朱桜市海水浴場/彼の心臓は動いていない

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 朱桜市海水浴場と書かれた看板。眩しく光る太陽。打ち寄せる波、綺麗な砂浜。水着を着た月森奏と朝比奈栞、そして「ヒーロー協会」と書かれた厚めの上着を着込んだハジメが、水着姿で立っている。

 

「海や〜!」

「きれーい!」

「海ってこんなでけえんだな!」


 ハジメは、一面に広がる大海原に感動したようだ。海辺に走っていくと、そっと海水に触れて、その冷たさを楽しんでいる。打ち寄せる美しい波が、ハジメの足にかかった。


「そやった、ハジメくん記憶まだ戻ってへんもんな。海を見たのも初めてなんやなあ。新鮮な反応で見ててほっこりするわ」


 そんな彼を見た月森奏は、まるで保護者のような顔をしてハジメの様子を見守っていた。それに気づいたハジメは、複雑そうな顔をして振り返る。


「おい、なんだよその目つき、くすぐったいからやめてくれよ」

「いーや、やめへん。ウチ、お姉さんやさかい」

「多分同い年くらいだろ! 保護者ヅラするのやめろよ!」

「いやや〜。ハジメくんからかうとおもろいんやもの」


 ケラケラ楽しそうに笑う月森奏と、ちょっと不服そうにしているハジメ。そんな二人の様子を見ながら、朝比奈栞は問いかけた。 


「ねえ、奏ちゃん、今日は、一応視察……というか、怪人目撃情報に伴う警戒ってことで来たんだよね? こんなふうに楽しんじゃっていいのかな……?」


 朝比奈栞はためらいがちに質問する。根が真面目な朝比奈栞は、怪人がいないか見回りをしている。そんな彼女を好ましく思いつつも、月森奏はひらひらと手を振った。


「ええてええて。怪人の目撃情報言うても、『幽霊が出た』みたいな……本当に怪人なのかどうかようわからん内容なんやから」

「そっか……念の為巡回しておこうって感じの話なんだね! それなら……巡回終わったら、遊んじゃおっか!」

「せやせや。万が一怪人がおったら、バシッと仕留めればええだけや。それより、今日は……ヒーロー協会の名のもとに、海水浴場が封鎖されとるから、この広い海水浴場が今日一日貸切! なんやで!」


 月森奏は、無人のビーチを背に、両手を一杯に広げて快活な笑顔を見せた。

 

「ミルキーも、『大きな声では言えないけど実質君たちの休暇みたいなものだよ』って言うてはったし。楽しまな損やで。な、栞ちゃん、ハジメくん!」

「そ、そうだね! いっぱい遊ぼう!」


 朝比奈栞も、一通り海岸を見終わって、怪人がいないことを確認した上で、ガッツポーズをした。

 そんな二人の様子を見つつ、ハジメは自分を指さして尋ねる。


「今更だけど、おれも来てよかったのか?」 

「むしろ、ハジメくんはウチらの指揮官的ポジションなんやから、いてもらわんと困るで。牛型怪人アルカイドとの戦いだって、ハジメくんがおらへんと追い返すこともでけへんかったし」


 月森奏の言葉に、朝比奈栞もコクコクと頷く。二人の真っ直ぐな信頼の眼差しに、ハジメは照れたようにはにかんだ。


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 真夏の太陽が照りつける昼。

 海水浴場に来てしばらく経っても、ハジメは分厚いジャケットを着たままで、脱ごうとする気配もない。そんなハジメの様子を見て、お昼ご飯のサンドイッチを頬張りつつ、朝比奈栞は首を傾げる。

 

「……そういえばハジメくん、水着には着替えたんだよね? ジャケット脱いでないけど、寒いの? 体調悪い?」

「えっ……こ、これはだな!」


 ハジメは厚みのあるジャケットを握って目を泳がせ、咄嗟に思いついたであろう内容を喋った。

 

「えーと、あー、あれだ! 着衣水泳の練習をしようと思ってな!」


 月森奏は呆れた声でツッコミを入れる。

 

「……いや、練習するのは偉いねんけど、今は実質遊びに来てんねんで?」

「それはそうなんだけどよ……」

「それに、こんな暑っついのにジャケット着てたら、そろそろ熱中症なってまうわ。肌が特別弱いとかやないんやろ? 脱いだら?」 

「……ぬ、脱がない」

 

 ハジメは、分厚いジャケットを羽織り、しかも、ファスナーを上まできっちり閉めている。彼はそのせいでダラダラと汗をかいている。そんな様子を見かねた月森奏はハジメにビシッと指をさす。

 

「どうしてもっちゅーなら理由を言わんかい理由を! 」

「断る! 黙秘権を行使する!」

「なんでや! ウチ、具合悪くなるから涼しい服装しろて言うてるだけやんか! 倒れる前に脱がんかい!」

「脱がない!」


 ハジメはもはや意固地になっているようにジャケットを抱え込み、絶対脱がないという意思表示を見せた。

 

「水に浸かればそんなに暑くない! 平気だ!」

「ウソつけめちゃくちゃ汗かいてんで!? 脱水症状になる前に、脱がん、かいっ!」


 掛け声とともに、月森奏は、力いっぱいハジメのジャケットを引っ剥がす。

 

 ――しかし、月森奏は、ハジメの素肌を見て、目を見開いてジャケットを取り落とした。


「なっ……!?」

 

 ――ハジメの体には、夥しい数の手術痕と傷跡、背中には歪な星型にも見える痛々しい痣が複数ついていた。特に、心臓付近に手術痕が集中しているように見える。


「……ど、どうしたのそれ、ハジメくん!?」

「な、なんやその怪我! まさか、この間アルカイドに襲われた時に……!?」


 朝比奈栞は傷だらけの体を見たショックで顔を覆う。

 しかしハジメは、『アルカイドに襲われた時に』という部分を否定して、首を横に振る。


「違う。これは、あれだ。もう治ってて、消えない傷ってやつだ。これは最初からついてたんだよ」

「『最初から』って……?」

「ヒーロー協会に保護された日からだな」


 月森奏は、目を細めて考え込み、推論を述べた。

 

「つまり……『悪の組織』にやられたっちゅうことか?」

「可能性としては高そうだよな」


 ハジメは困った顔で自分の傷跡を見下ろしていた。

 ジャケットを握りしめながらハッとした月森奏は、ジャケットを返却しつつ、頭を下げて謝罪する。


「ご、ごめん! 傷跡隠すためって、し、知らへんくて。ウチ、無理やりジャケットひっぺがして……」 

「いや、おれが熱射病にならないように気にかけてくれただけだろ。ありがとな」


 ハジメは頬を搔いて、ペコリと頭を下げた。

 

「ごめん。こんなバカでけえ傷があるって言ったら、楽しい雰囲気が崩れちまうかもと思って言い出せなかったんだ。最初からちゃんと話せばよかったな。ごめんなふたりとも」


 月森奏は申し訳無さそうにうつむいている。

 

「ハジメくんが謝ることやあらへん。ウチ、ほんまにデリカシーあらへんくて……ごめん」

「気にすんな。傷は男の勲章だしよ」


 ハジメは、拳を握り、力こぶを作るポーズをして、月森奏に『気にするな』と示した。しかし、ハジメは自分の傷跡を撫でながら困った顔をする。


「……つってもどデカい傷見せびらかしてたら、二人が遊びに集中できねえよなあ。どうすっかな……」


 沈黙してハジメの傷跡を見ていた朝比奈栞が、口を開いた。

 

「ハジメくん……きっと、物凄く痛かったよね」

「……痛かった頃があったのかもしれねえな。傷跡は全部塞がってっから、今は痛くねえよ。大丈夫」 

「ヒーロー協会の病院でも治しきれなかったってことは、回復魔法は試したんだよね?」

「うん。でも、消えなかった。おれは別に痣だろうが傷だろうがあっても別にいいんだけどな。わりとでけえ痕だから、見た人がギョッとするだろうと思ってな……」


 朝比奈栞は、いつも周囲を見て、周囲のことばかり気にしているハジメの言動に危うさを感じた。彼はもっと自分自身を大切にするべきだと感じたが、それをうまく言葉にすることができず、ややあって口を開いた。


「少しだけ、傷跡、触ってもいい?」

「ああ」

「……あたし、ハジメくんに傷をつけた怪人のこと許せない。でも、それ以上に、ハジメくんが生きててくれてよかったって思う……」


 朝比奈栞は、手に回復魔法の光を宿して、ハジメの傷跡に手を当てた。眩い光がハジメを包むが、既に塞がっている傷跡を消すことはできなかった。


「……回復魔法をかけてみたけど、変わらないね。ごめんね、力が足りなくて」

「そんなことねえよ。回復が得意な変身ヒーローでも、どうしようもなかったらしい。だから、朝比奈さんのせいじゃねえよ」

「そっか……。うん。それなら、別の形で、ハジメくんが、傷跡を気にせず遊べるようにしてみるね」 

「え? 別の形? ……うお!? おおっ!?」


 朝比奈栞が手を当てた部分から、みるみるうちに男性用ラッシュガードの幻で覆われていく。ハジメの傷跡は、覆い隠されて見えなくなった。

  

「あたし、ミルキーちゃんとの特訓で、幻惑魔法をちょっとだけ使えるようになったの。……まだ、小さな幻を見せるくらいしか出来ないんだけど」


 ハジメは黒地に黄色い線が入った男性用ラッシュガードのデザインを気に入ったらしく、楽しそうにはしゃいでいる。

 

「すげえ! すげえよ! ありがとう!」

「本当にラッシュガードがあるんじゃなくて、見た目だけ着てるように見えるってだけの幻だけど、今日一日くらいは持つと思うから……これで熱中症にならずに遊べるよ!」


 様子を見ていた月森奏は、感心したようにラッシュガードの幻を見ていた。


「栞ちゃん、すごいな。ウチも補助魔法の練習はしとるねんけど。なかなかうまくいかへんのよ。攻撃ばっかりで、そっちはからきしで……」 

「そんなことないよ。あたしだけだと、攻撃の威力強くなくて、決定打がないもの。奏ちゃんがいるから、攻撃魔法以外の練習に時間を使えたんだよ」

「栞ちゃん、ありがとな」


 月森奏は、ハジメに向かって、うつむいて謝罪した。

 

「ハジメくん、ほんまごめ……ブファ!」


 月森奏は、謝罪の途中で顔に海水を掛けられて目に海水が沁みて悶絶した。ハジメは、そんな彼女の様子を見て爆笑している。

 

「あはは! 油断したな月森さん!」 

「や……やったな!? ウチもぶちかましたる! くらえや!」


 ギャーギャー喚きながら海水を掛け合う二人を見て、朝比奈栞は微笑み、少しだけ複雑な気持ちも抱えていた。 


(やっぱりハジメくんと奏ちゃんは仲良いな……)


「ひゃっ!?」 


 そんな思考を中断させるかのように、朝比奈栞の顔にも海水がかけられた。月森奏の手には、カラフルな水鉄砲が握られていた。


「なあなあ、栞ちゃんも遊ぼう! 必殺水鉄砲や! こんなこともあろうかと百均で買っといたんやで!」 

「本当に全力で遊びにきてんな月森さん」

「だってウチ、楽しみやったんやもん! ……はい、水鉄砲! 栞ちゃんの分もあるで!」


 そう言いながら、月森奏は朝比奈栞に水鉄砲を手渡した。そんな姿を見て、ハジメは目をキラキラさせながら尋ねた。


「なあ、月森さん。おれの分の水鉄砲は!?」

「ないで!」

「なんでだよ!」

「なんでって言われても、このふたつで売り切れやってん。……あ、でもこれならあるで。お徳用水風船セット」


 お徳用水風船セットを受け取ったハジメはブーイングをしながら抗議した。

 

「これでどうやって水鉄砲相手に戦うんだよ!?」

「なんで戦う前提なん? まあ、戦ってもおもろそうやけど。……うーん、せやな。ハジメ指揮官は状況把握がうまいんやからハンデやハンデ。さあ栞ちゃん、ハジメくん相手に戦うで! ルールは水をいっぱい浴びた方の負けや!」


 月森奏は高らかに水鉄砲を掲げて叫ぶ。彼女の顔には、心底楽しそうな笑顔が輝いていた。

 

「いざ尋常に勝負!」

 

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 ハジメは空気で膨らませた水風船で水鉄砲攻撃をガードするなどして善戦したが、戦場を砂浜に移された結果、攻撃手段がないので普通に負けた。

 ハジメは、海水で水浸しになりながら、疲労が滲んだ声を上げた。

 

「はあ……はあ……」 

「や、やるやんけ……水風船ガード、意外とすごいやん。なかなか攻撃あたらんくてびっくりしたわ。ウチの命中精度はかなり高いのに」

「ハジメくんの動き凄かったね!  二対一だったのに、全然当たらなかった!」

「でも、ハジメくんにトドメさしたのは栞ちゃんやろ? すごかったで!」 

「ああ……。月森さんとのコンビネーションで、おれが絶対に回避できない隙をついたすげえ攻撃だった。朝比奈さんが優勝だ」


 朝比奈栞は、照れ笑いを浮かべつつ、首を傾げる。


「えへへ、ありがとう。ちなみにこれって何の勝負だったの……?」

「ノリで始めたからウチにもわからん! でも、楽しかった!」

「うん。海遊びってこんな楽しいんだな」

「あたしも。すっごく楽しい!」


 遠泳したり、砂浜を走ったり、砂山を作ったり、その砂山を流用して砂山アートコンテストを開いたり、三人は夏の海を遊び尽くした。砂山アートコンテストの優勝は独創的なウニ筋肉マンを作り出した月森選手の優勝だった。  


「楽しかった! 砂山アートコンテストも優勝できたし! ウチが勝者や!」

「悔しいけど完敗だ。おれは発想力が貧困だと思い知らされた……クッ……」

「ハジメくんの砂山もすごかったよ!? どうやったのかわかんないけど砂で杉の木作ってたよね!」

「ああ。ちょっと砂を濡らして造形するのがコツだな。朝比奈さんの砂の城も、可愛くてよかったな。てっぺんに旗が刺さってて、小さい人形がいるのも良かったと思うぜ!」

「ありがとう! あの人形ね、あたしと、奏ちゃんと、ハジメくんのつもりなの! すごく楽しかったから……!」


 朝比奈栞は作品を褒められてニコニコした。


「それにしても奏ちゃんのウニ筋肉マンすごいね。持って帰れるなら帰りたいくらいだよ。愛嬌あってかわいいし」

「ウニのトゲトゲ、ほんとどうやって作ったんだ? 天才だろ!」

「フフーン。もっと褒めてくれてもええんやで。ありがとうな」 


 そういいつつ、月森奏はハジメと朝比奈栞の作品を眺めた。

  

「ウチ、二人の作品、好きやなあ。山の近くにあるお城みたいになっとるやろ。ウチのウニ筋肉マンは一つで完成やけど、ハジメくんと栞ちゃんの作品はふたりでひとつて感じがするわ」


 ハジメは目を見開く。


「え、おれ、何も考えてなかったぞ。ファンシーな城の横に杉の木を生やしてしまったが……!?」 

「それはそれで個性やろ。ふふ、ああ、すっごく、すごく楽しかった……」

「うん、楽しかったね。怪人も出なかったし」


 月森奏は不思議そうに首を傾げつつも、切り替えて笑顔を浮かべた。


「やっぱり、怪人出没情報ってやつ、デマやらガセやったんやろか? まあ、それでもええわ。お陰で思いっきり楽しめたし」

「そうだね、そろそろ片付けて帰る準備しよっか」

「さんせーい! ……ウチ、お腹すいたわあ。どこかでご飯食べて帰らん?」

「いいね! どこ寄ろうか?」

「んーとね、ウチは……」

 


 言葉の途中で月森奏は血相を変えて、体を翻し、周囲を警戒するように睨めつけた。


「ど、どうしたの、奏ちゃん?」

「なんか、急に……ヤな気配がする……! どこかは分からんけど、どこかから来る! 怪人の気配や!」 

「えっ……!?」


 朝比奈栞の足元に、海から海藻のようなものが這い上がり、絡みつこうとする。それにいち早く気づいたハジメは、咄嗟に朝比奈栞の方に駆け寄った。

 

「危ない! 朝比奈さん!」 

「きゃっ!?」


 ハジメは朝比奈栞を突き飛ばして庇った。その代わり、ハジメの足が海藻に絡め取られ、彼は勢いよく海に引きずり込まれていく。

 海からは、海藻の塊のような不気味な怪人が姿を表し、朝比奈栞達を見つめていた。


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 海に引きずり込まれたハジメを助けるべく、朝比奈栞と月森奏は変身ヒーローとしての姿に変身する。サンライトルビーは、海に引きずり込まれた彼の方を向いて叫んだ。

  

「ハジメくんっ!」

「小癪なことするやないか怪人! ウチらの楽しい夏休みを邪魔するんやないで!」


 ムーンライトサファイアは、矢に魔力を込めて放つ。


「貫けや! 『ライトニングアロー』!」 


 ムーンライトサファイアの放った矢は、海藻の塊のような怪人の一部を貫き、触手のような海藻をいくつか千切りおとした。

 

「一撃で消滅はさせられんかったけど、少し手傷は与えたで!」

「うん! あたし、ハジメくんを助けに行く!」


 ムーンライトサファイアは頷く。

 

「わかったで。ウチは近接武器ないさかい、このまま遠くから怪人を削る! ハジメくんとルビーに当てんように気をつけるさかい!」


「わかった!」


(今行くからねハジメくん……!)


 サンライトルビーは海に飛び込み、引きずりこまれたハジメを探す。ハジメは海の深いところまで引きずり込まれていた。ギリギリまで息を止めて耐えていたが、限界を迎え、最後の息を吐いていた。


「……!?」

 

(ハジメくん!)

 

(こっちに! 手を伸ばして……!)


 サンライトルビーの姿を見たハジメは、力を振り絞って手を伸ばす。サンライトルビーは彼の手を捕まえて、ハジメの足を縛っている海藻に目掛けて魔法攻撃をした。


(『マジカルショット』!)


 ハジメを海に引きずり込んだ海藻はちぎれたが、増殖してハジメやサンライトルビーを捕まえようとして追ってくる。


(幻を見せて誘導する……!)

 

 サンライトルビーは幻覚魔法を利用して怪人を違う方角に誘導し、ハジメを支えて必死に泳ぎ、岸にたどり着いた。


「ハア……ハア……サファイア! 助け出したよ!」

「わかったで! ……怪人も、こっちに近づいてきとる! 後はウチに任せてな!」


「ハジメくんを助けたからもう躊躇いはいらん! 喰らいや新技! 『ライトニングレイン』!」


 複数のライトニングアローを同時発射する攻撃魔法による多段攻撃を受けた怪人は崩れ、沈み、その後にはグリムコアが残った。

 サファイアはグリムコアを拾ってポケットにしまった。


「今日はミルキーがおらんからな……。あとでヒーロー協会に届けとけばええやろ」


 そこでムーンライトサファイアはハッとして、海中にかなり長めに引きずり込まれたハジメの方に意識を向けた。


「せや……ハジメくんは大丈夫やろか!」


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 ハジメは、海水を飲んでぐったりしているように見える。サンライトルビーが、回復魔法はかけているが手応えがあまりない。


「ハジメくんっ、しっかりして!」

「ルビー、ハジメくんの様子は!」 


「わかっ、わからないっ、どうしようっ、目を覚まさなくて……」

「…………」


 ムーンライトサファイアは、ハジメの様子をよく観察して、息を吐く。

「ルビー、落ち着いて。よくみーや。ハジメくんは……」

「ハジメくん、回復魔法かけたのに起きない! どうしたらいいの、どうしたら……!」


 サンライトルビーはパニックになって冷静さを失っている。ムーンライトサファイアは、彼女を落ち着かせるためにある提案をする。


「ルビー。ここは、人工呼吸はどないや」

「じんっ、人工呼吸……」


 サンライトルビーは言われた言葉を繰り返して、その意味を理解して絶叫する。


「人工呼吸!?!?!?」


「せや。人命救助のためには大切なことやろ。ルビーも、ヒーロー協会の研修で習ったことあるやろ? 気道確保して、人工呼吸のやり方、わかるやろ。あの人形で練習したやつな」


「そそそっ、そうだけどっ、それって」 

「まあいわゆる、キスに近いもんではあるよな」

 

「でも、ハジメくんの命がかかってる時やったら、四の五の言っとられへんのと違う?」


 ムーンライトサファイアは真面目な顔で告げた。


「そうせなハジメくんが助からへん状況なら。ルビーがやらへんなら、ウチがやるよ? 人命救助のためやもの、しゃーないやん」 

「!」 


「どうする? ルビー」

「……するっ。あたし、人工呼吸、する!」

  

 サンライトルビーは覚悟を決めて、横たわるハジメの気道を確保し、人工呼吸の体勢をとる。


(あたしとなんて、いやだろうけど、ごめんね、ハジメくん。でも、人命救助の為だから……!)


 二人の唇が触れ合おうとしたその直前、ハジメの目がパカッと開く。至近距離で目があい、サンライトルビーは顔を真っ赤にする。


「……? ルビー?」

 

サンライトルビーは、跳ね上がって後ろに飛びすさる。


「さ、さ、サファイア!?」


「ウチ、ハジメくんの命が『今』危ないとは一言も言うとらんよ? ハジメくんがちゃんと自発呼吸してたんも確認したし。回復魔法の効きが悪かったんも、命に別状ないからやろ」


 耳まで赤くなったルビーは、混乱した様子でムーンライトサファイアを見ている。

 

「な、な、な、な、な……!」

「ウチが落ち着いてって言うたのは、ルビーもよーく見たら、ハジメくんが危ない状態じゃないってわかると思ったからやで」 


 ムーンライトサファイアはいたずらっぽく笑うと、しれっと発言した。


「ルビーは何故か『勘違い』して、ハジメくんを助けようとしよったみたいやけど」

「サファイアのバカーー!」

「その罵倒、甘んじて受け入れるで。ウチ、ちょっとやりすぎたわ。ハジメくんもごめんな」


 状況がよく飲み込めていないハジメは、呆然としている。


「……? よく分かんねえけど、二人ともありがとな。助けてくれたんだろ」

「うっ、う、ううん! 大丈夫! 何もしてないから!」

「何もしてないことないだろ。おれを海から助……」

「何もしようとしてないからね!?」  

「……? 助けてくれたのに謙虚なやつだな……」


 ムーンライトサファイアは、ハジメの意識がはっきりしていることを冷静に確認しつつほっと息を吐いた。

 

「それにしてもハジメくん、かなり長い間海に引きずり込まれとったのに、あんまりダメージ受けてなくて安心したわ。一応、帰ったら病院で検査受けてな」

「……。あ、ああ……」


 ハジメは一瞬目を泳がせたが、二人に向かって微笑みかけた。


「すぐ助けに来てくれてありがとな」

「ううん! ハジメくんは、怪人の攻撃からあたしを庇ってくれたんだもん。……助けるのは、と、当然だよ」


 サンライトルビーは、顔を真っ赤にしている。そんな様子を見て、ムーンライトサファイアは微笑んだ。


(わかりやすくておもろいなあ。……幸せになってほしいなあ、二人とも)


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 サンライトルビーとムーンライトサファイアは、賑やかに話していた。表面上は彼女達に合わせて応答しながらも、ハジメは、周囲の様子を感じ取る余裕がなく、冷や汗をかいていた。


(おれは死にかけていたはず……。それなのに最後の息を吐いた後も、苦しくなかった。普通の人間なら、溺れているはずなのに……)

 

 ハジメは、かなり長い時間海に引きずり込まれた。本来ならば、大したダメージもなく平然としているわけがないのだ。


(それに……)

 

 ハジメは、自分の心臓付近に手を当てる。以前から気になっていたことだが、ハジメの体には。人間なら感じるはずの心臓の鼓動も、全く感じないのだ。


(――おれは、普通の人と違うって感じていた。だからずっと、可能性としては頭にあった。でも、考えたくなくて目を逸らしてきた。だけど、おれは……明らかに、『悪の組織』に何かをされている……)


 ハジメは、自分の心臓の傷跡に手を当てて、拳を握りしめた。

 

(おれは、『悪の組織』に改造された、怪人なのか……?)

 

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