サイレンが鳴り響く夜/安寧が終わる朝


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「……どんなに辛くても、苦しくても、……生きて、生きて、生き延びて、向き合って、償おう。……どう償えるのかも、わからないけど……それでも……」


 夜空の下で、三人が約束を交わしたその時。

 彼等の精神をつんざくように、朝比奈栞の持つスマホや、月森奏の家にあるテレビから、国民保護サイレンが大音量で鳴り響いた。国民保護サイレンの不安をもたらすような警報音は、まるで獣の唸り声のように、日本全土を覆い尽くす。


「……何っ……何が起きてるの……!」


 朝比奈栞は、耐えきれずに悲鳴を上げたが、その悲鳴すらも掻き消されるような不安を掻き立てる国民保護サイレンが鳴り響く。

 そんな中、朱桜市を始めとする全国各地の街の様子は大きく変わっていく。街のあちこちから、サイレンの音とともに赤いランプが瞬き、地下シェルターへの入口が浮上してくる。


『──こちらは、ヒーロー協会とレジスタンスが共同で建造した施設です。これは訓練ではありません。繰り返します。これは訓練ではありません。慌てずに、落ち着いて、ゆっくりと歩きながら避難を開始してください……』


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 テレビやスマホからは不穏なアナウンスが流れ出し、世間は俄に騒然とした。突然の告知により、日本全国の人々は驚きと恐怖に包まれた。


 普段は平和な日常を送っていた日本国民にとって、戦火やテロといったものは遠い世界の出来事であり、まさか自分たちがそのような状況に巻き込まれるとは思ってもみなかった。街頭にはパニックに陥った人々が溢れ、騒然とした状況が広がっていく。


『──始まりは、1999年の7月に異星人が飛来したことでした。異星人は地球侵略を行いました。その結果、日本以外の国は、異星人の落とした兵器により滅ぼされました』


 日本全国のスマホやテレビが勝手に点灯し、一斉に同じ映像を放映しだした。喋っているのは、ヒーロー協会会長の蒼井博あおいひろし

 彼は、以前牛隈大助が話していたこととほとんど同じ内容をテレビで語りだした。


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 この地球が、異星からやってきた侵略者に支配された後だということ。

 今まで『第三次世界大戦』と呼ばれていた出来事による被害は、人間同士の戦争で起きたことではなく、その侵略者によるものだった。


 その侵略者の名は、妖精族ミルキー。

 ヒーロー協会も妖精族ミルキーの支配下にあったが、二十年という長い歳月を掛けて、抵抗を続けてきた組織『レジスタンス』があった。蒼井博は、表面上妖精族ミルキーに従いながらも、反撃の機を伺っていた。

 地下シェルターは、ヒーロー協会とレジスタンスが秘密裏に用意しておいた民間人用の避難場所だと、蒼井博は語った。


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 ヒーロー協会会長である蒼井博の言葉は、荒唐無稽なものでありながら、真剣味と迫真な声音を帯びていた。それを聞いた人々はますます混乱し、恐怖に囚われていく。


『たった今から、レジスタンスは、ミルキーとの交戦に入ります。民間人の方々は、秘密裏に建造していた地下シェルターへの避難をお願いいたします。繰り返します。地下シェルターへの避難をお願いいたします……』

 

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 一方、地下シェルターではレジスタンスが民間人を避難させるために奔走していた。地下に続く階段を下りる人々の中には、老若男女が混ざり合い、不安げな表情を浮かべている者もいた。彼らは自分たちがどのような状況に置かれているのか理解できず、ただただ混乱に囚われていた。


「もう、わからないよ……! 何なの……!」


 朝比奈栞は叫んだ。その声は、周囲の不安定な空気を一層重くするように響いた。彼女の言葉は、まさにこの国が突如として巻き込まれた混沌とした状況を象徴していた。


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 ハジメと、朝比奈栞と、月森奏が動揺を抑えきれない中、世界は大きな音を立てて変革の時を迎えていた。

 長年治安を守ってきたヒーロー協会の会長が出す、陳腐なSF映画のような声明。日本国民の人々はその内容に戸惑いながらも、緊急事態が起きていることを理解して、ゆっくりと避難所に向かい始めていた。その人の流れに乗るように、迷いながらもハジメ達は避難することにする。


「月森さんはおれが背負う!」

「わかった……!」


 ハジメと朝比奈栞、そしてハジメに背負われた月森奏は、最低限の手荷物だけを持って地下シェルターに避難する。地下シェルターの長い階段を降り立った朝比奈栞は、呆然と呟いた。 


「何、ここ…………?」


 避難用地下シェルターと銘打たれたその場所は、第二の朱桜市と見紛う程広く、大勢を収容できそうな広さがあった。如何なる技術が用いられたものか、疑似的な太陽光のような光源すら用意されている。


(こんな施設……いつの間に、どうやって作られていたんだ……?)


 ハジメは環境の激変に驚きながらも──朝比奈栞と、背中に背負った月森奏を守ろうとする決意を固めていた。

 

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 民間人の避難がほぼ完了すると同時に、地上は戦火に包まれた。

 ハジメがレジスタンスの定期放送を聞く限り、地上ではミルキーが率いる最新鋭怪人軍団とレジスタンスの戦闘員との激しい戦いが繰り広げられている。


 そして、地上を定点観測するカメラの映像が、朝比奈栞の持つスマホ越しに確認できる。地上では今、建物が炎に包まれ、あちらこちらから爆発音が響き渡っている。ミルキーの操る怪人軍団がレジスタンスの制服を着た戦闘員と激しい戦いを繰り広げていた。

 レジスタンスの人々は、地下シェルターの防衛にも配備されている。しかし、地下シェルターには、揺れる壁や天井から落ちてくる破片の音が響き、不安な空気が漂っていた。

 避難用品や食料がしっかりと備えられていたため、生活自体はそれほど苦しいものではなかった。それでも、突然の避難によって心身が疲弊し、自宅に帰ることができなくなった人々は、泣き叫び、怒鳴り、苦しんでいた。

 

 人間と、妖精族ミルキーの争いは、後の世で、『人妖大戦争じんようだいせんそう』と呼ばれた。

  

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 サイレンや環境の激変によりパニックに陥って過呼吸を起こした月森奏は、担架に乗せられた。彼女は宍戸ししどグループという有名企業が建てた印がついた、プレハブ小屋の一室に運び込まれ、ベッドに寝かされた。

 ハジメと朝比奈栞も、月森奏を追いかけてプレハブ小屋に移動した。 

 月森奏をプレハブ小屋に運び込むように指示を出したのは、ハジメの保護担当で、ヒーロー協会の常勤職員であるはずの男・矢作秀明やはぎひであきだった。


「このプレハブ小屋は、宍戸グループから提供されたものです。ここにある物資や家具は自由に使ってくださって構いません」

 

 朝比奈栞とハジメは、弱った月森奏が寝かされている寝台を守るように彼女のそばに立つ。


 矢作秀明やはぎひであきと、ハジメ達の間には以前にはなかったはずの大きな溝ができていた。ハジメは、矢作秀明を心から信用して良いものか迷いながら、月森奏を背中側にかばう。

 そして、ハジメは静かに問いかけた。


「矢作さんは、『悪の組織』……いや、レジスタンスの一員だったんですか」


 矢作秀明は、痛ましそうな顔をしながらも目を逸らさず、ハジメと朝比奈栞、横たわる月森奏を見つめた。


「はい。そうです。僕は、ヒーロー協会の常勤職員という立場を隠れ蓑にして、レジスタンスにずっと情報を流していました。言うなれば、諜報員の役目を担っていました」


 ハジメは矢作に静かな声で問いただす。

  

「矢作さんは、おれのことも……怪人のことも……変身ヒーローがさせられてきたことも知ってたんですね」


 矢作秀明は、苦しそうに目を細めつつ、はっきりと口にした。

 

「はい。知っていました」

「……!」


 その発言を聞いた朝比奈栞は、肩を震わせながら、矢作に向かって悲痛な声で叫んだ。

 

「どうして、どうしてもっと早く知らせてくれなかったんですか! それが……それがわかっていたら……! 奏ちゃんは……! ハジメくんは……!」


 朝比奈栞の言葉を聞いて、矢作秀明は弁明をせずにただ頭を下げた。

 

「申し開きもできません。全て僕の責任です。ハジメくんや、変身ヒーローの方々達には何の非もありません」

「……ッ……!」


 朝比奈栞は、深く深く頭を下げる矢作秀明の姿に、何も言えず立ち尽くした。


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「待ってくれ。君達がミルキーに弄ばれるような状況を作ってしまったのは、矢作にんげんのせいではない。僕のせいなんだ……」


 その場に、鈴の転がるような、不思議な高い声が響いた。ハジメと朝比奈栞が声をした方を振り返ると、そこにはまるでが浮遊していた。


「矢作は僕の指示に従って行動していたに過ぎない。僕が情報を伏せるように命令した。矢作はずっと、ずっと、苦しんでいた……」


 小さな黒い羽と、作り物のような円らな瞳が、ハジメたちを静かに見つめている。

 を見た朝比奈栞は、思わず呟いた。 


……?」

「――」


 黒い妖精、『彼女』を見た瞬間、ハジメの脳裏に激しい頭痛とともに鮮やかな記憶が蘇る。ハジメは息を呑んで、その妖精の姿を見つめた。ハジメは、初めて対面するはずの黒い妖精の名前が理解出来る。


(覚えてる──思い出せる……この妖精の名前は……)


 まるで自分の意思ではないかのように、ハジメの口から声が溢れる。


……!」


 名前を呼ばれた黒い妖精は、悲しみを押し殺すように微笑んだ。


「……想像以上に、君は『赤嶺勇斗ブレイズレッド』の記憶を保持しているんだね……。そうだ。僕は妖精族、そして、のノヴァ。見ての通り、君達からすれば異星人と呼ばれる者だ」

「……異星人が、レジスタンスを率いて……人間を守るシェルターを作っているの……? どうして?」


 朝比奈栞は、背中に月森奏を庇いながらも、質問を重ねた。彼女は、精神的に追い詰められながらも、情報を得ようともがいている。そんな彼女に応えるように、黒い妖精ノヴァは頷いた。


「君達に、僕が知りうる内容のすべてを語ろう。無論、たったそれだけで償いになるとは思っていない……。僕達妖精族が地球に降り立たなければ、今の悲劇は起きていなかったのだから……」


 ノヴァがそう語り始めたのと同時に、朱桜市の地下に作られたシェルターに、朝を知らせる疑似太陽が登る。

 妖精族のテクノロジーを用いて作られているそれは、まるで夏の眩しい太陽のように、光を放っていた。


 しかしその光に照らされながらも、その場の誰も、晴れやかな気持ちにはなれずにいた。


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