大罪を背負いし子供たち

【注意書き】

 今回は作中で最も精神的に負担の大きい話となっております。ショッキングな描写、自傷行為の暗喩を含みます。どうかご無理のない範囲で、辛いと思ったら閲覧を中止してください。(作者)


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「ブレイズレッドでもねェ、赤嶺勇斗でもねェ、変身ヒーローですらねェ、ゾンビみてェな『』。それを表現するなら、紛い物と呼ぶしかねェだろう。――死んだ英雄の紛い物イミテイション、それがテメェだ、ハジメ」


 その言葉を聞いたハジメは、思考を纏めきれないまま、震える声で牛隈大助に問いかけた。


「……意味が、わからない。どういうことだ……? おれは、怪人とは違うのか……?」

「あー、ちょっと待ってろ。説明する」


 牛隈大助は、資料の裏側にマジックペンで一覧を書き始めた。

 


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 ・怪人→生体に脳改造を加えられた上でグリムコアを埋め込まれた存在。ミルキーに操られている。


 ・変身ヒーロー→脳改造は加えられていない。グリムコアは体に直接埋め込まれるのではなく、変身アイテム経由でグリムコアの力を間接的に取り込んでいる。


 ・ハジメ→にグリムコアを埋め込んだ。


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 牛隈大助は、意外と綺麗な字で説明を書き終えると、口頭で注釈を付け加えた。

 

「基本的に、グリムコアをどう扱うかで結果が変わると思えばいいンだよ。直接埋め込むか、間接的に使うか、『何をベースにするか』で、結果に大きく差異が出ンだよ」


 ハジメは、自分の名前の隣に書き加えられた『』と言う文字に目を細めた。

 そんなハジメの手を、朝比奈栞と月森奏は握る。彼女たちの眼差しは、ハジメの真実を知ってもなお、揺らいではいなかった。


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 朝比奈栞は、白い妖精ミルキーの姿を思い返しながら、悲痛な声を上げた。

 

「ミルキーちゃんは……どうして、世界を滅ぼす最終兵器なんてものを、地球に落としたの……?」 

。それは確実だ。だが、それ以上のことは推測するしかねェな。……ただ、直接フン捕まえて聞こうなんて思うんじゃねェぞ。クソ妖精は、最終兵器アルマゲドンのスイッチ握ってやがンだからな」


 牛隈大助はそう言うと、カラオケ店の電話を取り、食事を注文し始めた。空腹が限界に達したらしい。


「テメェらもなんか食うか?」


 そう牛隈大助はハジメ達に問いかけたが、三人共首を横に振った。食欲などあるはずがなかった。

 

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 大量に頼んだポテトフライをガツガツと食べる牛隈大助を横目に、ハジメは今まで開示された情報を頭の中で整理し始めていた。

 怪人。変身ヒーロー。死体。ハジメの脳裏で、過度な情報がグルグルと回る。朝比奈栞の顔色も、月森奏の顔色も悪い。


 今まで無条件に信じてきた世界の形は、最早信じることはできない。

 違和感は、あった。

 本来なら治安維持を司るはずの『警察けいさつ』の姿を、ハジメは一度も見たことはなかった。

 そのかわりに、『ヒーロー協会』という得体のしれない組織があった。それがこの世界の常識だと思っていたが──単に、反旗を翻しかねない武装勢力が解体された結果、警察も自衛隊も残らなかったと考えれば辻褄は合う。


 ハジメの中で、抑えてきた疑問が膨れ上がる。

 何故、未成年が怪人退治などという危険な仕事に駆り出されているのか。何故、『ヒーロー協会』が行政機関のような役割を担っているのか。

 何故、怪人は、変身ヒーローの活動圏内にしか出現しないのか。何故、頑張れば倒せる程度の強さの怪人しか発生しなかったのか。変身ヒーローを憎んでいるというミルキーが、わざわざ補佐妖精と名乗りながら、変身ヒーローの側に侍っていたのは何故か。


 そこまで思考を巡らせて、ハジメは気づいてしまった。

 

「…………を」

「ン? どしたァ? なんかわかんねェことでもあンのか?」


 ハジメは、蒼白な顔で牛隈大助を問いただした。


だといったな……?」


 牛隈大助はポテトフライをつかみ取りしながら頷いた。

 

「ああ。よく頭に入ってンじゃねェか」

「その生体というのは、『』のことだ?」 


 牛隈大助は、ポテトフライを食べる手を止める。

 そして、ハジメと、朝比奈栞と、月森奏に、それぞれ視線を投げかけて、質問を投げかけた。

 

「今から俺様がする話は、テメェらにとって最悪の知らせになるだろうよ。それでも聞くか? 聞かなかったほうが良いと思うかもしれねェぜ」


 一番最初に言葉を発したのは、ハジメだった。


「おれは、聞きたい。知らなければいけない気がする……」

「ウチも……。ここで黙られても、モヤモヤするし……」

「あたしは……聞くの怖い……。でも……一緒なら……」

 

 ハジメと、月森奏と、朝比奈栞は、話し合った末に、牛隈大助の話を聞くという決断をする。


 牛隈大助は、懐からヒーロー協会の判子が押された資料を差し出した。そこには、『朱桜市で行方不明になった人物のリスト』と、彼らの写真が添付されていた。

 それを読んだハジメと、朝比奈栞と、月森奏の顔色は、どんどんと悪くなっていく。


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 【極秘資料】


 以下は、朱桜市内で行方不明になった者たちのリストです。


 1. 朱桜学園中等部在学の女学生(14歳)

 フルネーム:花巻 由香(はなまき ゆか)

 行方不明日:2019年5月1日

 身長:155cm 体重:45kg

 特徴:黒髪ロング、左耳にピアス痕

 補足:受験を控えていた


 2.朱桜動物園飼育員(21歳)

 フルネーム:鳥飼 正樹(とりかい まさき)

 行方不明日:2019年5月10日

 身長:180cm 体重:80kg

 特徴:眼鏡をかけている、左足に火傷の跡

 補足:評判の良い飼育員


 3.朱桜学園高等部男子テニス部員(16歳)

 フルネーム:風原 由紀夫(かぜはら ゆきお)

 行方不明日:2019年5月15日

 身長:170cm 体重:71kg

 特徴:短い黒髪

 補足:テニスの大会を控えて練習に励んでいた


 4. 朱桜市遊園地の男性スタッフ(30歳)

 フルネーム:月山 健太(つきやま けんた)

 行方不明日:2019年6月5日

 身長:175cm 体重:70kg

 特徴:黒髪ショート、右手にタトゥーをしている

 補足:着ぐるみショーにも出演し熱心に務めていた


 5.朱桜海岸付近を散歩していた女性(36歳)

 フルネーム:水瀬 裕子(みなせ ゆうこ)

 行方不明日:2019年7月3日

 身長:151cm 体重:52kg

 特徴:ウェーブがかった黒髪

 補足:海岸清掃のボランティアにも所属

 

 6.白藤市在住の女学生(15歳)

 フルネーム:速見 千歳(はやみ ちとせ)

 行方不明日:2019年9月20日

 身長:163cm 体重:48kg

 特徴:キャスケット帽を被っている

 補足:遺族が捜索願を出している


 

 以上が、朱桜市内で行方不明になった者たちのリストです。ヒーロー協会の調査により、これらの者たちはしていることが確認されています。しかし、詳細な死亡原因や遺体の発見場所などは【検閲済み。閲覧にはヒーロー会長、蒼井博あおいひろしの認可が必要】です。


 ヒーロー協会は、市民の安全を守るために全力を尽くします。行方不明者の遺族に対しても、必要なサポートを提供していきます。



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 そこには、行方がわからなくなっていたハジメの友人、速見千歳の名前があった。行方不明になった人物は全員死亡が確認されているとも書いてあった。

 牛隈大助は、その行方不明者リストを見せて告げる。


だ。怪人にされたヤツらを殺しちまったのは、変身ヒーロー、サンライトルビーとムーンライトサファイア。ついでに司令塔ぶって指示を出したハジメ。テメェらだ」

 

 牛隈大助は、静かな声でそう言い放った。朝比奈栞と、月森奏と、ハジメが今まで力を合わせて退治してきた怪人の正体。


 ハジメは、友人である早見千歳がすでに死んでいるという事実、そして拾った十字架の意味について考えて、顔色を蒼白にしていた。


(…………早見、千歳……?)


 ハジメは、何の抵抗もせずに倒された怪人の姿を思い出した。小柄で、ただフラフラと歩くだけの、誰も傷つけようとしなかった怪人。断末魔を上げて死んだ怪人。

 最期にハジメを見つめていた怪人の姿がハジメの脳裏を駆け巡る。そして、ハジメのポケットに今もある、千歳の落とし物の十字架が重みを増した気がした。


(あの十字架は………………)


「…………嘘、やろ?」


 月森奏は震える声でそう呟いた。


「……あれが全部、元は人間で。しかも、何の罪もない人ばっかりやて、あんたは言うんか? 誰が何のためにそんな、そんな馬鹿げたこと……!」


 牛隈大助は、目を細めて行方不明者リストを眺めた。


「『誰が』なんて、クソ妖精しかいねェだろ。ヤツは何も知らねェ変身ヒーローが守るべき無辜の民間人をブッ殺してる姿を間近で見てた。それがヤツの趣味なんだとよ」

「趣味…………?」


 皮肉げな笑みを浮かべて、牛隈大助は吐き捨てる。


「そうだ。わざわざヒーロー協会なんて組織を作って、純真無垢で正義の味方になりたい奴を選出して変身ヒーローにさせた。あとは……そこら辺にいる民間人を適当に捕まえて、怪人に改造して、変身ヒーローの前に放り出す。人間のガキが、強そうな虫を集めて戦わせるのと変わりねェ。つまりだ、に、テメェらは参加させられてたンだよ」


 ハジメだけでなく、朝比奈栞と月森奏も、血の気の引いた顔で、変身アイテムを見ていた。彼等がさせられてきたことの意味を察した三人は、重苦しい沈黙の中で考え続けていたが、そうやすやすと答えが出るはずもなかった。

 牛隈大輔は、そんな三人の様子を見ながら、ため息を付いた。


「……俺様は、見て見ぬふり作戦のために黙っていることに耐えられなくなって、テメェらに真実を話すことにした。……まァ、信じられねェなら、信じなくてもいいぜェ。俺様だって、こんなクソみてェな現実、知りたくもなかった」


 ハジメは、『早見千歳』の名前が記載された、ヒーロー協会の刻印が残る書類から目を離せないまま、嘔吐感を堪えながら尋ねた。


「……ヒーロー協会は、全部知ってて隠してたのか……」

「末端は何も知らねェよ。隠蔽の首謀者がいるとしたら、ヒーロー協会会長の蒼井だな。ヤツは、ミルキーに脅迫されてンだ。『命令に従わなけりゃ最終兵器アルマゲドンを落として日本を滅ぼす』ってなァ」

「……」

「蒼井も、で隠蔽してたみたいだぜェ。『罪は全部俺が背負う。変身ヒーロー達は何も悪くない』なんて言ってやがったが……無理があンよなァ。って事実は拭いようもねェのによォ」


 牛隈大助は、空を仰ぐように上を見上げ、カラオケボックスの薄汚れた天井を見つめた。


「存外、クソみてェな世界だろ。わかるぜ。俺様も、ガキの頃に誘拐されて怪人にされて、自我を取り戻した頃にはもう、家族はみんな死んでたンだ。帰る場所なんてもうねェ。そりゃあ恨んだ、憎んだ、『なんで俺様だけがこんな目に遭わねェといけねェんだ』ってな。でもな、俺様、気づいちまったンだよ。


 そして牛隈大助の、憐れむような視線が三人を見つめる。月森奏は、変身アイテムをガリガリと爪で引っ掻きながら、絶叫する。


「嘘やッ、嘘やッ、嘘やッ! ウチらは……ウチらは……知らんうちに、殺人に加担させられとった言うんか!」

「ああ。そうだ。そもそも、怪人をブッ殺してた時点で、生き物を殺してることには変わりなかったろ? ……怪人ってのはなァ、『物に改造された間』の略なんだよ」


 牛隈大助は、怪人としての形態を持ちながら人型の姿も併せ持つ。それは、怪人と人間の強い相関関係を示すものであった。

 それに気づいた月森奏は、二の句を継げなくなり、荒い呼吸を繰り返していた。

 やがて牛隈大助は、懐からスマホを取り出して、『ヒーロー協会地下研究所』のカメラの動画を再生した。


「これは、レジスタンスの工作員が、ミルキーの所有する研究所から取ってきた動画のデータだ。これを見りゃ、俺様の言ってたことがテメェ等にもわかると思うぜ」


 そこには、まだ年端もいかぬ少女が、体に無理やりグリムコアを埋め込まれ、怪人に変貌するまでの姿が克明に記録されていた。


 ハジメは、彼女の姿に見覚えがあった。ハジメは、今も持っている十字架を強く強く強く握りしめて、震える声で呟いた。


「…………………千歳ちとせ?」


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 早見千歳が変貌した怪人の姿は、朝比奈栞と月森奏にとっても見覚えのあるものだった。朱桜公園に現れた──無抵抗で倒された小柄な怪人。


「ウチは…………本当に…………人を……」


 映像を見た直後に、目に見えて一番衝撃を受けたのは、月森奏だった。彼女は、耐えきれず嘔吐して気を失ってしまった。朝比奈栞は、咄嗟に倒れた月森奏を支えたが、彼女の手も震えていた。ハジメは、荒く呼吸をしながら、今までのことを思い出した。

 花の怪人。

 鳥の怪人。

 風を操る怪人。

 月の模様のついた怪人。

 海水浴場に現れた怪人。

 そして、早見千歳と待ち合わせしていた場所に現れた無抵抗の怪人。

 怪人は全員、絶命時にグリムコアを落として消えた。

 牛隈大助の説明と、ハジメがその目で見てきた事実は、どうしようもなく符合してしまっていた。

 

「テメェらの心を、少しだけ軽くしてやるよ。最新の怪人化技術は、より精密な操作を可能にするために、人間の脳を改造する仕組みになってやがる。だから、怪人化された時点でだ。どうにか助けてやりたくて、相当手を尽くしたンだが、どうしても元の姿に戻してやることはできなかった。。そう思えよ」


 そう牛隈大助は言って、目線を落とす。

 ハジメは震える声で、言葉を、絞り出すように質問した。

 

「……牛隈大助、お前は……怪人の姿から人間の姿になれるじゃないか。お前がそうなら、他の怪人だって元に戻れたんじゃないのか……?」

 

 しかし、牛隈大助は、首を横に振った。

 

「俺様は、ガキの頃、ミルキーにとっ捕まって改造手術を受けたンだ。俺様は運良く脳ミソまでは弄られずに済んだ幸運な例ってやつだった。総帥によると、俺様より『後の世代』の怪人は、全部ダメだったらしいぜェ……」


 深い深いため息をつきながら、牛隈大助はひとりごちる。


の扱われ方は酷かったぜェ。ミルキーは、俺様が覚えている範囲だけでも、数え切れねェほどの人間を材料にして、グチャグチャにして、遊んでやがった。虫の足を千切って遊ぶクソガキみてェだった……」


 牛隈大助は、右腕の袖をまくり上げる。彼の右腕には、その当時ミルキーによってつけられた『A12』という焼印の跡がくっきりと残っていた。


「……」


 ハジメと、朝比奈栞は、呆然と立ち尽くしていた。月森奏は、気を失ったまま目を覚まさない。


「この話をするのには危険性しかねェ。でも……テメェらが事情を知らされねェで弄ばれてる胸糞悪さに、俺様が耐えられなくなっちまったンだよ。俺様は、これでも、テメェらを気に入ってンだ」

 

 牛隈大助は、「今のうちに荷造りしておけよォ。世界が激変しちまう前にな」と意味深な言葉を残して立ち去った。

 カラオケボックスに取り残された三人は、与えられた情報の多さと重さに立ち尽くすしかなかった。


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 会計をして、気絶した月森奏を背中に背負って店を出たハジメと朝比奈栞は、無言のまま道を歩く。

 彼らは、突然突きつけられたあまりに重い情報を未だ受け止めきれずにいた。


「……」


 牛隈大助が三人に告げた内容を、嘘だと思いたい気持ちもあった。嘘だったならどれほど良いかと思った。

 しかし、彼のもたらした情報を嘘だと断じることが出来る根拠はなかった。それどころか、物証や映像、画像、ハジメが見聞きしていた事実の断片は、一致してしまっている。

 ハジメ達は、最初から真実のすぐ近くにいたのだ。それに気づくことができなかっただけで。


「あたしたち、これからどうすればいいのかな……」

「……わからない……」


 ハジメの声は、震えていた。ハジメも、朝比奈栞も泣いていた。ハジメに背負われている月森奏も、目を覚まして、静かに泣いていた。何を信じて良いのかわからなくなった子供たちは、途方に暮れながらも帰路についた。


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 牛隈大助からもたらされた情報を受け止めきれなかった月森奏は、変身アイテムを手放し、部屋に閉じこもるようになった。

 朝比奈栞とハジメは、何度も彼女の元を訪れたが、扉が開くことはない。

 あれほど強固だった三人の絆は、現実の過酷さに壊れてしまいそうになっていた。


 朝比奈栞とハジメは、震える手を繋いで寄り添っていた。あまりにも過酷な現実の前に、彼等は無力だった。それでも、互いに繋いだ手の温もりが、お互いの壊れそうな精神を辛うじてとどめてくれていた。


「あたし……変身ヒーローとして、戦ってる間……怖かったけど、楽しかった……。楽しんでしまってた。人殺しをさせられてるなんて……知らなかったから……」

 

 朝比奈栞は静かに呟いた。彼女の目は腫れて、もう涙も枯れ果てていた。ハジメも、俯きながらその言葉に返事を返すのがやっとだった。


「おれも……『怪人』がどういう存在なのか……ちゃんと考えもしなかった。それで……司令塔を気取って……千歳を……」


 残酷なまでに赤い、血の色のような夕陽が、ハジメと朝比奈栞を照らしていた。二人は、手を繋いだまま冷たい風の吹く朱桜海岸へ向かおうとしていた。

 しかし、彼らは、歩みを止めた。


「……あたし達がいなくなったら、奏ちゃんはどうなるのかな」


 そう呟いた朝比奈栞の言葉が、契機となった。


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 二人は、再び月森奏の自宅を尋ねた。月森奏が憔悴しきっているであろうことは、二人には予想がついた。

 そして、朝比奈栞は、扉越しに告げる。


「奏ちゃん」


 扉の向こうで、月森奏は、ビクリと身を震わせる。彼女もまた、包丁を片手に持って震えていた。


「あたし達も、同じことを考えたよ。でも……」

「おれ達がいなくなっても、状況は何も……何も、変わらない。それどころか……悪化する……」


 朝比奈栞は、扉に縋って、声を震わせながら告げた。

 

「……どんなに辛くても、苦しくても、……生きて、生きて、生き延びて、向き合って、償おう。……どう償えるのかも、わからないけど……それでも……」


 扉の向こうで、月森奏も涙をこぼしながらか細く頷いていた。彼女の手から、包丁がこぼれ落ちる。カランと、音が響いた。


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 背負いきれないあまりにも大きな罪を抱えながら、三人は、泣きながら約束を交わす。

 この約束は、三人の少年少女の脆い精神を辛うじて繋ぐ絆となった。


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