きっと知ってんだよ、だけど信じるしか無い。その先に何があろうとも、もう遅い

 12月のある日の夕方、ヒロに会いに行った。


 カエデも同じ学校だったけど、藤原さんとあまり仲良くなかったし、残ってる仕事があるから少しだけ残業して帰るとの事。

 だから俺1人で行った、本当は1人の方が都合が良かった、何故ならカエデに対する不安だから。

 

 根多夫婦に心のままに吐露した。

 別に浮気してる訳じゃねぇのに何だこの気持ち。

 ヒロは心から信じていた相手に裏切れた時、その瞬間どうしたんだと。


『そっか…サトル、本当に好きになったんだな…心配だよなぁ、自分の事みたいになるよな。俺か?俺の場合は、彼女が居ない筈の彼女の家に入ったらヤッてたよ、クリスマスの日。見た瞬間、全部死んだ。全部だ。思い出も、それまでの想いも、未来も、全部消えた。恋愛如きって思うかも知れないけど知ってしまったら分かる、あれは…死ねる。タツがいなければマジで死んでたかもしれない。その瞬間はネトを殺そうとかアイカを責めようとか一切思いつかない。多分、何かを責めるとしたら、情けない、不甲斐ない自分しか責めることが出来ない。一番自分を殺したいんだよ、それでずっと…タツがオレがやってやる、復讐してやるって騒ぐから気が散って…まぁ今に至るって感じ』


 ヒロは思い出したのか、とても悲しそうな顔をした。

 それを藤原…タツが心配そうに見て…俺に言った。


『ヒロが何故かスマホのカメラを向け始めた時は頭がおかしくなったと思ったが…お前の所は大丈夫なのか?頭も』


 一応、大丈夫だとは思うと言った、頭?

 そして良くその状況でカメラ向けるなと思った。

 ただ前の彼女の事があって疑い深くなってしまってると笑いながら言った。


 それでもタツは言った。


『お前、もし支えがなかったら…オレが女紹介してやるよ。ネトの妹だし、レズだけど。それでも無理なら…無茶苦茶にしてやれ。何かロン毛のオールバックも言った。『そこら中で派手にやったる』…と。一つだけ言わせてくれ。もしそうなったらお前は悪くない。やり過ぎなんて事は無い。小説で見た、NTRは心の殺人だ。本当の理由なんて知ったこっちゃ無い。お前は今殺される所だ、だから殺られる前に殺れ、いや本当に殺すな。オレは殺人教唆してないぞ?とりあえず封筒に耐久卿の声が入ってる、つまり世間はお前の味方だ。いや、その瞬間、やった奴らは殆どを敵に回す。だから封筒に入ったアレは…死にはしないけど殺られる前に使え…大丈夫、ネコとか暗転とかには突っ込んだけど死にはしなかった』


『とにかくお前がしにたくないならお前だけが死ぬなんて終わり方は絶対やめろ』


『タツ、アレって何?』『何でもない』

 

 早口で何かを誤魔化す様に言うから全然何言ってるか分からなかった。

 昔の俺のやったゲームの台詞やら、殺られる前に殺れって物騒な…


て『タツ!?何を渡したんだ!?おい!』


『ヒロ、落ち着け!と、とにかく!もし起きたら何も考えずGet Wildを心で口ずさみながら背景にNTRシーンが爆破するエンディングをイメージしてその場を去れ、Get WildNTRしながら去れ!その後は変態でも対魔忍でも紹介してやるから!でもまぁ、何もないんだろ?カーディみたいな奴に言っとけ、オレ何も思ってないから今度、連れて遊びに来いよ』


 何だよGet WildNTRって…コイツ、最近喧伝されてる新作見たな…しかしまぁ、相変わらず赤子をぶら下げてウロウロする藤原。

 でも高校の時はあんまり関わらなかったけど良い奴なのかも知れないな。

 何故かNTR?俺は相談しただけなのに寝取られた事になっているが?


『ありがとな、相談乗ってくれて。結婚式するならお前ら呼ぶよ』


『それより、その前の彼女のざまぁレター作ったから持って帰れよ。ネトから聞いて書いたんだ。手書きのDNA鑑定書、そして俺の赤ちゃん託卵してますか?って書き添えたぜ?住所は探偵使って調べた』


 よくわからないゴミを貰って俺は家路に付いた。


 21時、今日も夕飯を作りカエデを待つ。

 六本木でクライアントとやらの会議らしい。

 

 写真付きで来た、これから帰るという事と、冬のボーナスが出るそうだ。 

 

『これで来月引っ越しも出来るし遊びに行ける!日帰りじゃなくて一泊で旅行しようね!サトル!愛してるよ♥』


 残業する時は、必ず写真付きで愛してるという言葉。

 俺が信じないで誰が信じるんだよ。


「ただいまー!いやー疲れちゃっ…キャ!?なになに?汗臭いよぉ!?」


 俺は躊躇わずに抱きしめた、カエデでの身体は柔らかかった、このぬくもりといつまでも一緒に居たいと思ってしまうのは傲慢なんだろうか?


「愛してる…好きなんだよ…カエデ」


「もう♥帰ってきたばっかりだよ?サトル、愛してる♥」


 その日はカエデが帰ってきたら、スーツを脱がしてそのまました。

 その後、風呂に一緒に入り夕飯を食べながら動画を見て、セミダブルのベッドに入り、2人で今日あった事や将来を語り合った。


 好きだな、好きだよ、こんな人、俺には勿体無い。

 劣等感より先に大事にしたいという気持ちがいつも勝つんだ。

 カエデの為なら、何でも出来る気がするんだ。


 

 そしてクリスマス近い12月、24のイブの日は泊まりの勤務になってしまったが25日26日は休みに出来た。


その話をした時、一瞬顔が曇ったような気がした。

 

 それも一瞬で、カエデも合わせて25日と26日休みにするという。


「ごめんな、最初のクリスマスなのに…」

 

「仕方ないよ〜仕事だし…でも、付き合って最初のクリスマスだね♥」


 クリスマスはホテルのクリスマスコースのディナーとそのまま一泊出来るセットに奮発した。

 無理しないで良いよ?と言ってくれたけど、何とかディナーにドレスコードの無い都内のホテルを取れた。


 カエデには言わなかったが俺は葬式様の黒いスーツしか持ってない事を知っている。

 だからドレスコードを知らない、が無いとはいえ、ちゃんとしたシャツのパンツを用意した。

 カエデは仕事柄、企業のパーティーもあったりするのでドレスを何着か持っている。

 

 精一杯背伸びした、カエデはそんなに俺を見て言う。


「本当は家でも良いんだよ?ケーキ買って、チキン食べてさ!引っ越すなら今年がここで過ごす最初で最後のクリスマスになるわけだし…でもそうやって考えてくれたのが嬉しいな♥」



 俺は…本当に幸せものだ。



 そしてクリスマスイブの日、カエデを見送った


「今日は泊まりで仕事だよね?私も仕事だししょうがない!明日思いっきり楽しもうね!行ってきます!チュ♥」

 

「ん♥行ってらっしゃい!ごめんな!俺、15時頃には出るけど帰ったら鍵締めてな!メール沢山するよ!」


 職場の同僚に必死にお願いした。

 彼女と初めてのクリスマス…何とか中抜け出来ないかと。


「良いっすよ、どうせ夕方から正社員組帰ったら誰も見てないしダラダラしてるだけですからね。中抜けじゃなくてガッツリ帰れば良いじゃないですか?何かトラブルあったらさっき家族が急病でテンパって帰ったって言っときますよ、その代わり今度飯奢ってくださいよ!」


 悪い事をしているなと思う。

 でも、同僚には心から感謝した。


 25日のクリスマスプレゼントは買ってある。

 だけどそれとは別に、高校当時欲しがっていて、渡せなかった物がある。


 告白された手紙の返事だ。

 高校当時は書いたものの恥ずかしくて「いいよ付き合う」なんて、生返事したものだ。


 一緒にクリスマスを過ごしたかったと聞いた。


 高校の時はあんな事になってしまったが、あの時からやり直して、その続きを、楽しい時間を過ごせていると俺は思う。

 カエデは俺が書いたのは知っているが、捨てたなんて嘘を付いた。

 時間の経った、高校当時の手紙。

 そしてケーキを買って帰る。

 高校時代の夢。

 今日は家で、明日はホテルでクリスマス。

 喜んでくれるかな?

 俺は本当にカエデが好きなんだなと自分で思った。


 21時頃、サプライズで帰るからGPSは切る、カエデは今日も家にいる。

 もう帰って来ている様だ。


 夕方頃、仕事がちょっと残業!8時には家に着くよ!ちょっと早いけどメリー・クリスマス♥仕事頑張って!とメッセージが来ていた。


 返事を返したが既読にならない、カエデは長風呂で、俺が泊まりの時、この時間は既読にならない事が多いから仕方が無い。


 カエデからメッセージが来た。


『お風呂出た〜クリスマス特番面白くない〜早く明日にならないかな?』


 俺は浮足立ってアパートの前まで来た。

 喜んでくれるかな?いきなりだから怒られたらやだな…でもカエデが怒る事なんて滅多に無い。


 俺の言う事は信頼していると言っていたから。


 



 何だろう、足が重い。

 サプライズと言うのは信頼を裏切る行為なんじゃないか?

 いや、でも愛しているから。

 これは今じゃない。


 高校時代のやり直しだから。

 俺が…俺達のやり直しなんだ。

 俺は廃墟やらキャンプに行くが怖いと思った事は一度も無い。

 何処かで幽霊は出ないと思っているし、野生動物対策をちゃんとしているから。


 俺の前の建物に黒いモヤがかかっている…


 何でアパートがこんなに不吉何だ?

 家だぞ?俺とカエデの家なんだよ?何で?


 変な汗を出しながら部屋の前まで行く…


 聞きたくない


 知りたくない


 だけど繋がるんだよ、違和感と。


 弁当が仕切り紙ごとキレイに無くなっている事


 侵入した男が下着ドロではなかった事


 風呂場から出たく無い…顔を合わせたくないと言った事


 残業したカエデを抱きしめた時のコロンの匂い


 夕方からメールが無いと一切動かないGPS


 俺とのメッセージアプリの他にロックのかかった社内メールのアプリ


 ふとした時の 哀れみの顔




 きっとテレビの音なんだ。


 だけどその声はカエデの声で…


 話している声はいつも俺に愛してると言ってくれる最愛の人の声で…





 もう一人の声は男の声で…




 俺は今日、この日、高校時代のやり直しをしに…


 手紙を持って、手紙を持って来たんだよ…あの時の返事

 俺も好きだったって…子供の時から好きだったって


 誰よりも気の合う幼馴染のカエデ


 大好きな…カエデのコエ…



『ねぇ、今日のディナー美味しかったね、やっぱりヒルズは違うよ、雰囲気が…あそこに比べると普通のレストランはガチャガチャして煩いや』


―ねぇサトル?ファミレス来るとガヤガヤしていて高校時代を思い出すね!私は、安くて美味しい目玉焼きの乗ったハンバーグにする!―


『そりゃそうだろ?でも、もっと美味しい所さ、沢山あるんだよ。あそこは接客が良いからな?そう言えば美味いで言ったら昼の鰻の方が良くなかった?』


『うん、やっぱり国産のうなぎが一番だよ。この間夕飯に食べた中国産の鰻は硬かったからあんまりだった、タレは臭いし』


―ほらサトル!スーパーで鰻セールだったよ!最近高いから、久しぶりに食べると美味しいねぇ♥でもちょっとあげるよ、私、タレでご飯食べれちゃうから!このタレが大好き―


『でも何でいつも弁当持ってきて、俺がいる時はいつでも奢るのに』


『司さんが仕事で出てたら私は何食べるのよ?それでも弁当持ってきてる私、偉いでしょ?なんてね、知ってるクセに…いじわるだよ(笑)』

 

―いつもお弁当ありがとう!サトルは知ってるね!私の好きなタコのウインナー!今日も美味しかったよ♥引っ越ししたら私も作ろうかな!―


『そう言えば、その話だけど…そのここで一緒に住んでだっけ?…3月異動だから、なんやかんやで時間迫ってるよ?上手く行けばあのアカウントそのままウチのページにして、再生数高いからね、俺の口利きで楓ちゃん、広報の役職に就けるんだから…』


『動画配信ね、前に芸能活動しといて良かったよ。アイドルなんて追っかけが面倒くさいから辞めたけど…まぁまぁちょろいよね。女の子出て、コスプレしてるだけ再生回数回るんだもん』


―凄い!サトル天才だよ!顔隠すの?そうだよね、心配してくれてるんだよね…嬉しいな♥でも安心して、私は、仮面女子はサトルだけのカエデだから―


『でもその彼が騒いだら元も子もないからさ、動画配信の時に手伝って貰ってる彼って、いつ切れそう?』


『私、来年の頭に引っ越しするの。だからその頃にはココを出ていこうかなって。その時に切るよ、あんま無碍には出来ないけど、私の言う事なら聞いてくれるし…それに司さんがいつまでも、マンション買ってくれないからでしょ?』


―本当は少しだけ引っ越したく無いんだ…ここに住んでいたからサトルと再開出来たんだし、今はサトルとの思い出が詰まっているから―


『まぁまぁ、もうちょっとで離婚協議が終わるんだよ。とりあえず世田谷のマンションがもう少しで建つからさ、そしたら一緒に住もう?な?俺はその友達に前に会っちゃって気まずいんだよ、だから早めに切ってくれよ?月曜と金曜いないって言うから来たのに居たからビックリしたよ』


『あの時はメール送ったでしょ?彼が居るって…メール無いと司さん、仕事終わりに勝手に来るけど…本当は毎週、月曜と水曜はいつも一緒にディナー行ってから送ってほしいのにさ、司さんが仕事って言うから我慢してるのに』


―月曜と水曜は寂しい日…久しぶりに会えた時と一緒、本当はね、寂しいの…サトルが夜居ないから…でも、我慢するよ。その代わり一緒の時は必ず触れていて―


『でも、レストランで渡しただろ?、約束だよ、必ず君を会社で引っ張り上げるし、幸せにする。だからやっぱり今、返事が欲しい…楓…愛してる。妻とはきちんと別れるから結婚して欲しい』


『司さん…馬鹿♥返事は分かってるくせに…絶対に不自由させないでよ?そして私だけをずっと見て………………………………♥んっ♥ぁは♥好きぃ♥愛してるよ司♥』


―お母さんから聞いたんだ…いや、サトルに謝りきれて無いし、感謝する事が多過ぎて…私からは言えないけど…本気で考えてくれてるって聞いて…嬉しくて…涙が…でちゃって…ううグス―


―サトル…今までの分、激しくして♥今までの失敗、後悔、全部忘れるぐらい―


―こうやってサトルとして後悔してる…サトルと始めたが良かった!ごめんね!ごめんねぇ!私が馬鹿だった!―


―愛してるよサトル、心から、恋人になってくれてありがとう♥―


―愛してる―

 

――愛してるよ…ツカサ――






「ッッッブッッッ!?ッッッッングッッッッッッッッ!?」


 顔から液体が全部出る、汗、涙、鼻水、そして音が出ないように口を手で抑える、手の隙間から零れ落ちるゲロ

 顎から滴り首に流れる、上着ゲロまみれ

 物理的に死ぬかも


 俺はまだ見てない、声を、会話を聞いてるだけで死んだ


 思い出も 想いも 未来も 信頼も 愛情も 感情も 常識も 優しさも 人間という事以外、俺を構成する全てが死んだ

  

 ヒロ、ヒロ…お前スゲェな…これ、高校の時に体験したのか…カメラなんてまず無理だ


 タツ…復讐って何だよ 何で俺がこんな目に合うんだ?


 死なないようにするだけで精一杯だ


 息だってろくに出来ない 死んだ方がマシじゃねぇか


 俺はきっと死ぬべきなんだ


 理由だなんだ分からない


 カエデの声かも分からない


 やめてくれ カエデの声で


 そんな声出すのは やめて


 お願いします 神様


 嘘だと 嘘だと言って下さい


 俺を殺さないで 幼馴染を


 俺の心から殺さないで下さい 


 お願いだからぁ…ウソって


 後ろで聞こえる…最初に見た時の音がする


 財布を忘れた時の 何であの時信じた?

 

 俺は…何に救いを求めてるのか


 カバンから封筒を出す 音が出ないように

 ゆっくりと出して 開けた


 棒みたいな 尖った何か


 【ルドラ】【劇薬 取り扱い注意】


――心の殺人だ。理由なんて知ったこっちゃ無い。殺られる前に殺れ――


 俺は…書いてある紙を…そっと広げた…


 



 


 

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