5.恋バナって愚痴
もうクラスの人間が教室に馴染んできた頃、昼休みに舞菜は友達二人と昼ごはんを食べながら雑談していた。話の内容は互いの恋愛話であったが、そんなしょっちゅうあるものではないので必然的に片思いをし続けている舞菜が話の中心となる。
「舞菜ぁ〜今のとこどう? 進展あった?」
「ない!! マジ田外さぁんさぁ!! もう十年も片思いしてんのに何も進展ないとか意味わかんないし!!」
彼女は堪忍袋の緒かどうか分からないが、情緒がおかしくなっていた。恋も悪意も人を狂わせるという点では同じものなのかもしれない。
実の所、舞菜は田外のことを愛している。初めて会って、帰り際の約束した時に好きになってしまったのだ。そこから十年片想いを続けている。
食べかけの手作りサンドウィッチを弁当箱にしまい、机を親の仇ほど叩く。その様子を見て友人たちは各々違う反応をする。
「可愛い子がメンヘラになってると凄く安心するよね」
「性格悪すぎん?」
「あのさー三ヶ月前にさ? 彼氏居るって報告して脈あるかないかってドッキリみたいなの仕掛けたでしょ?」
机を叩いた後に上半身だけうつ伏せとなり、ふて寝をしているような格好になった。
「あの話は面白かった」
「わかる」
「ショックは受けてたから脈なしではないと思うけど、最近彼氏いるんだから抱きつくなとか彼氏いるんだから俺の家あんま来るなよってさぁー? 遠慮してくるの! いや彼氏持ちならそうするけど! マイが好きなのお前だから! てか彼氏出来たことないから!アレ嘘だし! もう年の差って無理!」
クラスの中でブッチギリに声が大きいだろうが、恋する乙女には関係がない。例え好奇心の眼差しに囲まれていてもだ。
これほどまでに世間一般、学校のカーストでも勝ち組一軍と代表できる子が長年片想いしている相手とは一体誰だろうか。全員適当に話をしているかのように見せかけて、聞き耳だけは立てている。
「だって十歳は流石にヤバくない? 社会人と高校生とか犯罪」
「でも手出されてないし? むしろこっちが出してやろうかって思う」
「アンタ、田外さん関連になると頭おかしくなるよね」
鬱で飾られた瞳は友人を捉える。その冷たさにゾクッとしたのは気のせいだろう。すぐにいつもの人懐っこい目に戻った。
「そんなにマイって魅力ない? 可愛くない? プチプラコスメばっかり使ってるから? いや値段関係ないよね」
「相手がマトモな社会人だからこそ高校生に手を出すわけないでしょ。それに相手が本当に付き合いたいって思ってるなら尚更じゃない? 高校卒業してからが恋愛本番って感じ」
正論アドバイスを正面から受けて、彼女は吐きそうになった。また机に顔をめり込ませる。どれだけ上下すれば気がすむのだろう。
「あと二年は長いってぇ…」
「十年耐えてんだから誤差誤差」
友人の一人、藤緒は田外の顔を思い浮かべる。タイプではなかったから、ぼんやりとしか覚えていない。あんな見た目の奴に何故十年も片想いしているのか、彼女には理解できなかった。理解できないからこそ、興味をそそるものだ。
「どこが好きなの? 写真見せてもらったけど、舞菜だったらもっと高スペの彼氏作れるのに何で? ほら池崎とか神田と付き合った方が良いと思う」
ここに出てきた池崎と神田はこの学年でトップクラスに顔が良く、性格も良いから人気がある。高嶺の花ならぬ高嶺の宝石か。
もう一人の友人、吉田もまたそれに同調した。彼女からは恋愛の話は聞いたことがないが、自分よりも他人の話の方が興味があるのだろう。
「あれぐらいで釣り合ってるって感じ。将来有望だし性格良いし何より顔が良い。初恋泥棒ってイメージある」
「うわーわかる。だって小さい時にあんなの居たら絶対に結婚申し込むもん」
「小さい子特有の唾の付け方じゃん」
地黒でスポーツ万能の俺様、池崎派か、色白で博識な王子様、神田派のどちらを選択するかによって人生の方向性は決まる。どちらも放棄した場合の人間の人生は知らない。
「そりゃあさ。マイだって初恋はそういう感じの人だったよ。でも田外さんと出会ってから前髪重めのボブかミディアムの低身長で手が綺麗でホクロがあって優男だけどちゃんと叱ってくれる人がタイプになっちゃった」
「まってアンタ初恋いつ?」
「5歳かな」
「田外さんを好きになったのは?」
「小一ぐらい?」
友人たちは座ったまま、椅子を器用に後ろに引いた。愛が重いにもほどがある。
「こじらせ方キモっ…! てかほぼ初恋じゃないそれ。よく続いてんね」
「そりゃこんなにキモかったら進展ないでしょ、アンタ」
「キモイ言わないで。あー意識させようとバックハグしたり手とか繋いだりしてるのに何なの? あーもうやだ」
スマホの通知音が鳴った。スマホの画面を見ると呼び出しのメッセージだった。すぐに彼女は現場に向かわなくてはならない。
カバンに弁当箱や教科書、筆箱を入れて、椅子を元の位置に戻す。そして行く前に友人たちに感謝と謝罪の言葉を言っておかなくてはならない。
「ごめん、また早退しなくちゃ」
「また? 舞菜そろそろ留年すんじゃないの」
「ちゃんと学校側から公欠扱いされてるから大丈夫だよ、じゃあね。話聞いてくれてありがと〜」
教室を出た彼女は走って、下駄箱を目指す。残された友人達に近寄るのは、話題に出ていたあのイケメン2人だった。妙に浮ついた顔で藤緒に目線を投げかける。
「池崎、神田。まだまだ無理そう」
イケメン達は重いため息をついた。その様子を見て、吉田はむせるほど笑った。
何が起きてるか分からないと思うので説明すると、舞菜はこの作品の主人公に片想いしており池崎と神田もまた舞菜に片想いをしている。一方的な好意のせいで、メビウスの輪が完成しているのだ。そりゃあ笑うだろう。
「年上に振り回されてるのもそうだけど、同級生二人振り回してんの面白すぎないアイツ」
吉田は高みの見物だ。そして池崎に肩を軽く殴られる。
「もっとアピールしてくれよ。最近遊びにも行けてないんだぜ?」
「舞菜の仕事が忙しいからしゃーなくねー」
「モデルだっけ? 女優だっけ?」
「多分タレントじゃなかった? 声優かもしれないけど」
全員、彼女が何かの都合上で早退や休んでいるのは知っているが、それが何なのかは知らされていない。基本的にタレントやら女優やらで誤魔化されている感が否めない。
「僕も声優になろうかな…」
「下心で動くやつなんかに仕事貰えるわけねぇだろ馬鹿か」
「後輩に告られてアワアワしてた奴に言われるなんて心外だね」
池崎と神田は仲は良いが、好きな人が同じ奴を好ましく思う人間はいない。だからしょっちゅう口喧嘩をしている。
哀れな二人を視界から消して、藤緒はこれからどうやってこの馬鹿共をオススメするか考えていた。そして舞菜の危なっかしい恋のアドバイス内容も考える。
頭をフル回転しても、何もいい案はない。
「周りのヤツら全員恋愛狂いしかいない」
「吉田も入ってんの? 謎すぎる」
「吉田はまず恋愛感情ないでしょ」
「藤緒…よく分かってるじゃん」
モラトリアムの中でチャイムが鳴った。これからもまた授業は続く。
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