第四章『ヒーローを失った世界で』

過去編『救世の代償』 ブレイズレッド/赤嶺勇斗

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 彼が死んだのは、暑い、暑い、夏の日だった。

 蝉がけたたましく鳴いて、耳朶じだを打っていた。

 彼の命日は、八月十五日。太陽の日差しは眩しく僕らを照らして、生命力に満ち溢れた季節だったのに。

 彼はもう、死んでいた。力を使い果たし、世界を救って、死んでしまった。

 

 僕等は、彼の亡骸に縋って泣いた。涙が枯れるくらい泣いた。

 彼の破損したグリムコアの欠片を集めて、彼の胸に押し込んだ。

 それでもなお、彼は生き返らない。


 一度死んだ人が蘇る方法があるなら、何でも試したいと思った。

 それが生命倫理に反することだとわかっていたけれど。

 それでも僕は、それくらい、彼のことが、大切だったんだ。

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 かつて、地球の予言者ノストラダムスは詩集に遺した。

 1999年7月、空から降ってくる恐怖の大王によって、世界は滅亡する。

 ノストラダムスの大予言は、外れることなく的中してしまった。

 

 予言通り、1999年7月に、恐怖の大王たる隕石が、日本の朱桜市の山に飛来した。しかし、その隕石は厳密に言うとただの隕石ではなかった。

 


 巨大な宇宙船には、自らを『妖精族』と名乗る異星の民が乗っていた。彼らは人間よりも圧倒的に高度な技術を持つ民だったが、彼らの母星は『アルマゲドン』という最終兵器によって滅んでしまった。


 そのため、彼らは母星から逃れ、新天地を探して地球──日本の朱桜市に飛来したのだ。


 妖精族の乗る移民宇宙船の内部事情は一枚岩ではなく、新天地の地球でどう振る舞うかに関して意見が割れていた。


 新天地・地球を侵略して我が物にしようとする過激派かげきはと、新天地・地球で暮らす先住民と共存しようとする穏健派おんけんはに二分していた。そして、過激派の意見が圧倒的多数で、穏健派は虐げられていた。

 

 そんな矢先、移民宇宙船は地球に漂着しようとした。しかし、着陸時に不慮の事故が起こり、朱桜市の山に墜落してしまった。移民宇宙船には、一万体以上の妖精族が乗っていたが、墜落の衝撃で起きた火災により多くの妖精族が焼けてしまい、命を落としてしまったのだ。


 生き延びた妖精族は、たったの109体。

 残った109体の妖精族のうち、生き残った穏健派はたった一体。

 地球には、108体の過激派妖精族が降り立った。


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 過激派の妖精族は、地球を侵略するべく、在来生物である『人間』に争いを仕掛けた。妖精族の体は、外見通り、ぬいぐるみのように脆いが、地球の文明を遥かに超えるテクノロジーを持っていた。


 そのテクノロジーを駆使し、過激派の妖精族は地球の固有種である『人間』を素材にグリムコアという妖精族の故郷由来の鉱石を埋め込んだ。そして改造した『怪人』を作り、自由に操ることで、地球侵略を開始した。

 『怪人』とは、『』物にされてしまった『』間の略である。彼らは、妖精族によって改造され、自らの意思を奪われただの道具として利用されていた。

 

 しかし、一方で唯一残った穏健派の妖精族ノヴァは、地球の先住民である人間たちと共存しようとする姿勢を見せ、過激派に反発した。彼女は、人間たちとの平和な共存を望んでいたのだ。

 

 しかし、彼女だけでは、過激派の妖精族、そして彼らが使役する怪人との戦いに勝つことはできなかった。

 ノヴァは、裏切り者として追い詰められ、過激派の妖精族が操る怪人に殺されそうになった。


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 そんな窮地にあるノヴァを救ったのは、十四歳の少年、赤嶺勇斗だった。


「おい! 大丈夫か!? 怪我はないか!?」

 

 赤嶺勇斗は、怪人の攻撃からノヴァを庇い、彼女を抱えあげると心配そうに見つめながら声をかけた。

 それが、赤嶺勇斗とノヴァの出会いだった。


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 しかし、赤嶺勇斗は、ノヴァを庇って怪人の攻撃を受け、胸を貫かれるという致命傷を負ってしまう。

 ノヴァは、そんな勇斗を救うために、彼の傷ついた心臓にとっさにグリムコアを埋め込んだ。

 そして、赤嶺勇斗は、奇跡的に蘇生した。

 妖精族の母星で採掘されていた『グリムコア』という鉱石には、適合した人間の願望を具現化する力があった。幼い頃から変身ヒーローに強い憧れを抱いていた少年赤嶺勇斗は、変身ヒーローに変身する力を手に入れたのだ。

 

「すげえ! オレ、ヒーローになってる!」

 

 勇斗は、自分の体を見つめながら興奮した声を上げる。彼は、自分が変身ヒーローになったことに喜びを感じ、ノヴァに感謝の気持ちを伝えた。

 

「サンキュー、ノヴァ! オレ、いっぺんヒーローになってみたかったんだよ!」

 

 そして勇斗は、ノヴァを襲った怪人のグリムコアを素早い動きで破壊し、初陣で勝利を飾った。

 

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「おっしゃ! グリムコア破壊したぜ!」


 赤嶺勇斗は、変身ヒーロー『ブレイズレッド』として、怪人を倒し、街の人々を救っていく。彼の活躍により、街の平和は守られていった。『ブレイズレッド』とは、赤嶺勇斗が考えたヒーローとしての名前だった。

 

 この時代の怪人製造技術はまだ粗末であり、怪人に埋め込まれた『グリムコア』を破壊することで、人間を改造前の元の姿に戻すことができた。そのため、赤嶺勇斗は、怪人をただ倒すだけではなく、改造された人々を元の姿に戻すことにも力を注いでいた。

 

「みんな、大丈夫だ。すぐに、元の姿に戻してやるからな!」

 

 ブレイズレッドは、怪人を攻撃して弱らせた後、『グリムコア』を破壊して彼らを元の姿に戻していった。その姿に、人々はブレイズレッドをヒーローとして崇め、彼の名声はますます高まっていった。


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 赤嶺勇斗は、やんちゃで明るく、面倒見の良い少年だった。ノヴァが甘いものを好むと知ると少ないお小遣いからノヴァのためにたい焼きを買ってきてくれるような性格だった。

 

「ノヴァ、ほれ。やるよ。オレのオススメ。うめえぞ?」

「…………! お、おいしい!」


 ノヴァは、ぬいぐるみのような小さな手でたい焼きを受け取ると、小さな口でちまちまと食べ始めた。その様子を、赤嶺勇斗は笑顔を浮かべながら見守っている。


「ノヴァ、行くとこねえんだろ? オレんち、あんまり裕福じゃねえけど、それでもよかったら一緒に暮らそうぜ! な! 決まり決まり!」

 

 ノヴァは、赤嶺勇斗の強引な勧誘に応える形で、赤嶺家に居候して、住処と食料を得ることになった。赤嶺勇斗とノヴァは、きょうだいのような友人のような関係となってゆき、やがて唯一無二の親友として種族を超えた友情を育むようになった。


 赤嶺勇斗の母の赤嶺奈々子も、ノヴァを「ノヴァちゃん」と呼び、とても可愛がって歓迎してくれていた。

 ノヴァは、赤嶺家で過ごす時間が大好きだった。とても幸せで、満たされた日々だった。このかけがえのない日々がいつまでも続けばいいと願ってしまうほどに。


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 1999年8月。変身ヒーロー『ブレイズレッド』の噂は、人間社会に広がり始めていた。赤嶺勇斗は、正体を隠しながら活動し、褒められて嬉しがっていた。


「オレ、めっちゃかっこいいヒーローだよな」

「そういうの『自画自賛』って言って、結構カッコ悪いよ、勇斗」

「ちょっとくらいノリ合わせて褒めてくれたっていいじゃねーかよー!」

「はいはい、すごいすごい」


 しかしそんな変身ヒーロー『ブレイズレッド』の正体がバレる出来事が起きた。

 赤嶺勇斗の同い年の親友蒼井博。蒼井博が『ブレイズレッド』に憧れるあまり彼を追跡して、『ブレイズレッド』の正体が赤嶺勇斗であることを突き止めてしまったのだ。


「勇斗がヒーローになれたのなら俺だってなれるはずだ! 俺もヒーローになりたい! なり方を教えてくれ!」 


 蒼井博もまた、変身ヒーローに強い憧れを抱く少年だった。蒼井博は、ノヴァを問い詰めた。


「『グリムコア』を埋め込む手術には、何が起こるかわからない危険性がある。勇斗の処置は、彼の命が危なかったから、緊急措置的な意味で行ったものだ。君は怪我もしていないし、やめておいたほうが良……う、うわあ! やめてー! 強い力で揺すらないでー!」

「頼む! このとおりだ!」


 ノヴァは提案を拒否しようとした。しかし、蒼井博の並々ならぬ熱意と、「」という言葉を受けて、ノヴァは渋々『グリムコア』の移植手術を行った。

 1999年8月になると、怪人の数が激増しており、ブレイズレッド一人では対応しきれなくなりつつあった。戦力増強には意味があると蒼井博が力説したこともあり、『グリムコア』移植手術は断行されることとなった。


 やがて、『グリムコア』移植手術は成功し、蒼井博は、『フロストブルー』という変身ヒーローへと変身する力を手に入れた。

 ブレイズレッドとフロストブルーは力を合わせて怪人を倒し、街の平和を守っていった。


「ブレイズレッド、そっちに怪人が!」

「おう、任せろ!」


 二人とノヴァは、力を合わせて怪人を倒し、怪人にされた人々と、襲われていた人々を救っていく。

 まるでその日々は――彼等の青春だった。


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 そして時は流れ、2000年6月になった。時間の経過とともに怪人製造技術が発達する。それにより、怪人はどんどん手強く、強くなる。そんな中でも、ブレイズレッドとフロストブルーは果敢に戦っていた。グリムコアが体に馴染んだことによる覚醒も起き、彼等はどんどん強くなっていった。


「任せたぜ、ブルー!」

「ああ、了解!」


 どんな強力な怪人を送り込んでも倒れないブレイズレッドとフロストブルーの存在に業を煮やした妖精族過激派の長は、妖精族108体の力を一気に使って動かす決戦兵器『大怪獣』を作り出していた。

 その恐るべき兵器は、地球を侵略するために動き出し、2000年の8月、街を侵攻した。

 

「この青き美しい惑星は我ら妖精族のものとなるべきだ」


 そう語る妖精族の長の手により、決戦兵器は起動された。

 決戦兵器『大怪獣』との戦いに挑むブレイズレッドとフロストブルー。しかし、その巨大な敵に太刀打ちできず、彼らは苦境に立たされるのだった。

 

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 最終決戦の地になったのは、奇しくも――かつて赤嶺勇斗と蒼井博が通い、出会い、友達になった大切な場所、母校・市立朱桜小学校だった。

 赤嶺勇斗と蒼井博は、戦いながらも思い出話を交わす。


「オレとヒロシが会ったのは、この小学校だったよな」

「ああ……!」


 赤嶺勇斗と蒼井博の出会いは、市立朱桜小学校だった。

 頭が良すぎて浮いていて、いじめられていた蒼井博。


『ヒロシをいじめんな! オレが相手になってやる!』


 そんな蒼井博を庇い、いじめっ子に立ち向かってくれたのは赤嶺勇斗だった。

 ――その日から蒼井博は、赤嶺勇斗に対する羨望と憧れを抱いていた。


「勇斗。今度は、俺が守る番だ。俺が大怪獣と戦う!」 


 蒼井博は、命を懸けてグリムコアをブーストさせ、大怪獣に特攻しようとする。

 しかしそれを、赤嶺勇斗は止めた。


「なあ、ヒロシ。オレな。本当は、去年、ノヴァを庇った時にほとんど死んでたらしい……。それを、『グリムコア』の力で無理やり延命させてたんだとよ」


 ――赤嶺勇斗の『グリムコア』は、彼が命懸けで行ってきた一年間の戦いでひび割れ、壊れかけていた。

 赤嶺勇斗は、蒼井博とノヴァに微笑みかけた。


「……どうせ長くねえ命なら、オレは、『大怪獣』を倒す為に立ち向かう。ここでお別れだ」


 ノヴァは必死に叫んだ。 


「待って、勇斗、やめてくれ! 君のグリムコアは、もう……! 今のままでも、生き延びることはできる。でも、完全に壊れてしまったら、もう手の施しようがない。だから、逃げて、態勢を立て直すんだ! ……『大怪獣』との決戦は、その後でも遅くない!」

「そうしたら、街が壊されちまうだろ? たくさんの人も死ぬ。……オレの父ちゃんは消防士だった。逃げ遅れた人を命懸けで助けて、殉職したんだよ。だからオレも、父ちゃんみたいな人になりたいとずっと思ってきた」


 蒼井博は、大怪獣の戦いで傷ついた体を引きずりながら絶叫した。

 

「やめろ! 勇斗! お前が死んだら、俺は……!」

「さよなら、博。さよなら、ノヴァ。今までありがとな」


 ブレイズレッドは、最期に微笑んでいた。

 彼の笑顔は、ノヴァと蒼井博の網膜に焼き付いた。


「――母ちゃんに『ごめん』って、伝えといてくれ」

 

 ブレイズレッドは、『大怪獣』を倒して街の平和を守った。その代わりに、彼の命を保ってきた『グリムコア』は粉々に壊れて、赤嶺勇斗は死んでしまった。

 

 赤嶺勇斗が死んだのは、夏の、暑い、暑い日だった。

 蝉の声がけたたましく響く中、蒼井博とノヴァは、赤嶺勇斗の亡骸に縋って、いつまでも涙をこぼし続けた。


 ──赤嶺勇斗は、大人にもなれずに死んだ。

 彼の遺体を、ノヴァは荼毘に付すことができなかった。 

 

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