楓の詩②ズレていく女の物語〜短大からアイドル・社会人編【中編】

 家…部屋にいてうずくまる…怖い…


 初めてだった…吉田さんやサトルの先輩…女の人が激怒して、私を殺さんばかりに気持ちをぶつけてきた。


 初めてだった…いつも優しかったサトルが…話を聞いてくれず一方的に酷い言葉でなじり、怒鳴り、離れていった。


 初めてだった…父は事の顛末を聞いて激怒した。

 母さんだって同じ…と言ってる途中で初めて叩かれた。

 

 高校3年までは勉強もしていた、学校もサボらなかった。

 サッカー部が活動停止になったのも、公式には私は無関係になっていた。


 後から聞いたが吉田さんは皆の前でしっかり怒って、 その後仲直りをするつもりだったらしい。

 吉田さんと皆の前で仲直りすれば文句を言う人はいないだろう…だけどそれからも逃げた。

 誰とも上手くいかない私は…引き籠もっている間に進路が決まっていた…父のコネもあったのかも知れないが、女子短大に行く事になった。


 私の高校での性生活を考えてかも知れないが…何も分かってない。

 私は女の人が怖いのだ…誰も理解してくれないこの気持ちを相談出来る相手は何処にもいなかった。


 短大に入っても私の生活は変わらない。

 高校と一緒、孤立していた…だけど大学は高校と違い、無理矢理グループを作らされ、仲良くしろとひとまとめにする事は無かった。

 

 淡々と過ごす毎日…たまに思い出すのは性的な欲求と、その後に訪れた別れ。

 いつもの様にそんな事を考えながら帰り道を歩いていると声をかけられた。


『アイドルとか興味無いですか?君なら絶対サクセスするよ!』


 セ○クスなら出来るけどサクセスなんか出来る訳無い。

 それでも粘るスカウト、私は久しぶりに男の人に話しかけられてちょっと気分が良くなっていた。


「じゃあ…話だけなら…」

「じゃあちょっとだけなら…」

「親にバレなければ…」


 私にはもう何も無い、だから何かあればそれで…程度の興味で始めたアイドル。

 本名は不味いと言ったらカイリと言う名前で、何だか良く分からない8人組アイドルに入れられた。

 でも、アイドルになるにはレッスンやらエステ、それにライブや営業は全部自分達でやる。

 お金も持ち出しだ。事務所への借金という事でスタートダッシュに更に借金を重ねた。


 自分の入ったグループは『フェアリーエイツ』と言うグループだったが、既に派閥が出来ていて、輪に入れなかった。

 それでも細々とアルバイトみたいな感じで4〜5番目の人気をキープをしていた。


―顔はそれなりに良いけどそれ以外は…後、やたらボディタッチが多い…ファンサービスは良いよね―


 そんな評価が付きまとう。別にそれで良かった。


 短大でボッチ、アイドルグループでボッチ、もうどうでも良い。

 私は女の子と本当に相性が悪い。



『ねぇカイリ…ちょっとさ、身体でファン釣るのやめてくんない?』


 ある日、グループで事務所のイチオシ、エースの子に言われた。

 普段は何も言わない、話しかけても来ないくせにいきなり言われたから、何だかイラッと来たのでファンサービスを余計過激にした。


『みんなぁ♥いつも応援♥ありがとうございまぁす♥』


 そこでまた、私の悪い所が再燃した。

 調子に乗ってファンの胸をもんだりつねったり…男子乗りで接した…

 そして男の人を触っているとまたあの日々を思い出す。

 後悔はしたけど結局何も残らなかったあの時の…当時は沢山のものを失った…特にサト…はぁ…


 でも今は失っても元のゼロに戻るだけだった。


 だから…ファン投票に貢献するファン、熱烈なファンにはサービスした。

 歌やダンスが下手でも、話すのが苦手でも、きっちりメイクして、アイドルの衣装着て、アイドルの立ち振舞いをすれば、半人前のアイドルだ。


 その私が見えない所で性欲を解消してあげる事がファンサービスになった。


 そして人気投票1位になると同時に事務所に呼ばれて脱退を促された…私のファンへのサービスがバレた。

 枕営業と言われたが枕を使う前までだけど…

 まぁ大して人気の無いグループ、その後、解散になった。


 私のせいでグループが 『フェアリーナイトサービス』とか言われていたらしい。

 他の娘もやってくれると思って勘違いして誘って、口説き言葉の中に『カイリはやってくれるよ』と言うのが脱退の決め手になった。


 でも…地下アイドル、小さな事務所のグループで1位になったからと言って、何があるわけでもなし。

 とりあえず借金あるから続けたが、同じ事務所の子からは嫌われていた。

 借金だけなら夜の仕事も考えたが、お酒は飲むと泥酔するし、親には余計な事はするなと釘を刺されているからバレたくない。


 ある時、久しぶりに吉田さんから連絡があった。

 彼女は私が引き籠もり時期でもマメに連絡をくれた。

 久しぶりに会いたいと言うので、少し嫌だったが会った。


 吉田さんは医大に行って整形外科医になる為に勉強しているらしい。

 私は、今は短大に通いながらアイドルをやっていると言った。


「アイドルって…ライブとかレッスンとか、ちゃんとやってんの?」


「ちゃんとやってるよ、昔みたいな事はしてない…よ」

「へぇ〜」


 高校の時に一方的に言われた、男遊びをしない約束…勿論、私は破っている。

 何となく気まずい…それより気になる事があった。


「そういえばさ、真田君とか…サトルは元気?もしよかったら…」


「あー…そう来た…」


 奥から…フェアリーエイツのエースの女が出てきて私の話をベラベラ話し始めた。


「カエデ…まだそんな感じなのね?おま…はぁ…まぁまぁ、良いや…友達だと思うと駄目だ。もう何言っても駄目なんだな。お前もこんな奴…カエデに何か期待すんのやめろよ、目茶苦茶にされるだけだぞ。カエデの事はもう知らない、そうやって偽って生きれば良い。だけど私の大事な…お前にとっては過去の人達には一切関わるな。それぐらい分かるよな?絶対だぞ?じゃあな、2度と顔見せるな」


 震える私に、まるで匙を投げたかのように溜息をつき立ち去る吉田さん…そのメンバーは吉田さんを追っかけて消えた。


 多分高校時代の事を言ってるんだろう…言われなくたって…分かってるよ…


 そんな事があっても結局…カエリンはやめて、カエデ名義で単独のコンパニオンの仕事をやっていた。

 

 ただ、この仕事をしていると男の温もりに事欠かない事だけが続ける理由になった。

 やる気が無いから遅刻したり態度が悪かったり…


 ある日、ゲーム会社からコンパニオンの仕事が来た。

 昔のゲームのリメイクと言う事で、昔…彼と一緒に…子供の時にやったゲームのキャラクターの依頼が来た。

 着てみて、自分の姿を鏡で見たら思い出した。

 懐かしいな、有名なゲームだ、ファイナル何とかの格闘家の人。

 こんなミニスカで…彼がパンツ見ようとしてたなあ…今考えれば私が横で小学生特有の短過ぎるワンピース着てパンツ丸見えなのに、こっちは向かないでゲームのパンツばっかり…

 懐かしい日々…同時によぎる…


 あぁ………………思い出しちゃ…いけないかな…


 高校時代と繋がってしまうから…


 幼い時の想い出とか…あの時の気持ちとか…


 確かに彼がいたあの時の…私の心も気持ちも…


『この衣装って貰えるんですか?小さい時に好きだったキャラクターなんですよ!強い女の子って感じで』


 我ながら馬鹿な事を聞いた。貰える訳ないって思ったら…


『そう言ってもらえて嬉しいです。往年のファンの為のリメイクですから!何着か作ってもらってるので是非!カエデさん、綺麗だし、キャラクターに似てるので是非!その代わりまたお願いしますね!』


 担当者の方が上に掛け合って譲ってくれた。

 スタイル維持してメイクして、ウィッグ付けて非日常の格好してたらそれなりに見えるようになるだけとは言えなかった…


 私はその日から、小学生や、中学の時に流行った、彼と一緒にしたゲームや、2人で一冊を読んだ漫画、思い出に会えないかとコスプレの仕事ばかりしていた。

 思い出に当たれば、本当にたまに、そのままコスを貰えるのでは無いかと楽しみにしながら、月に1回から2回程度コンパニオンの仕事をしていた…

 

 そしてゲーム機を買って、家に帰って懐かしのゲームをダウンロードして、やった。

 もう叶わないとしても、昔の思い出に浸るぐらいは許して欲しい。


 レイヤーでも無いのにコスを貰い、ゲームが趣味では無いのにゲームをやる。

 思い出を掘り返すだけ。

 何だかんだ言ってもそれが趣味のようなものになり、趣味の繰り返しは私の生活を大分落ち着かせた。


 しかし、短大も終わり残り頃にまた波乱が起きる。

 新人マネージャーが私の実家に請求書を送って、結果親にバレた。

 親に根掘り葉掘り聞かれた事を、新人マネは家族だからとペラペラと話した。

 つまり枕営業ではないにしろ、それに近いものが親にバレた。


 流石に父は許せなかったらしく、なんの為に女子短大に入っなのか!と口もきかなくなり、短大卒業したら家を出ていけと言われた。

 母は悲しんでくれたけど、弟は私をゴミを見るような目で見ていた。


 このままでは生きていけない。

 就職しなきゃ…借金もあるからコンパニオンの仕事も続けなきゃいけない。

 頭を使えばすぐ返せるのかもしれないけど…色んなものを考えていくうちに堂々巡りで悪い方へ向かっていく。

 借金も利子が高いせいか雀の涙程度の事務所の収入では返せない。

 良い所に就職して…お金も…生活も…


 『高校はあそこ行ってたの!?凄いね?んで、その後アイドルに…かぁ…』


 就職活動は上手く行かなかった。

 就職に有利なのは、アイドルみたいなものでは無く、本物のアイドルだ。

 皆が将来の為に努力していた時にダラダラしたツケだ。

 地元企業だと高校で食い付き短大の経歴で引く。

 外の企業だと私の課外活動の胡散臭さに引く…というか調べたら解散理由バレるんだろうか…

 

 結局とりあえず誰でも入れるような、派遣会社に新卒で就職した。


 お金も将来的には貰える様になるかも知れないが、最初は安い様だ。

 何がしたいのか分からないまま…一人暮らしの最初の資金だけ親に貰い家を出た。


 就職先ではなんだかんだて順調ではあった。

 元アイドルと言う経歴、枕の事は誰も知らない。

 詳しい事は言わずに、昔の様に男達の中で媚を売る。

 なんだかんだで女性が少ない職場で、周りは私に良くしてくれた。

 ずっと上手くいかないから期待はしていない、だから不安はそこまでない…だけど、チヤホヤされながらこれからどうなっていくんだろうと思った。

 

 電車で親子を見て、思う。

 短大を卒業して、二十歳を越えて社会人になった。

 将来、私は誰かと結婚でもしてるのだろうか?

 今でも、私の身体が熱くなるのは…熱くなっている時に思い出すのは…決まって彼を思い出した時だ。

 それなのに結局、一度も彼…サトルとはしなかったな…


 ん、もう忘れなきゃいけない、会う事も無い。

 あの人はきっとこの街を出ているだろう、だって嫌がっていたから、地元とか安定とか、そういうものを昔から嫌っていたから。


 それに、今会った所で何をしようと言うんだろう?


 そうこうしているうちに、同期で入ったサトシ君に口説かれた。

 明るくてヤンチャな感じの人。


 先輩の司さんにも誘われた。色んな事を知ってる一回り年上の大人の人。


 でも…私は…いや、もう忘れなきゃいけない。

 同期の彼、サトシ君にだって良い所はある。

 サトルを美化して、比較して蔑むのはやめよう。

 自分のプライドが高さから、相手をサトル以下にすれば傷付かない。そういうのは、もうやめよう。

 

 ちゃんと一人一人、見ようと思った。


「楓は何だかんだ言って、ウチには勿体無いぐらい目立つからね、華やかな舞台の方が性に合うと思うんだよなぁ」


 例えば司さん、既婚者らしいが、仕事でもプライベートでもとても良くしてくれる。

 初めて相談に乗ってくれる大人が出来た気がした。 


 仕事の帰り、一ヶ月の研修が終わり新卒が集まって記念に飲んだ。


「楓はさ、彼氏いんの?俺は大学卒業の時にフラレたよぉ、好きな人が出来たんだって!酷くね?」


 私は短大卒業でサトシ君は大学、2歳年上だがそれを感じさせない軽さだ。


「お前も俺と同じかぁ、まぁまぁ二軒目行かね?もっと話してぇわ」


 私がサトルの事を良くも悪くも普通の恋愛でフラレた様に話したら盛り上がった。


 現在彼女無し、だからまずはお試しで…一次会が終わり皆が帰る頃、サトシ君と2人で飲んだ。

 お酒も回り、意識は無くなったりしないが大分高揚していた。

 思い出にしがみついてる自分が馬鹿みたいな気持ちになった。

 

「楓…辛かったな…」「サトシ君…」


 そんな空気になるのなんてあっという間だ。

 個室居酒屋で響く水音、昔のクセで、キスしていると思ったら気付けば咥えていた。

 

 終わりは見えないようで、だけど男は出してしまえばそこが出口だと言うことも知っている。

 出してしまえばそれ以上は無い事を知っていた。

 手で服の上から、中に入れて直接、それで駄目なら口で、私はアイドル時代はそうやってすぐ終わらせていた。


「かぽぉ!♥がぽぉ!ごぷっ!ンプ♥こぷっ♥」


 喉まで入れながら気付く。

 もう良いんだ、自分も良くなっても…そう思うと自分の手やテーブルの脚を使って身体を慰める。

 もう終わりならここでやめれる。

 短大時代はずっとしなかった。

 アレはファンサービスだから。

 彼が射精すれば日常に戻る。

 だけど…頭の動きを止められた。


「ハァハァ…なぁ…続きはホテル行こ?」


 思考が止まった、感情が灼けた

 酒、性、人、熱さ、圧迫感、安心感、快感…


 思い出してしまえばあっという間…ホテルに入りお風呂に入る間もなく絡み合う。

 私はどうやら相当性欲が強く、Mっ気があるらしい。


 突き上げられながら押し出された快楽をそのまま吐き出すかのように、獣のような大声をあげ、はしたない言葉を叫び快楽を要求し続ける…




「ここのワインは良いのが揃っているんだ。オーナーと知り合いだから、その時に一番旬の物を出してくれる」


「へぇ~…あ!とても美味しい♥」


 司さんとも進展していた。

 仕事の相談を聞いてくれる時、いつも高級ホテルやミシュランで有名なお店に連れて行ってくれる。


 


 ある時、サトシ君と他の同僚が話していた。

 

「楓ってめっちゃエロいよ、アレで元アイドルってヤバいな!?いや、まだ事務所にいるんだっけ?」


「え?木村に手ぇだしてんの?木村ってあの木村建設の役員の娘だよ?遊びで手を出すのは危なくない?」


「マジで?いや、付き合ってないよ?とりあえずは…でも遊びじゃ無理だわ、付き合いたいわ。そしたら玉の輿じゃん?」


 お父さんが有名人だった事を知りながら…付き合う…付き合うかぁ…ちゃんと付き合ったのって…サトルだけ…だな…


 毎日が過ぎていく。

 陽が出て仕事しているうちに落ちて、月が出てセッ○スしてるうちに消えて…

 気付けばサトシ君と司さんが入れ替わりで会っていた。

 部署は違えど、その関係も、どちらも知っている。

 ただし実際の関係は異なる。


 サトシ君…サトシは夜、寂しくなった時に呼び出す。

 奢ってくれるからお酒を飲む。

 そして…夜が上手く、私は獣の様にする。彼にどう思われても良い、要はただのセフレだ。


 司さん…ツカサは会社の部長で、高級レストランや素敵なスポットに連れて行ってくれる。同僚が羨む様な、素敵なデートだ。

 勿論、セックスはするけど私本位じゃない、奥さんがいるから会える日は決まっているので、色んな事をしてあげる。


「サトシ君の事は知ってるよ…しかしどうだろう?君さえ良ければ私と一緒にならないか?妻とは、別れるつもりだ。2人で一緒になって、新しい広報事業を立ち上げよう」


 司は未来の話をしている、サトシは今の話をしている。


 2人とも恋人未満ではあるが恋人以上の事をしている。

 社会人になって2ヶ月…本当にこの生活は上手くいっているのだろうか?

 流されるままに生きていて…いつか何処に辿り着くのだろうか。

 

 


 …その日は今の会社で広報活動をする際に元フェアリーエイツの名前を出すかどうか、会社の同僚と事務所のマネージャーと話し合う為に会社で打合せをした。

 借金取りがあるから何割かは事務所にいれる事、アイドル時代の名前を出すなら男問題があった事があるからやめろとか、男問題を初めて聞いて同僚がドン引きして上司は無かった事にしようとしたり…もうめちゃくちゃ…正直面倒臭くなっていた。


 同僚と今日の事について居酒屋で話し合うみたいな会が開かれた。


 私は別に居酒屋で話す事なんか無かったし…借金が、返し終わらないからどうしようかなと悩んでいた。


 お酒が進む…切なくなってきた…今日はツカサは奥さんといる日だ。普通になろうとして奥さんがいる人と一緒になるってなんなんだ…

 何かイライラして酒が進む。

 サトシでも呼んで…と思っていた所だった。

 

――てなもんだよ…畜生が!アイツ死ねぇええええ!!!――


 隣がうるさいなぁ…何を騒いでいるのか…あの人もああやって大声出してたな。

 酔っちゃうとでちゃうよ、後悔が。

 サトル…サトル…会いたいなぁ…酒が進むと、いつもこうなる。だから嫌なんだ。

 それで寂しくなってツカサやサトシと会う。

 この繰り返し…



 そして…過去はいきなりやってくる。



「なぁお隣さん、聞いてくれよ!?世の中ってのはそんなに金と仕事なのかい!?嫌になっちゃうよぉ!俺は…いや、ウザいならウザいって言って良いですよ?」


 何だか良く分からない、驚きすぎてとりあえず大声に乗った。 


「分かるッ!!明日から行きたく無いよもぉ!本当に隕石が会社にピンポイントで落ちないかなって思うよ!?」


「そうだよなぁ!?どいつもこいつも男男男で付き合ったら金金金ってふざけやがって!俺は…」


「そうよ!好き勝手言ってさ!こっちだって失敗したくてしてるんじゃないっつーの!男と付き合うな言うなら辞めてやるわあんな事務所!」


 勢いで今日の不満を話しているけど…頭は別の事を考えていた、違和感があった。

 肩を組まれた、そして私はしがみついた。

 とにかく離したくなかった、離れたくなかった。


「だったら辞めちまえよ事務所なんか!後から思ってたのと違ったなんて当たり前だろうがよ!夢ばっかり見やがって!男との距離感覚バグってんじゃねーよ!」


「辞められるなら辞めてるわ!家賃もあれば生活があんのよ!安月給と歩合とメンテで全部消えるんだよぉ!」


 サトルだ…何で!?偶然!?それとも…?分からないけど言える事は…酔っていて正常な判断がつかない…これも幻かも知れない。ただ、離れないようにしがみつく。


「仕方ないじゃん!友達だから仲良くして何が悪いのよ!酔って楽しくなったらそういう事にもなっちゃうの!だったらもっと来いよ!そもそもサトルの度胸がな……あ……………」


 そこには…高校時代より大人になった…幼馴染…初恋の人…そのサトルがそこにいた。

 どうして良いか分からない。何を言って、やっていいか、見当もつかない。

 とりあえず謝らないと…何言って良いか分からない…酔いで頭が…


「ごめんね…私のせいで先輩と上手くいかなくて心のキズを負って家に引き籠もってるんて…あっ!?」


 と言ったらいきなり投げ飛ばされた。

 意識が…朦朧とする。お酒のせいで幻を見ているのかな。


 訳が分からないけど、何故かサトルの幻が目の前にいる、離れたらいけない気がした。

 別れてから…大切なものは一度失ったら取り戻せない、奇跡でも起きない限り。

 もし、今奇蹟か起きているのなら…全力で手を…


 そこから…酔っていて…吐いた気もするし幻と何か喋った気がするし、何とか繋ぎ止めようとした記憶はあるが覚えていない。

 そして悲しい気持ちになった、昔やってしまった事が目の前で見せつけられた様なそんな悲しい…




 起きたらサトシが横で寝ていて、私は魔法少女のコスプレしてた。

 ファンがくれたからとりあえず貰ったやつだ。

 着崩れてるから多分、着てやったんだろう。

 サトシとサトル間違えるなんてとうとう私も行く所まで行ったなと思いながら周りを見回す。


 部屋が綺麗だった。サトシは掃除なんかしない。  

 昨日…何があった?私は何をやった?

 サトルは本物?だったら私は…


「アアアアアアアアアアアアアア!!!!」


「いてぇ!?何だよ急に!?」


 横にいるサトシを蹴り飛ばした。


 多分…本物のサトルだ…何か理由の分からない事を言って上から目線で引き止めた、そしたら断られて…悲しくてサトシを呼んで…


「アアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「何!?昨日の打ち合わせ上手く行かなかったの?」


 気が狂いそうだった、大声で叫んだ。

 蜘蛛の糸の様な何かを自分で引き千切ったんだ。


 実家から持ってきたクローゼットを見ると女子レスラーのキャラのコスプレがちょっとズレてた。


――お前、このキャラ好きな?投技得意だもんな――


「アアアアアアア!?アアアアアアア!!!」


「お前ヤバいな…こえぇ…俺、先に仕事行くわ…メールくれれば休み入れとくよ」


 サトシが帰った…帰ると同時に涙が溢れた…

 鏡に映る自分…魔法少女が服を半端に脱がされ犯された姿…もう少女じゃなくて…立派な大人で…大人になったら色んな事が出来て…色んな事をして…幸せになりました…とは、いかないんだ。


「うあああ…あぁ…何で…わたしぃ…なんでぇ…」


 仕事は休んで…空を見ていた。

 今の私は何なんだろう?誰しもが私を認めないと思う。

 過去の…好きだった幼馴染をいつまでも想い続けて、その人を傷つける事しかせず、目の前にいる他の男には上から目線で接する。


「幸せに…なれる訳…ないじゃん…」

 


 何だっけ?幸せのアオイトリ…突然やってくる…


 ガチャガチャ…ギイイイイ…


 誰か来た…サトシ、忘れ物でもしたのかな…


「懐かしかったな…レインボーミカ。プロレスラーの衣装はエロいよなぁ」


 心臓が飛び跳ねた 


 昔の何度も聞いてた、今は聞ける事はないと思っていたサトルの声がした!?

  

 私は急いでレインボーミカのコスを着る、そんな難しい服じゃない。化粧もしなくて良い。

 サトルに伝えるなきゃ…分からないけど…もう無いと思っていたチャンスだから…

 

 でも…結果は散々だった…


「…私、ずっとあれから彼氏居ないんだよ?やっぱりサトルが良かった…サトル…もう一度…」


 そして返事は…顔にツバを吐かれた。

 罵声を浴びせられた…いや、真実を突きつけられただけ。

 私がやっていた事は…彼にここまで言わせるものだった。


 誤解…誤解じゃないかも知れない。

 でも、本当なの。私はこれしか…本当にこれしか方法は無い。

 何故、素直に言葉を紡げないのか

 何故、身体だけしか私には無いのか

 誰かのせいにして、言い訳して、誰の為にもならない、相手を傷つけるだけ。


 離さないと思っていた手が離れてしまった。

 心が折れてしまった…サトルが去っていた後、その場で崩れ落ちた。


「いやだぁ…いやだよ…サトル…ごめんなさい…」


 本当は嫌がられるのはわかっている。

 でもサトルに…せめて感謝をきちんとしないと…

 

 仕事の事なんかは考えてなかった、それでも、スーツを着て行った。

 ちゃんとする、謝罪だから、お詫びだから。

 身体じゃなくて、心から、サトルに謝る。

 

 実家の勘当とか、地元の評判とか、そんなのどうでも良かった。

 ただ、サトルの家の近くで待ち伏せした。

 ずっと…ずっと待っていた。

 

 今までの虚無感に比べたらなんて事は無い。

 怖いけど…悲しいけど…サトルには誠意を持って…伝えよう。



 それなのに…顔を見たら「友達から」なんて言ってしまった。

 何があったのか分からないけど…今までのが嘘のように話してくれた。

 友達からなら良いって言ってくれた。




 駄目だよ、また勘違いしちゃうよ…




 サトルと居ると、まるでずっと刺さってたトゲが抜けていく様な感覚があった。


 ただ、まるでもう一人の自分がいるようで、ドキドキしながらも落ち着く不思議な感覚。

 

 この気持ちの意味に気付けなかった高校時代…本当に私は馬鹿だ。


 私とサトル、あっという間に距離は縮まった。

 

 高校時代、まるで別れる前、いや、もっと前の幸せだった時の…その延長のような…

 サトルは私の借金に向き合い、2人で返そうって言ってくれた。

 ただ、夜の方は恥ずかしくて、変なドキドキが凄くて、本性をさらけ出すのには抵抗があった…

 

 私は今度こそ間違えない。

 楽しいとか気持ちに言いとかじゃない。


 サトルのやりたいように、好きなようにやれるように、私なんてどうなっても良い。

 私はなんだってする。だから、だからどうか…


 サトルに、幸せが降り注ぎまように…



―――――――――――――――――


 サトルの目が死んでいる。

 目を合わさず2人の話は一切しない。


 クリスマスの日から、ずっと…どうやって説明する?

 クリスマスの…あの日からだ。


 司の話を聞かなければ…断れば良かった。

 断れば気付かれなかった。

 最初からしなければ良いのに…私は…また同じ事を…

 それでも、もう少しだったのに…もう少しで…


 玄関の潰れたケーキと一緒に置いてあった手紙を読んでしまった

 高校時代のラブレターの返事…

 


『楓へ、俺も…昔から楓が好きだった。正直、色々しがらみはあるかもしれないけど、心さえ離れなければ何とかなると思う。そして楓となら、俺はもう、恋愛は最初で最後でも良いと思っている。ずっと楓だけを見て、楓だけを愛していきたい。』

 

 

 

 

 

 

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結局俺から見たらNTRれてるじゃん クマとシオマネキ @akpkumasun

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