学園祭 -the calm before the storm-
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「学園祭の出し物は、ハロウィンコスプレカフェです!」
学級委員長が黒板の集計結果を見て高らかに宣言した。
朱桜学園中等部二年一組の出し物は、投票多数で、ハロウィンコスプレカフェというものに決まった。
ハロウィンならではのコスチュームに身を包んだ生徒達が接客するというコンセプトになった。
「コスプレカフェ! 楽しそうだね!」
「うん! 女子は魔女コスプレで統一な分、リボンとかで個性出しても良いってことやったし! めっちゃ楽しもうな栞ちゃん!」
学園祭の準備を楽しむ朝比奈栞と月森奏。
彼らのクラスは話し合った結果、ハロウィンコスプレカフェの店員としての衣装は、女子は魔女コスプレで統一することに決まった。
そして、男子達は、人狼やドラキュラなど、ハロウィンらしい怪物の衣装を作ることになった。くじ引きの結果、ハジメはフランケンシュタインの怪物のコスプレをすることになった。
「あー、うん。顔に傷跡つけるんだな。うん。わかった」
衣装係の生徒と、衣装合わせやメイクの相談をしながらも、ハジメの元気は、あまりない。
彼はもともと思い悩んでいたが、千歳という女の子が待ち合わせの場所に来てくれなくなったこともあり、いつもは明るい表情に影を落としていた。
「ハジメくん! 見てみて、魔女の帽子だよ!」
「おお。かわいいな」
「ちょっとテンション低いんちゃう〜? 美少女二人のコスプレ衣装合わせを間近で見てるねんで〜?」
「ああ。すげえ似合ってるよ」
朝比奈栞と月森奏は、ハジメの様子が気になりながら彼を励ますように明るく振る舞う。ハジメも、一緒に学園祭の準備を楽しんでいる――ように見えるが、その表情からは影が拭えない。
(千歳は……こんなおれでも、生きていて良いと言ってくれた……。でも……)
千歳が待ち合わせ場所に現れなくなってから、数週間経っていた。スマホを持っていないハジメは、彼女と連絡を取ることもできない。どうしているのかわからない大切な友達が気になって、ハジメは落ち込んでいた。
「奏ちゃん……ハジメくん、元気なさそうだね」
「こういう時はな、荒療治が効くもんやで」
「荒療治って?」
そう尋ねる朝比奈栞の前で、月森奏は、紙皿にクリームをたっぷり出して、簡易的なパイ投げ用のパイを作り出していた。
「おりゃ!」
そして、ハジメの顔面に向けて力いっぱいパイをぶん投げる月森奏。
べちゃ、という音がして、俯いて周囲を見ていなかったハジメの顔にパイが着弾した。月森奏は、いたずらっぽい笑顔を浮かべると、挑発するように手をクイクイと曲げた。
「なあなあ、ハジメくん。シケた顔してへんで、遊ぼうや!」
「……」
ハジメは、笑顔で紙皿の上にクリームを乗せてパイを作ると、月森奏の顔面にパイをぶん投げ返した。月森奏の顔面にはパイが激突してグチャリと音を立てたが、彼女は反撃も視野にいれていたようで、ニヤリと余裕の笑みを浮かべる。
「やるやないの!」
二人がパイを思い切り投げ合っていたところ、楽しそうな様子を見たクラスメイトが乱入して混戦になった。その乱痴気騒ぎは、担任教師が気づいて止めに来るまで続いた。
やがて、パイ投げの発端になったハジメや月森奏はしっかりと叱られた。しかし、担任教師は、叱るだけでなくこうコメントもした。
「……まあ、なんだ。学園でパイ投げ祭りなんて、本当はダメなことなんだが、個人的には楽しそうで良かったって思うよ。最近、ハジメ、ずっと沈んだ顔してたもんな」
クラスメイトも、うんうんと頷いている。
ハジメは、周囲に心配してくれている人たちがいることにようやく気づいた。ハジメは、年相応の少年らしく微笑んだ。
「皆……ありがとう」
そうハジメが告げると、クラスメイト達や、月森奏、朝比奈栞は微笑んだ。
「さあ、一緒に片付けしよ!」
朝比奈栞のその言葉が発端となり、全員でワイワイしながらパイ投げ祭りの片付けを始めた。ハジメの顔には、先程までの暗い表情はもう、なかった。
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「いらっしゃいませ! ハッピーハロウィン!」
魔女のコスプレをした女生徒と、様々な怪物のコスプレをした男子生徒が給仕をするハロウィンコスプレカフェ。
ハジメや月森奏、朝比奈栞は、目まぐるしくも、楽しく働いている。最も多く提供されているメニューは、パンプキンクッキーとホットティーである。
月森奏と朝比奈栞は接客担当、ハジメはパンプキンクッキー(持ち帰り用かぼちゃクッキー)の販売係に任じられている。
「お土産用にいかがですかー! おいしいパンプキンクッキーでーす!」
ハジメの元気な声掛けの成果もあり、パンプキンクッキーの販売は盛況で、あっという間に売り切れてしまった。手持ち無沙汰になったハジメは、食器の片付けや清掃の手伝いにも向かい、わいわいと賑やかなクラスの雰囲気の中、テキパキと働いた。
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一通り訪れた客をさばき終わって、月森奏は背伸びをして楽しそうな笑顔を浮かべた。
「ああ、働いた働いた〜! カフェの売上も回転数も好調やね! このままいけば、ウチらのクラス、MVPと違う?」
「うん! 一番盛り上がってると思うよ!」
「じゃあ……次は敵情視察……もとい、出し物めぐりだな!」
一通り働き終わった三人は、休憩時間をもらい、学園祭の出し物を楽しむために出かけた。朝比奈栞は、学園のどこでどんな催しが行われているかが記された学園内簡易マップを広げている。
「ねえねえ、どこから回ろっか?」
「近いところから順繰り回ろうや!」
「そんで、腹減ったら飯も食べようぜ」
朱桜学園中等部の講堂では、ロックバンド、演劇、それに合唱、ダンスパフォーマンスなど、様々な催しが開かれている。
学園の校庭に出ている出店も豊富で、たこ焼きにたい焼き、りんご飴にポップコーン、焼きそばなど、ありとあらゆる食べ物が揃っていると言っても過言ではない大盛況ぶりだった。
「うわ〜! めっちゃおいしいやん!」
月森奏は綿あめを頬張って美味しそうに頬をほころばせる。
ハジメは、たい焼きを購入してゆっくり食べる。黒餡の甘い味を食べていると、無性に懐かしい心地がした。
朝比奈栞は、山盛りのたこ焼きを買ってきて、楽しそうに美味しそうにパクパク食べていた。朝比奈栞は、細身の割にかなり食べる。
「なあなあ、食べ終わったらどこ行こうか?」
「ん? うーん、お化け屋敷行きたいな!」
「いいな! 行こうぜ!」
三人は和気藹々としながら、学園祭を楽しんでいる。最初暗い表情をしていたハジメも、今は明るい表情で素直に楽しめているようだ。その様子を見た朝比奈栞は、ホッとして笑顔を浮かべた。
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そんな中、月森奏は、軽く朝比奈栞を肘で小突く。
「ウチ、ちょっと用事ができたさかい、二人でお祭りまわってきたら?」
「えっ!? ……ふ、ふたりきりなんて、まだ無理だよ! 奏ちゃん! お願い、一緒に居て!」
朝比奈栞は、顔を赤くして月森奏にすがりついた。
「うーん。でもなあ〜。どないしようかなあ〜」
月森奏はニヤニヤしながら朝比奈栞の様子を見守っている。
しかしその瞬間、かつて感じたことのある威圧感が、月森奏と朝比奈栞、そしてハジメを襲った。
「これは……」
強大な気配と殺気を同時に感じて、朝比奈栞はガタガタと震えている。
「牛型怪人、アルカイド……!」
月森奏は歯噛みして唸る。
「なんでこんな楽しい日に邪魔しに来るんや……!」
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牛型怪人アルカイドとの戦闘。校舎裏に現れた牛型怪人アルカイドは、ハジメを狙っている。
サンライトルビーとムーンライトサファイアは、ハジメや学園祭を守りつつ立ち回る。
牛型怪人アルカイドは、咆哮を上げようとするが、ハジメが牛型怪人アルカイドの口の中にたこ焼きを投擲することで叫びを妨害した。
「むが!? ……意外と美味いじゃねェか」
牛型怪人アルカイドは、モシャモシャとたこ焼きを食んでいる。そんな様子を見たムーンライトサファイアは、交渉を試みる。
「たこ焼きなら買うて来たるさかい、ここは引いてくれへんか? ウチら、学園祭楽しみにしとったんよ!」
「そういうわけにはいかねェな。さっさとハジメを連れてこいって、総帥様のご命令が未達成なんでなァ!」
サンライトルビーとムーンライトサファイアは、力を合わせて魔法攻撃を当てるが、牛型怪人アルカイドには少ししか効いていない。
とはいえ牛型怪人アルカイドも、今日はどうやら本調子ではないようで、軽い攻撃を繰り出しては弾かれるという戦闘を繰り返している。
「クソッ……あー、クソッ。……胸糞悪ィ!」
牛型怪人アルカイドは、何故か建物を壊さないように立ち回っているようであった。その動きに不審感を持ったハジメは、アルカイドに言葉をかけようとした。
しかしその瞬間、凛とした女性の声が響き渡った。
「おやめなさい、アルカイド」
「――ドゥーベ!? 統括幹部の癖に何しに来たんだよォあんた! 俺様の仕事はまだ……!」
膠着する戦場に現れたのは、覆面で姿を隠した謎の女性型怪人。ドゥーベと呼ばれた彼女は、『悪の組織』の統括幹部という肩書で、アルカイドの上官にあたるらしい。ヴェールで顔を隠した彼女は、ゆったりと戦況を見下ろして静かに言葉を述べた。
「確かに任務も大切ですが、若者達の楽しみを邪魔するものではありません。撤退しますよ」
ドゥーベはそう言い、アルカイドとともに撤退していった。ドゥーベの能力であるらしい空間転移によって、『悪の組織』の幹部達は撤退していった。ドゥーベは、撤退間際に、何故かハジメをじっと見ていた。その理由は、ハジメにはわからなかった。
「……今の平穏は、そう長くは続かないのですから」
そう言って、ドゥーベとアルカイドは空間転移ゲートの中に姿を消した。
その様子を見ていたサンライトルビーは、首を傾げる。
「……な、何だったんだろう……?」
「で、でも、これで、学園祭は守れたな……!」
ムーンライトサファイアは微笑んで、サンライトルビーとハイタッチをした。
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学園祭が無事終わり、片付けが始まる夕暮れ。
朝比奈栞とハジメは、二人きりでハロウィンコスプレカフェの後の清掃をしていた。
ハジメはテキパキとホウキやちりとりでゴミを集めて、雑巾がけまで丁寧にこなす。細かいところでも手を抜かないその姿勢が、朝比奈栞には好ましく写った。
朝比奈栞は、教室に二人きりという滅多にないシチュエーションに心臓を高鳴らせていた。
「朝比奈さん、ゴミまとまったぜ。出してくる!」
「あ。待って! あたしも一緒に行く!」
そう言いながら、二人はゴミ袋をもってゴミ捨て場に一緒に向かう。艶っぽい雰囲気も何もなく、ただ清掃をしているだけだとわかっていた。ただそれだけでも、朝比奈栞は、一緒にいられて嬉しかった。
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学園祭の会場片付けも進んでおり、熱気に溢れたお祭りは終わりを迎えていた。ハジメは、教室の窓から朱桜学園の校庭を見下ろしながら笑いかけた。
「すっげえ楽しかったな、学園祭」
「う、うん……!」
朝比奈栞も、窓際に近づくと、一緒に校庭を見下ろした。夕暮れの日差しが校舎と校庭を照らして、オレンジ色に輝いている。
朝比奈栞は、ハジメの横顔を見ながら、勇気を出して握りこぶしを作った。
「あのね。ハジメくん、あ、あたしと……今度、一緒に出かけてほしいの」
「おう。いいぜ。買い出しか? 荷物持ちなら任せろ」
「……買い出し、とか、そういうんじゃなくて……」
朝比奈栞は、ハジメの目をしっかり見て告げた。
「デートに、行きたいの」
顔を赤らめてそう告げる朝比奈栞の言葉につられて、ハジメも照れて顔を赤くした。
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