IMITATION HERO
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冬の朱桜海岸では、波が荒れていて、その音が風に乗って遠くまで響いていた。寒さが身にしみる中、ハジメは割ったガラス瓶を手に取り、自分の心臓を突き刺そうとしていた。その時、朝比奈栞が静かに近づき、彼の手を止めた。彼女の手は温かく、ハジメの心を包むように触れる。
「やめて。ハジメくん。自分を傷つけないで……」
彼女の声は優しく、しかし必死であり、ハジメの心を揺さぶった。
そう言いながらハジメを抱きしめることで、朝比奈栞は彼の自刃を防いだ。ハジメは、自分を傷つけることはたやすくても、朝比奈栞を傷つけることはできない。
ハジメの手が震え、涙がこぼれ落ちる中、彼は語り始めた。
「おれは、人間じゃない。怪人なんだ。きっと……そのうち、化け物のような姿になって、人を襲うようになるんだ。だから、その前に……。その前に、死なないといけないんだ……!」
しかし、朝比奈栞はそれでもなお躊躇わずにハジメを抱きしめ、彼の心に寄り添った。
「怪人でも、他の何かでもいい! ハジメくんはハジメくんでしょ。あたし、ハジメくんのことが好き。ハジメくんと一緒にいたい……」
彼女の声は確かで、愛情に満ちている。
ハジメは、朝比奈栞の言葉に応えるように、彼女を抱きしめ返した。その抱擁は、冷たい風の中で温かさを見つけたような感覚を彼にもたらした。彼の涙は、その抱擁の中で静かに流れ落ちる。
二人は、冷たい風が吹き付ける冬の海岸で、それでも抱きしめ合っていた。その瞬間、彼らの心は互いに寄り添い、孤独を打ち払っていた。
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自販機のそばで、月森奏は温かい飲み物を手に取り、二人のもとへと走ってきた。彼女の言葉は、決意に満ちていた。
「出遅れてしまったけど、ウチも、ハジメくんの正体が何でも、大事な友だちやと思っとるよ」
月森奏の言葉には、友情と信頼がにじみ出ていた。
「ウチ、ハジメくんと栞ちゃんを守る。独りでなら難しいかもしれん。でも、三人でなら、きっとどんなことがあっても立ち向かえるで」
彼女の言葉は、強さと絆を象徴していた。
ハジメと朝比奈栞と月森奏は、涙をこぼして、それでも手をつなぎ合った。その手は、固い絆と約束で結ばれていた。
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三人は、今後のことについて必死に話し合った。
ハジメが少なくとも普通の人間ではないとわかった以上、ヒーロー協会は頼れないという現実を受け入れなければならなかった。彼らは、どんなに困難であろうとも、自分たちの未来を自らの手で切り開くことを決意した。
「ヒーロー協会に知られないように……」
朝比奈栞の言葉には、不安と覚悟がにじみ出ていた。
「バレたら、変身ヒーローの力を使ってでも、逃げるんや! ウチら三人でなら、きっとどうにかして生きていける!」
月森奏の言葉には、強い意志と絆が感じられた。
「でも……月森さん……。入院中のお母さんのこともあるだろ。おれのことより、お母さんのことを……」
ハジメは、月森奏の母親の事を気にかける。しかし月森奏は、微笑んで告げた。
「ウチ、お母さんのことも心配やけど、ハジメくんのことも心配なんや。……大丈夫。お母さんは、手術成功して、快方に向かっとるさかい」
月森奏の笑顔は、強がりと優しさが入り混じったものだった。
――しかし、そんな優しい言葉を引き裂くように、重々しい声が冷たい冬の海岸に響く。牛型怪人アルカイドの、地響きのような低音の声。
「
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「ッ……!」
「追いかけてきたんか、お前……!」
朝比奈栞と月森奏は、咄嗟に右腕の変身アイテムを煌めかせて、変身しようとする。しかしそんな二人を、牛型怪人アルカイドは制止した。
「待て。俺様は、別にテメェらを殺しに来たわけじゃねェ」
「なんやと。ハジメくんの腹に大穴開けといて、その言い草が通用すると思うな!」
牛型怪人アルカイドは、両手を天に上げて『降参』ともとれるポーズをしつつ、笑っていた。
「確かになァ。でもな、俺様が突然べらべら喋りだしたって、テメェら信用しねェだろ。だから、証拠として必要だったんだよ。コイツがこの程度じゃ滅びねェって俺様は知っていたって証拠がよ」
「……言い訳は、ぶちのめしてから聞くわ。許さへん、お前」
月森奏は、魔法攻撃の準備を始める。しかし、牛型怪人アルカイドは、驚きの行動に出た。
「『変身解除』」
そう告げると、牛型怪人アルカイドは、なんと、人の姿に変貌した。
5メートルはあろうかという牛型怪人の巨大な体躯がしぼんで、180cmほどの人の大きさになる。
異様な光景を目にした三人は、唖然とする。
「はっ……!?」
「ど、どういうこと……!?」
「何や、……何や、何なんや!? あんた……」
牛型怪人アルカイド――だったはずの人間の男は、体中から骨の軋む音を立てながら、着崩れた服を直していた。
「――あァ、やっぱ、変身解除すると痛ェなァ。……この姿では、ハジメマシテだな。俺様の名前は、
人間の姿になった牛型怪人アルカイド――
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朱桜市の外れにある、小さな寂れたカラオケ店。個人営業の店なので、監視カメラはない。その店を、牛型怪人アルカイド――牛隈大助が指定した。
ハジメと、朝比奈栞、月森奏は、休戦を条件に牛隈大助との『話し合い』に参加する運びとなった。
「腹減ったから、なんかメシ注文していいかァ?」
「……本題を話し終わってからにしてくれ」
「なんだよ、シケてんなァ。テメェら変身ヒーロー、ヒーロー協会の予算とか使えんだろ? アン?」
牛隈大助は、ヤンキー丸出しの風体と喋り方で威圧してきていた。
たまりかねたハジメは、窘めた。
「やめろ。お前の希望に沿って、個室のある店で話し合いをしてるんだ。休戦するつもりがないなら、店を出るぞ」
ハジメがそう言うと、牛隈大助は頭を搔いて謝罪した。
「あー、……悪ぃな、癖でよ。俺様、昔、荒れててな。気を抜くと、すぐやっちまう。済まねェ。もうしねェよ」
「……」
牛隈大助の口振りから、僅かに彼の過去が垣間見えた気がした。ハジメは冷静な眼差しを保ちつつ、彼に問いかけた。
「……聞きたいことがある。『悪の組織』の目的は?」
「ハッ。テメェもなかなかイカれてんな。俺様に腹ぶち抜かれたっつーのに、最初に聞くことがそれかよ……。まァいい、答えてやる。俺様達の正式名称は、『悪の組織』じゃねェ。『レジスタンス』だ。目的は『世界平和』だよ」
その言葉を聞いた朝比奈栞は唖然として口を開く。
「『世界平和』? 『
「……何言ってんだよ、テメェ。この世界は、とっくに征服されちまったあとの世界じゃねェか」
月森奏は、ポカンとして牛隈大助の言葉を繰り返した。
「――は? 征服された、あと? 何言うてんのあんた……」
「だァから、空から降ってきた異星人に滅ぼされたんだよ。アメリカ合衆国も、中国も、ロシアも、名だたる国はぜぇんぶな。――それで、残ったのはこの国、日本だけって有り様なのさ」
その言葉を聞いたハジメは、呆然と目を見開いた。
「は……? アメリカ合衆国も、中国も、ロシアも? 何を言ってるんだ? あんな大国が簡単に滅ぼされるわけないだろ!」
「ちょ……ちょっと待ってぇな。ハジメくんの言うとることも、なんかズレとる気がするで。なあ、ハジメくん、日本以外の国は、二十年前の世界大戦で滅んだんよ?」
朝比奈栞も月森奏の言葉を肯定するように頷いている。どうやら、認識がズレているのはハジメだけのようだった。月森奏は、『第三次世界大戦』の項目をスマホで調べて見せた。そこには、アメリカ合衆国や名だたる大国が滅びたと確かに書いてある。ハジメは、目を疑った。
「――ウチらも、アメリカ合衆国と中国とロシアとか、他の国が二十年前に滅んだのは知っとるよ。歴史の授業で習ったし」
ハジメは、月森奏からスマホを受け取って、目を白黒させている。そんなハジメをよそに、牛隈大助は陰謀論めいた言葉を並べ立てる。
「……俺様からすりゃ、変身ヒーロー共の言ってることも間違ってる。第三次世界大戦なんてのは、真実が信じられない奴らがでっち上げたデマカセだぜ。異星人の侵略だなんて、ンなクソったれな真実よりも、幾分か現実味のある
牛隈大助は、足を組みながら唇を釣り上げた。ハジメは、自分が知っている国々が既に滅んでいたという事実を受け止めきれないまま、それでも、疑問に思った内容を口にした。
「……この世界が、異星人の侵略を受けた後だと? だったら、異星人が周りにいないとおかしいだろう。おれは、異星人なんて見たことないぞ」
「は? 何いってんだテメェもよ。めちゃくちゃガッツリいたじゃねえか。それも、てめぇ等のすぐ近くによ。明らかに人間じゃなくて、それでいて怪人でもねェ、
「――まさか」
牛隈大助の言葉と、ある生き物の姿が符合する。ハジメは、息を呑んで告げた。
ハジメの脳裏に浮かんだのは――。
真っ白な体を持つ、ぬいぐるみのような生き物。まるで人知の及ばない世界から来たようなその生物の種族名を、彼は震える声で口にした。
「『妖精』……?」
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牛隈大助は、手を叩いて嗤っていた。しかしその笑みは、ハジメや朝比奈栞、月森奏を嘲るものではなく、どこか自嘲的な笑みを含んでいるように感じられた。
「……ッハハッ、ハハハハハ! マジでよ、気づくのが遅えんだよ! そうだよ! てめぇ等のすぐそばで! 味方ヅラしていたクソ妖精! アイツが全ての元凶だ!」
朝比奈栞は、蒼白な顔でその名前を口にする。
「――ミルキーちゃん……?」
「……そ、そんなん――そんなん、信じられるかいな! あんたの口先だけの言葉より、ウチは、長く一緒におったミルキーを信じる!」
反発する月森奏。しかし、ハジメは、牛隈大助の言葉を否定する根拠が何一つないことに気づいて目を見開いていた。
「俺様は嘘を言ってねェ。別に信じなくても構わねェ。でもな、俺様の発言を嘘だと断じるほどの情報は、持ってねェだろ? それともテメェら、妖精が『何』なのか説明できるか?」
月森奏と朝比奈栞は、ハジメを見つめる。ハジメも、必死に思考を巡らせるが、牛隈大助の言葉を、嘘だと断じることができずにいた。
朝比奈栞は、首を左右に振って、牛隈大助の言葉を拒絶する。
「……、嘘、嘘だよ。ミルキーちゃんが、そんな悪いことするはずない」
「根拠は? 証拠は?」
「……」
「表面上友好的なヤツだとしても、腹の底まで真っ白だって、言い切れねェだろが」
牛隈大助の鋭い言葉に、朝比奈栞も黙りこくってしまう。彼女は、学校の成績こそ振るわないが、頭の回転が鈍い方ではない。
「そもそも、テメェら、妖精ってのが何なのか、知らずにいただろ。変身ヒーローなんてもんがいる世の中だ、妖精がいてもおかしくねえとでも? おかしいんだよな。あんな、人知を超えた生き物が、ホイホイいるわけはねェだろが……!」
ハジメは、牛隈大助に問いかけた。
「要約すると、ミルキーが世界を滅ぼしたってことになるが……。あんな小さな体で、どうやって、世界を滅ぼしたんだ?」
「おうおう、次はどうやってと来たか。質問ばっかだなテメェ。……まあ、構わねェよ。俺様は、物わかりの悪いテメェらに、説明しに来てやったんだからな」
牛隈大助は、手を目一杯広げて、『爆発』と『煙』のジェスチャーをした。
「妖精族は、地球人とは比べモンにならねェテクノロジーを持ってる。その最たるモンが、『アルマゲドン』とかいう、けったいな名前の最終兵器だよ。それを使って、ドカーン! ってぶちかましたらしいぜ。元々は、妖精族の住んでた母星をもぶっ壊して、住めなくした原因の最終兵器だとよ。……しかもな、これが、まだ一発残ってンだ。ミルキーが死ぬと、全自動でこの日本にもぶちかまされる予定らしくてよォ。そのせいで、俺様達も、ミルキーの居所がわかっても中々ブチのめせなかったンだよ」
ずっと沈黙していた月森奏は、沈黙を破って牛隈大助を睨みつけた。
「おかしい……。おかしいで……。ずっと思っとったんやけど、『悪の組織』の目的が、世界平和っちゅーんやったら、なんでアルカイド、あんたはハジメくんを狙ったんや! グダグダ理由のわからんこと言うてないで、あんた、まずはその行動に説明つけてみいや!」
「テメェが目覚めることが予定になかったからだよ、ブレイズレッドの紛い物。施設から逃げだしたテメェの正体がミルキーにバレれば、俺様達の計画が全部オシャカになる可能性があった。だから可及的速やかに連れ戻せって命令だったんだよ。……今となっちゃあ、そこまで過敏になる必要もなかったみてェだがな」
「――ブレイズ……レッド……?」
ハジメは、その言葉を呟くと同時に、頭痛が激しくなるのを感じた。
牛隈大助は、古い写真を見せた。そこには、中学校の制服を着た――ハジメと全く同じ姿かたちの少年が笑顔で写っていた。
「ああ。本名は、
「…………」
ハジメは、市立朱桜小学校跡地で拾った記事を思い出していた。二十年前のヒーロー。死んだはずの英雄。赤嶺勇斗。その名前を聞いた途端、ハジメの脳裏に様々な映像が弾ける。二十年前に廃校になった小学校に通っていた少年。『二十年前』。何度も何度も現れるその年代の記憶が、ハジメの脳を苛み、激しい頭痛を起こしていた。
「ここまで言やァもうわかんだろ? その死体がテメェだ。……だから多分、テメェの知識は、二十年前の常識のままアップデートされてねェ部分が多くあったんだろう」
牛隈大助は、懐から封筒を取り出した。そして、『ブレイズレッド蘇生実験』と銘打たれた資料の中から、手術台の上に冷たく横たわる少年の遺体の写真を見せた。その少年は、目を閉じて横たわっている。その姿は、ハジメと全く同じだった。
「……!」
「正確に言うと、ブレイズレッド蘇生実験の、失敗の結果の副産物がテメェだ。色んな変身ヒーローの残したグリムコアをデタラメにぶち込んだ結果、何でか知らねェが独立した自我を持って動き出した……。ブレイズレッドでもねェ、赤嶺勇斗でもねェ、変身ヒーローですらねェ、ゾンビみてェな『何か』。それを表現するなら、紛い物と呼ぶしかねェだろう」
牛隈大助は、平坦な口調で告げた。
「死んだ
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