7.縦社会ってどこでもあるんだね
会社が物理的に潰れた日からリモートになってから数日。嫌な人間の顔を見なくていいし、適当に仕事をすればいいので楽だ。なんてストレスフリーなんだと思っていても、やはりやりたくないものはやりたくない。
独り言で帰りたいと呟いてしまう。ここが家なのに。
定時丁度の時間帯に玄関の扉が開く。この家に来るのは宅配便か宗教勧誘のおばさんぐらいしか居ないが、ほぼ毎日来るのは彼女しかいない。
「た〜が〜い〜さぁん。もー闇見ちゃった」
玄関から俺の部屋へと来たのは舞菜だ。疲れきった様子で、俺のベットへと綺麗なダイブを決めた。審査員なら満点を出すだろう。
俺はタブを保存して、中断した。これ以上やればまた追加の仕事を送られそうなので一旦放置しておく。
そして椅子から立って、ベットに転がっている彼女の前に座る。
「おーそうか、災難だったな」
「学校のともだち関連じゃないからね! パフェカラのだよ」
「パフェカラの社員にパワハラでもされたのか?」
「いやね〜話すと長くなるんだけど」
敵を倒した後、本部に戻った。パフェカラはワープ能力があり、変身していればどこに居ても本部に戻れるらしい。
そしてミステリアスは先輩であるアッサムベルと一緒に本部の廊下を歩いていた。パフェカラ本部の壁には歴代のパフェカラメンバーのポスターやグッズが飾られており、ファンからすれば絶対に行きたい場所だろう。
「ベル先輩、ミステリアスはちゃんと出来てましたか?」
「まぁまぁじゃないかしら。それよりもあまり建物は破壊しないことね」
「は、はい…すみません。あ、他のメンバーは今どこにいるんです?」
パフェアッサムベルは引っ込み思案で弱々しいイメージがあったが、彼女は裏ではふてぶてしい。声色のトーンが二つ三つほど、下がっている。
そしてある扉の前で止まった。その部屋は派手派手しく飾られており、女児の夢がつまったような甘ったるい部屋だった。ここがパフェカラの楽屋でありメンバー内の会議室である。
アッサムベルはその部屋にある大きなクッションに座り、まぶたを閉じる。先輩が寝ようとしているので足音を殺して、近くの椅子に座る。太ももにフワフワの座布団が触ってきてくすぐったい。
「クラウドとオリエンタルは撮影よ。もうすぐ帰ってくるわ」
ミステリアスはまだ他のメンバーとは会っていなかった。ずっと本部の人間としか関わりがなく、アッサムベルとも今日会ったばかりだ。
震える心臓を手で抑える。深呼吸すると、扉が開いた音がする。立ち上がって見る。
そこには、いつもスマホの画面で見ている残りのメンバーが居た。もう感動で泣いてしまいそうだった。
パフェシュガークラウド、一番人気でありファンが求める完璧なまでのピンクが担当カラーのパフェカラである。そしてテーマソングがミリオンを行ったパフェオリエンタルは青がよく似合っている。
「クラウド先輩! オリエンタル先輩! わーすごい! こんな人達と一緒に仕事をするなんて!」
オリエンタルもクラウドもあまりいい顔はしなかった。何かやってしまったかと冷や汗をかきそうな時、いつもの明るく元気なシュガークラウドでは有り得ないほどに冷たい目で、新人を見た。
「パフェミステリアス、裏ではキャラは作るな。休むことも重要だ」
「へ?」
「お前は明るいキャラよりもクールなキャラで推していくから落ち着くように。あと、お前は私よりも高身長だからセンターには来るからキャラ付けはしっかりするように。今のふやふや口調では利益にならないぞ」
思っていたものと違った。ここに来てくれてありがとうだとか、貴方と一緒に仕事出来て嬉しいだとか、そういうイメージで来るものだと思っていたからだ。
狼狽えていると、オリエンタルが横に来て、背伸びしながら肩を組んできた。
「シュガーはホンマ当たり強いから気ぃつけや。この人はこの会社のためやったら何でもしはるしな」
彼女だけはキャラクター通りの関西弁であった。しかし言っていることは表立っては言えないことだ。
シュガークラウドはオリエンタルを睨みつけていた。これもまたありえない事だ。
「パフェオリエンタル、次の握手会では子供よりも大人を優先してファンサをしろ。お前は子供層よりも青年層の方が受けがいい」
「はいはい、分かってますがな」
関西人は肩を組むのをやめて、適当に近くの椅子に座った。そしてシュガークラウドは誕生日席に座り、ミステリアスを見た。
「みなさん、なんかキャラが違うって言うか……」
「二十一歳がロリ系やってんのよ? バカみたいよね」
食い気味にアッサムベルがイライラしながら反論した。今まで寝ていた彼女はクッションを乱雑に手で押し出して立った。そして椅子を引き、机に肘をついて座った。
「パフェアッサムベル、もっとお前はおどおどしろ。戦いも積極的ではない優しい性格というのが設定としてあるのだからな」
「おどおど…ね。なら新しい必殺技でも寄越したらどう? それかイケメンマスコットでも出してオバサンのファン層もゲットすりゃいいのよ」
「無駄口を叩く暇があるならファンを増やせ、会社の利益を作れ」
座っていないのは自分だけだった。
「パフェカラってそんなお金だけのためにするものじゃないでしょ? ルーザードッグに苦しめられてる人達を助けてそれで…」
「パフェミステリアス、嫌なことを教えてあげよう。この世は金がなければ何も出来ないし、生きては行けないんだ」
ギターが鳴り響き、ピンクの照明がシュガークラウドを照らす。負けじとミステリアスも睨みつける。
「それでもグッズを作り続けてるだけじゃ、悪を捕まえることなんて…」
「いいか! 私達は客寄せパンダなんだ!」
「違う!」
「金を産む鶏が私達なんだ!」
「違う!」
ちょっと待て。描写がおかしいだろ。今は舞菜が語り手となって何があったかを話しているのに、急にギターだの照明だの頭が狂ったとしか思えない。
「急にミュージカル始まってないか?」
「まぁ、今歌いたいから」
「話を短縮できるならいいぞ」
そのままシュガークラウドと口論になったが、社長のレインボー太郎が入ってきたことにより事態は収まったのだが、気持ちが落ち着かないとのこと。
「まぁ、そういうわけでして」
「先輩に刃向かってるのヤバいな」
「マイが悪いのこれ?」
「どちらが悪いよりも方針性の違いだろ。まぁ、パフェカラが台頭した二千九年から日本はずっと好景気だからな。一概に利益主義が悪いとは言えない」
「それでもヒーローがお金のために戦うのはちょっといやじゃん!」
「パフェシュガークラウドも建前は完璧に舞菜ちゃんと同じなんだから気にする必要はないだろ」
彼女は俺の枕に顔を埋めた。少し臭くないか心配になった。もうあと三年で三十路だからか、最近体臭が酷く気になる。
臭がっている様子はなく、彼女は上半身だけ起き上がる。
「そういうものなのかなぁ〜大人って汚くなーい?」
「汚いんじゃないよ、純粋になれなくなっただけだ。まぁ、汚いけどな」
「どっちだよ」
ふくれっ面になりながらも、ベットから降りて、俺の膝に頭を乗せる。膝枕をするのは舞菜が小さい時以来だろうか。
「……今日は嫌がらないんだね」
「パフェミステリアスなら俺の膝にいるぜってネットで呟いてやろうか?」
気味悪い笑みを浮かべると、彼女に顎を手で押される。柔らかい手の感触が髭をそったあとの顎に伝わる。
「もぉ〜キモイ!」
「へぇへえ」
俺は調子に乗って、両腕を広げた。気持ち悪がられているから乗ってこないだろうと思ったのだ。それが甘かった。
「ほ〜ら、凛々お兄さんが胸を貸してあげよう。痩せすぎて鎖骨が三本もあるように見えるこの…おぉ」
彼女は起き上がって、俺に抱きついた。身長差があり、俺は倒れそうになったが何とか持ちこたえる。肩に頭が置かれていているし、全体的に力が強いが、優しく包み込まれているようだ。
「来るのか」
「言い出しっぺでしょ」
「…おう」
俺は手を背中に回し、ポンポンと規則的に軽く叩く。昔に舞菜が癇癪を起こした時によくやっていたが、まだ必要だったとは。
「なんで男の人ってブドウみたいな匂いするんだろ? たまにウィンナーみたいな匂いもするし」
「それを言うなら女の子はせっけんの匂いがするじゃないか」
「たまにえげつないぐらい甘い人とかいるよね〜」
体は俺よりも大きくなったのに、まだまだ中身は未熟だ。そんな所が可愛いのだが。
「本当に…大きくなったな」
そう言うと舞菜は軽く笑った。
「もう子供じゃないんですけど」
「俺にとって…」
今、何を言おうとした。俺にとっても君は子供じゃない。もう、彼女は一人前の……あぁ、気持ち悪すぎるだろ。
いいか、彼女はまだ子供なんだ。俺のことはあくまで面倒を見てくれる都合のいいお兄さんで、恋愛対象はおろか、そういった欲に汚されるべき人間じゃない。
この子に恋愛感情を持っている訳では無い。ただ胸がザワついたりしているのはただの老化で、彼女に彼氏がいることに嫉妬したのは、ただ保護者として、一人の大人としてどんなやつなのか気になっただけだ。
俺は彼女の人生のパートナーにはなってはいけない。彼女はもっと相応しい相手がいる。少なくとも俺ではない。
なぜだか酷く感傷的な気分だ。
「俺にとっては親戚の子供みたいなもんだけどなぁ〜」
「…もーなにそれ。血とか繋がってないし」
常に誤魔化す俺を許して欲しい。
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