第9話 昌幸視点②

――ガチャリ!


 ドアを開けて入ってきたのは花織。そして本当に男性を連れていた。花織は男性に肩を抱かれ、如何にも男受けしそうな――この季節には合わない肌の露出した服装をしていたことが、隠しカメラ越しに確認できた。どの引き出しに隠し持っていたのか分からないアクセサリーで飾り付けた姿は、僕が持つ花織に似合うイメージを崩れさせていく。辛うじて髪型は僕の知っている花織だった。


 男性の方はチャラ男そのままの風体をしていた。痩せ気味の体躯をロックな服装で包み込み、チャラチャラ音を立てるアクセサリーを至るところに付けている。


『へぇ、ここがカオリンの家かい。結構広そうじゃん?』

『……そんなこと……昌幸さんの努力の賜物よ』


 事も無げに言葉を発するチャラ男に、花織は警戒心を露わにした声色で返事していた。そんな会話を繰り広げる二人が映るモニターを僕は直視できず、目線を横にいるミーちゃんに逸らす。ミーちゃんはといえば――


「映像も音声もバッチリね! これなら証拠能力に十分期待できるわ」


 カメラ映りやマイクの音拾いの調整に余念がない雰囲気で。これから目の当りにするだろう、痴態を想像して鬱にしてるのは僕ぐらいだった。


「ミーちゃんは、気にならないの?」

「ん? 何を?」

「いや、これから目にするかもしれない……アレコレのこと……」


 ついミーちゃんに尋ねてしまった。ミーちゃんの旦那さんが花織とする……運動が気にならないのかと。


「んー、もうどうでもいいかな――そんな気持ちなのよね。証拠動画だけ取れれば十分だしさ」


 やっぱりミーちゃんは旦那さんを切り捨てる気満々らしい。それだけ冷め切った夫婦関係でしかなかったんだろう。僕は僕で会うこともなかったから、旦那さんへの思い入れもない。旦那さんの行く末には……合掌しておこう。


「マー君は――そうはいかないよね。見たところ、報告の通りみたい。花織さん、乗り気でしてる浮気って訳じゃなさそう。ハデ目の服装のわりに表情は冴えないし」


 映像は二人に追従し、玄関から短い廊下へ、廊下からリビングに切り替わる。薄い笑みを浮かべてあちこちを見やるチャラ男に比べ、常に顔を俯かせた花織が映し出されていた。チラっとモニターに目を向けて、直ぐに視線を彷徨わせてしまう――そんな僕をミーちゃんは慮り、花織を酷く言うことは避けていそうだった。


 モニターの中では、エアコンを稼働させたチャラ男が花織に話しかけ、雰囲気作りをしている。花織の気分を盛り上げようと、花織の頬やうなじなどの露出したところを口付けて。次第に花織も気分を盛り上げ――否、花織の気分は盛り上がってなどいなかった。業を煮やしたのか、チャラ男は花織のたわわな胸に手を伸ばして――大きく円を描かせた。


『反応ないのはつまらんわー。その態度でいいと思っとる?』


 チャラ男が花織の振舞いを質すと舌打ちが聞こえた。そして一拍置いて花織から漏れ出す艶のある声。それは僕とスル花織のアノ声とは異質――まるで演技のようで。それはチャラ男も分かっているのだろう――


『ま、今は芝居でええわ。どうせ最後にゃ、マジ喘がせてやるよ、こないだみたいにの』


 今抵抗しようと、最後には堕ちる。チャラ男の描く結末を予告され、花織は顔を上げてキ゚ッとチャラ男を睨み付けた。でも、すぐに視線を落とし――体の力を抜いた。抵抗する気力が底をついたように。


 僕はその様子も未だ直視できなかった。それどころか、という言葉に打ちのめされていた。ミーちゃんから聞かされていても、心のどこかにあったという期待が完全に砕けたから。僕も項垂れ、花織との未来を考える気力が底を尽き掛けていた。これでは初音の時と変わらないというのに……



   ◆◇◆◇◆



 ミーちゃんの告白を断ってからは、の誘いには応じなかった。出来るだけ出会わないよう、再従兄弟はとことしての責務以外ではミーちゃんを避けていた。遊びの楽しさを知ってしまったから。遊んでしまえば、今度こそミーちゃんに囚われると感じたから。

 だから勉強に打ち込み、仙台一番の進学校と噂される高校に入学できた。ミーちゃんも受験してはいたが、不合格と聞いた。滑り止めで受けていた、本来の学力に見合う私立のお嬢様学校への進学と、後から伝え聞いた。


 ミーちゃんから逃れる――その一段階目は達成した。だから策の二段階目として、恋人を作る努力をした。幸いにして一年の夏休み前には彼女が出来た。同じ教室の秀才な彼女とは節度ある交際になったが、お互いに東京の有名難関大学を目指す同士としての意識も手伝って順調な交際だった。幼馴染が彼女に接触を図るまでは……


「私というものがありながら、他の女に手を出すの?」


 交際は過去のことと説明して一度は納得してもらえた。だが、ミーちゃんは次策を用意していた。再従兄弟はとことして出席したミーちゃんの誕生会で撮られた写真を彼女に見せた。


「二人っきりで誕生日を祝うほど、今でも仲良しだったんですってね! この、嘘つき!」


 実は潔癖だった彼女は激怒した。聞く耳は持ってくれなかった。これを機に彼女から距離を置かれ、こうして初彼女との交際は終了した。ミーちゃんには抗議したものの、上手く躱されてしまう。


「あら、勘違いしたのは彼女ね。わたし、二人っきりなんて、一言も口にしてないもの。たまたま二人だけが写った写真を見せただけよ?」


 ミーちゃんは確かに名士一族の人間だった。策士としてはミーちゃんが上手なことを、改めて思い知らされた。単純に別れされるだけでなかったことに。

 その後しばらくして、僕は二股する男として学校内でレッテルを貼られた。元彼女が僕と別れた理由を、彼女の友人たちに話していた。その友人の中に口の軽い子がいたせいだった。

 ミーちゃんは元彼女の周辺を調べ上げ、ここまで予測していたらしい。おかげで僕は学校内での出会いを諦めざるを得なかった。


   ◇◆◇


 高校も二年に進級した。その直前の春休みに二人目の彼女が出来た。切っ掛けは偶然に等しかった。部活で大会に向かうため、仙台駅で階段を登る彼女が、走り下りてきた男性に押され転倒し掛けたところを、後ろに居た僕が抱き止めた。漫画チックな出会いに感動した彼女から告白され、お互い良く知らない同士を理由にお試しからと条件を付けて受け入れた。


 二人目の彼女、五十嵐いがらし初音はつねはスポーツ強化指定校に通うテニス大好き少女だった。もちろんテニス部に所属し、県大会に出場できるほどの努力家だった。夢は海外に拠点を置き、四大大会に出場することで。一方、少女漫画大好きっ娘でもあった。だからこそ、冗談のような出会いでコロっといったのだと。あこがれ三大シチュエーションの一つが叶って嬉しかったと打ち明けられた。


 そんな出会いだった彼女でさえ…………



   ◆◇◆◇◆



「……マー君、気分は大丈夫? お顔が青白いよ?」


 ミーちゃんの声掛けに、物思いから意識が戻った。どうやら過去の後悔に囚われていたらしい。二度同じ思いをしない――そう決意することになった出来事の記憶に。


「……うっ、少し気持ち悪いけど、大丈夫だから」

「そうぉ? エチケット袋ならそちらの壁際に置いてあるからね。もう少し時間掛かりそうだから、その時は遠慮しないで」


 長年の付き合いといったところか、ミーちゃんに僕の内情はバレている。ミーちゃんに気を遣わせてしまい、申し訳なかった。だから気力を奮って、モニターへ視線を巡らせた。


 モニターの中では未だに立ち姿勢の絡み合いが続いていた。チャラ男の言葉攻め、撫で弄り、露出した肌へのキス音……次第に大きくなる花織の呼吸音は時折りアクセントが異なり出す。頃合いとなったのか二人は立ち姿勢から、花織を下に組み敷いた体勢でソファーに横になっていた。チャラ男の手も花織の薄衣のうちへ伸びて。花織の手もチャラ男の膨らみに誘導されていた。


『そろそろ良さそうやな』


 花織の薄衣――下の方を剥ぎ取ったチャラ男。再び手をやり、水音に耳を澄ませ。ジッパーを下げる音も聞こえる。そして花織を腰で割り――チャラ男の行いが花織を汚し始めるのと時を同じく、初めは呟くように――次第に大きくなる声が花織から漏れた。


『……イヤ……イヤイヤイヤ…………イヤイヤイヤイヤ、イヤアアアアァァァァ!』


 首を大きく振り、激しく抵抗する花織。その姿に苛立ちを隠せないチャラ男は言葉をぶつける。


『ちっ、今日は抵抗がしつけーよ。今日に限ってホテル使えないから、お前の家にしたけどよ、こうも聞き分けないとはな。カオリンよ、旦那は今も秋田や、ここにはおらん。叫んでもムダやムダだ!』


 チャラ男は声を遮ろうと、口付けて花織の口を塞ごうとする。しかし花織のイヤイヤは激しすぎて目的を果たせない。しかも花織は静かになるどころか――


『――助けて、助けて――昌幸さん、昌幸さん――助けて、昌幸さん!――』


 僕の名を呼び、助けを求める。チャラ男が太ももを腹を顔を張ろうとも、繰り返し花織は僕を呼び続けた。それは花織のSOSエスオーエス――そのように聞こえて、僕は約束を思い出す。そしてモニターに顔を向け――


「花織!」

「――あっ、ちょっと――」


 僕は声を大に名を叫び、ミーちゃんの声を置き去りに、指揮所にしていた納戸の戸を開けて飛び出る。この家を契約した時、秋田への転勤が決まった時、幸花を生んでここに戻って来た時――この家で花織がピンチの時は、僕がどこからでも駆けつける――冗談交じりに花織と結んだ約束。それだけでは、守るべき時に守れない悔しさを募らせて。


 モニターの中では、チャラ男が業を煮やして、花織に芯を通そうとしていた。

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