過去編『罪深き英雄』 フロストブルー/蒼井博
【注意書き】
直接的な表現、過度なグロ・ゴア表現はございませんが、残酷な出来事、ショッキングな描写が含まれます。具体的には変身ヒーローが無抵抗の人々を◯害するように強要されるシーンがございます。どうかご無理のない範囲でご覧くださいますようにお願いいたします。(作者)
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なあ、勇斗。
俺はヒーローになりたかった。
その機会さえあればヒーローになれると本気で思い上がっていた。ヒーローになれたなら、どんなことでもできるようになると思っていた。
だけど、人を救うというのは、物語の世界のように、単純なものではなかった。力があったところで、救えるものなんてたかが知れていた。
なあ、勇斗。
お前ではなく、俺があのとき死んでいれば良かった。
俺はヒーローなんかじゃない。
誰も守れない、ただの大罪人だよ、勇斗。
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2001年8月、赤嶺勇斗の死後、街は一時の平和を取り戻したかに思われた。大怪獣の崩壊と同時に多くの過激派妖精族が倒され、怪人の脅威は去ったかに見えた。
それでも蒼井博は、親友である赤嶺勇斗の遺志を継ぎ、街の安全を守るために日夜パトロールを続けていた。
(勇斗。お前が守った街は、今日も平和だよ……)
しかし、穏やかな日々も束の間、再び街に怪人の影が忍び寄った。
大怪獣の爆裂と共に、大怪獣を操縦していた過激派妖精族は命を落とした。そのため、新たな怪人が生まれるはずはないと踏んでいたのだが、その予想に反して目撃情報は日増しに増えていった。
「俺は勇斗のためにも、この街を守る!」
そう決意を新たにした蒼井博は、再び街を襲う怪人の脅威に立ち向かう覚悟を決め、街の見回りを強化した。
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蒼井博は、市民を襲っている怪人を発見すると、フロストブルーの姿に変身する。そうして、いつものようにグリムコアを破壊して敵を打ち倒す。
「よし、これで……!」
だが、その怪人はグリムコアを破壊された後も人間の姿に戻ることなく、異形のまま息絶え消滅してしまった。あとに残されたのは、グリムコアの破片のみ。蒼井博は、元の姿に戻ることなく消滅した怪人を前にして呆然とする。
「消えた!? 何故、人間の姿に戻らない……!?」
やがて、蒼井博は、動揺し、心を乱された。
(……何が起きた……? まさか、俺は……俺は……人を…………?)
その瞬間、彼はヒーローメットの下で嫌な汗をかいていた。
今までのヒーロー活動は、怪人が死ぬことなく、元の人間の姿に戻ることを前提に成り立った活動だった。その前提が崩れてしまった今、蒼井博は、武器を振りかざすこともできずに立ちすくんでいた。
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「どうしたの、フロストブルー? お得意の『怪人退治』は、もうやらないの?」
その時、蒼井博の前に、過激派妖精族の唯一の生き残りである『白い妖精』ミルキーが姿を現す。ミルキーの背後には、ミルキーに操られていると思しき怪人達が列をなしている。蒼井博は、未だまとまらない思考のまま、それでも戦闘態勢を取ろうと試みる。
ミルキーは、蒼井博に告げる。
「少し話をしようか。ボク達妖精族も、人間と同じく性別を持っている。雌雄が揃わなければ、新たな命を生むことはできない。しかし、変身ヒーローたちの『大活躍』によって、雄の妖精族は全て滅んでしまったよ。残されたのは穏健派の
蒼井博は怒りに震えながらも、ミルキーの言葉に一抹の不安を覚える。確かに、変身ヒーローたちが結果的に妖精族を滅ぼしたことは事実だ。
しかし、彼らは街を守るために戦っていた。妖精族が地球を侵略しようとしていたのも事実だ。蒼井博は自分の中で葛藤した末に、ミルキーに問いかける。
「何をふざけたことを言っている……? そもそも、お前たちが地球を侵略しようとやってきたのではないか! 俺たちは街を──地球を守るために戦っていただけだ。お前たちが侵略をやめていれば、こんなことにはならなかったはずだろう! 勇斗だって死なずに済んだ!」
ミルキーは、蒼井博の反論を聞いてもなお薄笑いを浮かべている。彼女の目には狂気が宿っているようで、その視線は街全体を見下ろすように鋭く、そして冷たい。
「確かにボクらは侵略者だ。だが、ただ黙って、静かに滅びを受け入れるなんてお上品なこと、ボクには出来ない。妖精族を滅ぼした人間と『変身ヒーロー』を、ボクは赦すことなど出来ないんだ」
「ほざけ……!」
一方、フロストブルーは、ミルキーの言葉に激昂し、その身を震わせながらミルキーに向かって立ちはだかる。彼はミルキーを攻撃しようとして構え、必殺技を繰り出そうとした。
「だから、この一年、ボクは一時は穴蔵暮らしに身をやつしながら、ずっと準備していたんだよ」
ミルキーは、フロストブルーに見せつけるように、手元にある赤いスイッチを押した。
「『世界を滅ぼす』準備をね」
その瞬間、世界中に、
人類などより圧倒的に優れたオーバーテクノロジーをもつ過激派妖精族の生き残りであるミルキーが保有していた最終兵器アルマゲドンの炎が、世界を焼き尽くす。
その映像が、ミルキーのテレパシーによって、蒼井博に送られてくる。
その炎は、まるで天から降り注ぐようにして、一瞬にして都市を焼き尽くし滅ぼした。高層ビルの鉄骨が溶け落ち、人々の叫び声が消し飛ばされ、炎に呑まれていった。街の明かりが消えていき、人々が消滅してゆく光景は、まるで地獄の門が開かれたかのようだった。
その瞬間、日本以外の国は滅ぼされてしまった。日本以外の国々は存在を消し去られ、各地の文明は瓦解した。生き残った日本の人々は絶望の中で、人類がこれまで築き上げたものが一瞬にして奪われたことを悟った。そして、その絶望は、焦土と化した地球に広がっていった。
アメリカ合衆国も、ロシアも、中国も、最早存在しなくなった。地球の殆どは、焦土になってしまったのだ。
「貴様……これは……一体、何をした!?」
「文字通り、世界を滅ぼしたのさ。妖精族が保有する最終兵器、アルマゲドンでね」
蒼井博は、携帯電話でアメリカのインターネットサイトに接続しようとするが、できなくなっていた。他の国への接続や連絡も試みたが、叶うことはなかった。各国は、サーバーごと、国ごと、滅ぼされたのだと悟り、蒼井博は歯を噛み締めた。
薄笑いを浮かべるミルキーの表情は狂気に満ちていた。その笑みは、まるで地獄から這い出てきた悪魔のように恐ろしかった。彼女の言葉には、かつてない絶望が滲み出ていた。
「
ミルキーのその言葉は、まるで悪魔の哄笑のように聞こえ、絶望が漲っていた。ミルキーの瞳には、もはやがらんどうな虚無しかないように見える。
「ボクの目的は、心中。相打ちだよ」
ミルキーの瞳には、虚無だけではなく、もはや理性を失った狂気すら宿っている。蒼井博は、ミルキーを攻撃しようとするが、ミルキーはその動きを制止した。
「やめておいたほうがいいよ。ボクが死ねば、自動的に最終兵器アルマゲドンがこの国にも落ちる。そうなるように機構を組んだ。……ボクの目的は『心中』だと言っただろう。ボクは独りでは死なない」
蒼井博は、その言葉からミルキーが本気であることを悟った。彼女の狂った眼差しを見つめながら、蒼井博は問いかけた。
「……ならば何故、日本だけ無事に残した? 滅ぼすならば、一気に滅ぼすこともできたはずだ!」
ミルキーは嘲笑うように大きく笑い、そして告げた。
「復讐と、暇潰しの為だよ。何もかも壊してしまったら、遊び道具や娯楽がなくなってしまうだろ。ボクが生きている間、変身ヒーローや……『それになりたい人間』に、復讐を続けながら生きるのも悪くない」
「暇潰しだと!? そんな……そんなことのために……世界を……!」
蒼井博は怒りで手を震わせるが、先程のミルキーの発言――最終兵器アルマゲドン――を思い出して踏みとどまるしかなかった。ミルキーは蒼井博に提案を持ちかけた。
「残った
「拒否権は……?」
「断れば、皆死ぬだけだ。君も、君の両親も、家族も。赤嶺勇斗の遺族も」
大切な両親や、赤嶺勇斗の遺族の命を持ち出された蒼井博。彼は逡巡の末に屈服し、膝を折るしかなかった。実際に世界の殆どを滅ぼしてしまった最終兵器アルマゲドンの破壊力は、恐るべき脅威だった。
人類の大半は滅ぼされたのだ。
この恐るべき最終兵器を握るミルキーの手によって。
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残りの全人類を人質に取られた変身ヒーロー『フロストブルー』は、このときからミルキーの傀儡となった。
皮肉なことに、変身ヒーローの強大な力は、人間相手にも有用だった。
どんなに鍛えている相手でも、どれほど訓練を積んだ大人相手でも、怪人より簡単に倒すことができてしまった。
蒼井博はヒーローメットの下で絶望した表情を浮かべながら、痛みに苦しみ呻く人々を見つめていた。
(俺は、こんなことのために、ヒーローになったんじゃない……!)
フロストブルーに追い詰められた官僚の一人が、必死に叫び声を上げた。
「助けてくれ……君は……『ヒーロー』なのだろう!? それが、何故、人間を殺しているんだ!」
ミルキーに抵抗しようとした日本の首相、官僚、自衛隊、警察。蒼井博は、彼らを倒すことを強要された。かつて誰もが認める英雄だったはずのフロストブルーの手は、同族殺しをさせられて真っ赤な血に染まっていた。
蒼井博の苦悩を見たミルキーは愉快そうに笑っていた。
それ自体が、ミルキーの復讐でもあるのだ。
蒼井博は、日本国民全員の命と、目の前の人間の命を天秤に掛けさせられている。その上で、目の前の人間を殺すという最悪なトロッコ問題を強制させられ続けた。
(嫌だ……嫌だ……殺したくない……殺したくない……!)
蒼井博は、震える眼差しで、無抵抗の人々を見ていた。この当時、蒼井博はまだ十六歳になったばかりの少年だった。
しかし、蒼井博には選択権などなかった。彼の背後にいるミルキーは、常に最終兵器アルマゲドンのスイッチを握っている。
眼の前の男性は悲鳴を上げている。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、死にたくない! 私には家族がいるんだ。子供が生まれたばかりなんだ! 嫌だ! 死にたくない……!」
彼の声を遮るように、白い妖精の無情な声が響く。
「さあ、早くやるんだ、フロストブルー」
(……いやだ、いやだ、いやだ。殺したく、ない……!)
――蒼井博は、警察組織や自衛隊を壊滅させた。
返り血を浴びた彼は、跪いて慟哭していた。
許しを請うようなその言葉を、数多の死体が聞いていた。
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防衛手段を持たなくなった日本を統括するために生まれた組織、『ヒーロー協会』。その表向きの組織の会長職に据えられたのは、若干十七歳の蒼井博だった。
しかし、蒼井博には実質的に権力などはなく、ミルキーの傀儡に過ぎなかった。
(…………俺は……俺が、この手で……人を……数え切れないほどの人を……殺した……)
蒼井博は精神的に追い詰められ、自らの命を絶つことすら考え出した。そんな考えを見透かすように、ミルキーは、嘲笑いながら告げた。
「簡単に楽になろうだなんて思うなよ。蒼井博、君が死んだら、日本を滅ぼすよ」
この言葉によって、蒼井博はその生命を手放して楽になることすらも許されなくなった。
(誰か……誰か……誰か、助けてくれ、勇斗……)
蒼井博は、必死に助けを呼んだ。
しかし、救いのヒーローはもう、この世にはいない。
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「はじめまして、僕は、
失意の日々を過ごす蒼井博の前に、ヒーロー協会の常勤職員として雇われた矢作秀明という男性が現れた。彼は、赤嶺家が怪人に襲撃されて以降行方不明だったノヴァからの使者だった。
ノヴァは、ミルキーに露見しないように、秘密裏に接触するために、人間の協力者である矢作秀明を介して接触してきたのだ。矢作秀明は、ノヴァが結成した、ミルキーに水面下で対抗するためのレジスタンスの幹部だった。
「俺の手はもう血に染まり過ぎている。幸せになることなど許されない。だから……せめて、生きている間は……変身ヒーローと、俺に殺された人々の遺族の救済に、人生を捧ぐつもりだ」
「蒼井会長……」
「そうしなければ、この手で奪った命に報いることが出来ない……。死んだほうが楽だと分かっていたとしても……俺は、戦う。戦わなければならない……」
蒼井博は、死んで楽になれたらどれほど良いだろうと思っていた。
しかし、死ぬわけにはいかなかった。
蒼井博の肩には、常に、日本国民すべての命が乗っている。
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そうして、赤嶺勇斗が死んでから、19年の時が流れた。ミルキーは、民間から選びだした変身ヒーローを、怪人と戦わせるという悪趣味な『遊び』を楽しむようになっていた。怪人の正体は、無作為に選ばれた民間人を改造したものである。
ミルキーは、何も知らない変身ヒーローの補佐妖精として無垢な存在のように振る舞っていた。そして変身ヒーローが「市民を守るために戦う」と発言するたびに愉快そうに嘲笑っていた。変身ヒーローを憎むミルキーは、彼らをいたぶり貶めることでしか、愉悦を感じられなくなっていたのだ。
そんなミルキーの暴虐を前にしながら、蒼井博は、必死に耐えていた。蒼井博は、常に見張られているため、怪しい動きを知られれば最終兵器アルマゲドンのスイッチを押されてしまう。そのため、彼は表面上、ミルキーに従順に振る舞い続けるしかなかった。
しかし水面下ではノヴァが率いるレジスタンス、そしてヒーロー協会内部では、矢作秀明が奮闘している。希望の火は乏しいが、まだ途絶えてはいなかった。
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