ボール投げ

冨田川市

ボール投げ


 小さいころから球技が苦手だった。


 まずボールが投げられない。おそらく投げ方が悪いのだろうが、年一回の体力測定でソフトボール投げをするたびに肩を痛めていた。痛めた右肩を回しながら、クラスメイトのユウダイの投げるボールの描く、美しい弧線を眺めていた。ユウダイは地元の少年野球チームのエースで、モテた。

 

 そんな小学校時代から早十数年。卓球以外の球技に触れなかった私は、未だにボールが投げられない。

 最近ボールを触ってすらいないから、投げられるかどうかも分からない。


 ある夜に多摩川の河川敷を歩いていたら、軟式の野球ボールが落ちているのを見つけた。拾い上げ、表面についた泥を払いながら思った。


 “今ならボールが飛ぶかも知れない”


 小学生のときより身長も高いし腕も長い。筋力もある。

 最近は大谷翔平のハイライト映像も見ている。ときどき。


 ボールを右手に握り、人がいない方を向く。ここならいくら遠くに飛ばしても大丈夫だ。草も生い茂っているから大きくバウンドする心配もない。


 思いっきり振りかぶって、投げた。薄汚れた球は思っていたよりずっと早く、ずっと手前に落ちた。

 数歩歩いてボールを拾い上げ、今度は体を大きく使って投げる。体重移動も意識した。やはり飛ばない。今度は手首のスナップを利かせて。次は助走をつけて。


 何度やっても結果は同じだった。ボールは重力に逆らえず、静かに地面に落ちる。

 しかも肩が痛くなってきた。あの頃と何も変わっていない。

 仕方なく地面に座って、意味もなくボールを上に放っては取り、放っては取りを繰り返した。遠くのほうでカップルらしき男女が歩いているのが見える。ボールでも投げつけたい気分だったが、投げつける自分の姿とボールの軌道を想像したら、より惨めな気分になって立ち上がる気にもなれなかった。


 ボールの軌道を想像したとき、高校の物理を思い出した。そういえばこんな問題をよく解いた気がする。

 問題文で与えられる条件はボールの初速と投げる方向のみだった。初速をx成分とy成分に分けて時間についての方程式を立てると、飛距離や着地までの時間を求めることができる。

 この方程式から分かることはもう一つ、ボールの軌道が二次曲線を描くことだった。初速と角度の条件のみでボールは二次曲線を描く。つまり投げ方は関係がないということだ。ユウダイが投げても、私が投げても関係ない。


 それに気が付いた私はもう一度ボールを夜の空に向かって投げた。相変わらず飛距離は出ないが、ボールは綺麗な二次曲線を描いている。面白くなってもっと上に向かって投げたり、下から投げたりした。どんな投げ方をしても、ボールは二次曲線の弧を描いた。


 ボールを投げては拾い、投げては拾い。何度も何度も、自分が投げた白いボールが描く、美しい弧線を眺めていた。

 



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ボール投げ 冨田川市 @tomitakawaichi

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