルちゃんってのは分かる。今日着ていた服だから。

 シャツの上から童貞を殺すぴったりセーターだ。

 この光景、童貞だったら死んでたな(笑)


「へぇ…そうかぁ。へぇ~」


 何度だって繰り返せば、その都度強くなれる。

 顔が見える…あの日の楓の顔を、俺は忘れた。

 

 だけどね、メイプルちゃんの顔は忘れないよ。

 本気になる前に気付かせてくれてありがとう。

 

「ハハ、馬鹿みてぇ。俺は本当に…」


 その場から離れ、忘れ物ポストに入れとくよってメッセージだけ入れた。

 

 それから施行記念セレモニーの日まで、俺はメイプルちゃんと連絡を取らなかった。



 まぁ…推しのセ○クスなんて見るもんじゃねぇな。

 


 

※ちゃんと終わりに向かっています!多分!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る