おまけ 昌幸視点⑥+花織視点⑧(僕らは僕らなりに)

――ッッッッ!!


 身を硬直させる花織。それに続こうと運動に力込め速めて――


――ゥゥ!


 水底を加熱した。その後で僕と花織の寝室を満たしたのは、僕ら二人の重なる息継ぎの音だけで。隣の子供部屋の様子は?――と思って耳を澄ませても、静かに思える。好奇心のままに動いてお腹を空かせてよく食べる娘だから、今夜も幸花はぐっすりと眠っているだろう。

 先に息の整った僕が花織から離れると、花織は僕に背中を見せて半身になり、呼吸を整えやすくしていた。そんな花織を背後から軽く抱き留めて、ほてる体温を直に感じ取る。


 あの羽田野から欧州へ逃げて、早くも二月ふたつきが過ぎた。花織との夜の運動を再開して一週間。三月みつき以上の間に二人で溜めていた欲を、まるで覚えたての中学生かのように発散していた。だから一戦だけでは済まないわけで。風船を処理した僕は、まだ荒い息継ぎの花織の背中をツツっとなぞってみる。


「――ま、まっ、待って昌幸さん――まだ、ダメ、だから――ッア!!」


 悲鳴のような声を発して、花織は再び手足をピンと伸ばす。それもダラリと力が抜けると、拗ねた風に唇を尖らせ、振り向いた。


「――もう! 待ってくださいって、言ったじゃないですか」

「ごめん、ごめん。どうしてもアイツを上回れているか意識しちゃってさ」


 花織の抗議に、ちょっかいの理由ワケで弁明した。アイツと聞いた花織は眉尻を下げ、申し訳なさそうな表情をする。そんな風にさせたいつもりじゃない――うっかり羽田野アイツのことを口にしたのは失敗だと思ったから、素直に謝った。それでも――


「済まない、花織。ただ、やっぱり上書きしたいと思うことは男のさがというか――」

「いいえ。昌幸さんにそう思って貰えるのは、シでかした私にはとっても嬉しい事です」


 花織の一番でありたいという表明を続けたのだが、花織の気遣いに遮られてしまった。触れて欲しくないという意思表明なのだろう。でも、それでは蟠りになる気がして突破口を考えてみた。花織を惑わした男のもう一人、江里口チャラ男と比べてみて……そういえば呼び方が大違いだったことを思い出す。チャラ男は悪魔と散々な呼び方をしながら、アイツは名字にだった。


 僕も名字にくん付けで呼ばれた頃がある――それは友人関係が深まりだした頃から結婚を意識し始める頃までという記憶だ。であればアイツのことも友人と、少なくとも花織は認識していた?――否、少なくともアイツを語るときの言葉やアイツへ向ける態度は友人という程の親しさは無かった記憶だ。


「――まさゆきさん、昌幸さん、昌幸さん!」

「――う? どうした花織?」


 いつの間にか花織に揺さ振られていた。


「急に黙り込まれたので、気に障ったのかと」

「いいや、少しのつもりだった考えごとに没頭してしまったみたいだ。花織には僕も感謝しているよ」


 急に考え込んだ僕を気にした花織に、意識を呼び戻された。花織を蔑ろにするつもりはない訳で、共に居てくれることの感謝を伝える。でも、ちょうど良い機会にも思えて、アイツをどの程度の関係で見ていたか直接尋ねてみることにした。


「ところでさ。以前、アイツのくん付け呼びを止めて貰ったけど、その時までくん付けだった理由は聞いてなかったなと思ってさ。今さらだと思うけど、理由を教えて貰えないかな?」


 僕が問いかけると、花織は一瞬驚きの表情を作った。けれど、再び眉尻を下げてしまう。そして赦しを請う視線をしばらく送ってきたが、それも諦めたのか一度咳払いをした。


「たいした理由ではなかったのですけど、やはり聞きたいですか?」

「うん。花織のことはたくさん知りたいと思ってる」


 花織から念押しされたが、聞いて後悔をするより聞かない後悔をしたくない――そう表明した。僕の返答に嘆息で相槌を打った花織は、一呼吸おいてきりっとした表情を作り、自身の過去の一端を語りだした。



   ◆◇◆◇◆



 私には幼少からの幼馴染が何人かいる。ほとんどは女の子で今でも時折りスマホアプリでメッセージの遣り取りを続けている。男の子たちとは中学生になったあたりで疎遠になった。私の二つの膨らみの成長が早かったせいかもしれない。身体付きの変化が女の子と男の子の間に溝を作っていた事は、あの頃にひしひしと感じていた。


 この思春期をものともしない男の子がいた。それが八乙女やおとめ康裕やすひろくん。私は『康』を見たままに読んで、彼をコウくんと呼んでいた。


 康くんは一つ年下だったからかもしれない。甘え上手で、一緒にいればよく抱き付いてきた。私は康くんに恋心からの好意を持っていたのか、今では分からない。ただあの頃は頼ってくれる康くんに優越感を持ち、お願いされれば出来るだけ叶えてあげていた。


 叶えてあげた事には、大人の階段を上る事も含まれた。


   ◇◆◇


 私が小学校六年生になった春、康くんは五年生になった。三軒お隣の康くんの家は私の家より学校に近い。なので、通学の時に康くんの家の前を通り過ぎる事は当たり前の風景で。


「行ってきます――」


 朝、自宅を出ると――


「行ってきまーす」


 計ったように康くんが家を出てきた。そして道行く私を見つけて――


「おはよ、花織かおねぇ

「おはよう、康くん」

 

 年の差を意識させる呼び方で私に朝の挨拶をしてくる。私もいつものように挨拶を返す。こんな朝が小学校低学年から変わらないルーティンになっていた。

 でも、昨日の朝は康くんが同じように家から出てくる事はなかった。少し気になっていたので昨日の朝のことを尋ねてみた。


「昨日は朝一緒にならなかったけど、康くんお寝坊した?」


 ルーティンが崩れる時は大抵康くんが寝坊している――理由はいつもの理由のつもりで言葉にしたのだけど――


「……うん、ちょっと寝坊してさ。一昨日の夜は夜遅くまでゲームし過ぎたみたい。心配かけてごめんね」


 どうやらゲームを楽しみ過ぎたようで――私が気にし過ぎだったみたいで。心配掛けたと謝りながら私に抱き着いてきたことで、もっと安堵して。だからだと思う――康くんが言い淀んで、話始めに間が出来たことに私は気付かなかった。


   ◇◆◇


 私が小学校を卒業して中学校へ上がる直前の休み期間、康くんと自宅でゴロゴロしていた。私の両親は共働きだから、警備員だと言って休日にはよく康くんが遊びに来てくれる。時にテレビを一緒に見て、時に一緒に宿題をして、時にじゃれ合って。今日は何をするでもなく、私のベッドで康くんが横になり、その隣で私は上半身を起こして本を読んでいた。


 康くんは私に身を寄せ、深く呼吸を繰り返す。私も女の子だから男の子に匂いを嗅がれたくはない。でも康くんの場合はその行為を止める気にもならなかった。しばらく康くんのしたいままにさせていると――


「かおねぇ……キスしたい」


 私を見上げるように視線を向けた康くんが、私の胸のある高さまで頭を持ち上げていた。


「中学に行っちゃえば、ぼくも通うまでの一年間、かおねぇにあんまり会えないのは寂しいよ。だから、かおねぇにぼくの印――押し付けたい」


 思いもしなかった康くんの想い。この時の私は年上あねとして受け止めなければ――そんな気持ちで康くんとキスをした。


 それからは、キスの種類がどんどん深化し、キスの際にはお互いの体形が分かるように衣服を薄くしたり――ファーストキスから一年経った頃、私の初めてを康くんにあげた。ただ康くんのお家の事情で、康くんは私と違う中学校に通い出したことあって、深い仲への後押しにもなっていた。


   ◇◆◇


――ッッッッ!!


 身を硬直させる私。続こうと運動に力込め速め――康くんの勢いが急速に落ちた。呼吸を荒くした康くんが私の上に重なる。いつもと違う様子に不安が膨れ上がって、急ぎ声を掛けた。


「康くん! 大丈夫?!」

「……大丈夫……だよ。ちょっと運動不足がたたったみたい」

「今日はもう、終わりにしよ?」

「うんん、少し休めば……もうちょっとだから。続けよぅ?」


 時間にすれば五分だろうか。私の上で休息をとる康くん。しばらく目を閉じ荒い息を吐いていたけど、それも次第に収まり――両腕に力を入れ身体を起こすと、運動を再開した。でも、表情に苦悶の色を残していて。だからとっさに康くんを抱き留めて動きを止めて――


「私に、任せて」


 康くんは驚いた顔になった。返事を待たずに姿勢を変え、風船を外して深淵に迎える。そしてぎこちなく小刻みに扱いて。しばらくすると――


――ゥゥ!


 小さな呻きと共に、奈落の入口が加熱された。康くんはコロンと私の脇で大の字に寝そべり。苦悶の表情も呼吸の荒さも落ち着きはしたけれど――今回の康くんの様子は言い知れぬ不安を私に覚えさせた。


 それからの日々は、今日の様にゴールする事になった。


   ◇◆◇


 二月ほど経ったある日の学校の帰り道、自宅まであと少しというところで通学路に倒れる人影を遠目に見つけた。どうしてここに?――とても気になった私は近寄って顔を見た。それは――


「康くん!!」


 幼馴染で一つ下の男の子だった。私とは違う中学校へ通っていたから、最近は通学路で同行することも少なかった。だから後で知ることになる――小刻みに震える心臓の病いが康くんにあったなんて。


「――救急車、呼ばなきゃ――」


 康くんの弱々しい呼吸に、慌ててスマホを取り出した。緊急通話のダイヤルタップをする間中、指先が震える。ワンコールで通話が繋がり――大至急で救急車をお願いした。たぶん、その声も震えていたと思う。


「――康くん、今、救急車来るからね。頑張って、頑張って、康くん!――」


 救急車が到着して隊員が康くんを診るまで、康くんに呼びかけ続けた。でも――この日の日付が変わる頃、康くんは搬送先の病院で息を引き取った。病院に駆けつけた康くんのお父さんお母さんには、『倒れているところをよく見つけてくれた』と、大粒の涙を零されながらも感謝された。けれど、喪失感に苛まれる私は頷く事しか出来なくて。ただただ康くんの病いを知りもしなかった後悔で涙に暮れる日となった……



 中途半端な幕切れだったからかもしれない。どこかで康くんの再来を期待していた部分があったと思う。本来あるはずの年の差を感じさせない昌幸さんには康くんの面影を見付けなかった。なのに、年上だったハズの羽田野アノ人には面影を見てしまった。だから気持ちが堕ちかけたのだと、今なら思えた――



   ◆◇◆◇◆



――アイツに幼馴染の面影を重ねていた――


 花織に聞かせてもらった話を短く纏めれば、こんな感じだろう。その幼馴染とのエピソードも聞かせてもらったけど、花織においては恋愛感情があって幼馴染の相手をしていたとは、どうにも思えなかった。ただ世話好きな面が出ていたと思うから、アイツの取る行動が偶然にも幼馴染と重なり合う部分を作り出してたんだろう。


 もしも花織をもっと高みへ導くなら、アイツの――否、その幼馴染を真似ても良いかと思いはしていた。ただ僕では再現が厳しいと思う。

 花織とその幼馴染の年の差は一つ――それは僕と花織の年の差と同じだけど、僕と僕の幼馴染の水琴は同い年なので、幼馴染の質は大違いだろう。やはり実体験が物をいう――初体験は同じ中学生同士でといっても中身が異なると考察した。だから彼らの物真似は諦めよう――そう結論付けた。


「――昌幸さん?」


 おっと、またもや思索に耽ってしまった。


「ごめんよ。話を聞いて少し考えてみてた」

「それって……」


 花織が不安そうな表情を見せる。たぶん余計な話をしたと気を揉んでいるだろうから、安心させてあげないと。


「大丈夫。僕は佐々木昌幸であって、アイツや花織の幼馴染になろうとも、真似ようとも思わないから。ただね……」

「ただ?」


 僕がおかしな真似をしないと知って、ホッとした表情に変わる花織。内心で失敬なと思わなくもないけど、悪戯に花織を動揺させたい訳でもない。だから、これで良いのだけど――やっぱり悪戯心も首をもたげてくるわけで。


「花織をもっと感じさせてあげるには、どうしようかなって考えてた」

「…………もう、もうもう、もう!」


 しばらくポカンとした後で両の拳を握りポカポカ僕の胸を叩く花織の様子を、内心で可笑しく感じていた。


   ◇◆◇


 もう一戦を提案すると、『シャワーを浴びたい』と申し出があり。了承して順にお風呂場へ行ってベッドに集合した。念のため花織がシャワーを浴びている間にベッドシーツは取り替えておいた。色々としるが出たからね。


 ベッドサイドに二人で腰掛け、サイドテーブル上のデキャンタ―からコップに水を注いで、まずは僕が飲み干して。続けてコップに注ぎ直して、コップは花織へ手渡して。一戦する際は脱水対策にと初めに水を飲むことにしている。飲み干した花織からコップを受け取ると、僕は待ち切れないと花織の唇に口付けた。


 待ち切れないのは花織もだったようで、啄むように僕の唇をチュッチュッと音を立てて軽く吸う。応えるように少し角度を変えて啄み返して。しばらくして息を整えようと互いに離れると、唾液の橋がつながった。


 潤んだ瞳を瞬かせた花織が目を閉じて僕を誘う。誘引されて再び口付ける。今度は深く花織の口内を味わおうと、より唇を密着させた。互いのまじりあう唾液が甘く感じる。再び呼吸を整え直すまで、深い口付けを続けた。


   ◇◆◇


 半身で上下逆さまで向き合っていた。突きなぞって吸い上げて鈴を転がす。巧みさは込み上げる感触を覚えさせてくる。負けじと湧き水増える泉とヒクッと震えるルビーを見せ付けられて。頃合いと見て泉に潜水する合図を視線に乗せた。


 同意の仕草に姿勢を変え、上から下を見下ろすように向き合い、良いところを潜行浮上できるよう角度を調えてゆっくり深く浅く急がずに。次第に上昇する岩盤の温度。不意に二つの半月に囚われる。月の誘いと見て水底を押すようにビートを変える。小さく逆エビに反らしたのはしばらくしてだった。


 勢いを借りて抱き起す。口付けを楽しんだり、恵みの頂に吸い付いたり。もう一つの丘をサワッとなぞり頂点を弾いてリズムを奏でる。いつしかスリッスリッと蠢く桃を抱き寄せる。柔らか味を堪能し終えて半身を倒す。スリィスリィと滑らかな音を立てるようになり、ちょっとして抱き寄せるとスリスリは勢いを増した。


 横に転げて上下を入れ替え、ビートに更なる変化を付ける。時に浅瀬を引っ掻き、時に水底をノックして。微風から一転大きくなった烈風を聞いていると、大地の四方が張り詰め、深淵の入口がポカリと開き二つのチョコレート色の宝珠が右往左往していた。そして……水底を熱い散弾で再加熱して空が崩れ落ちた。


   ◇◆◇


 二戦した気怠さを前に、一つのタオルケットに二人で包まり、身を寄せ合っていた。


「……今夜は……このまま寝ても……いいですか?」

「いいよ」


 二戦して疲労困憊の花織は既にうとうとしていた。幸花が目を覚ますまでぐっすりお休み――そんな思いから肯定する。もしも幸花が目を覚ましても夢の中だとして、その時は僕に任せてくれても良いわけで。


 まぁ、いつもより感じてくれたかは、また今度聞くとしよう。


「――おやすみ、花織」


 返事を期待せずに返答し、羽根布団を追加で被らせて、僕も瞼を下ろした。

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