MID2 《血族》

 ショッピングモール・フードコート。

 “猟兵オプリーチニキ”は、三十九個目のハーゲンダッツを平らげた所だった。


「つめたくってあまくっておいしいわ!」

「……お気に召したようで何より」


 知性の欠片も感じられない食レポは、猟兵の対面に座る男に頭痛を与えたらしい。


 エリート意識を感じさせる、清廉な白のジャケット。

 獲物を逃がさぬ猛禽に似た、隙のないオールバック。

 引きつった笑みの奥には、明確な怒りが見え隠れしている。


「ミスター・ディアボロス? おなか痛いの?」

「懐が寒いだけだよ、レディ」


 “悪魔ディアボロス”と呼ばれた男。

 頬をひくつかせながらの返答を受け、“猟兵”は気遣うような目になった。


「……そういえば、あなた達日本人にとってはこれが冬だものね。

 寒さにはよぉく冷やしたウォトゥカウォッカが効くって、ぱーぱが言ってたわよ?」

「“皇帝ツァーリ”はどうも、君に似て悪食らしい」

「だって、わたしのぱーぱだもの」


 四十個目のハーゲンダッツに手を伸ばす、“猟兵”。

 “悪魔”は無言で目を逸らし、席を立った。


「? おはなつみ?」

「腹は壊していない。ATMで現金を卸してくる」

「えーてぃー……?」

「君が心置きなくおかわりできるように、準備するということだ」

「優しいのね、ミスター・ディアボロス! だぁいすき!」

「それはどうも」


 投げやりに返事をして、“悪魔”は去る。

 一人取り残された“猟兵”は、四十個目のハーゲンダッツの蓋をぺろりと舐めて、おかわりのハーゲンダッツが無いことに気付き、周囲を見回した。


 昼下がりのフードコート。

 平日ではあるが、既に十二月も半ば。

 この辺りの学校は冬休みを迎えているのか、中高生の制服姿が目立つ。


 どうでも良い。

 問題は、おかわりがどこにも無いということ。


「……ミスター・ディアボロス、はやくかえってこないかしら?」


 “猟犬”は、“悪魔”に買ってもらった子供用のハイヒールをぶらぶらした。

 次に、“悪魔”に仕立ててもらったゴシックロリータの袖をくるくるする。

 ふりふりが邪魔になって、すぐにやめた。

 “悪魔”は帰ってこない。

 おかわりも、ない。


「んむー……」


 ハーゲンダッツについてきた木製のスプーンを舐め、味がしないことに気が狂いそうになってきた時。

 机の上で、ブブブ……と、振動するものがあった。


 スマートフォン。

 “悪魔”の忘れ物だ。

 “猟犬”は、それがブブブと震えている理由について考えた。


 電話だ。


「ぱーぱ!?」


 思い至った瞬間、“猟兵”はスマートフォンを取り上げていた。

 盗み見たパスワードでロックを解除。

 受信。


『ハローハロー、ミスター・ディアボロス?』


 ぱーぱの声ではない。知らない女性の声だ。

 “猟兵”はひどく落胆した。


「ミスター・ディアボロスは、今、えーてーえむに行っているわ」

『ATM? ……いや待て、お嬢さん。キミはどこのどいつだ?』

「“皇帝ツァーリ”の娘。“猟兵オプリーチニキ”」


 やる気をうしなった“猟兵”は、だらけきった声で答えた。

 空になったハーゲンダッツを転がして、弄ぶ。


「ことづてなら頑張るわよ。わたしは良い子だから。わすれちゃったらごめんなさい」

『……言伝はいい。

 まず、君について聞かせてくれないか。“猟兵”ちゃん』

「わたしについて?」


 “猟兵”は少し考えた。

 電話の向こうから、自分をちゃん付けで呼んでくる、女の声について。


 誰だろう。

 わかんない。

 でも、ちゃんって敬称は、なんか可愛くて良い。


「……良いわよ。“猟兵”ちゃんがこたえてあげる」


 スマホを耳にあて、ふふんと胸を張る、“猟兵”。

 電話の向こうの女は苦笑した。


『助かった。それならまずは“皇帝”について――――』

「“猟兵”! 人の携帯でなにをしている!」


 “猟兵”はなんでも答える予定だった。

 だが、帰って来た“悪魔”にそんな予定はないらしい。


「あら、おかえりミスター・ディアボロス。

 いまね? しらないおねーさんからね? お電話がきててぇ……」

「返してくれ」

「……や」

「せい」

「わぁ」


 電話を強奪、もとい奪還した“悪魔”は、潜めた声で通話相手になにかを告げた。

 “猟兵”はむむーっと耳を凝らしたが、聞き取れたことは多くない。



「忘れてしまえよ“銀時計シンデレラ”。

 お前の役目は、とうの昔に終わっている」



 しんでれら。

 ちゃん付けで呼んで来た女は、そんな名前らしい。

 “猟兵”はその名前をどこかで聞いた気がしたが、語彙力は少ない方なので、気のせいだと判断する。


 通話というおもちゃも取り上げられてしまった今、できることはとくにない。

 戻って来た“悪魔”の脛を、無言で蹴ることしかできなかった。


「やめろ、“猟兵”」

「むー」


 やがて電話を終えたらしい、“悪魔”。

 むーっと呻きながら見上げてくる“猟兵”に、ため息まじりに告げた。


「今日のハーゲンダッツは終わりだ」

「!?」

「……明日食わせてやるから泣くんじゃない。まったく、これだから子供は……」


 “悪魔”は頭をかき、スマートフォンを懐にしまう。


「いじわるを言っている訳ではない」

「けーたい……勝手にさわった、ばつでしょう? わかるわ。わたし、わるいこになっちゃったもの。だからぱーぱも電話してくれなくって……」

「違う」


 “悪魔”が、その神経質そうな顔に眼鏡をかける。

 頭をかいて乱れたオールバックを正し、冷たい眼光で、フードコートを睨む。



「囲まれているんだよ、レディ」

「分かってるわ。UGNの、かわいいかわいい子供たちチルドレンね?」



 “悪魔”の眉間を、対物アンチマテリアルライフルの弾丸が撃ち抜いた。

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リプレイ・ゴシック @syusyu101

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