6.会社は潰れて欲しいけど給料はくれ
労働、なんて嫌な響きなんだ。人生の大半を全てを費やさなきゃならないんだから。
教師共は好きな事、やりたい事をしなさいと言うが選ばれた人間にしか出来ない事を、凡人が猿真似して良い結果を得られるわけが無い。つくづく、世の中は方便に包まれている。
凡人は無数の企業に履歴書を送り、そして得られた労働の権利を死ぬまで行使する。俺は見た目のせいで落とされ続けたので、ブラックよりのグレー企業しか受からなかった。
一度、短髪にしようかと思ったが両親からそれだけはやめてくれと言われた。過去に短髪の男に何かされたのだろうか。
会社のパソコンは偉そうに俺と対面していて、顔色には興味のないタブが無数に存在していた。
このずんぐりとした足音が部長だろう。時たま、女性社員に常識スレスレの発言をする典型的なダメおやじが、俺の後ろへと来る。
まるで、ホラー映画の化け物が後ろに居るのを確信しているのにも関わらず振り返る。やはりダメおやじが鎮座していた。
「田外くん、ちょっといいかなぁ」
「はい、何で…うわっ!」
この顔の感じからして、俺のミスが発覚したか、または面倒事を押付けられるかの二択だろう。薄ら笑いを浮かべて対応しようと思った所、爆音がオフィスに鳴り響く。
壁が崩れ、そこからは龍のような化け物が覗き込む。ペットショップや動物園で人間を見ている動物の気持ちになる。頭が真っ白になった。
「キャァァァ! 怪物よ!」
「たしゅっ、助けてくれ!」
他の社員たちは悲鳴をあげたり、パニックになっている。俺は不思議と落ち着いていた。いや、アドレナリンが出ているか正常性バイアスに陥っているだけかもしれない。
化け物の目は俺を見る。俺はその眼に映る俺を見る。深淵を覗くものは何たらとは言うが、俺もまた深淵、つまり化け物にでもなれるのだろうか。
ただ毎日暴れるだけの生活と仕事をする生活ではどちらが楽なのだろう。段々と近づく、鉤爪を見ながらぼんやりとしていた。
(ここで死ぬのかなぁ。死ぬ直面になると死にたくないと思うのは普通か)
ヒール音が響く。眩い紫と黄色の光が灰色の社会を照らす。まだまだ夏ではないのに、太陽光が味方して更に輝いている。
そして、俺の前には二人の少女がいつの間にか居た。そして薄暗い紫髪の子が振り返る。
「皆さん大丈夫ですよ! 艶やかな心にワンツースリー! パフェミステリアス」
左右で目の色が違い、また担当する色味も二色のパフェカラ。しかも人気色の紫だ。
続いて、ツインテールでブロンドの子も振り返る。この子はミステリアスと比べて随分と幼くみえるがこちらの方が先輩である。
「安らぎの鐘でスリーピング! パフェアッサムベル」
パーフェクトカラー、パフェカラだ。実際に見るパフェミステリアスは本当に舞菜ではないみたいだ。少しだけ寂しさを感じる。
そして龍の化け物は二人に襲いかかるが、ひょいと逃げる。ミステリアスは龍の頭の頂点にかかと落としを、アッサムベルは肝臓部分に蹴りを入れる。
化け物は怯み、会社の床にめり込み、一般社員達もまた同時に落ちそうになったが、パフェカラの二人の魔法により、龍の床だけが崩れていく。
こんな事も出来たのかと場違いの感心が来る。そして龍の頭上、空には黒ずくめの人間が浮いていた。彼、いや彼女だろうか。その人はパフェカラ二人に近づく。
「新しい被害者が増えただけか。そろそろお前も処分されるかもな、パフェアッサムベル。そうなる前に我々と一緒に来い」
「ベル先輩を勧誘するのはやめてください! 悪い人」
「オレはチュージー、覚えておけ」
ミステリアスが殴りかかろうとすると、拳が通り抜けていった。そうだ、思い出した。悪の組織ルーザードッグの古参幹部よチュージー、奴はよくパフェカラの闇堕ちを狙っているとネット記事に書かれていた。
そして奴は流血して息が絶えそうな龍の頭を撫でた。すると、龍の流血は元に戻り、またたくまに元の龍へと戻った。
「行け、パフェカラのコアを潰すんだ」
龍は襲いかかる。しかし、相手が悪かった。パフェカラはお馴染みの共同の必殺技にて、龍を気絶させる。この化け物が倒れるので、軽い地震が起こった。
そしてチュージーと名乗る悪の幹部は、そのまま透過して消えていった。
周りはヒーローの登場に歓喜して、バカ騒ぎをしている。
パフェカラには一般社員が群がっており、俺もまた間近でミステリアスを見たかったので間に入り込む。彼女と目が合うと、何だか気まずかった。
「すごい…ですね、パフェミステリアス」
「たっ…怪我はないですか?」
絶対に名前を言おうとしていたな、コイツ。ファンサービスの時間はすぐに過ぎ去り、アッサムベルはミステリアスに話しかける。
「ミステリアス、そろそろ戻らなきゃだめよ? すぐに警察と救急車が来るから安心して、この場にいてね」
手の平を全員に向けて振る。そして彼女達は光となり、空にひこうき雲を作った。
周りを見渡すと、居なくなって欲しかった部長は来た警察や救急隊員に話を聞かれている。泣き顔がここまで映える人間はそうそういないだろう。
誰が居ないのか、アイツは把握出来ていないようだ。この場に居ないのは派遣社員の今橋さんだけなのに何故気づかないのだ。
俺はこの場所から離れた。階段は崩壊しておらず、そのまま二階分下りると、自動販売機の前の長椅子に彼女は居た。怪我はないが、疲れているようだ。
「今橋さん、無事だったんですね」
駆け寄ると、彼女は柔らかい笑みで迎える。
少し釣っている涼しげな目とゆるい茶髪の三つ編みという真反対の要素が合わさって、独特な雰囲気のある同じ年齢の女性だ。
派遣で来た人なのだが、仕事は普通に出来るのに上の人間からは評価が低い人である。
「田外さんも無事そうで良かったです」
俺は彼女の隣に座る。さっきまで酷くうるさかったのが嘘みたいである。
「にしても、この会社は警察と救急車で占拠されていて仕事どころではないですね」
「きっと保険か国からの補助金が出ますよ。仕事はしばらくリモートになるでしょうね」
「遊んで暮らせるほど貰えればいいですけど」
互いに少し笑った。気が楽になったからか、素直に思ったことを話してしまった。
「そう、僕は初めて実物のパフェカラを見たんです。実物を見るまで、本当にいるという実感がいまいち湧かなかったんですが…」
彼女の顔は暗くなっていく。
「すみません、パフェカラは嫌いでしたか?」
「いえいえ、そんな。パフェカラが嫌いだなんてそんな」
この世はパフェカラ大賛成、パフェカラは好きでいなければならないという風潮があるからか、嫌いという人間は逆張りの厨二病として扱われる。
彼女は地面に顔を向けていた。そして小さな声で呟いた。彼女がここまでしんみりとしているのは初めて見た。部長や御局様に暴言やセクハラ発言を受けても真顔の彼女がだ。
「ただ、若い女の子が傷つくのを見たくないだけです。流血はしなくても、痛いものは痛いですから」
まるで体験してきたのような口ぶりだが、感受性が強いタイプなのだろうなと勝手に納得した。
「痛いんでしょうか」
「多少なりは…ね」
彼女は微笑んだ。この階にも、喧騒が広がってしまった。これからは自宅で仕事で、あの満員電車や早く起きなくても済むが、家という仕事から切り離された場所が労働と癒着しつつある。
街道に無機質に生えている木々が揺らいでいた。
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